3章・四節

「…扉、開かないわね。」


遺跡を調べてみると半円型の建築物には意匠を凝らした扉があり、魔神と人々の対立を描く様子が彫られていた。鍵穴部分のみ金属製となっているがよくある形状ではなく、魔法による鍵がかかっているように見受けられる。ノマリ族から開け方について確認しておらず、一行は調査の中断を余儀なくされていた。


「普通の鍵穴なら僕でも開けられるんだが。一旦トゥルヒダールへ向かって情報を得た方が良いんじゃないか。」


太陽がまだ落ちていなかった事もあり、調査を止めてトゥルヒダールへ向かう事にした。エンレイは名残惜しそうにしていたが、ルミナリアの体調を考えて野宿より宿にした方が良いだろうという結論に至り、一行は再び街道を進み始めた。

先程の作業員達のおかげか道中は魔物の影一つなく、順調に進み日没前にトゥルヒダールへ到着することが出来た。


    †


トゥルヒダールは山岳に囲まれたくぼみを自然の要塞として利用した造りになっており、"大浸食"後も魔物の襲撃等で大きな被害を受けていない堅牢な都市である。

周囲の山々から算出する鉱物資源を利用して鍛冶が盛んに行われており、腕がいい職人が多い事で知られている。ここから火山を越えてエルヤビビへと至るロープウェイが運行されているため、平時は北方との連絡口として地元民や観光客で賑わう事もあったようだが、今は魔物退治のための武具を求める冒険者達で溢れていた。


「ヨッシャー!酒場に・・・あれ? あの建物、ハルーラ様の聖印??」


都市に着くなり駆けだしたOECが足を止め見つめていたのは、ハルーラの印である五芒星を外壁に彫り込んだ大神殿であった。通りすがる人に話を聞くと、どうやらハルーラ神殿の総本山だということで全てのハルーラ信者が集う聖地だそうだ。信者なら知っていて当然とも思えたが、OECなら仕方がない。OECがそのまま向かってしまったため、ルミナリアとアメジストに宿の確保を任せ、エンレイ、シャローム、ミリヤムは大神殿へ向かう事にした。

道中、エルヤビビへと繋がると思われるロープウェイが確認できたが、人の姿もなく時刻的に終了しているのだろうと考え翌日訪れる事に決めた。


ハルーラ大神殿内部は形状こそ通常の神殿を大きくしたような普遍的なものであったが、床には大きく五芒星が描かれており、その中心に極星を象った聖杖が飾られていた。窓にかかるカーテンは七色の色彩を見せ、導きの象徴であるオーロラを思わせる。最奥には多くの信者達が祈りを捧げているであろう女神像が、星を指し示す右手を上げて来訪者を歓迎していた。

厳かな雰囲気であるはずの神殿内は、先程突入していったアルヴを中心にざわめきと人だかりが起きていた。3人が頭を抱えつつ近づいてみると、なんとOECを讃える言葉が聞こえてくる。


「あ、あの方が頭部に付けられているのはハルーラ様の御力が強く込められた聖なる印じゃ! 彼女はハルーラ様の御使いに違いない!! ありがたや~」

「おお、なんと美しくも凛々しい少年! ハルーラ様に選ばれただけの事はある!」

「感じます、感じますよ! 彼女から素晴らしいオーラを感じます!」


「そうでしょ、そうでしょ! オレ偉いんだよ~あっ君カワイイね♪」


中に入るなり讃えられ、すっかり天狗になっている元引き籠りのアルヴは調子良さそうに信者達を男女のべつ幕なしに口説いている。どうやら草原の神殿で見つけた聖印が信者達にとって非常に重要な物らしく、それを付けた神官を特別な存在と考えたようだ。信者達の信仰を否定する訳にいかずOECを放っておくことを3人が考えていると、神殿の奥から高位の司祭服を纏った老人が現れ、3人に話しかけてくる。


「…皆様は、あちらの御方のお連れ様かね。わしはこの神殿の神官長。あの聖印、何処にて入手されたかお分かりになられますかな。」


問いに対して、発見した張本人であるミリヤムが当時を思い出しながら話す。


「草原地域にあった神殿の、石像の手の平に掛かっていた。僕達はあの聖印の導きに従って魔域への道を開き、そして破壊する事に成功した。神官の方はさておき、あの聖印は確かに敬われて然るべき物とは理解できる。」


