4章・二節

目的である山岳地域の魔域破壊を達成したため、一行は取り逃した魔神や蛮族の哨戒も兼ねて森林地域を経由しクルツホルムへ戻る事にした。次なる魔域の情報収集の為に都市へ向かおうと考えたところ、レウラが(ミリヤムのロープウェイ使用を警戒してだろうが)引き籠りだらけのトゥルヒダールより来訪者の多いクルツホルムの方が情報は早いニャ! と提案し、別地域への移動もしやすいことを踏まえ全員が賛同した事で目的地が決定された。


灰色が続く細い道を抜け、蒼き門を通り外に出る。そのまま一昼夜かけて山岳地域を進み続け、日が変わる頃に以前山岳の主と戦った砦集落へと辿り着いた。


前回はまさに危機迫る状況の中での来訪だったが、今回は深夜という時間帯もあり集落は平穏に包まれていた。復興した家だけでなく新たな宿屋や仮設の冒険者ギルドも建てられており、賑わいを見せる様子がうかがえる。襲撃時と変わらぬ位置で門番を行っていた青年が、挨拶と共に近況を語る。


「あんた達が出発した後、この集落は蛮族討伐の中継拠点として冒険者がよく留まるようになったんだ。やっぱり主が倒されたのが大きくてよ、おかげで蛮族共の姿はめっきり見なくなったぜ。一度だけ低級の魔神が押し寄せてきたこともあったが、教えてもらった戦い方でほぼ無傷のまましのぐことが出来た。あんた達には感謝してもしきれないよ。」


しっかりと頭を下げる青年に対し、そーかそーか、と肩を叩きながら健闘を喜ぶシャローム。住人達に歓迎されつつ、そのまま真新しい宿に泊まり移動の疲れを癒す事にした。


    †


各々が平和なひと時を過ごす中、深夜もなお賑わいを見せる仮設冒険者ギルドに、アメジストが一人で訪れていた。書類整理をする新人受付嬢、クエストボードを真剣な眼で見つめ明日の予定を悩む女性の集団、受け取った報酬でひと時の酔いを楽しむドワーフ達、今宵の獲物を探す中性的なアルヴ。落ち着く方が難しい、賑やかなその光景を、カウンターに座りながらのんびりと眺めていた。


「あら、珍しい。寝なくて大丈夫なの?」


恒例の深夜探索に出ていたエンレイが彼女を見つけ、店員に果実酒を頼みながら隣に座る。少し顔が赤く、既にどこかで飲んできた後のようだった。アメジストは手元の麦酒を口にしつつ、場の雰囲気を楽しむようにエンレイと言葉を交わす。


「そうだな、もう寝なくては。…昔から、この景色が好きなんだ。1人ひとりが活気に溢れていて、今を楽しみ、未来に目を向けるこの場所が。本当に、この集落を守ることが出来て良かったと思って。」


「変わってるわね。私達のおかげで、この平和があるんだっていう自己満足的な?」


「んー、確かにここは思い入れも強いけど、別に小さな村だっていいんだ。困ってる人をクエストという形で助ける冒険者、報酬という形で還元するギルド、人々の生活を安定させ豊かにするこの仕組みが好きというか、その、言葉にするのは難しいな。」


「でも、クエストは苦難に遭う人がいる事で初めて発生するわ。本来なら無い方が良いのが冒険者ギルドというもの。余裕のある立場からの発言よ、それ。まるで国民の暮らしを密かに見守る王女様って感じ。」


「わ、わざと言ってるだろう!? エンレイは時折厳しい事を言うよな。…そうだ、確かに私は困窮した経験はないが、苦しんでる人達は間近で何度も見てきた。助けられなかった人だっていたさ。だからこそ、この手で救える人がいるなら、私はどんなことをしても、助けてあげたいんだ…!!」


ドンッと樽器ジョッキをカウンターに置き、顔を真っ赤にしながら自らの想いを語るアメジスト。酒には強いはずの彼女だが、雰囲気に飲まれたのか普段の控えめな態度が消え、自己主張が激しくなっていた。そんな青き少女を温かい目で見つめながら、年下のメリアが優しく相槌を打つ。


