2章・五節

目を開けると一行はなぜか暗い森を走っている。

目の前にはメリアの女性と兵士らしき男がおり、冒険者達は彼らを守る様に追走していた。


「ナーナレイネリア様!大丈夫ですか!」

「ニィレム…お母様を思えば大丈夫よ…。」


突然の事に状況把握が遅れたが、どうやら追手から逃げている最中のようだ。ナーナレイネリアと呼ばれた少女は美しい装飾に身を包み一目で高貴な身分と理解できる出で立ちであったが、燃えるように赤い髪は茶色く穢れ、泥の跳ねたみすぼらしい衣服は危機的状況を表すには充分であった。


「今、ナーナレイネリアと…」

「っ!! おい!!こっちだ!!」


アメジストの呟きをかき消すようにミリヤムが叫ぶ。シャドウの眼が前方に構える危険を察知したようで、2人に対し進路変更を呼びかける。


「ありがとう、やはり冒険者を連れてきたのは正解であった。」

「助かりました、生きて帰れたらこの御恩は必ず。」


兵士と少女は素直に話を聞き、ミリヤムが先行して夜の森を進む。追手となる魔神達は二方向から攻めてきているようだが、兵士の男曰く森を抜けた先に騎士団がおり、そちらへ逃げているとの事だった。


「騎士達の遠征中を狙われた。本当に魔神という奴らは狡猾で残忍だ。」


追われている2人が戦える状態ではなかったため、騎士団のいる方角を確認しつつ魔神を避けながら森中を移動する。暗闇の中であったがミリヤムの索敵能力は確かであり、戦闘を回避して進行することが出来た、だが、あと少しというところでミリヤムが突然立ち止まり、手を広げて全員に注意を促す。


「チッ、この先は毒の茨だ。不用意に突っ込むと危険だぞ。」


    †


「エンレイの炎で燃やそうぜ。」

「バカッ そんなのソッコーで見つかっちゃうよ。」

「だが、行くしかないのであれば進むしかないだろう。」


警告に対して臆さず進もうとする兵士ニィレムに対し、エンレイが手を挙げて制止する。


「待って。全員に"バイタリティ"をかければ少しは抵抗できるはず。対策ぐらいはしていきましょう。…突然動き出したりしないわよね。」


「"ネイチャーマスター"…ふむ、視認範囲内は魔物の類ではないようです。ミリヤム殿に続いて某が参りますので、不測の事態も無きよう進みましょうぞ。」


ミリヤムとルミナリアの索敵を頼りに茨の道を進みだす。進路自体は直線の為迷う事もなく、先程の薬効とバイタリティによって毒を受けず問題なく超えることが出来た。


「…ふぅ、これであとは騎士団と合流するだけね。……え?」


茨の道を抜け落ち着いたタイミングで、エンレイは何か声が聞こえたような気がして周囲を見回した。暗闇で正確に把握する事は出来なかったが、生命の気配は確認できない。


「(バカモノッ!! 上だ!上!!)」


先程よりはっきりと、耳元から発された声に従い上を向くと、闇に光る不気味な眼光が今まさにこちらへ攻撃を仕掛ける瞬間であった。


「ぁっ…!!!」


大樹の影より這い出た魔神が、音もなく触手を伸ばしメリアの女性を捕縛する。蜘蛛のような姿をした魔神は樹々の枝を飛び移って接近しており、先陣を切るミリヤムが発見することは出来なかった。不意を突かれた2人……エンレイとナーナレイネリアは抵抗もなく宙へと運ばれていた。


「ぃやぁっ 誰かぁっ!!」

「私は燃やして逃げる! 誰かナナリィを!!」


声により僅かに思考時間が稼げたエンレイは大声で仲間に向けて指示を出す。突然の叫びに全員が事態に気付き、即座に行動を開始する。


「…モヴキラだ! 触手より腹の毒針に注意だよ!」

「のやろ!!! ミリヤム、エンレイ頼む! ルミナリアは援護を!」

「"ナチュラルパワー"・"ウィングフライヤー"・"マルチプルアクター/ジャイアントクラブ"! "ビッグディフェンダー/ディノス"!」


ミリヤムが速射した矢はエンレイが燃やす部分を射抜き、拘束が緩んだエンレイは自力で触手の包囲から脱出する。ルミナリア渾身の切り札を授かったシャロームは槍を高跳びの要領で地に突き刺して跳躍し、ナナリィを抱きながら触手に対し飛び蹴りからの回し蹴りを撃ちこんで拘束を解除した。


「おのれ、不意討ちとは卑怯な!!」


連続攻撃に怯む隙を狙い、ウィングフライヤーで空を駆けたゼロ丸とアメジストがチャージ攻撃を行う。蹄と杖がコアである頭部に炸裂し、モヴキラは悲鳴を上げる間もなく瞬く間に塵へと姿を変えていった。


