4章
4章・一節
「無事、戻ってこられましたか、僥倖ですな。というか、早すぎますな。」
「た、助かった…あ、ミリヤム~、元気そうで何よりニャ。まぁ魔動機でバッチリ監視してたけどニャ。」
ルミナリアとレウラに引っ張られ、一行は砲台のあった広場に戻ってくる。レウラの表情が少しやつれており、逆にルミナリアは
「今回は、ほとんどの内容を魔域の主役が把握していたからな。私達は率先して指示を出す彼に従ってるだけで済んだんだ。戦争が起きていたわけでもない、平和な土地での潜入任務。確かに、前回よりは楽だったと思う。」
保存食の揚げ芋をパリパリと口にしながら、アメジストが中で起きた事について二人に話し始める。少し信用しすぎたか、とミリヤムが反省の余地を考えていると、シャロームが早速、戦利品を装着しようとしていた。
「えーっと、ここが腕で、ここが胴体か? ただの鎧じゃねぇな、全然分からん。」
「ニャニャニャ!!? それはなんニャ!! なんなんニャ!?」
魔動機の気配を感じたのか、レウラが飛び込んでくる。おぅ頼むぜ、とシャロームはレウラに丸投げした。
「中にいたタウトゥミの姉貴が造ったウコルニュッキってんだ。全身装着型の魔動機らしいんだけどどうにも分からなくてよ。」
「え…タウトゥミ? タウトゥミって言いました? それにウコルニュッキ、ですか。これが…?」
「なんだ、知ってんのか。そぅいや、タウトゥミもオメェと同じリカントだったな。知り合いか?」
真面目な口調に戻っているのも特に気にせず、レウラに話を聞くシャローム。普段なら率先して聞きそうなエンレイは、仮設テントの中で毛布をかけ
「タウトゥミという名は、アタイの祖先が代々ずっと待ち続けてる英雄の名ニャ。詳しくは極秘なんで言えないんニャが、、、あ、ウコルニュッキ! これは話出来るニャ! ウコルニュッキはタウトゥミが装備した第二の切り札で、構えた位置にいる物体は何でもぶち壊すとんでも破壊力の拳装備…だったはずニャ。全身装備なんて聞いてないニャ。」
「あー、そうか、これは完成版だって言ってたぜ。変形型なんちゃら~とか言ってた気がする。」
「へ、変形するのかニャ!? くくく詳しく見させて欲しいニャ! 一旦預からせてくれニャ!!」
大興奮のレウラに若干引きつつ、ウコルニュッキをとりあえず任せる事にする。外の様子は見えないが時刻は深夜に差し掛かっていた為、一行はそのまま広間にて野営を行う事にした。特段何かが起きることも無く、変わることのない景色の中静寂と共に熟睡する。朝日を浴びれないエンレイだけが少し疲れた表情を見せていたが、魔域から持ち帰った眼鏡に特別な機能がついている事に気付いた後は一晩中魔法の練習を行っていた。
†
翌日、十分な睡眠がとれた一行は再度床下の隠し通路を開き、探索を開始する。魔域は破壊したが、その先にまだ魔神が残っているかもしれない。いつ会敵しても良いよう慎重に歩みを進めていったが、たまに長い階段がある程度であとは入口通路と同じ形状の通路が続くのみであり、何の変化もない一本道であった。
2時間ほど経過したところで、ようやくつきあたりに辿り着いた。壁には取っ手がついており、特に罠なども見当たらない。ミリヤムが慎重に扉を開くと、そこには森林に囲まれた大きな湖が広がっていた。山頂にあるという湖で間違いないだろう、端の部分が見えないほど巨大な湖が、いくつもの枝分かれをしながら下へ流れていくのが見えた。
「おお! 湖! エルフ様、エルフ様いませんかぁー!」
「よ、ようやく着いた。あぁ、陽の光が気持ち良いな。」
「…最高ね。皆もっと太陽に感謝すべきだわ。」
「エンはメリアだもんなぁ~。オレは暗い路地裏とか好きだから平気だったけど。」
「僕も、基本的には暗い方が好きだ。落ち着くよな。」
