3章・五節

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※今節の内容について、筆者の推測を多く含めて話を作っているため、セッションの進行により事実が明らかになると大幅な修正が加えられる可能性があります。あらかじめご容赦ください。

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避難民の元へ駆けながら、ミリヤムの頭の中を今まで集めてきた情報が回っていく。


コルガナ地方中東部に位置するパルアケで、北方からの人の流通は全くなかった。

コカトリスや邪教団による所為と聞いたが、0というのは違和感があった。

他にも要因があるのではないか、と思っていた。


だが上流から流れてくる河川は清らかで、戦闘の形跡は感じ取れなかった。

重金属を使う冒険者が最近になって参戦したとすれば今頃は濁り始めているかもしれないが、戦闘があったのであればそれまで何の音沙汰もないのは異常だ。故意的なのかもしれない。


何故?


エルヤビビから移動した人間を、暗殺や待ち伏せなどで抵抗させずに殺している?


それを公にせず秘密裏に行っているのなら、"鋼の帝国"参戦前は『エルヤビビは通常だ』と誤認させて人を呼び込んでいた?


そんなことが魔神だけで出来るはずがない。まさかまた、内部犯の存在が?


だとしたら、


だとしたらわたしは、、


また何も気付かないまま、大事な故郷ものを失うのか


    †


息を切らし、都市部中心街にある公営宿舎に辿り着く。宿舎では見覚えのある民族衣装を着た避難民達が丁度朝の集会を行っていた。エルヤビビは小集落が集合して都市を形成しているため全員と知り合いという訳ではなかったが、幼き頃の情景と同じ人達の様子を確認したことで一先ずの安心を得るミリヤム。


「その恰好、その眼…あんた、"クウェラン"の者かい?」


集会中に突如現れたシャドウの弓兵を見て、老婆の一人が鋭い眼光で声をかけた。その他の者も一様に敵意を向け、中には怯えている者もいる。"クウェラン"はエルヤビビ内での呼び方であり、クウェラン闇弓術改式を使用する者が多いミリヤムの一族はそう呼称されていた。


「そうだ。…いや、元、と言った方が良いか。僕は脱走した身だ。今回の件も、たった今まで知りもしなかった。エルヤビビは無事なのか? 許してもらえるなら、話を伺いたい。」


「…そうかい。そうだろうね、事情を知ってる奴がノコノコと我らの前に現れる訳が無い。入りな、今その話をしているところだ。」


集会では避難した住人達による情報の共有が行われていた。避難民が少しずつ増えていくため、何が起きて避難する事になったか、どうやってこの地に着いたか、新たな情報は無いかを一週ごとに話し合っているという。観光都市エルヤビビに住んでいた人数と比べるとあまりにも少なかったが、健康状態も良く僅かながら活気もあった。

…少し安心してしまったのが余計に最悪だった。今日は最近ここに着いた2人の避難民が話をすることになっていたが、そこでミリヤムが聞いた内容は、にはあまりにも過酷過ぎる内容であった。


「俺はエルヤビビ北端の集落に住んでた者だ。ある日突然魔神が来たと思ったら、襲われる前に後ろから矢が飛んできた。俺は間一髪で避けたけど、一緒にいた同僚は脳天を刺されて即死だよ。俺は訳も分からぬままその場から逃げて、気付いたら凍原を彷徨っててさ、もう駄目だと崖から落ちたところで偶然冒険者に見つけてもらったんだ。よく生きてたよな、ホント。」

「…ウチは、西の方にある牧場に住んでたモンだ。なんでもないある日に、お父ちゃんが青白い顔して帰ってきたから心配して近寄ったんだ。そしたら思いっきり引っ掻かれてさ、痛い!と思ってよく見たらお父ちゃんの顔、目ん玉飛び出てて、ぐすっ、もうバケモンになっちまってたよ。周りの人間も、ウシさんも真っ青になってて、母ちゃんと一緒に急いで馬さ飛び乗って、ロープウェイのある中心街さ逃げたんだ。怖かったよぉ。」


弓による攻撃。不死化した住民。彼女の心に鮮烈に残る傷跡が、脳裏から過去の記憶を蘇らせる。強烈な吐き気と共に、全身の力が抜けていく。崩れ落ち放心するミリヤムの姿を見て、先程の老婆は多少の気を遣いつつも、決して受け入れたくはない、一言を言い放つ。


「…想像通りだ。"守人の一部が魔神でなく人族を射抜いている"。逃げてきた皆の共通認識だ。以前、内部者に不死の女王を信仰する邪教徒を出した一族・・・"クウェラン"の者が、エルヤビビに魔神を手引きしたんだよ。」


