3章・二節

「撃ち方用意、第一陣、発射!」


蛮族達の最初の投擲槍はこちらの出鼻を挫く牽制攻撃であった。少し遅れて、号令と共に砦から無数の矢が飛ぶ。敵側右翼に集中して放たれた矢は確かに敵を捕らえていたが、アラクルーデル達は盾と風圧でそのほとんどを弾いていた。彼等にとって慣れた攻撃なのであろう、何事もなかったかのように背負っていた2本目の槍を構え、投擲の命中率を上げるべく砦に近づいてくる。


「"今日ハ何人殺セルカ"」

「"上手ソウナ女ハモウ狩リ尽クシタカナ"」

「"アァ今日モ悲鳴ヲ聞クノガ楽シミダ"」


蛮族語で和気あいあいと話しながら笑う鳥人達。砦から放たれた第二射も軽くいなし、今まさに宴という名の侵略を始めようとしていた。


「本当に、魔法に対して無警戒ね。…楽しくなりそうだわ。」


敵の通過を確認し、外壁下の通路に隠れていたエンレイがゆっくりと顔を出す。完全に意識の外に置いているのか、蛮族達は下への警戒を一切行っていなかった。光の束を集め出し、狙いを定め真っすぐに空を見据える。


「"ヴェス・フォルス・ル・バン。シャイア・エルタリア―ランドルガ。"

 閃光よ、我らが道を切り開け。―ライトニング!」


地上より一直線に空へと放たれた閃光は、油断していたアラクルーデル3体の胴体に大穴を開け撃ち落とす。突然の攻撃に慌てふためく蛮族達の隙を狙い、砦中腹の櫓に隠れていた妖精騎士が追撃する。


「 "ファイアブラスト"!!」

「ガハッ!」「グッ!!」「グェ!!」

「"ナ、ナンダ? 魔法使イガイルナド聞イテナイゾ!"」


下方に注意がそれた蛮族達の先陣に、紅に輝く炎の塊が放たれ爆散する。何匹かの羽根が散り下へと落ちていくと同時に、外壁の上から紫の戦士が飛び出した。


「っしゃルミナリア頼むぞ!!」

「え ちょ "ウイングフライヤー"! 飛び出るなら先に言ってくだされ!!」

「"ナンダ、貴様ッ!!"」


翼を得たシャロームが混乱するアラクルーデル達を叩き落していく。我に返った者が反撃を試みようとしたが、砦に背を向けたため背後から鉄鋼矢が突き刺さり、虚しく地へと落ちていった。


「第三射、及び第四射用意、三射から僅かにずらして四射をすぐ撃つぞ。…発射!」


ミリヤムの号令により砦内部からまたも矢が放たれる。第一、第二と同様に問題なく捌くつもりであったが、翼や盾で矢を弾いた瞬間に次の矢が飛んで来たため体勢が大きく崩れ、更なる追撃で鉄鋼矢が突き刺さり撃ち落とされる者もいた。


「今だ! 各自、狙いを定めて狙撃していけ! あの紫の戦士は気にするな、当たっても多分大丈夫だ!」

「おいこらミリヤム! あとで許さんからな!!」


悪態を突きつつ、継続してウイングフライヤーをかけられているシャロームは縦横無尽に空を駆ける。第一射、第二射を普段通りに行い敵を油断させるのはミリヤムの作戦であった。アメジスト、ルミナリアの魔法攻撃と兵士達の射撃により確実にアラクルーデルの数を減らす事に成功する。


「ふム、どウやら冒険者が紛れコんでいるラシいな。下らヌ浅知恵よ。」


後方に控える山岳の主、アラクルーデルハンターは予想外の事態にも冷静に戦局を見つめていた。他の者達より二回りほど大きく、身体中に歴戦の傷が刻まれている。手に持つ槍はフォークのような三又の形状をしており、黒い先端に張り付く血色の魔石は3つそれぞれが禍々しい気配を漂わせていた。