「ミリヤムは陰キャだニャ。」
「おーし、折角なら水浴びでも……ん? なんだこの湖、変な色だな。」
近付いたシャロームが湖の異変に気付く。日に照らされた水面はどう見ても黒く濁っており、とてもじゃないが浴びようという気になれない。
「…?なんだ? ……皆、妖精達が騒めいている。警戒してくれ。」
周囲にいる微小な妖精達の機敏を感じ取ったアメジストの警告と共に、湖の周囲を観察していく。端の方をよく見ると少し遠い場所に木々に囲まれた四角い建物が見えた。煙突から少量の黒煙を上げ、あろうことかどす黒い物体を湖に向けて流れ出しており、それが湖全体を黒く染め上げているようだった。
「なんですかな、あれ。某としては絶対に許せない状況と思うのですが。」
水の申し子とも言われるエルフ信者のルミナリアにとって、水質汚染を行う輩は撲滅すべき存在であった。眼をぎらつかせ、今にも駆け出しそうな彼女を抑えつつ、流出の原因を探るべく建物の近くまで接近する。建物周辺は砦のように木杭で囲まれ、どかさなければ湖に接する部分からしか侵入が出来そうにない。見張りがいなかったため木杭の影から中の様子を伺うと、そこには湖面から顔を出してケタケタと笑う魔物達の姿があった。パッと見ただけでも30体、うっすらと見える水下にいるのも数えれば50体以上はいる。
「…タンノズね。水棲蛮族だからわざわざ水を汚す理由もないはずだけど…」
「沼とか泥が好みだったし、アイツラも汚いのが好きなタイプなのカナ?」
「あれは、なにをしているんだ・・・?」
魔物達は工場から排水される汚泥を囲むように半円形を組んでおり、何かを逃がさないよう壁を作っているようだった。笑いながら半円の中心を見る魔物達。その場所は位置取り的に見えなかったが、かすかな叫びが聞こえてくるのを、アメジストは聞き逃さなかった。
「"ガフッ・・タ・・・タスケ・・・ゴホッ・・シンジャウ・・ヨ・・・"」
「"・・クルシッ・・モ・・・モウヤメ・・ゴプッ・・ゴボボ・・・"」
「……! 妖精語だ!! あの中に、妖精がいる!!」
タンノズはその多くが妖精魔法を行使可能だが、それは妖精達を強制的に使役して発動しているため、人族の妖精使いからは許されざる行為として蛇蝎のごとく嫌われている。冒険者達はまさにその瞬間、妖精達を屈服させるための拷問の現場に立ち会っていたのだ。エンレイから説明を受け、眼光炯々とした表情でタンノズ達を見つめるアメジスト。
「あいつら…っ!! 絶対に許さない!! 今すぐ助けないと!!」
「賛成ですな、今すぐ殲滅しましょうぞ。」
「落ち着け。真正面から行くには敵の数が多すぎる。」
「エンのライトニングかファイアボールでまとめて薙ぎ払っちゃえば…」
「あの距離じゃ、真ん中にいる妖精さんごと吹き飛ぶわね。」
「アタイのショットガンも巻き込んじゃうニャあ。」
「…丁度良いとこに木杭があるじゃねぇか。見張りも付けてねぇし、奇襲するなら俺一人で十分だ。奴らが妖精を囲んで苦しめるんなら、俺達は奴らを囲んで締め上げちまおう。」
軍師シャロームの閃いた作戦に合わせ、全員がすぐさま行動を開始した。
†
「"・・ガフッ・・モウ・・・ムリ・・・・"」
人間の少女のように見える5体の妖精が、縄で縛られ、鉱毒を流す大きなパイプに吊るされた状態で頭から鉱毒を浴び続けている。そのうちの1体が己の限界を悟り魔法による抵抗をやめ、意識を途絶えさせる。そのまま放っておけば命はないだろう、その様子に恐怖する他の妖精達と、笑みがこぼれるタンノズ達。
どうやら1体を見せしめに、他全員を従わせる腹積もりのようだ。最早囲う必要も無し、妖精達の苦しむ様を眺めるため我先にとパイプの下に集まっていく。鉱毒はタンノズ達にも害をなすものであったが、そんな事よりも苦痛に喘ぐ顔が見たいらしい。しわくちゃの顔をニヤつかせながら、下衆な笑い声をあげていた。