「ありがとう、助かったわ。…"シンボリックロア"、初めて見た。」


エンレイは自身の容態よりも森羅導師の魔法に興味深々であったが、一瞬で複数の魔法を放ったルミナリアは杖を支えにへたり込んでしまっている。


「はぁ、はぁ、さ、流石に、はぁ、厳しい、ものが、あります、な。」


「ここから走るのはしんどいだろう、私が支えるからゼロ丸に乗ってくれ。」


「あ、ありがとう、ございます…」


一方、少し離れた位置でウイングフライヤーによって安全に着地したシャロームとナーナレイネリアだったが、抱えられた彼女は身体を丸め、顔を手で抑え込んでいた。


「おい、大丈夫か!!」


「モヴキラの触手は触れるだけで生気を吸い取っちゃうんだ、回復しなきゃ。」


OECが近づいて神聖魔法を唱えようとしていたが、近付いてみると彼女はぼそぼそと何かを呟いている。頬を寄せないと聞き取れない、とても儚い声であった。


「……殿方にこんなに熱い抱擁を受けたの、初めてですわぁ…」


「「……ん??」」


OECとシャロームが目を合わせる。直後にOECは非常に悪い笑みを浮かべ、「お邪魔しましたー!」と速攻で仲間の元へ走っていった。


「お、おい! 待てっ…」

「ああ!戦士様ぁ! なんと美しい顔立ち…ではなく、なんとお礼を言ったらいいか、こんな熱い抱擁は初めて、あぁいえ、こんな風に魔物に襲われた事も無くてぇ、触手に絡め捕られた時は『一体これからどんな辱めを受けるのか』とハラハラしておりましたが、戦士様のおかげでこうして無事清らかな身体でいる事が出来ましたわぁ! …ぃえ、戦士様に捧げるのであればやぶさかでもございませんがぁ…」

「待て! おい待てって!! 滅茶苦茶元気だなおい! んじゃ降ろすぞ、ってやめろ! くっつくな!」

「あーソウイエバ絡め捕られて足をひねったみたいですわぁ。このままでは逃げ切れませんのでこのまま抱えてお運びいただけると」

「アメジストー! ゼロ丸と一緒にこっち来てくれー! 頼むー!」

「いやですわぁ! お馬さんではなく戦士様に運んでいただかないと先ほどの魔神の毒で死んでしまいますわぁ!」

「おい! 遠くで見てないで助けてくれよ!!」


「シャロは王女サマをゲットした!」

「あ、あれが、ナーナレイネリア様…なのか…」

「さ、流石長命種の生命力ね、私はモヴキラにだいぶ生気を吸われたのに…」

「全く、そうホイホイと人を好きになるものではありませんぞ。」

「おい、今どの口が言った?」


隠密行動中に大騒ぎする2人の姿に呆れつつ、適宜薬品を飲みながら一行は森の外へ走り出す。結局シャロームに抱えられて満足げな表情をしているナーナレイネリアを見て、共に城を脱出したニィレムは不快というよりもどこか気まずそうな顔をして先へと走るのであった。


    †


森を抜け荒野に出ると人族の集団がこちらに武器を構え臨戦態勢を整えていた。茂みをかき分ける音に反応し警戒していたのだろうが、一行がナーナレイネリア様を抱えている事に気付くと即座に武装を解除し、救急隊の元へと案内してくれた。どうやら騎士団の一隊のようだ。


「ナ、ナーナレイネリア様!! よくぞご無事で!!!」


兵士達の姿を見るや否やナナリィはシャロームから降り、何事もなかったかのように優雅に歩きだした。貴族でもない男に抱きかかえられる姿を見られたくなかったのだろう。


「お、おいこらテメェ普通に歩けるじゃんぐっ」

「ふふふ、皇女に向かってそのような言葉、聞かれたら即処刑モノですよぉ。」


シャロームの口を押さえ、逆手では内緒と言わんばかりに人差し指を立て自身の口に当てるナーナレイネリア。振り向きざまにウィンクをした後、出迎えの兵士達の元へ向かい走っていった。


「あれぇ~、シャロームクン顔あっかいよぉ~? どうしたのかなぁ?」


「うっせぇ!! 俺はな! ヴィルマ一筋なんだよ!! ひ!と!す!じ!」


    †


「ニィレムか!よくぞ皇女様を救出した、素晴らしい働きだ! 魔神の妨害で皇都に近づくことも出来なかったのだが、一体何があったのだ!?」


「皇都は…陥落した…。俺が…俺が悪かったんだ……俺のせいで……」


「お、おい、どうした。皇都は残念だったが、皇女様が生きている限りトゥリパリンナ皇国は不滅だ! 希望を捨てるんじゃない!!」


兵士達の会話を聞きながら、冒険者達はここまでの疲れを癒す。ルミナリアの消耗が激しかったため、シャロームは魔香草を最大効力で煎じていた。


「悪ぃが、さっきのヤツとは比べ物にならん苦さだ、耐えてくれよ。」

「いえ、ありがとうございます。…んぐぅ!! ま、不味過ぎ…!」

「走り続けた上に魔力も使いまくっては、流石のルミナリアも辛そうだな。」

「共にゼロ丸に乗っている間も、ほとんど意識は無いようだったな。」

「アメジストの胸を借りてぐっすりしてたものね。…あれ、OECは…」


姿が見えない時点で察した一行はそれ以上の詮索を止めたのだが、ふと気づくと兵士達は徐々に姿が薄れていき、景色もまた少しずつ歪みだしていた。外殻域の攻略は、ひとまず完了したようだ。