「ふふっ、ごめんなさい。分かってる。あなたは他人の為に自らの命すら投げ出せる稀有な人。私の妹と同じ…。だから、もう少し自分を、大切にして頂戴、ね・・・」


「妹さんは、どんな方だったんだ? …エンレイ?」


トサッ、と肩に触れる音がした。いつの間にか果実酒を飲み干したエンレイが、顔を赤く染めながらアメジストに寄りかかる。どうやら前の場所でだいぶ飲んできていたようで、少しゆすっただけでは起きそうにない程熟睡してしまっていた。珍しい姿にアメジストが驚いていると、色々と漁り終えてツヤツヤになったアルヴが近づいてくる。


「エン、寝ちゃったの? 魔域の件でもなんだか泣いてたし、疲れてたんだね。」


「そうなのか? 普段から静かだし、全然気付かなかったな。」


「オレの眼をナメるなよぉ~、人の機微にはビンカンなんだぜ。」


そう言いながらOECは、眠ってしまったエンレイの服を正し、倒れる前に背負い込む。宿に連れて帰る準備を整えつつ、今までの様子を話していく。


「…多分だけど、タウトゥミクンの行動が妹チャンと重なっちゃったんじゃないかな。エンも篭って研究してそうだし、命を犠牲にしたってトコもちょっと似てるし。シャロがハッキリ言っちゃったのも効いてるかも。全くアイツは、相変わらず空気読めないんだから。」


「そ、そうか…人の気持ちは難しいな。こういうところが、"王女様"っぽいという事か。にしても、すごいなOEC。ちょっと見直したぞ。」


「デショ! それなら、今晩ドウ? 今日の夜食も手に入れたし、一緒にイカガ♪」


「……よし、エンレイは私が背負おう。代わってくれ。」


えーヤダー、と逃げるOECを追いかけながら、灯の消えぬ仮設ギルドを後にするアメジストであった。


    †


翌日。何事もなく夜を過ごした一行は探索の為の準備を整えていた。宿屋の横にある広場では、シャロームがレウラと共に新装備の試し撃ちを行っていた。


「うおりゃ!!」


槍を軸にした回し蹴りが木製案山子かかしの頭部を直撃し、ズドンッという音と共に木片が四散する。膝下に装備した雷を纏う魔動機によって破壊力が増強され、まるで爆弾が爆発したかのような衝撃を対象に与えていた。


「うっは、なんだこりゃ、すげぇな!!」


「ニャー! すんごい破壊力!! 流石タウトゥミの使った魔動機ニャ!!」


あまりの威力に興奮冷め止まぬ二人。それを冷静に眺めていたミリヤムが、いくつかの疑問点を口にする。


「左側にしか雷は纏えていないが、制御はどうやってるんだ? それに撃った後の魔動機に魔力の停滞が見られないが、一発限りなのか? そもそも全身装備だったよな、どうして膝下だけなんだ?」


「ん、んがー! 今は威力を褒めてほしいニャ! まぁでも、指摘はもっともニャ。」


試験後の魔動機を点検しつつ、レウラが早口で解説を行っていく。


「チュミュエの開発したウコルニュッキは『大気中のマナを取り込む事で使用者の負担を減らす』構造が取られていたニャ。でもこれは"大破局"前の世界でしかできニャかったというか、今の空気中のマナの量じゃ到底全身駆動には足りないんニャ。持続的な起動が難しいとなると浮遊も出来ず重いだけの装備になっちゃうニャ。

そ・こ・で! 大地との距離が一番近い脚部のみの装備にする事によってマナ不足をカバーしつつ軽量化、破壊力はそのままに現代でも使えるように改良したんニャよ!

ナイトメアのシャロームにゃら言葉を発せずとも発動は出来るんニャけど、そこは本人が嫌だって言うから呼吸に合わせて解き放つ仕組みにしたニャ。連発は難しくなった分、切り札としての威力は保証するニャ。構造がウチの家に代々引き継がれてきた技術そのものだったから改良も難なくこなすことができたし、これは運命ニャね。間違いニャい。」


うんうん、と頷くレウラに続いて、構造の半分も分かってないであろうシャロームが納得したように頷く。さらにその横で、いつの間にか現れていた妖精のヒビキもうんうんと頷いていた。後ほどアメジストが青ざめた顔で探しに来るだろう。


「まぁ、なんだ、選択肢が増えたのは良いことだ。頼りにしてるよ。」


リアクションに困りつつ、ミリヤムは無難な回答でお茶を濁す。宿に戻ろうと歩きだしたところで、レウラが清々しく声を上げた。


「じゃ、これで帰るから! またね!ミリヤム!」


えっ、とミリヤムが振り向くと、既に荷造りの準備を終えていたレウラがシャロームに軽く挨拶をしている。どうやら他の冒険者達には既に話を付けていたようでサクサクと歩きだす。


