3章・七節

いつもの浮遊感ののち、魔域に侵入した一行は一軒家の前に立っていた。日に照らされ草花が綺麗に揃う庭の中に、白髪のリカントの男性が寂しげに佇んでいる。彼はこちらには気付かず、意を決したかと思うと一軒家の玄関前に立ち、中の人間に聞こえるよう強めにノックをして叫び始めた。


「チュミュエ姉さん! 出てきてよ! 馬鹿親父の事なんて気にしなくていいじゃないか! 戻って一緒に、またみんなで暮らそうよ!」


すると、家の中から声が返ってくる。一行の場所からでも聞こえる程の大きな音量で、意志の固そうな女性の声が聞こえてきた。


「お父様の事を悪く言わないで! 違うの、お父様の期待に応えられない私が悪いの。私に関わらないで頂戴!」


「なんで親父のことばっか言うんだよ! 僕は姉さんのこと、大好きだよ、だから諦められない。ねぇ、一緒に帰ろう? こんなとこに一人でいて、どうするんだよ。」


強い拒絶の言葉に対し、男は縋る様に扉に項垂うなだれる。突如目の前で繰り広げられる愛憎劇に口を挟んでよいものか分からず、冒険者達は言葉を失っていた。何度かのやり取りの後、室内の女性は投げ捨てるように言葉を吐く。


「…うるさい、うるさい! いずれ防犯用魔動機が来るわよ。これ以上そこに居るとあなたを敵と見なして攻撃するわ。早く帰って。」


女性の言葉には敵意をも感じ取れた。涙を堪え、悲しみを噛み締めるリカントの青年。そのすぐ真横に、いつの間にかソイツは立っていた。


「ねぇねぇ~、そんな事言わないで、全て開いてオレとイイコトしようぜ?」

「―え?」

「だ、ダレ!? 待って、タウトゥミ逃げて!本当に魔動機が来ちゃう!!」


女性の警告と同時に、周囲に警報音が鳴り響く。何を持って判断しているのか、OECが玄関に近づいた事を危機と察したらしい。木製の屋根が機械的に動いたかと思うと中から3台の魔動機が出現し、玄関にいる2人に問答無用で爆撃を行い始めた。


「うひゃー!タスケテー!!」

「…アレ、ほっといても良いよな?」

「何言ってるんだ! リカントの彼は助けなきゃ! 行くぞ、ゼロ丸!」

「恐らく彼か中にいる女性がこの魔域の主役だろうな。仲は取り持つべきだ。」

「その青年が敵意剥き出しでこちらを見ているけど、大丈夫かしら。」


色々と呆気にとられた冒険者達であったが、やるべき事を理解すると迅速に行動を始めるのであった。


    †


爆撃魔動機マリスバルバは火力こそ凄まじいものであったが、人数で勝る冒険者達には到底及ばず、僅かな時間で制圧を完了した。傍にいたリカントの青年、タウトゥミに敵意はないことを説明し、OECを拘束する事で何とか納得してもらう。


「…そうか。君達は冒険者であったか。僕はタウトゥミ。ここに何の用があってきたのかは知らないが、姉さんを害する気が無いのならいいさ。そのアルヴは姉さんに近づけないと約束してくれ。」


「なんでさ~キミが会いたがってたから手伝っただけじゃないかぁ~」


「…そうだ、僕は何としてもこの扉を開けて姉さんに会いたい。誰かこの鍵を開けられないか? 顔を見て話せば、きっと姉さんも分かってくれる…!」


言葉を尽くしても道が開かれないのならば、手段を選んでいる暇は無い様だ。強い意志を込めた彼のまなざしに、冒険者達も協力する。


「任せろ、鍵開けは密偵の仕事……駄目だ、魔動機じゃないか。僕には無理だ。」


「…私の出番かしら。"ヴェス・ザルド・ス・テラ。オブカ・ドルア―ディロカルア"」


見るなり諦めたミリヤムを横目に見ながら、エンレイが唱えたアンロックの魔法により、扉の鍵が開かれる。タウトゥミはすぐさま開け、家の中へ入っていく。魔動機工房の内部に、病的な白い肌をした女性が1人椅子に佇んでいた。


