3章・三節
「んじゃ、全員の無事と主の討伐を祝ってぇ、乾杯だ!!」
「「「かんぱーーーーい!!」」」
シャロームの掛け声に合わせ、グラスを突き合う音が様々な箇所で鳴り響く。襲撃から一夜明け、後始末を終えた集落では宴が開かれていた。住人達やギルド所属の冒険者も交えた大規模な宴会は、苦難を乗り越えた人々の笑顔と活気に満ち溢れている。こんなに笑えたのは何時ぶりだろう、ようやく怯えずに済む日常が戻ってくる、僕も冒険者になろうかな、等、歓喜と称賛の声が多く聞こえてきた。一行もそれぞれ共闘した人々と話し笑い合っている。
「良かった。本当に、良かった。」
果実酒を片手に持ち、感極まり涙が零れるアメジスト。一時は諦めかけていた事もあり、無事平和を取り戻せたことが心から嬉しい様だ。今までの努力はこのためにあったのだ、などと心で納得していると、見覚えのある男性が近寄ってくる。
「皆さんのおかげですよ、感謝しかない。妻も、きっと喜んでいます。」
話しかけてきた門番の青年は、彼女に感謝しつつもどこか遠くを見るような表情をしていた。少し悲しい目をしつつ、謙遜するアメジスト。
「そんなことは。私達だけでは、あの数の襲撃は防げなかった。皆が頑張ってくれたからこそだ。そもそも最後の襲撃は、爆発音や炎といった、戦闘の気配を出し過ぎた私達の責任だしな。あれでは防げたとは言えないよ。ギルドの人達にも感謝せねば。」
「いやいや、俺達だけじゃあ鳥人に蹂躙されて終わってましたって。魔法ってのは凄いんですね、弓はダメだったけど魔法なら俺も出来ないかなぁ。」
「お、それならオススメの修行地を聞いてるぞ、ユーシズって言うんだが…」
他地方の話をしていると、いつの間にか沢山の人達が集まってきていた。平和になった日常であれば、夢のような話も現実になり得る。そう実感しながら、尽きぬ話に盛り上がるアメジストであった。
†
集落が宴会に盛り上がる中、宿屋の寝台で一人佇むルミナリア。魔力・体力共に全てを使い切ったため1日の休養では全快とはいかず、差し入れられた食事とノマリの薬を取りながら体を休め、窓から外の様子を眺めている。傍らには中心部で折れた三又の黒い槍が置かれており、時折寂しそうな目をしながら柄の部分を握っていた。
「おう、元気か?」
扉を開けて入ってきたのはシャロームだった。酒も槍も持たず手ブラの状態でやってきた予想外の来客に対し、少し驚いて珍しそうに眼を開くルミナリア。
「女性の部屋にズカズカと入ってきて、着替えでもしていたらどうするつもりだったんですか。というか、もし寝ていたら何をするつもりだったんですか。」
「なんもしねぇよ! ぃや、窓から顔見えたから起きてんだろって。…なんか、普通過ぎて違和感しかねぇな、今のお前。」
普段の行いが鳴りを潜め、窓の外を眺めて憂う彼女の姿は、飾られた絵画のような美しさであった。溜息をつきつつ、自嘲気味に先の戦いについて話す。
「…流石に、少しは反省しておりますよ。後先考えずに、怒りに任せて動いてしまいました。自分だけならいつ死んでも構わないと思っていますが、皆さんの手を煩わせてしまったのは、ね。」
「そうだな、アメジストも少し怒ってたぞ。『自傷技なんて絶対ダメだ』だと。今は人に囲まれて身動き取れないが、後であいつもここに来るってよ。」
「ぐっ…エルフ似のあの方に言われると刺さりますな…そういえば、宴会中じゃないですか。何故あなたがここに?」
「俺は
話しながら、三又槍の近くに寄るシャローム。魔石は砕けて残っていないが、黒くこびり付いた塊は簡単には取れそうにない。回収直後は酷い腐臭で近づくこともままならなかったが、洗浄と除染によりなんとか害の無い程度にまで抑えることが出来ていた。
「探してる魔神の話、少し聞きたくてな。お前すぐいなくなるし、こんな時じゃなきゃ話せねぇだろ。」
そう言いつつ、彼の右目は三又槍の先端を見つめている。何か引っかかる事があるのだろう、手には取らずともかなり警戒している様子であった。