「お、おい、ちょっと待て。そんな話、僕は聞いてない。なんたって急に。」


「僕、なんて言う人知りませーん。」


慌てて駆け寄ったミリヤムに対し、つっけんどんな態度で目を合わせないレウラ。頭を掻きながら、口元のマスクを外し彼女の足を止めるように正面に立つ。


「待ってよ。何も言わずにいなくなるなってに言ったの、レウラじゃないか。どうして急に。」


「だからちゃんと言ったよ?…ふふふ、ゴメン、からかいたかっただけ。元々すぐ帰る予定だった。ワタシがいないと、ロープウェイの点検する人いなくなっちゃうから、本当はダメだったんだけど、ちょっと無理言ったの。でもミリヤムが無茶してるんじゃないかと思ってみたら、良い仲間達に囲まれてて、おかげで安心して戻れるよ。ミリヤム、ちゃんと皆に感謝してね。」


「…そうか。道中、気を付けてな。」


「・・・(じー)」


「な、なんだよ……はぁ、分かったよ。心配してくれて、その、ありがとう。」


「…それだけ?」


「ぅ…その、一人でエルヤビビに戻ったりしないから、あいつらと一緒に、解決していくから、安心して待ってて。…これで、いいか?」


「うん、良く言えました。よしよし。」


顔を真っ赤にするミリヤムの頭に手を置き、二、三度撫でるレウラ。振り払うように首を下げるミリヤム。


「は、恥ずかしい、やめろって。」


「はいはい、じゃ、尾を長くして待ってるから。じゃぁね。」


ため息をつくミリヤムを見て満足したのか、レウラは笑みを浮かべて歩いていく。途中走ってきたアメジストに妖精の場所を知らせつつ、外へ通じる門へと歩みを進めていく雪豹のリカントであった。


    †


レウラの出発から二刻ほど遅れ、買い物を済ませた冒険者達もクルツホルムへ向けて出発する。門番の青年が言った通り、道中に蛮族の気配はなく、街道を整備する職人たちの姿があちこちで見られる状況であった。ヒビキがすれ違う冒険者の声真似をしているのを和やかな雰囲気で見守る一行。魔域の破壊も済んだためこの地域はこれからどんどん発展していくだろう、平和な未来を想像しつつ先に進んでいく。


野営を挟んで1日歩き、山岳地域の南西部へと辿り着く。道は少し荒れてきたが、変わらず蛮族の姿はない。しばらくすると森林地域へと続く分かれ道に、髭をもっさりと生やしたレプラカーンの青年が佇んでいるのが見えた。

種族特有の軽やかな挙動をしながら、地図を手にして遠方を見つめており、目的地がどちらか悩んでいる様子である。一行が近づくと、面白いものを見つけた子どものように目を輝かせながら話しかけてきた。


「皆さま旅の冒険者かな? 儂は探検家マドマニ。謎に包まれている場所の秘密を明かし、それを冒険記として執筆しているぴちぴちの24歳だ。」


「お、おう、そうか。元気でやれよ。じゃな。」「じゃな。」


シャローム(とヒビキ)が軽くいなして先に進もうとするも、マドマニは彼の言葉を無視してそのまま冒険者達についていき始める。


「君達、謎多き場所を知らないかね? ちょっと前にこの先の青い扉に来たんだが、ついさっき見てみたらなんと開いているではないか! 謎だねぇ。ここの扉の秘密を解き明かして本のネタにしようとしたのに、誰かが謎を解いてしまったのかねぇ。こうなったら新しい謎を探すために君達に同行してもいいかね!? ありがとう!!」


「なんだ、こいつは。」


ミリヤムが冷たい目線をマドマニに向けるも、アメジストが軽い相槌を打ってしまったため、喜んで話を続けていく。


「儂は今まで、沢山の謎多き場所を巡ってきた。逆さに生える木、鳴かないオウム、燃える河、胎動する地面。そのどれもが、実にファンタスティックで心躍るものだったよ。君達のような素敵な冒険者なら、きっと新たな謎に巡り合えるに違いない! 例えばこれは、近付くだけで春が訪れるという不思議な樹木になる実で…おっと、こんなところにサソリが。ひょ~いっとぉぷっ」

「きゃっ!!」


軽いステップで避けたマドマニだったが、視線を下に落としていた為正面を見ておらず、前にいたルミナリアの臀部に顔を埋める形で衝突してしまった。突然の叫び声に驚きつつ、事態を真っ先に把握したOECがすぐさま行動を起こす。