すると突然、水中から勢いよく向かってくる何かが、集まっていたタンノズ達を突き飛ばす。水上まで打ち上がった何かは、得物を吊るすパイプの上に着地する。紫のベストを着た人族の男が、森羅魔法の気配を匂わせながら槍を構え立っていた。
「よう。相変わらず醜い姿だねぇ、タンノズってのは。」
今は楽しい拷問タイム、周囲に見張りなど付けていない。突然の来訪者にタンノズ達はそのしわくちゃな顔を更に歪ませる。周囲にいた仲間達を突き飛ばした男は、目下に妖精の姿を確認し少し不快そうな顔をしたかと思うと、そのまま槍を使って縄を捕え、全員を縄ごと引き上げた。タンノズ自慢の右手のハサミはパイプの上の彼には届かないようで、カチカチカチと空気を挟む音を大量に鳴らしながら怒りの言葉を彼にぶつけていく。
「"ナンダ、キサマ!! 儀式ノ邪魔ヲスルトハ、許サンゾ!"」
「"キサマモ捕マエテ鉱毒マミレニシテヤル!!"」
「"エイリャーク様ニ、ソノ身ヲモッテ償エ!"」
「あー何言ってるか分からん。あばよ、ゴミ共。」
這い上がってくるタンノズの攻撃をいなしつつ、妖精5体を担ぎ上げ、そのまま木杭の外に向かい走り出す紫の戦士。縄は触るだけで少しチクリとする魔力的なものであったが、妖精に重さは無く、繋がれていたおかげで運びやすくもあった。
鉱毒によって濁る水によりタンノズ達も身動きが取りにくかったため、陸地に上がりシャロームを追いかけ始める。戦舞士かつナイネルガの走法を得ていたシャロームの足には簡単に追い付けなかったが、数を活かして叩き潰してやろう、と考え一気に水中から這い上がってきた。
その瞬間を狙っていた他の冒険者達が、木杭の影から一斉に攻撃を開始する。
「"ヴェス・ジスト・ル・バン。フォレム・ハイヒルト・バズカ―フォーデルカ"
灰燼に帰せ、"ファイア・ボール"!」
「火の精霊よ、我が怒りの如く燃やし尽くせ!"ファイアブラスト"!」
「地面より深くエルフ様に謝罪しろ!"コング・スマーーーッシュ"!!」
「"闇ノ参・
「"神の名の下に、汝を…"略!おフォーース!」
「ターゲットサイト・標準良シ、装填OK! 吹き飛べぇ!"ショットガン・バレット"!!」
幾重にも重なった遠距離攻撃が、シャロームを追うため固まっていたタンノズ達を吹き飛ばす。50を超える集団は轟音と共に瞬く間に倒れていく。炸裂する魔法を運良く潜り抜けた個体が攻撃を行おうにも、冒険者の周囲にある木杭の一部が内側を向いており、鋭く尖る先端に近づくことが出来ないまま各個撃破されてしまう。陸地に上がったタンノズ達は訳も分からぬまま、なすすべなく滅ぼされていった。
湖に残っていた僅かな個体は状況を見て逃走を確信するも、その頃には前線に出ていたミリヤムによって次々と撃ち抜かれていく。湖中に逃げた相手に対しても、ルミナリアに"ウォータードゥエラー"をかけられたエンレイが水中に潜りライトニングを放ち続ける。"逃さずの眼鏡"によって精度の向上した閃光魔法に、抵抗することは出来なかった。
一刻も早く救出するため単騎で高速移動が可能な戦舞士を妖精達の元へ向かわせ、その時間を使い詠唱と木杭の準備を済ます。釣られて出てきたタンノズ達を範囲攻撃で殲滅し、数的不利を無くし次第各個撃破に移る。シャロームの作戦は文句なしに成功していた。余裕の出てきた一部の冒険者が雑談をし始める。
「き、気持ち良いぃ~~! こんニャに楽しい狩りは初めてだニャ。」
「狩り、というか、言いようによっては虐殺というか…まぁ、妖精を苦しめた奴らに慈悲はいらないだろうし、いいか。」
「イキ残りいないかなぁー、手足縛って非常食とかにしたいナ。」
†