「…気になるなら、どうぞ。対象の名は"暗き底の主"と呼ばれる魔神、テラービーストの特殊個体です。目視するだけで震え上がるおぞましい姿をしているせいか、目撃情報はあれども姿形の詳細情報はあまりありませんな。常に肉体の再生と腐敗を繰り返しているため周囲に腐臭をまき散らすそうです。…故郷の残骸に充満していた臭いは、今も忘れはしませんよ。」
話を聞きながら、三又を手に取り残存魔力を見つめるシャローム。少しすると、何かを思い出したようで顔をしかめて悪態をついた。
「……クソッ、間違いねぇ、あいつだ。」
「えっ!!?」
驚嘆の目を見せるルミナリアに対し、シャロームは慌てて言葉を付け足す。
「ぁ、悪ぃ、お前が生まれる前の話だ。あまり記憶はねぇが、昔見た奴らン中に人を腐らせて楽しんでる奴がいた事を思い出してな。師匠と話した時に『知能の無い獣にしては享楽的だね』って言ってたのを覚えててよ。そんだけしか情報はねぇ、すまねぇな。」
「そ、うですか。それは・・・」
幼少の頃であったためはっきりとは覚えていないが、彼がいた都市を占領していた魔神達の魔力には共通した特徴があるらしく、槍に付く魔力にも同じものを感じたらしい。同一種族の別個体かとも考えたが、ルミナリアの話を聞いて確信に至ったようだ。
話を聞いた後、ルミナリアは下を向き何かを思案するように黙ってしまった。困らせたと思ったのか、バツの悪そうに槍を置きそのまま部屋の出口へ向かっていくシャローム。
「…邪魔したな。それが確認したかっただけなんだ。ゆっくり休めよ。」
「まだ」
出ていく直前の彼を引き留め、ルミナリアは下を向いたまま言葉をかける。今までのただ元気が無いだけの様子とは違い、表情は見えないものの身体は少し震えている。何かを決心したように、声を振り絞り話しだす。
「時が経ってもまだ、ふとした時、魔に遭遇した時、夢に見た時、某は、私は、あの惨景が頭をよぎる事があります。どうして、と、何度も、何度も考えてしまって……シャロームは、昔の事、思い出したりは……」
言葉に詰まる彼女の身体は震え続け、力なく両手で布団を握りしめている。日頃からあまり相談を受けることのない彼にとって非常に深刻な質問に、一時は戸惑いつつも腕を組み考えながら、彼女の問いにゆっくりと応えを述べていく。
「ちょっと違うかもしれねぇが、俺も同じだよ。昔の夢にうなされる事はよくある。けどまぁ、自分じゃどうしようもなかったしただ寝覚めが悪ぃだけだ、その辺は割り切れてるわ。地獄から救い上げてくれた恩人もいるしな。きっと俺は師匠のおかげで、前向けてんだと思う。」
うんうん、と自らの発言に頷きつつ、彼は更に言葉を続ける。
「…その槍の持ち主、元気にしてんだろ? お前が死んだら悲しむんじゃねぇか?」
布団から槍に目線を移し、手に取って少しの間見つめるルミナリア。やがて小さく笑顔を浮かべながら、所有者の顔を思い出す。
「・・・うーむ、どうでしょう、彼は『そうか』で終わりそうな気もしますな。そこがまた良いのですが。…悲しんで、くれるでしょうか。」
そのどこか憂う表情を見たシャロームは何を察したのか、先程までの真面目な顔を止め途端に頬を緩めだした。
「経緯は知らねぇが、大事な槍なんだろ? その辺で買ったもん投げられたとかでなきゃ、武器捧げるってのは相当だろ。まるで物語の騎士と姫君みたいじゃねぇか。…くくっ、熱いねぇ。」
「んなっ・・・!! け、けっしてそういうものでは!!! あくまで友という間柄であってですな!!!」
唐突なからかいに顔を真っ赤にする彼女の表情は、普段エルフを見てデレているものではなく、心底恥ずかしいと思わせるほど必死に間違いを訴えていた。直前まで思い浮かべていた顔を振り払うように首を横に振るルミナリアを見て、シャロームは更にニヤつきだす。
「自覚してんなら話は早ぇ。恋する者同士頑張っていこうぜ、な!」