「こんの、ヘンタイ!! 吹き飛べ!!!」

「へぶふっ!!!」


渾身のフォースをまともに食らい、マドマニは瞬く間に彼方へと飛んでいった。

さすがにやりすぎでは、とのアメジストの声に、しっかりと反論をするOEC。


「いいんだよ、アイツ、ずっと女の子の事しか見てなかったし、多分今のだってわざとだ。全く許せないヨ、オレの女の子達に手を出すなんて。」


プンプンと怒るOECの動機に呆れつつ、身近に起きた危機?について雑談をしていく冒険者達。


「まぁ、そもそもほとんど女性だからだろうが…。僕はそんな気しなかったな。」

「私もだ、多分本当にただああいう性格なんだろうなと。」

「今、きゃっ、て言ったな? ずいぶんと可愛らしい声で。」

「う、うっさい! 爺ぃホントそーゆーとこマジでやめろ!!」

「…この果物、落としていったわね。」


エンレイが手に取ったそれは、マドマニが『近付くだけで春が訪れる樹木の実』と言っていたものである。触るとほんのりと温かく、心地よい気分を感じることが出来る。


「太陽のようで、いいわね、これ。欲しいわ。」

「ぱっと見、毒はねぇな。食えんのか?」

「貰ってしまおう。捨てるのも無駄だ。」

「なんというか、まるで強盗だな、私達。」

「悪いのはアイツだからイーノイーノ♪」

「別に某は気にしないんですがね…エルフ様に危険が及ぶのは許せませんが。」


思わぬ形で不思議な体験をしつつ、一行は先に見えてきた森林地域へと足を進めるのであった。


    †


山岳から森林へと地域をまたぐと、見慣れた景色に辿り着く。以前森林地域で出会った研究者フィルイックの拠点だ。以前彼から「この先は山岳地域に繋がっている」と言われていたのを思い出す。だが本人は不在であり、散らかった資料や衣服と落胆するルミナリアの姿があるのみであった。

何か危機迫る事があったのかもしれない、周辺を細かく調べ始めると、大地や樹々のあちこちに鋭い何かが刺さった後のような痕跡が確認できた。よく見ると血の跡のようなものも見える。戦闘の形跡かも、と考えたあたりで、ミリヤムが茂みの奥から無数の気配が向かってくるを感じ取った。まもなく大量のエメラルドラクーンが現れ、話す間もなく魔法攻撃を仕掛けてきた。


「お、おい! なんだこの数! 幻獣種がこんな大量にいるなんてどういう事だ!?」


「わ、分からないが、フィルイックがラクーンを連れていたし、本当に何かあったのかもしれない! 声が届くと良いのだが…」


巨大な葉で魔法への防壁を張りながら、アメジストが妖精語で話しかける。だが雨の如く降り注ぐ妖精魔法アイスボルトの詠唱音や破砕音によってエメラルドラクーン達には聞こえていないようだ。


「埒が明かねぇ、一回制圧しちまおう! ヒビキはアメジストんとこ隠れてろ!」

「トドメは刺すなよ! 彼らはここを守っているだけかもしれない!」

「…となると、僕の矢では無理だな。皆、頼めるか。」

「まっかせてよ! 攻撃力の低さには自信があるからネ♪」

「火力調整…難しいわね。」

「こんだけいれば、いくらかには相域も当たりましょうな。」


冒険者達は大樹の幹や蔓を利用しながら、反転攻勢に入る。地の利は相手にあったが個々の実力差で押し切り、苦労せず半数ほどを抑えることが出来た。再度アメジストが妖精語を響かせる。


「"止まってくれ! 私達に攻撃の意思はない! 話をしよう!"」


声が聞こえた者達が戸惑い出し、武器を外したアメジストの姿を見て詠唱を止める。その隙に飛び出したヒビキがラクーン達に近づき、妖精と仲良くできる善人であることを身をもって証明してくれた。ヒビキと話した中で、代表であろう体格の大きめなラクーンが、少し怯えながらもトコトコとアメジストに近づいてくる。


「"おまえらは、もりにがいをなすものではないのか?"」


「"ああ、大丈夫だ。攻撃を止めてくれてありがとう。話を聞かせてくれないか。"」


しゃがみこんで目線を合わせ、優しく語り掛ける妖精騎士。その様子を見て他のラクーン達も集まり始め、合わせて冒険者達もアメジストの近くに集まっていった。


エメラルドラクーン曰く、ここ数日山岳地域からの来訪者が非常に多くなっており、そのほとんどが森を荒らす暴虐な者達であったという。そこで単独では危険と判断し群れを作り、山岳に繋がる橋を越えてきた者全てをこの場で迎撃していたとの事。