「"者共、怯む必要はない! 進軍し! 侵略し! 略奪せよ! 我に続け!!"」


アラクルーデルハンターは翼を大きく羽ばたかせると、三又槍を構え勢いよく突進する。一喝により蛮族達の戸惑いは消え、先陣を切る主に追随する形で特攻を仕掛けていく。槍の投擲による遊びは止め、滅ぼすために全力を尽くしてきたようだ。


「来たな、俺の役割は最初からテメェだ。」


「ふむ、その魔法。ドルイドがいルのか。串刺しにセねばなるマい。…ふん!!」


猪突猛進してきた主に、森羅魔法の援護を得た紫の戦士が立ちはだかる。ロングスピアと三俣槍の衝突により火花が散り、翼での追撃にブレードスカートが反撃する。お互い錬技による身体強化をかけており、両者の実力は拮抗しているようだった。


「ハッ! こんなもんかぁ! 主様よぉ!!」


「悪夢の堕ち子が何をホざく! 力の差を見せテやろう!」


シャロームが主を止めている内に、他の全員でアラクルーデル達を叩き落す。命を惜しまず突貫してくる蛮族達に負傷する兵士も出てきたが、事前に時間的猶予を与えられていたOECがフィールドプロテクションやセイクリッド・シールドを展開していたため、今のところ犠牲者は生まれていなかった。


「ふっふっふっ、引き籠るなら任せてよ☆」


「…勝てる、勝てるぞ!」


ギルド所属ではない、見慣れぬ冒険者に当初は多少の忌避感を覚えていた兵士達であったが、勝ち目のある戦いを見せられた事で士気も上がり、主の討伐に向け勢いを増すのであった。


一方、群がるアラクルーデルを対処しつつシャロームにウイングフライヤーをかけ続けるルミナリアは、ふと、言いようのない違和感に気付く。どこかで見たような既視感、大切な存在が脳裏をよぎった。


「…あの槍、どこかで……まさか…?」


    †


砦中腹部分にある弓用の射撃口への襲撃が激しかったため、ミリヤムは内部に入り弓兵士の指揮を執っていた。OECは治療に専念し、ルミナリアもまた内部にて敵を追い出しつつシャロームへの支援を継続。アメジストは砦を越えて住居エリアに侵入しようとする敵を塞き止めるべく、兵士達と共に石壁最上段で防衛を行っている。


「砦の内部に入れるな! 投げられてきた槍を使って追い払え! 外に追い払うだけで良い! 少しの間耐えろ!!」


「"怯ムナ! 奴ラニ逃ゲ場ナドナイ!"」


指揮官となるアラクルーデルハンターがシャロームに止められているため、次点となるアラクルーデルが指揮を執る。蛮族達は射撃口の一カ所に集中しだし、一点突破を狙い始めていた。高所から砦を囲い全方向攻撃を行った方が優位なはずだが、砦から離れすぎると鳥目で矢が見えないようで上空からの攻略は諦めたらしい。普段であれば陽が落ちる前には内部に潜入し蹂躙しているため、思わぬ誤算であった。

とはいえくちばし・翼・槍による連続攻撃は苛烈であり、防戦一方では厳しい状況に向かっていくだろう。


激しい戦闘が繰り広げられている中、階段を登り切った魔法使いは冷徹な眼で下を見る。初手、最下部にいたエンレイは潜みながら砦の内部を進み、石壁より更に高い、物見櫓の最上段で戦況を見守っていた。弓や魔法による直線的な攻撃パターンを続けていれば上下への警戒は薄れると考え、彼女は自慢の体力を活かして階段を駆け上がっていたのだ。


「…鳥頭さん達は、最初に撃たれた魔法の事なんて忘れてしまったのかしら。真語魔法の使い手相手に一カ所に固まるなんて…愚の骨頂だわ。」


マナリングを付けた右手のひらを下に向け、煉獄の魔法を詠唱し始める。


「アメジストから無理するなって言われたけど、これじゃ逆に楽過ぎるわね…

"ヴェス・シフス・ル・バン。ファイラ・エルタール―ドルガ。"