    †


「うわー! 消えちゃった! あとちょっとだったのに!! んもー!」


OECの嘆きは空間中に響き渡る。外郭域を突破したようだが、いつもと違い中心域へ強制的に引っ張られるような感覚はなく、地に足を着けたままでいる。周囲を観察していると、どこからか、いや空間そのものからであろう、侵入時にも聞いた甘く儚げな声が竪琴の音と共に聞こえてきた。


「本来なら、"あの私"はここにはいないわぁ。モヴキラに捕まり、ナズラックに弄ばれ、この世に絶望したところで騎士団に救出された。あのような無邪気なままではいられなかったのよぉ。」


話の終わりと共にそれまで何も存在していなかった場所から人型の影が出現する。

シャロームの背後であり、顕現するなり座っていた彼を後ろから思いきり抱きしめていた。


「んなっ!」

「お前、本当にイイ男ねぇ。ご褒美をあげてもいいわよぉ? どぉう?」

「お、おわああ、やめろ、やめろおおおお!!」


身体の節々を触られ、彼女の身体はわざとらしく当てられ、シャロームは半狂乱状態となっていた。くすり、と笑いながら立ち上がり、言の葉に弦の音色を乗せながら一行に向かい挨拶をする。


「ようこそぉ、"私の魔域"へ。私の名はナーナレイネリア・トゥリパリンナ。長いからナナリィと呼んでくれて構わないわぁ。あなた達の活躍はばっちり見てたわよぉ、あの頃の私を地獄から救い出してくれたこと、心から感謝するわぁ。」


そう言いつつ胡弓を滑らかに弾く女性は先程救出した少女に似た顔立ちだが一回り大きく、煌びやかな衣装ははだけて艶やかな肌が露わとなり、スリットスカートから覗く脚線美は情欲をそそらせるには十分な外見であった。とてもじゃないがシャロームが直視できるものではない。


「…あら、あなた私の盾を持ってるわね。恐らくそれが、私と君達を結び付けたのかしらねぇ。」


ナナリィはアメジストの装備する盾を見て、同じく手に持つ妖精の盾を見せるように構える。ここまでの旅路で彼女への敬意を抱いていたアメジストは、道中心に引っ掛けていた事を正直に話し出す。


「ナーナレイネリア様、お会いできて光栄です、そして申し訳ありません! こちらの盾を利用して、貴女を知る妖精達に"私が貴女である"かのような嘘をついてしまいました。本当に、申し訳ありません。」


「ナナリィで良いってばぁ。それに、大体の経緯は2人から聞いてるわよぉ。熱血シルフと運ディーネちゃんでしょう? あの子達は適当で構わないわぁ。」


話を終える辺りでナナリィの背後に人影が出現する。どちらも見覚えのある、頼りになる守人達だ。


「全く、この私が必死に訴えたというのにみすみす敵に捕まりおって。」

「まぁまぁ、助かったから良いではないですか。久々だからって拗ねちゃダメですよ、アレクさん。」

「な、なにぉう! すす拗ねてなどいないわ!」


アレクサンドラ、カティアが顕現し、冒険者の前に現れた。話の内容からして、これまでの状況は把握しているようである。


「あの声はアレクサンドラさんだったのね。ありがとう、おかげで助かったわ。」

「そう! 感謝の気持ちを伝えたければ、もっと褒め敬うがよい!」

「(なんだか、ちょっと面倒な感じになってるわね…)」


「カティア、ひさびさ~! 一緒にいたんなら言ってよ!」

「け、結構頑張って伝えようとしたんだよ! でも外殻域だと完全顕現は出来ないみたいで、なんかこう半透明になってふわ~っと空を浮いてる感じでついていけて。」

「なにそれなにそれ! チョー楽しそう!」


「あんた達、本当に仲が良いんだねぇ。…とにかくぅ、その話は気にすることはないわぁ、むしろ嬉しい事よぉ。あなたみたいな騎士様が私なんかの名を名乗ってくれるとはねぇ。」


自身を卑下するナナリィに対し、アメジストは困惑の色を隠せなった。


「な、なにを仰る。ナナリィ様は妖精と心を通わせた素晴らしい方ではないですか。」


「…ふふっ、そうねぇ、私が真に心を通わせたと言えるのは妖精くらいだもの。」


「それは、一体…」


「まぁ、その話の続きは先に進んでからにしましょう?」


ナナリィは演奏を止め、先程一行が脱出してきた森の方角を指差した。いつの間にか通路のような空間が出来上がっており、中央域の入口と推測される。


「この先にあるのは、惨劇が起きる少し前、皇国が滅びを迎える物語が待っているわぁ。トゥリパリンナ皇国で何が起きたのか、あなた達の眼で確かめて頂戴。」


体力・魔力共に回復し、冒険者達は探索準備を整える。守人も加わり万全の状態となった一行は、満を持して魔域の中央域へと足を進めるのであった。

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