「"よくかんがえたら、ひとぞくがきたのはひさびさだ。だいたい、ごぶりんとかばかりだったよ"」


「"そうか、それは安心したよ。それと、ここにエルフの男性が住んでいたはずなんだけど、知らないか?"」


「"いたのはしってるけど、さいきんはみてないなぁ。…え、そうなの? かわのほうにむかったのをみたってやつがいたよ。そっちにいるかもね"」


フィルイックはこの場で殺されてはいないものの拠点に帰っていないようで、結局安否は不明のままだった。状況を確認し、仮定を立てる冒険者達。


「山岳の主が倒された結果、弱小蛮族が森に逃げ込んだ、だろうな。時期的にも一致している。」


「森や草原の主は野性的だったから影響は無かった。でもアラクルーデルハンターは明確に指揮系統を持った主。二次的・三次的被害が発生していくのも当然ね。」


「一時的と願いたいものだが…森の住民達に迷惑をかけてしまったな。」


「流石に、我らのせいと考えるものではありませんぞ。元より森林への蛮族進撃の可能性はあったものですし。次はギルドや住人達への周知を徹底すれば良い事です。それよりもフィルイック殿の行方が心配ですな。」


「だな、ここじゃ休めそうにねぇし、とりあえず川の方向かって見よう。あいつのナリだと、ただ適当に探索してるだけな気もするがな。」


攻撃してしまったラクーン達の手当をOECが済ませたところで、目撃情報があった北西の森へと進むことに決めた冒険者達。ラクーンの案内を受けながら、未開拓の森の奥へと進むのであった。


    †


「しっかし、さっきはよくやったなヒビキ。飛び出してった時は肝を冷やしたが。」


「"サッキノ俺、カッコ良カッタダロ? スゴイダロ?"」


一行は適宜休息を挟みながら、小さな川に沿って森を歩いている。言葉は全く通じてないが、身振りで意思疎通をするナイトメアと風の妖精。その後ろで難しい顔をしながらアメジストが二人の様子を観察している。


「うーん、穢れ嫌いの妖精が宝石すら持たないアイツにここまではっきり好意を寄せるとは。珍しい事もあるんだな。」


「そんなに難しい事なのかしら? 妖精さん、話してみるといい子達ばかりだけど。」


珍しい例、という言葉に興味を持ったエンレイがアメジストの言葉に疑問を投げる。エンレイ自身も妖精語を話すことが出来、魔法行使は出来ないが妖精魔法の仕組みは理解しているようであった。


「エンレイは誰がどう見ても魔導の天才だからなぁ…本来は妖精と会話する事すら難しいんだ。森羅魔法ほどではないけど、才能が無いとまともに見る事も出来ない。私は母上の力を受け継ぐことができたから、なんとか契約することが出来たけど、それも結構大変だったんだ。」


「その気持ち、分かりますぞ。某も割と苦労したもので。ま、無理やり伝統に縛り付けるような家からは逃げ出してしまったのですがな。はははっ」


乾いた笑い声を響かせるルミナリア。笑っていいのか悩みつつ複雑な表情を浮かべながら、再度シャロームの方を見つめ、腕を組んで奇跡の光景を目に映す。


「やっぱり、シャロームは何か特別なんだろうか。右眼で魔力が見えるってのもよく考えたら普通じゃないし。ただ、本人があれじゃなぁ…」


OECやミリヤムの髪を引っ張って遊ぶヒビキに爆笑する男を見て、ため息をつきながら考えるのを止めるアメジストであった。


そうこうしている内に一行は幾重もの川が合流する中継地点のような場所へと辿り着いた。人工的に架かった橋の下に、澄んだ水が木々の間をすり抜けて大きな流れとなっており、やがて海へと繋がる大河に繋がっていく。美しい自然の光景に目を奪われていると、合流してくる小川の一つから、何やら声が聞こえてきた。


「"おーい、フィルイックー、どこまでいったでやんすー? もう魔神はいないでやんすよー? おーい"」


「…あの声は。」


エンレイが見つけたエメラルドラクーンは川の上流を見つめていた。ふわふわの毛を水に濡らしながら手をごますりするそれは、前にクルツホルムで助けたどんちゃんと呼ばれた個体だ。炎の魔法を使える希少種であり、今も近くにサラマンダーを呼んで体温を保っている。そんなラクーンの上の方、生い茂る樹々の隙間から、甲高い別の声が聞こえてきた。