爆音を背に、シャロームは湖から少し離れた地点へ移動していた。木々に囲まれたそこには透明な水が詰められたビンが多数置かれており、簡易的な寝床も置かれている。体力・魔力を使い果たし意識が
「まずこれ飲め、仲間の妖精使いが作った綺麗な水だ。気絶してるヤツにはぶっかけるか、多少は効くだろ。…言葉伝わってんのか? てか半透明の妖精に毛布とか意味あんのかよ。えぇいとりあえず行動だ、おら。」
クリエイトウォーターで作られた水を、ひとまずエコー達全員の頭にかける。かけられた全身が光り出し、回復効果が効いている事が目に取れた。その後シャロームが水を飲む仕草を見せると、エコー達も真似して少しずつ飲み始め、生気の無い表情から徐々に明るい笑顔が戻ってくるのが確認できた。本来の彼女達は、普段から笑顔を絶やさない存在なのだろう。
「おーしおし、いいぞ、元気になれ。…しっかし、すげぇ爆音だな。昔みたく走り回るだけってのも久々だったが、俺も遠距離攻撃なんかしら出来るようになっとくかねぇ…ん? 起きたか。」
「"コホッ・・・アレ・・・イキテル・・・?"」
気絶していたためシャロームが少しずつ口に水を流していたエコーが目を覚ました。先程まで体を縛られ頭から毒をかけられていたはずが、木々に囲まれた寝床で横になり、元気になった他の仲間達から心配そうに顔を覗き込まれている。
「"ダイジョウブ?"」
「"ワタシタチ、タスカッタヨ"」
「"コイツガ、タスケテクレタンダ"」
「"オレイノコトバ、ツタワラナイケドナ"」
見ると、視線の先にナイトメアの男が見える。起きたのを確認して頭を撫でてきたその男は、助かった命に対し安心して笑顔を見せていた。妖精は穢れを嫌う為ナイトメアは普段からあまり信用しないのだが、その瞬間のその男は彼女にとって特段輝いて見えた。
「"オオ、イノチノオンジン! スキ!!"」
彼女の顔がにこやかな表情に変わったあたりで、馬の走る音が聞こえてくる。妖精達は警戒したが、近付いてきた魔力が飲み水にかけられているものと同じだと分かると再度笑顔を取り戻し、空を飛びながら来訪者を出迎える。ゼロ丸に乗ったアメジストが、シャロームのいる拠点へ合流しにきていた。
「シャローム、妖精達の様子は…おお、元気だな。"みんな、身体は大丈夫かな?"」
「"テイマーサン! オカゲデゲンキダヨ!"」
「"タスケテクレテアリガトウ! ソコノヒトニモ、イッテオイテ!"」
「"ワーイ! イキテル、イキテル! ワーイワーイ!"」
元気に飛び回る妖精達をみてホッと一息つくアメジスト。こちらも万事問題はない、駆逐し次第、工場内部の探索を始め鉱毒を排出している装置を止めに行くとの事。助け出した妖精全員の無事を確認したため、シャロームもそちらに合流すべく寝床や瓶を片付けていく。
「…ん? どうした? まだどっか辛いのか?」
ふと気づくと、先程まで気絶していたエコーがシャロームの左上腕を掴んでいる。アメジストが話を聞いてみると、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「"ワタシ、コイツノコトダイスキ。コイツニ、オンガエシスルタメ、ツイテク"」
「"え、ええ!? この先は危険だぞ、辞めた方が良い。"」
「"ヤダ、ツイテク。イチドアキラメタイノチ、 コイツノタメニツカウンダ"」
そう言ったエコーの顔は少し赤くなっているようにも見える。何度説得しようにも頑固な彼女に頭を抱えてしまうアメジスト。言葉の分からない男は不安そうに話しかけてくる。
「おい、どうした? この子なんか悪いのか?」
「お、お、お前は! この子に何をしたんだ! ぃやそもそもどうしてそうなんだ!! ナナリィ様といい、この子といい、ヴィルマちゃんに申し訳ないとは思わないのか!! バカァ!!」
「バカァ!!」「バカァ!!」「バカァ!!」「バカァ!!」
