2章・六節

「オネエサン、そんな男よりオレと遊ばない?いつでも大歓迎ダヨ?」


「残念ねぇ、王族の私はアルヴには興味ないわぁ。」


「いや俺なんか元奴隷のナイトメアだぞ。いい加減離せって。」


「イヤよぉ、顕現したてでうまく歩けないのよぉ。さっきあんなに熱い抱擁をかました仲じゃなぁい。」


「してねぇ!!お前とはしてねぇよ!!」


「あ、じゃあさっきのは認めるのね、嬉しいわぁ」


「だー!もう!俺にはヴィルマがいるの!!分かれって!!」


中央域に着くと森に囲まれた城下町が広がっていた。ナナリィ曰くトゥリパリンナ皇国中央都市との事で、中心にある皇城が今回の目的地らしい。彼女は顕現時の姿ではなく少女の姿に変わっていたが、記憶は引き継がれており何を気に入ったのかシャロームの背中から離れずにいる。彼も強引に振りほどけない為渋々背負っている状態であった。


「んもー、ツマンナイ。シャロがモテるとかないってー」


「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか。OECちゃん、いつもモテモテなんだし。この都市、綺麗だね! 木々の中に人々の生活圏がある感じ。」


「たしかに、美味しそうな人達いっぱいいるけどさー。」


拗ねるOECをカティアがなだめる。自然と共生した緑豊かな都市に見えるが、皇城までの道のりは国旗や魔法道具で彩られた煌びやかな装飾がなされており、今日が特別な日である事を強調していた。周囲の様子から状況を探っていると、エンレイ達が見覚えのある建物を発見する。


「…! あれ、もしかして…」


「あぁ、あの毒沼の展望台だろうな。」


「おお、美しく雄大な樹ですな。そして美しい見張りエルフ様。下からのアングルとは贅沢な眺め、眼福眼福。」


中心通りから少し外れた位置に、魔域侵入時に探索した展望台らしき大樹があった。それ以外の建物についても、樹の成長を妨げない形で足場が形成されており、都市が滅びてもなお展望台が現存していたのは皇国の"自然を尊ぶ信条"の賜物であると推測される。その存在によりトゥリパリンナ皇国の位置が森林地域の中心というフィルイックの仮説は信憑性が大きく増したと言えるだろう。


「ふむ、この素晴らしき遺産を守るためにも、魔域は急ぎ破壊すべきだな。」


アレクサンドラが呟く。毒沼に汚染された現状では、大樹とは言え長くは持たないだろう。そうね、とエンレイが強く相槌を打つのであった。


「あ、あの、ナナリィ様、今はどういった状況なんですか…?」


周囲の華やかな街並みを確認しながら、ナナリィに恐る恐る伺いを立てるアメジスト。先程の話もあり、アメジストは未だ彼女への後ろめたさが残っていた。


「えぇっとねぇ、今日は周辺国の使者を招待して魔神に対抗しよう!って感じの式典だったわぁ。その使者の中に魔神が混じっててぇ、式典中に女王が殺害されちゃったわけ。そこから国ごと崩壊させられたのよねぇ。散々だったわぁ。」


「…ぇ、、なんと……」


国の中央に魔神が出現した、アメジストにとって何度も聞かされた英雄譚の始まりは、この国では悲劇の始まりとして記録されていた。ナナリィは物語を思い出すかのように淡々と話を続ける。


「周辺国と団結して魔神を倒す、我が国はその旗印となるべきだ!…皇族守護隊長ニィレムが提案したのよぉ、彼はその提案を終生後悔していたわぁ。

付近の荒野に魔神の軍勢が現れて皇国騎士団は出撃中。式典の妨害が狙いだと推測されてたけど、それもこの場から騎士団を追い出す罠。周辺国使者の護衛がいるから防衛は問題ないだろうと判断されたけど、その使者も護衛も魔神だった。全部、ぜぇんぶ図られてたのよ、ニィレムが悔いたところでどうしようもないわよねぇ。」


「そんな…国が滅びるなんてことがそうも簡単に……」


「…魔神の狡猾さは人族の比じゃねぇ。頭で勝てたらこんな世界になっちゃいねぇよ。テラスティアそっちがどうだったかは知らねぇが、アルフレイムじゃ何百年も奴らに負け続けてんだぞ。」