「おぉ、そうですか、草原の魔域を破壊していただけたのですね。それが本当ならば、感謝してもしきれませんな。わしらの悔いを晴らしていただけたのですから。

あの方の付けられている聖印は、"大浸食"時、神官の一人が草原の神殿から逃亡する際、魔域の拡大を防ぐために設置した御神体とも呼べるもの。本来ならば野ざらしなど決して許されない崇高な聖印なのですがね、被害を食い止めるため身を切る思いで置いていったものなのです。…もし、ご返却いただけると、僥倖でありますな。」


老人は言葉こそ高位の神官らしく振舞おうとしているが、言葉の節々に縋る様な感情が見て取れ、最後の表情は懇願していると言っていいものだった。御神体と言うからには、神殿にとっても非常に重要なものなのだろう。納得した3人は、周囲の目に触れない神殿奥の部屋にOECを呼び出し、再度同じ話をする。


「え、ヤダヨ? つけてるだけでこんなにモテモテになれるハルーラ様の御力とか手放すわけないよ? ハルーラ様もきっと、御神体?を置いてった罪だって許してくれるよ!悔やまなくたって大丈夫ダイジョーブ!」


楽な人生が約束される状況を、30年近く引き籠り無職をしていた者が易々と手放す理由はなかった。そう言わずに、と老人も食い下がるがOECは首を縦に振らない。どうしようかと考えていると、ふと老人の目にある紋様が映る。OECが腹に巻いている、カティアのターバンに描かれていたものだった。


「その紋様…もしかして、ノマリ族の方なのかね? で、あらば、お見せしたいものがありますな。少し、待っていてくだされ。」


老人がもってきたのは、神殿の中心に飾られていた極星の杖であった。ノマリの紋様が描かれた布で包まれたその杖は、一行にもどこか見覚えのあるものだった。


「これはな、かつてハルーラ神官であり"壁の守人"でもあった…」

「あ! カティの杖だ!!」


回復の担い手として常にカティアの傍で戦ってきたOECは一目で見抜いていた。曰く、カティア・ロッサが守人で無くなる前にハルーラ神殿に寄贈されたものとの事で、特別な力を持つため御神体の一つとして飾られていたらしい。


「うおお、すごーい! ホンモノだー!」


「杖の名は"ポーラースタッフ"。魔神と戦う者を勝利へと導くハルーラ様の加護が宿った魔法武器です。聖印をお渡しいただけるのであれば、こちらの杖はあなた様に差し上げますな。ノマリの方であれば、抵抗もないかと。」


「抵抗って、どういうことだ? 誰にも使える訳じゃねぇのか。」


「それはの…」


傍で聞いていたシャロームが疑問を口にすると、老人は少し気まずそうに視線を横に逸らす。言い淀んだ内容を理解したエンレイが老人の代わりに、諭すようにOECに向かい冷静に話す。


「真実を知る私達は平気だけど、乱心した守人、"英雄殺し"の武器と考えたら、『使う者に悪影響を及ぼすかもしれない呪いの武器』と考える人もいるでしょうね。恐怖を感じる理由なんて、大抵は無知によるものなのよ。」


少し難しい言い方に時間をかけたが、内容を理解したOECはすぐさま聖印を机に置き、真剣な表情で老人の持つ杖に手を差し出した。恐らくその場の全員が初めて見るであろう怒りを込めたOECの表情は、親友への思いが強く込められていた。


「杖をください。オレが使って、カティの事誤解する人減らしてみせるよ。」


「……魔域内にて古の守人と遭遇した噂は聞いていましたがね、君達はどうやらカティア様と会われたようですな。カティア様の話は、50年ほど前、かつて彼女の部下であったティエンスの神官から聞きました。彼の話を聞くまでは私も恐れておりましたがね、それ以降は信じる事に決めたのです。引き取り手の無いこの杖を御神体の一つとして神殿の中心に飾っていたのは、私の中のささやかな抵抗ですな。」


そう言いつつ、包まれた杖をOECの手に委ねる。古の時代に作られたとは思えない美しい彩色と形状は、神官であれば星神ハルーラの加護を確かに感じるものであった。


「御神体をタダで渡すのは流石に神官長として難しいですが、魔域を制覇し、カティア様に認められたあなた方になら、本来ならお譲りしても良いくらいのものですな。どうか、よろしくお願いいたします。」