炎に落ち、地に墜ち、闇に堕ちよ。"ファイア・ボール・グラビティ"」


上空に現れた朱い炎球は、落下する爆弾のように垂直に地に向かい、石壁の中腹、射撃口近くに固まる蛮族達の真上で爆発した。炎に巻き込まれ焼滅した者もいたが、大多数は爆風により石壁や大地に叩き付けられ、そのまま意識を失っていった。風圧は垂直に走ったため砦内部には大きな影響を与えなかったものの、外壁に備えた木杭や櫓の一部も吹き飛ぶ爆発による衝撃は兵士達の手を止めるには十分だった。指揮官となっていたミリヤムがたまらず言葉をかける。


「安心しろ、仲間の魔法攻撃だ。…いや、僕でもこれは恐ろしいが。」


当然、飛行戦を繰り広げていたシャロームとアラクルーデルハンターにも影響は及ぶ。事前に把握していたシャロームは砦を向かいにして相手に魔法が見えないよう立ち回っており、爆風によって押し出されたアラクルーデルハンターの左翼を狙い待ち構えるようにロングスピアで貫いていた。


「ぐあっ!! き、キ様ら、何をしタ!!」

「舐めすぎだよ、人族をな!」


翼をもがれ、緩やかに下降していくアラクルーデルハンターを追うようにシャロームが旋回する。やがて地に足を着けた山岳の主は息を切らして姿勢を支えていたが、いまだ余裕をもって相手を挑発する。


「ハッ、力を持たぬ屑共が集マったところで、圧倒的な強者にハ叶わぬわ。」


「追い詰められといてよく言えるなぁ、俺一人にも苦労してたくせに。」


落とされた主を囲っていくように、砦からミリヤム・ルミナリア・アメジストが出撃する。接近していたアラクルーデル達は殆どを狩り尽くせたようで、残りはエンレイとOEC、砦の兵士達に任せても問題ないと判断した。


「悪辣非道な蛮族よ、この集落にしてきた仕打ち、その身で償ってもらう!」


民を思い、熱を帯びたアメジストの声。そのまま陣形を取り臨戦態勢を整えていくと思えたが、我先にと前に出たのは森羅導師の姿であった。


「……その槍、どこで手に入れた? 場合によっちゃ、生かしておかないよ。」


杖を向け、明確な敵意をもって蛮族の主に問う。敬語の消えたルミナリアの表情は、上瞼が持ち上がり黒目が小さく見え、普段の酔狂な状態からは考えられないほどの怒りに満ちていた。


「…ククク、成程。貴様がドルイドだナ。この槍は我が魔の神から承リし物。ドルイド共の巣食う拠点を一ツ滅ぼした際、祭壇に飾られていた聖なる槍でアったらしい。知り合いでも持っていたノか? 槍は既ニ我が魔石によって闇に落ちたゾ? 貴様も闇に…」

「ブッ殺す!!!」


ドスン、という鈍い音と共に、ルミナリアがアラクルーデルハンターを殴り飛ばす。ラタイトランナーによって強化された脚力を用い高速接近、握りしめた右手にコングスマッシュを付与して相手の顔面にクリティカルヒットさせていた。まさか森羅導師から直接攻撃を受けるとも思わず、アラクルーデルハンターは文字通り面を食らう。脚力強化の代償として全身から血を流しつつ、ルミナリアは指をさし充血した鋭眼で高らかに宣言した。


「ぅご……!」

「絶対に許さない! 皮を剥ぎ苦痛に悶えさせながら殺してやる! 泣き喚いて許しを乞おうが許すものか!!」


あまりの出来事に呆然としていた仲間達であったが、彼女が再度ラタイトランナーを自らにかけようとしたため咄嗟にシャロームが制止に入った。これ以上の肉体強化を行っては、彼女の身体が先に崩壊してしまう。


「バカやめろ!! 死にてぇのか!!」

「離せ! レオの槍を、こんな無残な姿に変えやがった奴は、絶対、絶対に…!!」

「あぁ、そうだな、絶対に許してなるものか。」


ポン、と彼女の頭を叩くアメジスト。仲間を気に掛ける声は優しいものであったが、表情は厳しい目つきをしたまま、敵を睨み続けている。集落への悦楽的な襲撃に加え仲間の不幸を嘲笑った悪の存在に、温厚な彼女の我慢もとうに限界を迎えていた。弓を構え前に出たミリヤムも、握る拳に力が入っている。