ショックを受けるアメジストに追い打ちをかけるように、背負いながら話を聞いていたシャロームが舌打ちをする。当然それは魔神に対してのものであったが、アメジストは完全に委縮してしまっていた。


「ちょっとぉ、下僕シャロ君ったら何怖がらせてんのよぉ、最低。」


「…悪ぃ、そんなつもりじゃ。…なんか引っかかる言い方したな、おめぇ。」


「…ぃや、己の無知さを恥じるばかりだ。我々はそんな危険な相手と戦っていたのだと自覚しなければ。」


アメジストは拳を力強く握りしめて気合を入れ直す。市街を歩き続け、皇城の門は目の前に迫っていた。


    †


「ナーナレイネリア・トゥリパリンナ、緊急の用事があり帰還いたしました。式典中と存じていますが、どうかこの扉を開けてはもらえませんか。一刻の猶予も残されていないのです!」


城内に入り、式が行われている謁見の間へ繋がる扉を前に毅然とした態度で門番に語るナナリィ。先程まで男の背中でうなだれていた人物とは別人のようである。


「さて、あとは使者に化けた魔神を倒すだけよぉ。あぶり出すのは任せて頂戴。」


「お前、当時ここにいなかったのか? 仮にも王族なんだろ?」


肩を鳴らしながらシャロームが問う。門番の開扉に合わせてナナリィは振り向き、脱力した表情で皮肉を込めて言葉を放つ。


「残念ながらぁ、私は妾の姫なのよぉ。大事にはしてくれたけどねぇ、女王制なのもあって公の場には出ないようにしてたわぁ。まぁ、おかげで殺されずに済んだんだけどねぇ。」


脱力した、だがどこか色気のある儚げな声は聞く者の情欲を掻き立てる。前を向き返った彼女の表情は王族たる精悍な顔つきに戻っていたが、何処か寂しげな雰囲気を漂わせてもいた。


    †


式場に入ると、今まさにトゥリパリンナ皇国女王が演説をしている最中であった。謁見の間というには大きすぎる部屋内に、二百人ほどが列を成して演説を聞いている。妾の子の登場に会場は騒然としたが、ナナリィは気にせず声を張り上げて主張をする。


「ナルグ国の使者に緊急の伝令です! ナルグ国内で暴動が起きたとの事! 直ちに対応を……えっ」


彼女の発言中に後ろから紫の戦士が飛び出した。槍を構え猛進し、女王の後ろに構えていた使者の一人に飛び掛かっていくシャローム。


「見えてんだよ、テメェ!! どす黒いオーラは隠せねぇなぁおい!!」


"崩衝鰐尾撃"を受けた使者は隠していた爪をもって槍を受け、後方へ吹き飛ばされる。壁に叩き付けられた使者の姿は上半身が黒く染まり、顔には真一文字に裂けた赤い口が開いていた。傍にいた女王の侍従達が悲鳴を上げる。


「や、奴こそがこの場に入り込んだ魔神! 女王を亡き者にするためナルグ国の使者に成り代わり虎視眈々とその機会を窺っていたのです! 私達が引き受けますので、皆さん、こちらに避難を!! お義母様かあさまもお早く!!」


突然の出来事に周囲はパニックになりかけたが、ナナリィの発言によって行動指針が示されたため、その場の全員が早急に行動を開始した。守護隊長ニィレムに連れられて女王も避難していく。入れ違いで冒険者達は部屋に入り、臨戦態勢を整える。


「お前、なんで分かったのぉ? 私ですら、ナルグ国の使者って事しか知らなかったのにぃ。」


「俺の右目は魔力が見えんだよ。穢れたり異界の力持ってたりすりゃ一発だ。」


驚きを隠せないナナリィを置いてシャロームは敵への警戒をしつつ彼女の前に移動し、守る様に槍を構える。異性を惑わし死地に追いやり続けた"奪命の妾姫"、幼き姿に生前の記憶全てが宿るナナリィは、彼には聞こえない声で、僅かに悔恨を呟いていた。