「分かった。任せてよ。カティのためになら、いくらでも頑張るから。」


腹に巻いていたターバンを杖の先端に結び替え、神官として凛々しく構えるOECは、決意に満ちる引き締まった表情を見せていた。


    †


宿を見つけたアメジストとルミナリアは、以前と同じように商業エリアへ向かい、夜の街並みを眺めつつ面白そうな店を探し歩いていた。砦集落でお見舞いに来た際、トゥルヒダールに着いたら買い物しようと約束をしていたようだ。とはいえパルアケのような妖精とエルフに祝福されたものは少なく、ほとんどが刃物や農具などの鍛冶製品でありそこまで興味の引かれる内容ではなかったため、買ったものと言えばルミナリアが三又槍用のウェポンホルダーを購入したくらいであった。


名物グルメという薄切り揚げ芋ポテトチップスをパリパリと口に運びつつ、ベンチに座り一息つく2人。


「武具としてはとても良いかもしれないが、金属は妖精達が嫌がるんだよなぁ。ゼロ丸用なら良いかもだが。」


「精霊も同様ですな。まぁそもそも、某では重すぎて持ち運べやしませんが。魔動機なら或いはですが、それはエルフ様の怒りに触れるやもしれませんのでね。自然の恵みが一番ですぞ。」


木陰の一角で休む顔立ちの整った二人は、パルアケの時と同じように住民達の注目の的となっている。夜特有の輩もいるにはいたが、顔立ちだけでなく装備もしっかりと整っていたため軟派など到底出来ず逃げ帰っていた。アメジストも慣れたのか、特に気にせず話を続けている。


「ふふっ、ルミナリアは本当にエルフが好きだな。少し羨ましいよ。…その槍、この街なら直せるんじゃないか? 大事な人から、貰ったものなんだろ?」

「っ!!!?!」


彼女には明かしていなかったはずの話が不意に飛んできたため、掴んでいた揚げ芋を思い切り握りしめてしまうルミナリア。服の上に粉々に散らしたものを払おうとするが、先程購入したばかりのウェポンホルダーも落としてしまい、動揺を隠せていないようだ。


「あ、アイツ!! あることないこと喋って!!」

「ちょ、ちょっと待って、違うんだ! なんか知ってそうな感じだったから、私の方から彼に聞いたんだ、決して言いふらしてる訳では!!」


ルミナリアが大事にする三又槍について、彼女が昏倒していた為槍の回収時に説明も出来ず、エンレイ・アメジストは気を遣って、ミリヤム・OECは特に気にすることも無かったため全員に事情を説明するタイミングが無くなっていた。唯一遠慮なく聞きそうなシャロームが槍を見る度にニヤついていたのを見て、つい問い詰めてしまったらしい。一人で楽しみたかったなぁ、とぼやきつつ、渋々教えてくれたようだ。


「…で、あらば正しい情報に訂正を! と彼はただの親友です! 決してそのような感情を抱いた覚えはありません!! 決して!!」


「あ、あぁ、分かった、分かったよ。私は別にそんな意図で話したつもりは無かったんだ、ごめんよ。親友も、良いじゃないか。」


「ぇ…あ。そ、そうですな、そうですよね、失礼いたしました。」


顔を赤らめて下を向き、太ももに付いた揚げ芋を払う素振りを見せるルミナリア。照れ隠しなのか、本気で否定しているのか、これは確かに面白い、と感じてしまうアメジスト。しみじみと、つい思った事を口にしてしまった。


「…やっぱり、素のルミナリアの方が良いな。なんというか、可愛い…感じ?」

「んな……」


処理の限界を超えたのか一瞬固まってしまうルミナリアであったが、はっ!、と声を上げたかと思うと、水を得た魚のように急激に元気になり口から言葉を溢れさせる。


「あ、アメジスト殿に可愛いと言われてしまいました! もしかして某の事好きになってしまったのですかな? 照れますぞ照れますぞ~確かに心なしかエルフ様と似た顔立ちのアメジスト殿ですがまさか某に惚れてしまうとは某も心の準備が」