「落ち着け、全員で畳み掛けるぞ。こいつはここで、確実に仕留める。」


「トドメ刺すのは早い者勝ちでいいな?」


不敵に笑うシャロームの言葉に駆り立てられるように、4人は攻撃を開始した。


    †


「そんなモのか!! 甘い、甘いわ!!」


一切の隙を与えず、猛攻により敵の行動を封殺する冒険者達。特にルミナリアの精霊を宿した殴打は威力こそ大きくないものの絶え間ない連撃を続けており、前衛3人と比べても遜色ない動きで完璧に抑え込んでいた。だが槍を刺し、杖や蹄で殴ろうが、山岳の主は倒れない。必殺の弓撃は慣れた動きで躱される。アラクルーデルハンターは、見た目では考えられないほどの凄まじい耐久力を誇っていた。とはいえこの状況を覆せる切り札がある訳でない。圧倒的に不利な状況にもかかわらず、ただ気力のみで身体を動かしている。


「おか、しいだろ、はぁ、どんだけ、出血してんだよ、こいつ。」


息も絶え絶えに疑問をぶつけるシャローム。大きく腕を振り冒険者達を払い除けると、鳥人は何故か勝ち誇ったかのように、自信を持って声を上げる。


「蛮族を舐めすぎだナ、悪夢の子よ。たとえ命が滅びても、我が身が動き続けレば、貴様ラに勝ちはない。」


「では、身動きを止めるまでだ。精霊よ、恋しき地の力を示せ。"エントラップ"」


アメジストの魔法により地面から2m程の土の腕が伸び、アラクルーデルハンターを掴まえる。間髪入れずに、崩衝鰐尾撃、闇弓-虚心穿、そして渾身のコングスマッシュが放たれた。


「滅びろ、屑が!!」

「がっ‥‥ゴッ・・・・」


槍を離し、鳥人はようやく地に膝を突く。限界をとうに超えていた身体から大量の血が溢れ出す。だが絶命を迎える瞬間にして、山岳の主は明らかに不似合いな笑みを浮かべていた。


「ク、クク、クハハハハ・・・」

「何を笑っている。お前はこれから、地獄へ落ちるというのに。気持ち悪い。」


ルミナリアが侮蔑の言葉を述べながら、敵の落とした槍へと向かっていく。三又に埋め込まれた小さな魔石は、赤黒く輝いていた。


「・・・イッタダロウ、キサマラニ、カチハナイ・・・」

「! 離れろ! ルミナリア!!」

「!! ゼロ丸!!」


騎獣を駆りルミナリアの首元の服を掴み、三又槍と距離を取るアメジスト。その瞬間、3つの魔石から魔力が放たれ、怨嗟の声と共に黒き渦が形成された。と同時に、渦から大量の魔神が溢れ出してくる。どうやら魔石は、一時的に奈落の魔域化して魔神達をこちらに呼び寄せるものであったらしい。黒き渦が収まった周辺には、30を超える巨大なタコのような魔神が姿を現していた。


「ワガ、ミヲ、シンエンノ、ソコニ・・・」


倒れ倒れ込んだアラクルーデルハンターは、そのまま顕現したナズラックの贄となる。魔神が停止している内に、動けないルミナリアをゼロ丸に乗せ、砦へ向かい全力で走る。兵士達を危険に晒す事になるが、その場の4人で駆逐できる量ではない。


「んな、わ、私の御神体が…」

「る、ルミナリア、動くな、ゼロ丸が躓いてしまう。一度逃げよう。」

「エンレイ達と合流する、砦に戻るぞ! シャローム、殿頼む!」

「ちっ、あんの鳥野郎マジで許さねぇ!!」


山岳の主は討伐したものの、危機的状況に追い込まれる冒険者達。日は沈み、暗闇の中の防衛戦はなおも続くのであった。


    †


警鐘響く砦に戻ると同時に、危機を察したエンレイが櫓からまた下に降りてきていた。OECは自傷し続けていたルミナリアの治療に回り、ミリヤムとシャロームは砦の兵士達に槍の装備と杭の設置を指示していく。幸いにしてナズラックはアラクルーデル達の骸を貪り始めたため、砦への到達速度は遅く多少の猶予は出来ていたが、先程までの戦闘疲労を回復させるほどの時は無いだろう。