「姉さん!!」


弟の無事な姿を確認し、女性は嬉しいような困惑しているような顔をしている。白い長髪に隠された紫の角が、忌み嫌われる彼女の種族を表していた。


「もう、どうしてよ。…タウトゥミ、私の事は気にしないで良いのよ。あなたは優秀で、誰からも認められる存在。私の近くにいてはいけないわ。」


「そんな事ない! 姉さんの作る魔動機は他のどんな魔道技師の物より精巧で強力だ! 僕だけじゃない、色んな人が認めてるんだよ!」


「それは、私の名前を出さなかったらの話でしょう? 私自身が認められないと駄目なのよ。そうでなければ、お父さんにも認めてもらえない……」


そう話す彼女の身体は少しずつ透明になっていき、やがてリカントの青年以外の全ての物が色を失い黒くなっていく。慌てていた青年は徐々に状況を理解していき、やがて記憶も取り戻したのか、先程までの眼の輝きが失われ、全てを諦めたような表情で君達に語り掛けた。


「…そうか。ここは魔域の中だった。君達は、この魔域を破壊しに来たんだね。…あらためて、僕はタウトゥミ。雪豹のリカントだ。姉チュミュエと共に"壁の守人"をやっていた。…ついてきて。この先が深域だよ。」


姉を慕う血気盛んな若きリカントの姿はなく、こちらの話も聞かずどこか閉鎖的なタウトゥミの姿に、一行は困惑を覚えつつ先へと進むのであった。


    †


「ぃやん、久しぶりねシャロく~ん会いたかったわぁ~」


「げ、ナナリィ! やめろ! くっつくな!!」


「ナ、ナーナレイネリア様、私が担ぎますから!どうかお待ちを!」


中心域は樹々に囲まれた凡庸な道が形作られていた。同時に、壁の守人3名がそれぞれの遺物から顕現する。逃げ回るシャロームを追うナナリィとアメジスト。その横では彫像解除されたゼロ丸がラピスに駆け寄り何やら意思疎通を図っている。

OECはこの時を待っていたとばかりに、カティアに自らの持つ杖を見せつけた。


「カティ! みて! カティの杖もらった! 綺麗で強くて凄いよ!」


「わ、私の杖…今の時代まで残ってたの? どうして…?」


「ちゃんと神殿に飾られてたんだよ? カティ、凄いね!」


自分の杖がハルーラの御神体として飾られている事に驚く元守人。カティを認めてる人もたくさんいるんだよ、とはしゃぐOEC。カティアは戸惑いの表情を見せつつも、少し嬉しそうに顔を押さえていた。


侵入早々賑やかになる冒険者達を気にする様子もなく、タウトゥミは小道を先に進み、奥に見えた石造りの建物を指さす。彼の顔は先程庭先にいた時よりも、若干年を取ったように見える。


「ここは親父と敵対している魔動機製造企業の工場。魔神と契約して、人族では考えつきもしない製造方法で魔動機を作っていると噂されていた。僕は姉さんのためにその技術を盗もうと思ってこの工場に侵入した。…その先に、魔神がいたんだ、この魔域の主はそいつに違いない。」


言うや否や冒険者達の反応を待つことなく、一人で先に進んでしまうタウトゥミ。アレクとエンレイはその態度に少し不満を覚えていたが、ミリヤムは違うようだった。


「必要な事を最低限の労力で共有する。とても効率的だ。故郷の会話を思い出す。」


そういいつつ、納得したようにタウトゥミについていく。そういうもんかの、とぼやくアレクに対し、エンレイはその言葉にも納得のいかない様子であった。


「…レウラちゃんを見る限りそんな事はないと思うけど。そういえば、彼女も雪豹のリカントだったわね。"鉄騎無双"タウトゥミ、エルヤビビと繋がりでもあるのかしら。カワユの残した文章にはあまり詳しく載ってはいなかったけど…」


    †


石造りの外観に対し、金属製の大扉が一行を迎えていた。鍵は見当たらず、そのまま開けば中に入れるように見える。タウトゥミ曰くこの先どうあっても魔動機と戦闘になるとの事で、んじゃコソコソ隠れる必要もねぇな、とシャロームが(ナナリィを背負いながら)勢いよく扉を蹴り飛ばした。


「"シンニュウシャ、シンニュウシャカクニン。シキュウコウソクセヨ。"」


けたたましい警報と共に天井の格納庫から小型の魔動機・バルバが次々と出撃する。その数は50を軽く超えており、ハチの巣を叩いたかのように集団で襲っていた。手に持つ炸裂弾を連続で投下されたらひとたまりもなかったが、1機あたりの耐久値があまり大きくなかったため、近付く前にミリヤムとエンレイがそのほとんどを撃ち落としていた。