「こ…こんのクソ爺ぃ! 勇気出して話したってのに、二度と相談するもんか!!」
「お、おいジジィはないだろジジィは、うわっ」
「出てけ! さっさと出てけ!」
枕やコップ、本などを投げられ慌てて部屋から出ていく男。まったくもう、と呟きつつ、静かになった室内で投げた小物を片づけて、布団に戻り一息つく。ふと窓の外を覗くと、今度は紫髪の妖精騎士が花束と菓子を持ちこちらに向かってくる姿が見えた。
「…放って置かれると思ったんだけど。目的が目的だから、一応距離は取っているつもりだったのに。その対象と関わりのある人もいて、こんなに気を遣われてるんじゃ、私も少しは大事にしていかないと。・・・ですな。」
ため息をつく美女の顔が先程より少し明るく見えたのは、きっと日差しの傾きだけではないだろう。
†
宴会後、ルミナリアの体調が回復したため一行は準備を整えトゥルヒダールへ向けて出発した。というより、ノマリ族から聞いた遺跡の調査を速やかに行いたいエンレイが、渋るOECを引きずって無理やり出発させていた。アメジストも少し心残りはあるようだが、復興はギルド所属の冒険者達に任せ、魔域の攻略を優先したようだ。
「本来なら、木材や物資を燃やした私達がやるべきだと思うのだが…すまないな。」
門番に挨拶し、一行は街道を歩いていく。昨晩の戦闘で周囲の魔物達は一掃されており、戦闘音に怯えたのか動物達も姿を現さなかったため不気味なほど静かな旅路となった。途中から鉄道の線路が道と並走して敷かれており、トゥルヒダールが近づいてきたことを実感する。
「おおお? なんだろ、あれ?」
少し開けた荒地の中に、半円型の建築物を中心とした遺跡群があった。白い石で造られた遺跡は雨風に晒されほとんどが形を残していなかったが、半円形の屋根を持つ建築物のみは一切の損傷なく、不自然なほどに美しい円を描いていた。
遺跡群の中に複数の人の姿が見えたため、一行は近寄って状況を確認する事にした。武装を整えているようで、冒険者仲間のように見える。
「こんにちは♪ 美味しそ、じゃなかった、良い天気ですね!…あれ?」
速やかに駆け寄り一瞬よだれを垂らしたOECであったが、見覚えのある姿に湧いた食欲も収まったようだ。
「あぁー! オーイシ先輩! こんなトコにいたんですかぁ!? 探しましたよぉ~」
右手にフレイル、左手にスパナを握り、橙色で染められたツナギの作業服をきたOECと同じくらいの背丈をした
「え、あ! ナナシだ! 久しぶり~♪ 何してんの?」
「仕事だよ! 先輩と違ってちゃんと仕事してるから!!…お連れの皆さんは、先輩のお仲間さんですか? てことは冒険者さんかな?」
OECに紹介された彼等はこの地域の武装保線作業員とのことだ。見つからない魔域や蛮族の脅威から線路を守るべく日夜修復して回っているようで、確かに普通の冒険者より強力な武具や装備を備えているように見えた。酒場で聞いた話をミリヤムとシャロームが思い出していると、ナナシと呼ばれた中性的な少年はOECに詰め寄り、心にとどめていた文句を吐き出していく。
「んもう! ヤルノ副局長ずっと心配していたんですよ? 風の噂でヤバイアルヴの話は聞こえてきたから無事なんだろうとは思ってましたけど、なんで連絡入れないんですか! なんのための耳飾りですか!」
「あ~、ハハッ! 忘れてたよ~、耳飾り貰ってすぐポケット入れちゃったんだった。そういや魔域壊したの報告しなきゃだね!」
「ん~も~どうしてヤルノ副局長はこんな奴のこと…でもいいんです! 副局長には今ウチが! ウチがご飯食べさせてますからね!」
「俺にもご飯くれるってこと!?」
「な、なにをどう聞いたらそうなるんですか! このニート! ポンコツ! ダメ女!」
「いやぁ、それほどでも。」
「うがーーー!」
一見すると微笑ましい2人の話を聞いていた一行であったが、ミリヤムは重要な情報が流れてきたのを聞き逃さなかった。