    †


エルヤビビは現在、全域において猛吹雪と共に魔神の襲撃が絶えず発生しており、安全と言える場所はロープウェイのある中心街のみとまで言われている。その中心街でも元々エルヤビビにいた守人や"鋼の帝国"の冒険者が昼夜通して戦闘隊形を組み続ける事でようやく踏み留めている状況だ。その他の地区では状況の把握すら行えておらず、集落間での連絡が取れない為現状どの程度の被害が出ているのか、無事な集落がどの程度存在するかも不明らしい。

ただ一つの共通点は、襲われ避難してきた者の証言に"弓矢での狙撃に遭った"という報告が多い事であった。


「莫迦な・・そんな・・・一体・・・なにが・・・・・」


凍原地域は吹雪も少なくないため、クウェランの至近距離射撃以外で弓を使う事は少ない。そもそも、守人として訓練を積んできた一族でもなければ魔神の襲撃に合わせて行動する事など不可能だ。そして何よりも、不死者の目撃情報。確たる証拠はないものの、事実のみを組み合わせればミリヤムの一族が関わっている事は明らかだった。


「…ここに居たければ居ればいい。ただし、その弓だけは預からせてくれ。皆が怯えちまうでな。良いか?」


老婆の話に力なく頷き、背中に背負う弓と手斧を差し出した。落ち着いてはいるが齢17歳。絶望を背負うには未熟過ぎる心であった。

気を遣った避難民の一人に言われるがまま寝台に横になり、三つ目を閉じて精神を落ち着かせる。顔を天井に向け、頬を辿る雫を感じて初めて、自分が涙を流している事に気付く。世界を知るため少し外を覗きたかっただけなのに、フェイの感じていた事を知りたかっただけなのに、どうしてこんなことになったんだ。考えるほどより涙は溢れだし、布団に顔をうずめ必死に悲しみを堪えていた。


「脱走したシャドウの子がいるのって…ここ?」


ふと、部屋の外から声が聞こえてくる。遠い昔に聞いた懐かしさを覚えたミリヤムは、すぐに布団を整え寝台から飛び出した。こんな時でもまだ、無駄なプライドはあるらしい。自分自身を嘲りながら、急な来訪者を出迎えた。


「コンコンッ、お邪魔します。・・・やっぱり、ミリヤムだ。元気してた?」


「・・・・・あっ、レウラか。久しいな。」


レウラ・アーセガル。ミリヤムと同じ集落に住むリカントの女性で、雪見温泉が一大観光となっていたエルヤビビにおいて、祖父の他界後1人で銭湯を切り盛りしていた頼もしい少女である。雪豹の体毛は白黒のコントラストを美しく描いており、細長く伸びた尾は絶えずくねりと動いていた。同い年という事もあり幼少時はよく行動を共にしていた"幼馴染"であったが、大人になるにつれ徐々に疎遠になり会話も減っていった為、久々の再会にも関わらず、2人とも日常のように淡々と会話していた。


「2年以上もどこにいってたんだよ。出かけるならひとことくらい言って。」


「別に、出かけるって感じでもなかったんだが。とにかく、無事で良かったよ。」


「まあね。ワタシここんとこずっとトゥルヒダールにいたから。・・・みんなは、そうはいかないかもだけど。」


レウラ曰く、同じ集落の人族をこの避難所では見ていないらしい。守人以外の一般的な暮らしをしていた人族の方が圧倒的に多かったはずだが、全く見ていないのは違和感があるとの事。他の避難民の話を聞いて、レウラも自身の住む集落が原因なのではないかと悟っていた。


「おかげで全然銭湯に帰れてなくてさ。きっと色々錆びついて悲鳴上げちゃってるよ。心配だなー。」


「そこなのか。・・・変わってないな、レウラは。」


「ミリヤムが変わりすぎなんだよ、そんなバッサリ髪切っちゃって。男の子かと思ったじゃん。」


「そうか、それは嬉しいな・・・ぃや、私は全然変われてないさ。あの時のように、今回も、何も知らないままだ。」


寝台に座り下を向くミリヤム。まぶたを赤く腫らしている事に気付いたレウラが、静かに隣に座り込む。ひと時の間お互いに無言であったが、やがてレウラは雪豹の尾を丸ませながらミリヤムを包み込み、最後にギュッと抱きしめた。


「ワタシもさ、"大浸食"の前からトゥルヒダールここにいたから何にも知らないんだ。まさか故郷が魔神に喰われるなんて思ってもなかったよ。しかも内通者もいるかもしれないなんて…最初に知った時、めっちゃ泣いた。いつも仲良くしてくれた人達の中に、そんな事する人がいるって。…あの時も、そうだったよね。ワタシの、ワタシ達の大好きなフェイちゃん、いつも3人、一緒だったもんね。」