「エンが適当にライトニング打ちまくったらなんとかならないかな?」

「流石に数が多すぎる、先に魔力が尽きてしまうわ。相域は・・・」

「無理そうだ。彼女、騎乗中に意識を失ってしまったんだ。」

「あのタコ、普通に石壁登ってきそうだな。」

「それどころか、杭や隙間を通り抜けて侵入されるだろうな。」

「だ、ダメだ! これ以上この集落に被害は与えたくない!」

「し、しかし…」


話がまとまらないうちに敵が砦の目前に迫ってくる。一先ずは侵入に合わせてライトニングによる貫通攻撃を狙い内部への侵入を防ごう、その後はその場の対応で、と、一時しのぎの策を決め速やかに行動を開始した。


ナズラックはタコのような形状をした一つ目の魔神で、2本の触手をうねらせながら這いずる様に前へと進んでくる。ライトニングを始めとした魔法の効き目はすこぶる良く、直撃したナズラックはたちまち触手を丸めて黒く焦げていった。一方、ぶにぶにとした形状は物理ダメージを通しにくく、一度砦内部に侵入されると追い払うのに非常に手間がかかる。巨大な一つ目から発される言いようのない奇怪な視線は冒険者にはあまり効果は無かったが、魔神慣れなどしていない兵士達の精神を狂わせるには十分であったためなるべく前線に出ないよう援護に回らせていた。


下通路にて防衛をしていた冒険者達であったが、案の定ナズラック達は石壁を登り内部への侵入を試み始める。動物的な見た目に反してある程度の知能を備えており、安易な陽動には引っかからなかった。


「よっし、丸太持ったな! そのまんま下見ずに落としまくれ!」


シャロームの号令に合わせ、中腹にある複数の射撃口から、木杭を下に投げる兵士達。登攀中のナズラックに当たるも良し、地に刺さり侵攻の妨げになるも良し、材料となる木材は集落内に多数存在するため量も多く、兵士がナズラックを見ずに済むと非常に効率的な戦術であった。


「物量が大事だ、ありったけの木材もってこい!! 建物の柱でもいい、その辺はあとで直せ! 湿ってる奴はやめろよ! 燃え易そうな奴だ!! あ? 建物の木材は燃えにくい加工してる? じゃ持ってくんな! あと油だ油!! 燃える奴な!」


矢が放たれるための射撃口から、大量の木杭が降り注ぐ。普段は取る事の出来ない人海戦術によって、敵多数を足止めしつつ可燃物を周囲にばら撒くことに成功する。魔法攻撃の効き目を確認して、シャロームが思い付いた策であった。敵が怯み、落ち着いたタイミングで全員が下部通路から下がり、射撃口にいた兵士達も避難させる。


「準備完了だ、そっちは大丈夫か?」

「あぁ、任せてくれ。流石、軍師様ウォーリーダーじゃないか。人を動かすのも慣れているんだな。」

「元警備兵と言っていたわね、兵隊の動きは身に染みているのかしら。」

「オレも在宅警備兵やってた!!」

「(機転は利くのに、頭は悪いんだな・・・)」

「おいミリヤム!! 聞こえてんぞ!!」


状況確認後、アメジストとゼロ丸、エンレイを残し後退する。深呼吸した魔導士2人は目で合図を送り、木杭の隙間から侵入しようとするナズラックに向けて最大火力の炎魔法を叩きこむ。


「来たれ炎の妖精、我と共に邪悪なる存在を滅せよ! "ファイアブラスト"!!」

「炎を纏いて、邪悪なる者を討ち滅ぼさん。"ファイア・ボール"!!」


炎塊と炎球が同時に発射される。魔神と木杭で埋め尽くされた砦の一帯は、爆音の響きと共に瞬く間に炎で包まれていった。その勢いに一部の射撃口や通路も破壊されてしまったが、黒焦げになっていく大量の魔神達を見ている限り、仕方ないと思えてくる。炎から運良く逃げた一部の個体はミリヤムが順次狙撃していき、取りこぼしなく魔神の殲滅を完了するのであった。