「ちょっと待て、OEC。お前もしかして、ヤルノと連絡が取れるのか?」
「うん、そうだよ♪ この耳飾り、ツーワのピアスって言うんだって。こうして耳につけると、相手と連絡が…お、やっほーヤルノ。元気してたー?」
『うわっ!びっくりした、OECかい? やっと耳飾り付けてくれたんだね、良かったよ。でもゴメン、今ちょっと会議中だから、また後で連絡するよ!』
OECの付けた装飾品から、確かにヤルノの声が聞こえてきた。通話は切れてしまったが、会議中も耳飾りを付け続けていた事を考えると相当心配していたようだ。そしてその光景に頭を抱えたのはナナシ達だけではなかった。
「おい…ヤルノはコルガナ地方全域を走る鉄道のギルド副局長だろ? 彼と逐一連絡が取れるなら、情報の収集は格段に楽になったんじゃないか?」
「え? そうなの? ヤルノってそんな偉い人だったんだー…え、何この空気、俺知らなーい。」
脱兎のごとく逃げ出し屈強な男達の後ろに隠れるOEC。目の前でシャドウに詰められるにっくき先輩を見て笑みを浮かべつつも、ナナシはヤルノの現状について冷静に、一行に説明する。
「おっしゃる通り、ヤルノ副局長はコルガナ全域の保線作業員をまとめるとても偉くて凄い方です! …が、"大浸食"によって保線作業員も非常に痛手を負っていて、連絡の取れない部隊すら存在します。残念ながら全域の様相は未だ掴めていません。今日もこうして調査の為に、トゥルヒダールから線路沿いに進行しているところでした。なので副局長に何かお聞きしたい事があるとしても、満足のいく回答を得るのは難しいかもしれないですね。」
「・・・そうか。せめて、故郷エルヤビビの話は聞きたいところだったのだが。君は何か、聞いていないか?」
「エルヤビビ、ですか。非常に言いにくいのですが、凍原地域の作業員というのが先ほど話した行方知れずの部隊なのです。ですが、トゥルヒダールとエルヤビビを繋ぐゴンドラには特に運行上の支障は無いと聞いています。凍原地域は元々非常に危険なため調査も後回しになっていますが、エルヤビビ自体は問題はないのかと。あくまで私の所感ですが、現状だとヤルノ副局長も同じような事を仰ると思います。」
律儀に会話をするナナシは鉄道ギルド員として相応しい思考と話し方をしており、とてもじゃないがOECの後輩とは思えなかった。情報の提供に感謝をしつつ、こちらもまた情報の提供を、特に昨日の出来事について作業員達に伝える事にした。主の討伐には驚いていたが、それよりもOECが仕事をしていた事の方が驚きだったらしい。褒められたOECがドヤ顔をしている事に納得は行かない様子ではあったが、作業員達は情報共有に感謝をしつつすぐに出立の準備をし始めた。
「主がいなくなり魔物が落ち着いている今は絶好の機会ですので、私達は仕事に戻ります。申し訳ありませんが、今後はちゃんと副局長へ連絡するよう、皆様からも先輩に言っておいてください。強めに。」
「まっかせてよ!」
「了解した。迷惑をかけてすまないな。」
「いやいやいや、こちらこそ。ウチのポンコツ先輩、よろしくお願いいたします。」
ペコリ、と一礼した後、OECに悪態を突きつつ武装保線作業員は線路へ向かい歩き始めた。冒険者達が見送っていると遺跡の影からアンデッドが彼らを奇襲していたが、こちらが助ける間もなく一蹴しており、噂通りの強さを垣間見る事が出来た。
「OEC、向こうについて行っても良かったんだぞ?」
「やだよ~、あの作業やったことあるけど、油まみれで臭い凄いんだ、酒場で敬遠されちゃうんだよ?」
シャロームのからかいにいつもの調子で応えるOEC。耳元には、きらりと光るドロップ型の黒いピアスがようやく付けられていた。
昼下がりの山岳地域にて、一行はあらためて、遺跡の調査を開始した。
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