リカントの温かい体毛と言葉に包まれ、ミリヤムは感情を抑えられなくなる。レウラの胸に顔をうずめ、大粒の涙を流し出す。誇りと羞恥心に塞き止められ、溜めに溜めた想いの言葉を、ようやく他人にさらけ出した。


「…あのとき、あのときフェイの事もっと、分かってあげてたら……っ、今回の件も、もしかしたら無かったんじゃないかと……そんな事ばかり考えて……っ…! 私が、私がいつも勝手だったから……! もっと話を、聞いてあげてたら……!!」


声は震え、言葉の節々から嗚咽が漏れる。普段の冷静沈着な表情は消え、年相応、いやそれよりも幼く見えるほど感情を爆発させる。受け止めた側はおそらく同じように誰かにそうしてもらったのであろう、優しくミリヤムの頭を撫で続ける。1人で生きてきたレウラも本来は弱みを表に出さない性格のため、辛さが痛いほど理解できるようだ。


「そだね。ワタシ達、なんも分かってあげれなかった。ワタシもおんなじこと思った。フェイちゃんはちゃんとワタシ達の事見て、気にしてくれてたのにね。大丈夫、一人じゃないよ。…ミリヤム、ワタシね、アナタもいなくなって、実はとっても寂しかったんだよ? ミリヤムが無事で、本当に良かった。」


「……ごめん。気まずくてさ。……さっきレウラの声聞いた時、本当はとても嬉しかったんだ。言うの、恥ずかしかった。」


「そだね。ワタシも、避難所にシャドウの子が来たって聞いた瞬間にミリヤムじゃないかって走り出してた。似てるね。」


「…そう…だね…‥」


抱きかかえられながら寝台に倒れこむ。朝日が昇り始めたばかりであったが、経験したことのない精神的疲労と泣き疲れが合わさったのか、ミリヤムはそのまま眠りについてしまった。二の腕に彼女の頭を乗せながら、布団を上にかけていくレウラ。何かを決意したかのように、そっと言葉を呟いていた。


「…エルヤビビには、帰っちゃダメだよ。ミリヤムは絶対巻き込ませないからね。」


    †


「おいーっす。エルヤビビの人達っすかー? ミリヤム来てません?」


公営宿舎に、大量の差し入れを持って紫の戦士が訪れた。街行く人に道を聞きながら向かっていたところ、話をするたびにお土産を持たされてしまっていたようだ。冒険者という立場からなら哀れみではなく仕事として受け入れてもらえるだろう、トゥルヒダールの人々は嬉々としてシャロームに物を積みまくっていた。


「これはこれは、冒険者の方がわざわざどうも。ミリヤムさん、というのはシャドウの少女の事ですかい? もしかして、彼女は皆さんとご一緒されてるので?」


「…"少女"? ぃや、どちらかというと青年というか、ぃや待て、そういや性別確認した事なかったな…マジか……」


「何、気付いてなかったの?」

「これだから爺ぃ殿はダメですなぁ、全く。」


シャロームについて行く形で、エンレイ・ルミナリアも避難民の様子を確認しに来ていた。アメジストはゼロ丸の世話が終わり次第合流、OECは行方知れずの為不参加である。エルヤビビの情報を確認し、状況によっては山岳地域の魔域攻略より優先すべきと考えていた。たまたま入口にいて一行の対応にあたっていた避難民の青年が、そのまま会議部屋まで案内しながら先程起きた出来事について話していた。


「ミリヤムさんは話を聞いた後、部屋で休憩を取られております。今回の件がとてもショックだったようで…彼女のお連れ様というのなら、皆さんにも、お話ししますね。出来ればあまり口外してほしくない事もあるのですが。」


会議部屋で差し入れを配分しつつ、エルヤビビで起きた事について話を聞く3人。途中でアメジストも合流し、さらに増えた差し入れを整理しつつ情報の整理も行っていった。


「"大浸食"以降、北方は特に危険な状況と聞いていたけど、現状がここまで厳しいとは思わなかったわ。」


「内通者だなんだ言ってたが、要は身内の不始末バレたくなかったから救援要請が遅れたって話だろう? ったく、何やってんだか。ミリヤムの出身って考えたらそんな気もすっけどよ。」


「そういうものなのか。…私には分からない。誇りだとか言っている場合ではないだろう。現にこうして、人々は苦しんでるではないか。」


「自分達だけで片付けたいって気持ちは、分からなくもないですがね。裏切りは魔神の得意技ですし、余所者に頼るのを不安に思うのも仕方がない事でしょうな。ミリヤム殿の復帰を待って、我々もどうするか決めましょうぞ。」