「えっ、お、おい! なんだ、どうしたんだ!?」
他のエコー達が面白がって語尾を真似しだす中、罵倒されながら肩を揺さ振られ、訳も分からず戸惑うシャローム。他者のために身体を張って行動できる男の姿は、窮地に陥った者の心に刺さるものがあるのだろう。片付け後、4体のエコーに一度別れを告げながら、新たな同行者と共に工場へ向かう冒険者であった。
†
魔物の死体処理等の片付けを終え、陽が陰り夕方を迎えたあたりで、冒険者達は工場の内部へと侵入する。工場内部は大型魔動機が置いてある一部屋のみと驚くほど単純な構造であった。中心に開いた大穴へ大量のマギスフィアが伸びており、地下から鉱物を取り出して内部で精錬し、希少物と他素材で分離し、不要分を外へ流す仕組みになっている。操作盤付近に魔動機文明語で操作方法が書かれていたため、はしゃぐレウラとエンレイが手順通り操作をし、速やかに魔動機を停止させた。無事排水も停止したようで、蛮族が残した希少な生成物をレウラが喜んで回収していた。
「こんだけ良い鉱物が取れるなんて物凄い魔動機ニャ! でも不用物を外に流すのはナンセンス過ぎるニャ…」
「魔動機の起動自体は最近みたいね、生成物にも手をつけてないならタンノズは偶然起動させてしまっただけかしら。」
「ああ、妖精達も水が汚れているなぁと様子を見に来たところで奴らに捕まってしまったらしい。そもそもタンノズ達が現れたのも最近だとか。妖精の時間間隔はあまりアテには出来ないが…」
アメジストが話を聞いたエコーは今シャロームの背中にくっついている。重さもなく見えにくいため本人は気付いていないようだった。少女に抱きつかれてる男を見て白けた目で見つめるルミナリア。他の者はあまり気にすることも無く、工場の探索を始めていた。
「…ん、これは……」
ふと、ミリヤムが落ちていた杖に目を付ける。エイリャークのシンボルであるイカの紋様が描かれた布に巻かれていたが、中身をよく見るとそれは彼女にとって見覚えのある作りになっている。
「ぇ、それ、エルヤビビの…」
ミリヤムの異変に気付いたレウラが駆け寄り、状況を把握する。ミリヤムはすぐに外に駆け出し、考え出した推測の確認のためタンノズ達が使っていた武具を確認してみると、所々に見覚えのある意匠が施された物が見つかった。
「こいつら、凍原地域から移動してきたのか。危険な場所から逃れるために…」
戦闘によって居住区を追われるのは、何も人族のみに限った話ではない。思えば、さきほどのタンノズ達は自慢のランタンもなく、従えた妖精がいないのか妖精魔法をほとんど撃ってこなかった。余程慌てて逃げ出してきたのだろう。失ったものを再び得るために、この工場を利用しようと考えていたのかもしれない。
「一体、何が起きているんだ。…やはり、はやくエルヤビビに行かないと……」
「…っ!! ミリヤム!!」
追いかけてきたレウラが到着するなり後ろからミリヤムを抱きしめる。意思の籠った強い言葉を、だが最後の方は少し震えた声で、彼女に自らの想いを語りかける。
「ダメ、行かないで。もう少し、落ち着いてからでいいよ。今は危ないから。…1人に、しないで。お願い、だから、、、」
強い女、そう心の中で思っていた彼女の告白に思わず目を見開くミリヤム。はぁ、とため息をつくと、背中から回された腕を掴み、身体から離しながらゆっくりと正面を向いた。
「・・・それが本音か。まったく、お互いあの時から、全く成長してないな。言ってくれればいいものを。」
「絶対、ウソ。言ったところで行っちゃうでしょ。前みたいに勝手に。」
「ぐっ…それは……困ったな、反論しようがない。でも大丈夫だ。私はもう、勝手に行かないと誓ったよ。」
「ホント?……誓ったの? 誰に?」
「…それは、その……内緒だ。」