「"もう~いないんじゃない~? てか~そこに人族が来たよ~。"」


冒険者達に気付きシュルシュルと蔦を伝って橋の上に降りてきたのは、草木の妖精ドライアドであった。風の妖精と共にいる事が分かったのであろう、攻撃の素振りを見せずブラブラとぶら下がりながら、今度は交易共通語で言葉を紡ぐ。


「はーい、ドリちゃんはドリちゃんなんで~。エコーちゃんと仲の良い人族、こんにちは~。こんなところに何度も人が来るの、珍しいね~。さっきも人が来てさ~、びっくりだよ~、魔神に追われてあの川の向こう行っちゃったけど~。」


「魔神!? 大丈夫だったのか?」


「うん~、ドリちゃん500年しか生きてないけど~、強いからね~。最近水が綺麗になって~、調子良くなったの~。」


「そうか、共通語が上手いのも500年以上生きてるからこそなのかな。ところで逃げた人の特徴って…」


「やぁ! 君達じゃないか! また会えたね!」


ドライアドとの会話を遮ってきたのは、全身ずぶ濡れでボロボロの衣服が更にはだけたエルフの青年、フィルイックであった。その姿にルミナリアが声にならない叫びをあげている。


「お、なんだ無事だったか。拠点にいねーから心配したんだぞ。」


「え、ありがとう、そんな義理堅い人達だったっけ。ぃやあ、幻獣達から『川が綺麗になった』って報告を受けてさ、調査しに来たんだよ。ぃよっと。山岳から流れて来る川で、前から別に汚かったわけじゃないんだけど、飲むとどこかお腹の調子が悪くてさ、動物達も東からの水流にはあまり手を付けてなかったんだ。でも今回何の前触れもなく綺麗になったって事で、これはきっとまた何か過去の仕掛けが作動したんじゃないかとか思ってね、こりゃあ行くしかないと意気込んでみたら魔神の群れとばったり遭遇しちゃって。どっこいしょ。奈落の魔域ないのになんでだよってね、でも魔神が出たって事もまた何か新たな…」

「ストーーーップ! 元気なのは分かった、残念な話だろうが聞いてくれ。」


橋までよじ登りながらも話す事を止めないフィルイックを全力で止めるミリヤム。ドライアドやどんちゃんを混ぜながら、山岳地帯での出来事を簡潔に話していく冒険者達。


「てことは、君達が魔域を壊した結果帰れなくなった魔神がこっちに流れてきて、工場の排水を止めた結果水は綺麗になったって事か。この森が原因の出来事ではなかったわけだ。」


「ありがとう~。人族、良い人達~。おかげで超元気~。」


ヒビキと絡みながら感謝を述べるドリちゃん。サラマンダーに温められているフィルイックは若干落胆しているが、隣接地域が落ち着いた事については安心しているようだ。


「そしたら、ボクは元の拠点に戻ろうかな。ドライアドにいつまでもお世話になるわけにいかないし。」


「"帰るでやんすよ~。あの場所なら、仲間達が守ってるみたいだから安心でやんす!"」


どんちゃんの後押しを聞いたか知らずか、フィルイックは帰還の準備を始める。ドライアドの方は一度樹々の中にうずもれたかと思うと、か細い枝を手に持ちアメジストの下へ戻ってきた。


「これ~、ドリちゃんからのお礼だよ~。妖精ちゃんと仲良いみたいだし、使えると思うよ~。」


「これは…枝、と言うより杖か?」


「そ~そ~。ドリちゃん特製の魔法の杖。売ったりしたら怒るかんね~。」


「いやいや、とんでもない。ありがとう。大切にするよ。」


杖を受け取り、ドライアドに別れを告げる。砦集落から3日近く歩き続けており、なるべく早くクルツホルムに着いて宿に泊まりたいという思いを全員が持ち始めたため、無事を確認したフィルイックとの挨拶もそこそこに街への道を歩きだした。

これまでの出来事を整理しながら、アメジストは感慨にふけっていく。


「なんだか、色々と考えさせることが多かったな……」


自分達の行い一つで地方全体の環境を変える事もある。冒険者という職の世界への責任を感じつつ、冒険者達はクルツホルムへと帰還するのであった。

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