「えっちょっ!! ちょっと待て!! 待ってくれ!!」


明らかに周囲に聞こえる声でとんでもない事を口にされ、今度はアメジストの方が赤面する。お互いに笑顔と冗談を交えつつ、星に彩られた夜に声を響かせる。聞き耳を立てていた住民を大いにざわつかせながら、つかの間の平和なひとときは仲睦まじく過ぎていった。


    †


夜も更け、宿に戻った冒険者達は各々の時間を過ごす。純粋に爆睡している者、情報収集を終え月明りを見ながら弓の弦を整備する者、今日一日で心境の大きな変化があり寝付けない者、何故か隣の女性を意識して落ち着けない者、先程強く決意したはずが酒場で人漁りを始める者。そんな中、睡眠不要のメリアの学者は、私の時間とばかりに夜の街を散策していた。


夜のトゥルヒダールは宿の集まる地区こそ静寂に包まれていたが、少し離れると金属の打ち付ける音がそこかしこで鳴り響くようになる。日中に注文された武具を夜通し調整して明日納品するのか、鍛冶技術向上のために鍛錬を繰り返しているのか、煤煙となびく炎の明かりは陽が登ろうと続くであろう。冒険者が多いため酒場はどこも大盛り上がりであり、静かなところを求めてエンレイは路地を彷徨っていた。


「ピッカー! お姉さん、久しぶりピカね。」


居酒屋街の裏路地を歩いていると、見覚えのある黄色いタビットに話かけられた。3本の腕と操りの腕、赤く光る右眼を持つ異形の詩人は心軽やかにエンレイに寄り添ってくる。


「…まさか、再会するとは思わなかったわ。こんなところで、何をしているの?」


「お姉さんこそ、無事でなによりピカ。吟遊詩人がやることは一つピカよ。」


タビットは近くにあった樽の上に乗り、背負っていた箱型の楽器を腹前に構える。パルアケの時には所持していなかったそれは、縦に鍵盤が付き、蛇複状に折られた中心部を伸縮させる事で音が鳴る仕組みアコーディオンのようだ。


「時間貰ってもいいピカ? 仕入れた情報、練習がてらに聞いていくピカ。お姉さんなら、きっと楽しんでもらえるピカ。」


そう言いつつ、有無を言わさず演奏をし始める。4つの腕により一つの楽器から重奏音が聞こえてくるのはなかなか新鮮な体験だった。エンレイもまた付近の壁に寄りかかり、弾き語りを聞き始めた。


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魔動機文明時代・黎明期に活躍した、

「ノマリ族」と呼ばれる放浪民族の人間の少女、カティア。


15歳の誕生日を迎えた直後、魔神の襲撃により家族や同胞を失ったが、

偶然周囲を哨戒中であったエルフの大英雄キャラウエイに助けられる。

それがきっかけで行動を共にする様になり、

彼と共に"壁の守人"として幾多の魔神を葬り続けるようになった。


しかしキャラウエイが重傷を負った激戦の際、突然カティアは彼を殺害する。

そして自らも即座に命を絶ち、16歳の若さでハルーラの御許へと旅立った。

その理由は不明だが、これによってカティアは"英雄殺し"と呼ばれるようになった。


彼女が持っていた<ポーラースタッフ>は、ハルーラの加護が宿っている。

魔神と戦う者を勝利へと導く力があったとされ、

現在ではハルーラの大神殿に安置されているという。

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「…お粗末様でピカ。これはカティア・ロッサという守人の話で、まだまだ調べ足りない部分もあるピカが…どうしたピカ?」


「今回は、私の方が驚かせてあげるわ。これ。」


一枚の紙を渡すエンレイ。物語がカティアの話と理解した彼女は、聞きながらメモ用紙にある情報を綴っていた。メモ用紙を受け取ったタビットはどの書物にも記載が無かった新情報に目を丸くする。


「えっ…キャラウェイが首謀者だったピカ!? そんな話は何処にも載ってなかったピカ! 確かに話は繋がるけど、本当ピカかぁ?」


「ええ、勿論。本人から聞いたのだから間違いないわ。」


エンレイはそのまま草原の魔域の話をタビットに話す。カティアがキャラウェイに振り回されていた事、雪山での雪崩の事、その後の彼女の決意や心情…前回と逆の立場となり、タビットは時折質問を交えつつ熱心に話を聞いていた。