んにゃー!と煮え切らない回答に文句を言うレウラと、誤魔化して他の武具を確認し始めるミリヤム。お互い言葉の足りない者同士だが、2年の時を埋め合わせるように、少しずつ分かり合う事が出来てきたようだった。
遠くから様子を伺っていた他の女性達は、少し安心したように微笑ましい二人の行動を覗いていた。
「喧嘩とかにはならなそう、かしら?」
「美しき友情ですなぁ。うんうん。」
「えー、アレはもう友情超えてるってゼッタイ。」
「"アレハ、デキテルネ。マチガイナイ"」
「エコー!? へ、変な事言わないでくれ、意識してしまうだろぅ。」
何してんだか、とパーティ唯一の男は白けた目でその状況を眺めていた。
†
工場の探索が終わる頃には陽も落ちていた為、シャロームが仮拠点としていた場所で野営を行う事にした。生き残りのタンノズが工場へ戻ってくる事も考え警戒は行いつつ、樹々に囲まれた自然豊かな場所でのんびりと時を過ごす。先程この場で別れたエコー達も戻ってきており、感謝のしるしにフェアリーダンスで一行を和ませていた。
ちょうど良いタイミングだと再度シャロームにくっつくエコーに対し説得を行うも頑なに同行を望み続け、頭を抱えているアメジスト。妖精語を話せるエンレイも話に加わっていたが、彼女はむしろアメジストをからかいつつ状況を楽しんでいた。OECは踊るエコーにちょっかいを出そうとして逆に吹き飛ばされている。ウコルニュッキをいじるレウラと、それを眺めるだけのミリヤム。そしてその二人の様子を眺めるルミナリアは、口をへの字に曲げながら複雑な思いで自身の中にある感情と見比べていた。
何事もなく夜は過ぎ、曇り空と共に朝を迎える。山の天気は変わりやすい、雨が降る前に一行は山頂から移動する事にした。
「んじゃ、元気でな!」
「元気でな!」「元気でな!」「元気でな!」「元気でな!」
シャロームの挨拶にこだまするように声を真似るエコー達。1体は勿論、男の肩に引っ付いていた。
「"ヒビキチャン、バイバイ!"」
「"マモノニ、キヲツケテ!"」
「"タノシンデキテネ!"」
「"アノオトコト、スエナガクヤッテケヨナ"」
「"オウ、イッテクルゼ!"」
誰の真似なのか男前にポーズを取る1体のエコーが、大袈裟にリアクションをする仲間達に別れの挨拶をする。こだまって山で響くよな、男の一言で"ヒビキ"と名が付いた彼女は説得も虚しく結局ついて来ることになった。最大限の譲歩として、アメジストと契約を結び、市街や戦闘中、睡眠等の時間は妖精石伝いにこの地へ戻り、問題ない場合に召喚によって呼び出す事を約束とした。原理はいまだ不明だが、妖精は宝石からゲートを使い任意の地点に戻れるらしい。要はエコー達はすぐまた会えるのに仰々しく別れの挨拶をしているのであった。
「別に、いつでもついて来させれば良いじゃねぇか。」
「おまえ、人の気も知らないで! いいか、妖精には常識なんて無いんだ。街中で放ったらどんな悪さをするか分からないし、本人はそれを悪いとも思わない。そのせいで普通の人は、妖精を害ある者として忌避する事もある。なんでかシャロームはすぐに気に入られてるけど、本来なら妖精とは意思疎通すら難しいんだぞ! 特にナイトメアなんだから、ただでさえそういった偏見の目に遭いやすいのに、あ、おい聞いてるのか!?」
「んな悪い事しねぇよなー」
「なー」
アメジストは本気で心配しているのだが、当の本人達は何も気にしていない。それどころかお互い意思疎通すらまともに取れていないはずだが、語尾を真似て交易共通語を話しているように見える2人は異様なほどに息が合っていた。新たな同行者に悲喜こもごもの思いを乗せつつ、登ってきた石の通路を下り始める冒険者達であった。
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