接近してきたバルバを拳で粉砕しながら、タウトゥミが全体に指示を回す。


「奥の倉庫に特殊技術で造られた魔動機部品があるはずだ。僕一人の時ではこれらの対処に時間がかかって間に合わなかった、でも今なら警備兵が来る前に見つけられる。魔神討伐ついでに、見つけてもらえるか。」


「仕方ないなぁもう♪ お姉さんダイスキなんだからぁ。」


OECのからかいを完全に無視して他の者に意思確認するタウトゥミ。全員の賛同を得られたため、バルバ達の殲滅完了後に突き当りの倉庫に向かう。


「部品には共通して"女の周りに蔦が広がっていく"シンボルが彫られてるから、それを見つければ……早いな。」


「こんだけ汚ぇ魔力帯びてりゃ一発だ。他にもケッコーあるぜ。」


「む、僕の見つけたものと形が違うな。これだけでは用途が分からないが…」


シャローム、ミリヤムがそれぞれ別の部品を発見する。形状が違う事にタウトゥミも驚いたようで、固い表情に少しばかり変化が表れていた。


「形状が違うのに同じ用法なのか…? 姉さんに見せれば喜びそうだ。」


倉庫はかなりの魔動機が保存されていた為色々と捜索していると、様々な形の部品を見つけることが出来た。全て同じシンボルが彫られているが、魔動機術を扱える者がいなかったため部品だけでは用途を想像するのは難しかった。倉庫内の捜索をあらかた終えたあたりで、再度タウトゥミが全員に通達する。


「・・・そろそろ来るな。皆、準備を。」


収集物を持ち倉庫から出て、先程魔動機達と戦闘した部屋に戻る。しばらくすると、タウトゥミの指し示した方角から警備兵、とは名ばかりの魔神達が現れた。特定の部品ばかり収集している一行を見て、目的を理解したのか非常に殺気立っている。事前に情報を得ていたので隊列も滞りなく組み終えており、奇襲したつもりの魔神達に対し、逆に意表を突くことが出来た。


「グオォォォオオオォォォォオオオォォォ!!!」


「あの時は逃げたが、今回はそうはいかない。この姉さんの魔動機があるから。」


両手を握り締めたタウトゥミの表情は、少しばかり先程の庭先にいた頃と近い熱を帯びたものとなっていた。


    †


「ザルバード二体と…四つ足の獣はアルガギス、甲羅固いから面倒かも。」


翼を持ち機動力に優れるザルバードと、獣並みの知能だが高い攻撃力と耐久を持つ巨体アルガギス。魔神の雄叫びを聞きつつ冷静に分析するOECの姿にまた少し驚きつつも、少ししゃがんで姿勢を整えたタウトゥミは鋭い目つきで敵を睨み付ける。


「あの大きいのをこちらに誘導して。両脇の竜もどきはよろしく。」


両手を引き腰を下げ、独特の構えをする彼の両拳に、パチパチと電気が発生し始める。手の甲に備えた鋼鉄製の魔動機が帯電し、光を放ち始めていた。何か考えがあるのだろう、冒険者達も彼に合わせて行動を開始する。


こちらの行動に合わせて、魔神達は三体とも光り始めたタウトゥミを狙い攻撃を繰り出してきた。遠距離攻撃可能な魔導士達が牽制攻撃を行い、その隙にシャローム・アメジスト・アレクサンドラがザルバード二体を塞き止める。放置されたアルガギスは進路妨害を受けないよう自身の身体を丸めてそのまま転がり始めた。固い装甲に守られた球体がタウトゥミへ向けて真っ直ぐに飛んでいく。


「"我が雷に壁は無く。我が進撃を止める術なし。"」


魔動機文明語による詠唱により、魔動機に帯電された電気がその勢いを増し始める。回転しながら勢いよく突っ込んでくるアルガギスに対し、タウトゥミもまた数mほどを全力で疾走し両の拳を突き出した。


「打ち砕け、ウコルニュッキ!!!」


ドドン!! という二発の衝撃音は近距離に雷が落ちたかと思う程の大音量であった。前線にて交戦していた全員が振り向くと、丸であったモノは「山」の形に二カ所大きく凹んでおり、黒焦げになってその場に横たわっている。大質量を相手にしたタウトゥミは平然とその場に直立しており、拳を握り直して魔動機に故障が無いか調子を確認していた。