「はぁ、もう限界だ、きつ過ぎんだろ。」

「流石に、堪えたな、もう矢もほとんど残っていない。」

「私ももう、魔力が無いわ。朝までまだあるし、少し休まないと。」

「賛成だ、ルミナリアも心配だし、火が収まり次第寝床に着こう。」

「オレは皆のおかげでほとんど仕事無かったよ、まだ蛮族が来たって平気だね!」

「おいバカ、変な事言うなよ…」


連戦が続き疲労の限界が近づく冒険者達。動ける兵士達を連れて消火兼確認にあたる事にし、各自後始末に向かおうとした時だった。物見櫓にいた兵士が一人、信じられない光景を目撃してしまう。


「お、おい!! あれ、ゴブリンじゃないか!? トロールもいるぞ!!」


叫びと共に警鐘を鳴らす。南方を確認すると、木々の中から複数の蛮族がこちらに向かってくるのが確認できる。多数の襲撃があった事を認知して、疲弊しきった集落を狙いに来たようだ。危機を知らせる鐘の音は今日一日で何回鳴り響くのだろう、兵士達は絶望し、冒険者達も諦めの色を見せていた。


「ほら、OEC、一人で行ってこいよ。」

「わー! オレが悪かったよ! なんでこんなことになるんだよぉ~」

「…流石に、撤退か。命は懸けても、捨てるものじゃない。砦を捨て逃げるべきだ」

「っ!! だが、それではこの集落に暮らす人々は…」

「命あっての物種よ、アメジスト。ルミナリアを抱えていかなきゃいけないし、私達も逃げ切れるかどうか…」


苦しみを堪え、逃走を決意する。しかし、物見櫓から伝えられた続報は思いもよらぬものであった。


「蛮族の進路が変わっていく!なんだ…? 別方向に意識が取られているような…」


上の報告から少し遅れて、砦の内部にも大きな声が響き渡る。声の主は、先刻アメジストに状況を説明していた門番の青年だ。


「援軍だ! ネイチャースピリッツの冒険者が駆けつけて来てくれた!!」


    †


南方に見える樹々の隙間から、多数の戦闘音が響いてくる。襲撃当初に上げた狼煙が、ようやく功を奏していた。街道を歩いていた冒険者が人を集め、集落を守るべく到着するなり蛮族達へ攻撃を仕掛けていた。


「た、助かった。私達だけではもう、限界だった。」


一安心するアメジストに、斥候役として砦に入った冒険者が話しかけてくる。状況は門番から聞いていたようで、山岳の主を討伐した事に驚いているようだ。


「助かったのはこちらの方だ。空を舞う奴らの襲撃は早すぎて、いつも我々が着く頃には手遅れになっていた。果てには魔神の襲来まであったそうじゃないか。君達が守ってくれたおかげで、ようやく我々は冒険者として本来の仕事が出来る。あとの処理は任せてくれ。では。」


そう言うなり親指を立てると、そのまま彼も魔神の群れへ突撃していった。彼の来訪により状況は周知され、先程までの重苦しい雰囲気から一転して、砦内部には希望が満ち溢れていた。


「こちらに向かってこないなら時間はあるな、僕は矢を整えてくる。」

「俺は兵士達とはぐれ蛮族が来ないか見張っておくぜ。」

「何かあってもいいように、私はルミナリアと住人達の傍についていようかな。」

「私は櫓に登って警備に混ざってくるわ。魔力が無くても、見るだけなら。」

「オ、オレは元気だからね! 皆の援護してくるよ! いくぞー!」


各々が今持つ力で出来る事を行うため解散する。弱り切った集落を狙いに来た蛮族にとって援軍の存在は寝耳に水であり、ギルド所属の冒険者達は終始優勢のまま討伐を進めることが出来ていた。


こうして、数多の危機を乗り越えた川沿いの集落は、"大浸食"以来初めて犠牲者なしで蛮族の襲撃を乗り越えることが出来たのであった。

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