「……ズルイねぇ。お前が傍にいてくれたら、もう少しまともに人を信用出来たじゃないのさ。。。」


    †


「ダブラブルグ。観察対象そっくりに変身できる最低な奴。さっさとぶっ潰そう。」


OECの確認と共に偽物の使者は正体を現し、全身を黒く染め大きな爪を露わにした。何やら言葉を発したかと思うと、周囲の影から暗黒の存在が複数出現し始める。城ほどの建物でなければ室内では足りないであろう、5m超の巨大な馬が4頭顕現した。


「そう、こいつらよ、こいつらが我が国を蹂躙していったのよねぇ。」


「ジヌゥネかぁ、でかくて面倒なんだよな。」


OECの伝達と共に戦闘が開始される。シャロームとアメジストが前衛で敵の攻撃を捌き、ミリヤム、ルミナリア、アレクサンドラが中衛で攻撃を行い、エンレイ、OEC、カティア、ナナリィが後衛で支援する体制だ。ダブラブルグは敵後方でほとんど動かず様子を確認しており、ジヌゥネ達が部屋内を踏み荒らし全体攻撃を行っていた。格上の相手であったが地の利もあり、戦況不利とまではいかない状況だ。


「…結構攻撃してるけど、あの黒馬、全然倒れないわね。」


「全員、体力は温存しておけ! 長期戦になるぞ!」


「時間が経てば某のジオグラフが動くので! それまで耐えますぞ!」


ミリヤムの言う通り、ジヌゥネ達は巨躯に見合う体力を持ち、多少の攻撃など意に介さず暴れ続けていた。OECとカティア、ナナリィの回復魔法により継戦は出来ているが、一度のミスで戦線が崩れてもおかしくない状況が続く。各自できる限りの行動で敵の攻撃を捌いていた。


    †


先の見えない戦闘が続く中、アメジストはゼロ丸に乗りジヌゥネ達の脚を潜り抜けながら、敵の下腹部に魔法を放っていく。屋内であったがゼロ丸の機動力は落ちず、乱戦の中でも安定して優位を保っていた。


「アメジスト! そちらの蹄に仕掛ける! こっちだ!」


「分かった! シャロームの刺突に合わせるぞ!」


前方に見えた紫の戦士に声をかけられ同時攻撃を仕掛ける。単発での打撃は威力が低く巨体にはダメージが通りにくい。そう考えゼロ丸に指示を出した瞬間に、別方向から予想外の声が聞こえてきた。


「は!!? この位置から俺に何しろって!?」


左で槍を構えるシャロームとは別、右方向からシャロームの声が聞こえてきた。振り向き確認してみると、確かにそこにも紫の戦士がいる。


「―え? なんで―」

「ヒヒ、地獄に落ちろ。」


声と共に、鈍い音が左下から聞こえてくる。シャロームのロングスピアが、ゼロ丸の腹部を貫く音だった。


「…なっっ! ゼロ丸!!」


槍を抜いたシャロームは返り血を浴びながら不敵な笑みを浮かべている。よく見ると両目が紅く、オッドアイの本物とは違う禍々しい雰囲気を醸し出していた。


「しまったダブラブルグか!! 戦禍に紛れて変身しておった!!」


アレクサンドラが異変に気付いたが、距離が遠く対応が間に合わない。気付けば援護の届かないところに、彼女アメジストは誘い込まれていた。


「な、なにを…」

「シネェ!!!」


困惑し呆然とするアメジストを楽しみながら、紅紫の戦士は再び槍を向ける。タイミングを図る様に、ジヌゥネの1体が自らの脚をその場に振り下ろす。


「…ぁ……」


二方向からの攻撃にアメジストは動けなかった。だが、重傷にも関わらずゼロ丸は体当たりで紅紫の戦士を吹き飛ばし、そのまま急停止してアメジストを背から吹き飛ばす。彼は自身の限界を悟り、ジヌゥネの蹄の範囲外に決死の覚悟で主人を逃がす事を選択した。


「おい、待て、待ってくれ、やめろおおおおお!!!」


吹き飛ばされる彼女の目前で、巨躯の蹄は無情にも振り下ろされる。ぐしゃり、という音と共に、騎獣の着ていた防具が部屋の壁へと吹き飛んでいった。

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