一行が話していると、会議部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。どうぞ、とアメジストが声を上げると、陽気な声と共にゆっくりとドアが開かれた。


「コンコンコンッ! 失礼、しますニャ!・・・皆さん、ミリヤムのお仲間さんかニャ? おおお! 凄い量の芋ニャ! もらっていいのかニャ!?」


現れたのは雪豹のリカントだった。白黒の尾をブンブンと振り回しながら入ってきた少女は、入るなり差し入れの甘芋に興味津々だった。


「そうよ、ミリヤムと一緒に旅をしているわ。あなたは?」


猫なで声は要求の印、注意深く見つめるエンレイが進まなそうな話を強引に進めていく。


「あ、そうだったニャ。アタイはレウラ。ミリヤムと同じ集落に住んでた魔導技師兼銭湯娘にゃ。ミリヤムについてお願いがあるんだニャ。」


ほぅらやっぱり、と冷めた目で見つめるエンレイとは裏腹に、美味しそうに甘芋を頬張る彼女を可愛いと感じたアメジストが、次の甘芋を用意しながら話を聞いていく。


「同郷の者か、ミリヤムは大丈夫なのか。辛いことがあったと聞いているが。」


「そうなのニャ。ミリヤム、自分の一族が故郷を裏切ったって話でめちゃくちゃ傷ついてるんニャ。でも多分、放っておくとこのままエルヤビビに向かってってしまうんニャ。それじゃダメニャ。原因も分からず突っ込んだら、ミリヤムも変になっちゃうかも。それじゃダメニャ!」


分かりにくい話を要約すると、魔神と共に集落を襲撃している人族がミリヤムと同じ一族で、レウラの予想では魔神に操られているのではないかという事だ。対策もなく向かってしまうとミリヤムも操られてしまうかもしれない。それを危惧したレウラは、少なくともエルヤビビ全体の状況が確認できるまでは、ミリヤムを行かせないで欲しいというものだった。


「ふむ、言いたい事は良く分かりましたが、果たして我々のお話をミリヤム殿が聞いてくれるでしょうかね。」


「俺は自分の意見曲げられんの嫌いだからなんも言えねぇな。心配なのは分かるけどよ。」


「そこをお願いニャ! 何にも言わないと一人でも行っちゃうニャ! 頼むにゃあ~」


「あわわ、分かったから、ちょっと!」


アメジストの肩に抱きつきゆさゆさと振り回すレウラ。ふざけているようであって、友のために必死な彼女のお願いは一行にとっては聞き入れても支障のないものであった。騒いでいる内に先程と同じドアから、少し疲れた表情のミリヤムが現れる。


「…騒がしいと思ったら、やっぱり皆か。現状を聞いたのであれば、僕はすぐにでもエルヤビビに……レウラ、何やってるんだ?」


「ミリヤム~! 元気出したかニャ? エルヤビビは今危険だからやめようって話をしてたニャ! ミリヤムもそうするニャ!」


「え……ニャ…え……?」


先程自分を支えてくれた気丈な女は何処にいってしまったのか。ミリヤムが困惑している内に話はどんどん進んでいく。雪と魔神が吹き荒れる今のエルヤビビに闇雲に突っ込んでも成果を得るのは難しい、今は山岳地域の魔域攻略に勤しもう。まずは後顧の憂いを断ってから考えるべきだ。終始レウラが主導権を握ったまま、会議は結論に辿り着いてしまった。


「はい、終わりニャー。では今日はこれから山岳の遺跡! レッツゴー!!」


「ん、ついてくんのか? 戦闘大丈夫か?」


「当然ニャ! 製錬された魔導機術マギテックの力、見せてやるニャ!!」


「お、おい、ちょっと待て!!」


意見を言いかけたミリヤムの傍にレウラが近づく。皆にもわざとらしく見えるように振る舞いつつ、ひそひそと耳打ちをした。


「(余所向けのはいつもこうなの。変な事言ったら、ミリヤムがこんなの胸で泣き喚いてたって皆さんに言うからね。)」

「なっっ!!お、おい!!!」


引き留めを聞かず冒険の準備をしに部屋へ戻るレウラ。何言われたんだ?とシャロームに聞かれるも応えが出せず戸惑うミリヤム。何をするか分からないレウラを放っておくわけにもいかず、渋々と山岳探索に向けて準備をし始めるのであった。


別のものに圧倒され、彼女の胸にあった「早く何とかしなければ」という焦燥感が薄れていたのは、彼女自身は気付く由も無かった。

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