「い、一撃だと…!!」

「すげぇ! カッケェなぁオイ!!」

「なんという力…威力だけなら、我がミュラッカを超えている。」

「いいわねぇ、欲しいわぁ、あの子。」


騒めく冒険者達であったが、自分達より格上の魔神が一撃で葬られた事にザルバード達の方がより恐れおののいていた。後ずさりするも、部屋の入口には既にアメジストとゼロ丸が回り込んでいる。


「悪いな、逃がすわけにはいかない。貴様らの大好きな恐怖を抱いたまま、闇に帰るがいい。」


勢いに飲まれた魔神達は、なすすべもなく冒険者達に滅ぼされていった。

    

    †


魔神を倒し戦闘が終わったタイミングで空間が歪み始め、周囲の景色が変わっていった。突然の出来事に身構える冒険者達であったが、見えてきた新たな舞台は多くの魔動機が並ぶ魔動工房であり、見覚えのある白髪の女性が作業台で整備をしているところであった。


「…! 姉さん! 見てよこれ。あの倉庫から取ってきたんだ。冒険者達も協力してくれてこんなに沢山。この中に、姉さんの役に立ちそうなものあるかな?」


駆け寄ってきたタウトゥミの姿を見たチュミュエはとても嬉しそうな顔をして受け取った部品を触り始める。先程拒絶していた姉弟とは思えない仲の良さに一行は一安心していたが、タウトゥミ本人はどこか悲しい目をしていた。


「この部品の構造、知りたかったのよね。変形加工がされてるんだけどどうやったら様々な形態に変形できるのか…構造さえ理解してしまえば魔神の魔力なんて使わなくていいのよ、腕が鳴るわ。本当にありがとう、タウトゥミ。」


ぎゅっ、と抱きしめられ、雪豹のリカントは完全に動きを止める。直立した尻尾は赤面する顔の意味を完全に表しており、宙に浮いた両手はピクピクと居場所を探し求めていた。


「ね、姉さん、ぼ、僕こそ、、ゴメン、なさい、、、」


言葉を紡ごうとした彼の顔にはいつの間にか涙が流れており、今にも号泣しそうな表情になっていった。そうしている内にまたしてもチュミュエは透明になっていく。悲しみに暮れるタウトゥミを置いて、空間もまた歪み始める。風景はあまり変わらなかったが、置かれていた時計の針が勢いよく回り続け、窓から見える太陽は幾度も出入りを繰り返す。時間が経過していると理解したあたりで景色の変動は落ち着き、いつの間にかまたチュミュエが作業台の前に立っていた。


「出来たわ! 操作者に応じて最適な変形駆動をする全身装着型魔道具、ウコルニュッキ! 魔法にも、詠唱にも依存せず雷を放てるこの武器なら、獣変貌状態のタウトゥミでも扱えるはず! 早速、タウトゥミを呼んでこなきゃ!…これなら、父さんやツィオネイも認めてくれるかな。ふふっ。」


チュミュエには全員が見えていないようで、そのまま部屋の外へ通じる扉を開き、笑顔で空間から消えて行ってしまった。ウコルニュッキと呼ばれた魔動機は全身鎧のような形状をしており、作業台の上にドンと置かれている。状況を理解できない一行を前に、唯一己の過去を知るタウトゥミが、真実との違いを説明し始める。


「…本来なら、姉さんにあの部品を渡す事が出来なくてこの武具は完成しなかったんだ。代わりに出来たのが僕のウコルニュッキ。両拳に雷を乗せ、合言葉を発する事でようやく力を発揮することが出来る。…そうか、あの時部品を持って帰ってこられたら、テュータルを作る必要は無かったのかな……やっぱり、僕の、せいか。」


完成されたウコルニュッキを見て、涙が止まらないタウトゥミ。ふと気が付くと、チュミュエが出て行った扉の向こうに、黒い空間に囲まれた奈落の核アビス・コアが出現していた。破壊すれば魔域の攻略は完了だろう。魔域の主役タウトゥミの悔恨は、チュミュエに部品を届けることで本来未完成のウコルニュッキを完成させたかった事のようだ。


今回は非常に手早い解決だったな、彼はそっとしておくべきだろう、と、ミリヤムやアレクサンドラの言葉で部屋の外に向かう冒険者達。だが、気になる事があったのか情に厚い男がタウトゥミに近づいていく。