「魔域内で過去の人物と遭遇する噂は最近よく聞いてたピカ。信じてあげても良いピカ。でも、大英雄キャラウェイを蔑む話なんてしたら、色んな人に怒られるピカ…」


「吟遊詩人が政治を恐れてどうするのよ。それに、そっちの方が興味を持って聞いてもらえるじゃない。」


「確かに。突拍子もないお伽噺より現実味のある異説ピカ。間違いなく聞いてもらえるピカ。採用ピカね。そしたら、もっと聞きたい事があるピカ。ちょっとそこの酒屋でどぅピカか?」


「あら、今回は本当にナンパされちゃったわね。」


今夜は寝かさないピカよ、と言いながら樽から飛び降りたタビットに続いて、夜の居酒屋に入るエンレイだった。


    †


「くわー、良く寝た。戦闘の無い一日も久々だったな。」


翌日朝早くに目覚めたシャロームは宿屋の食堂でくつろいでいた。食堂には既にミリヤムがおり、朝のひと時を静かに過ごしている。邪魔するのも、と考えたシャロームは、朝食に出てきたマッシュポテトを頬張りつつ宿の主人に話を聞くことにした。


「この街、平和だよな。俺らの他にも冒険者多いし。強ぇギルドとかあんのか?」


「おぉ、トゥルヒダールといやぁ"鋼の帝国"がぶっちぎりで目立ってるぜ。最高の鍛冶技術で造られた金属武具で固めてるあいつらの護りは、山岳の主ですら簡単には突破できねぇだろうよ。あんちゃんも入団希望かい?」


「ぃやいや、金属鎧なんか着たら動けなくなっちまうよ。地形的に待ってるだけでいいから、機動力は要らねぇんだろうな。」


「…逆に言えば、全方向から攻められる集落などでは向いていないから、冒険者の配備もしないわけだ。一点特化型なのだろうな。」


興味を持ったのかミリヤムが話に入ってきた。気になる事もあるようで、シャロームの向かいに座り直し、主人にもう少し深い話を伺い始める。


「前線警備だけでは目立ちはしないだろう。山岳地域でそんな重装備の戦闘員は見当たらなかったが、彼らは一体何をやっているんだ?」


「それがよ、"大浸食"以降、北方から魔神が押し寄せてくる事が多くなってな、人も何人か攫われちまった。エルヤビビの警備兵だけでは対処しきれなくなったっつってトゥルヒダールに要請が来たんだ。"鋼の帝国"はロープウェイからエルヤビビに渡って、魔神を塞き止めてんだよ。」


「…なんだって…?」


何気ない会話から故郷の危機にまつわる情報が入り、普段冷静なミリヤムの顔が蒼白になる。魔神の話となりシャロームも落ち着かないようで、声を荒げて主人を問いただした。


「おっちゃん! どういうことだ! そんな雰囲気、微塵もねぇじゃねぇか!!」


「おお!っちょっちょっと待て、落ち着け。大丈夫だ、だからこそ"鋼の帝国"が称賛されてんだ。彼らが現地に赴いてから、魔神がこちらに辿り着いたことは一度もない。本当に鉄壁だ。だから俺達は、安心してこの街に暮らせてるんだ。」


「この街はそうだが、エルヤビビはどうなっている。」


「向こう側か? なんでも凍原地域の魔神の巣窟があるらしくてな、周辺一帯大惨事らしいぜ。凍原の主コロッサス・ポーンも魔神に呼応して暴れ回ってるようでな、とても人がいるような場所じゃない。エルヤビビからの避難民もこっちに来てるから、気になるなら話でも聞いたらどうだ? 今は確か公営の宿舎に…あ、ちょっと!」


聞くや否やミリヤムは飛び出していった。あまりの態度に驚いていた主人に、同じく驚いて冷静になったシャロームが2人分の料金を払いつつフォローを入れる。


「悪ぃな、あいつエルヤビビ出身なんだよ。全然帰ってなかったらしくてな。」


「そ……、そうか、すまない。こちらこそ悪い事をしてしまったな。…そうだ、もし避難民とこ行くなら、これ持ってってくれねぇか? 甘芋だ、差し入れに使ってくれ。トゥルヒダールは芋が沢山採れるんだ。」


りょーかい、と快諾し、シャロームは急ぐミリヤムの後を追っていった。

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