「姉貴、本当はどうなったんだ?」


作業台に顔を伏せるタウトゥミにシャロームが言葉をかける。その傍ではエンレイもまた(棚にある魔動機に興味を示しているように見せて)話を聞いていた。


「…テュータルという、対魔神殲滅用魔動機を作るためにその命を犠牲にした。僕があの日ちゃんと部品を持って帰って来れば、姉さんにとって満足いく魔動機が作成できていれば、命を捨ててまで完全な魔動機を追い求める事は無かったかもしれない。

……姉さんはナイトメアとして生まれたから親父に疎まれた。出来不出来関係ない、努力すれば認められるとずっと頑張って…。姉さんのこと、僕が認めて誰よりも大好きじゃダメなのかな。」


作業台の端にしがみつき、泣き崩れるタウトゥミ。その様子を見て、少しため息をつきながらシャロームが諭す。


「全く、テメェで勝手に命背負ってんじゃねぇよ。テメェの姉貴はこれ完成させたトコロで変わらず魔動機造り続けただろ、僅かな時間見てた俺でも分かるわ。本人が好きなモンのために命懸けたんだ、誇りこそすれ他人が後悔してどうするよ。」


台の上にあるウコルニュッキを手に取りながら話すシャロームの言葉に、タウトゥミは目を見開いて反論する。


「そんなことっ!!! 僕は、姉さんが生きてくれれば良かったんだ! 僕が頑張って姉さんの武器で戦績を上げていれば! 父さんたちも認めてくれたさ! そうすれば!!」


「それが姉貴は嫌だったんだろうが!! 自分の為に命懸けるバカな弟に、何かしてあげたいと思わねぇワケねぇだろ!! 姉貴の気持ちもちっとは考えろ!!!」


シャロームに胸倉をつかまれたタウトゥミは、魔域に囚われてもなお気付けなかった事実を突きつけられ衝撃を受ける。姉と同じ忌み嫌われた種族の人から、真正面から言われた言葉が胸に刺さる。シャロームが手を離すと、全身から力が抜け、そのまま床にへたり込んでしまった。


「そんな・・・じゃあ・・・やっぱり姉さんは・・・僕のために・・・」


「おう、お前の事大好きだったんだろうな。わざわざ人里離れた場所にまで会いに来て、自分の為なら何でもしてくれる弟が死ぬ気で頑張ってるんなら、自分も死ぬ気で頑張ろうと思うだろ。」


項垂れるタウトゥミの頭にポンと手を置くシャローム。丁度その時、部屋の出口からアメジストが様子を見に戻ってきた。


「もう、いいか? 奈落の核アビス・コアはあと少しで壊せるが…」


「おう、いいだろ。行こうぜ、エンレイ。そんな気になんなら、魔動機の一つ二つ持って帰ったらどうだ? 放っといたらどうせ消えんだし。」


「…っ、そうね。もう見終えたから大丈夫。これだけ貰おうかしら。」


足早に歩くエンレイの表情は、棚に置いてあった眼鏡をかけていたため上手く見えなかった。その様子を少し不思議に思いつつも、シャロームもまた部屋の出口に向かう。最後の一歩を踏み出そうとした際に、タウトゥミから声をかけられる。


「…待ってくれ。折角だから、このウコルニュッキを持って行ってもらえないか? どうせ、消えてしまうのだろう? あんたなら、使いこなせると思う。」


文字通り立ち直り、シャロームをしっかりと見据えるリカントの男。姉の作成した逸品を他人に託す。決意を固めた弟に話しかけられた男は、ニヤリと笑みを浮かべつつ軽快に言葉を放つ。


「いいじゃねぇか。男はやっぱそういう気合が大事だよな。…ぃや、俺に扱えるかは不安しかねぇんだが、頼まれちまったなら仕方ねぇ。任せとけよ、テメェの分までしっかり活躍させてやるさ。」


ウコルニュッキを受け取り、拳を掲げるシャローム。じゃあな、と一言上げて部屋の出口に向かった所で、タウトゥミは頼れる男に向かい心に引っ掛かっていたもう一つの懸念を打ち明けた。


「なあ、あんたから見て、姉に縋る僕はどう見える。滑稽に見えるか?」


「いいんじゃないか、人なんてそんなもんだろ。…俺はな、自分が育てた子どものような存在を、好きになっちまったんだぞ。笑えるかよ。」


顔を赤らめるシャロームに少し驚いたが、最後は笑顔で冒険者を見送った。


「そうか…そんなもんか。ありがとう。あんたにそう言われるなら嬉しいよ。縁があればまたどこかで会えるかもしれないか。…じゃあな。」

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