2章・四節

装置起動と共に魔域への道が開くと予想されるため、冒険者達は予期せぬ被害の発生を考え早急に移動する事にした。疲れを承知で森林地域を一昼夜歩き続け、フィルイックの待つ遺跡群へたどり着く。


「おお、来たきた! 周囲環境の準備はバッチリだよ! 君達がここに来る間、誰もこの魔方陣は使わせてないから安心してくれ。なんたって起動する前からずぅっと観察し続けてたからね、緑と青の魔力が流れてきた時は興奮が収まらなかったよ。魔力の流れ的に間違いなく森の中心に繋がってると思う、やっぱり水と風の力が加わった事によって流動性が増した感じがしてさ、そこで僕は…」

「ストップ、ストップだ。話の内容も興味はあるが、少し休ませてくれ。」


開口一番これでもかと力説するフィルイック。ルミナリアが目を輝かせていたがミリヤムが制止し、強行軍の疲れを癒す事にした。

フィルイックの居住区にて各々装備を整えつつ、シャロームが薬草と共にノマリ族から購入した疲労回復薬を煎じ、全員に配布していく。


「…あら。絶対苦いと思ったのに割と美味しいのね。」


疲労を知らぬエンレイが興味本位で味見した煎じ薬は、繊細で細やかな舌触り・鼻を透き通るハーブの香り・柑橘系のほのかな甘みを感じる逸品に仕上がっていた。無骨な男の作成物とは思えないそれに目を丸くする冒険者達。シャロームは普通の事と言わんばかりに昔話を語る。


「草は師匠、薬はヴィルマの両親から煎じ方は教わってよ。ヴィルマがちっちぇ頃は薬飲ませんのに苦労したんだ、甘い果物のエキスを数滴混ぜるだけでだいぶ苦みを抑えられんだよ。こっから戦闘続きなら良い気分で備えてぇしな。本当は酒でも飲みてぇくらいだが。」


彼が手にもつ薬師道具セットには多くの粉や植物が備えられている。昔から使用していたのであろう、所々に欠損が見られるその箱には彼の師の物であろうメモが複数枚貼られていた。


「おーいーしー! これならいくらでも飲める!もっとくれ!」

「これ、ゼロ丸にも飲ませて良いか? お願いだ!頼むよ!」

「疲労回復の効果としては完璧なものだな。丸薬とかにならないか?」

「薬草に詳しいという事はその師匠というのはエルフ様ですかな!?な!?」

「本当、ヴィルマちゃんの事になると真面目なのね。」

「あーうっせぇうっせぇ! 分かったからさっさと準備しろ!」


悪態をつきつつも予想外の賛美に赤面するシャローム。煎じ薬はそのうちフィルイックの幻獣達からもせびられてしまい、いやいやながらも全員分煎じてあげる生真面目な男であった。


    †


転移後の状況に検討がつかない為、万一に備え戦闘準備を整えていく。フィルイックはどんちゃん達に指示を出していたが、ついてくる気は無い様だ。


「じゃあ、後はよろしくね。行く先には興味しかないけど僕は戦闘からっきしだし。それに一人だと"人が転送される様子"を確認することも出来ないからね、君達がどうやって移動していくのかじっくりと観察させてもらうよ。あ、その間の防衛は幻獣達に任せたからそこも安心してね。あ、あと是非とも地図の作成と風景の簡単な描写とかしてもらえると助かるなぁ~それに魔物や動物の生態と植生と魔力の移動先とそれかr」

「ストォップ!! 落ち着け、僕達は魔域を破壊したらすぐに戻ってくるから、その後好きなだけ調査なりなんなりしてくれ、いいな!」


珍しく声を張るミリヤムの横で、エンレイがぽつりとつぶやく。


「ほら、言ったでしょ。興味のある事しか頭にないのよ、学者って。」


ため息をつきながら、ミリヤムは後悔しつつ目をつぶる。


「そうだな、気を張った僕が間違っていたよ。考えたらエンレイもそうだしな。」


そう言って目を開けた先には冷たい眼で見つめてくるメリアの姿があったため、ミリヤムはもう一度後悔し目をつぶる事となった。


    †


転送装置の上に立ち、中心にあるレバーを下に動かすと魔方陣はより一層の白い輝きを見せる。ルミナリアがギリギリまで粘っていたがついに観念し、フィルイックの袖から手を離すと共に転送が開始された。


「じゃ、よろしくね。あ、気を付けて、か。あと、頑張って。」


手を振るフィルイックが輝きに包まれ見えなくなったかと思うと、瞬く間に景色が一変する。転送装置は確かに動作したようで、誰一人欠けることなく新天地に辿り着いていた。

周囲の森は黒く淀んでおり、地面には悪臭を放つ沼が広範囲に発生している。沼の中心に巨大な樹木がそびえ立ち、そこには枝葉に包まれるようにして黒い球体アビスが浮かび上がっていた。先程の美しき大自然から急転した恐ろしき風景に目を見張る冒険者達。


「ドンピシャで奈落の魔域の真ん前かよ。よく魔神達が這い出て来なかったな。」

「確かに、僕の眼三つ目をもってしても周囲に魔物らしき姿は見当たらないな…」

「というか、生命の気配がないぞ? もしかしてこの沼のせいか?」

「あー、恐らく毒沼ですな。瘴気が発生しているので我々も気を付けるべきかと。」

「あーあー、最悪だよこんなの。蛮族いっぱい夢いっぱいだと思ったのに。」

「…それはそれで最悪よ。一先ず、魔域に辿り着く方法を探しましょう。」


周囲に差し迫る危険はないと判断し、各自で調査を開始する冒険者達。毒沼の瘴気は吸い込み過ぎると危険なものであったが、先程の薬草効果もあり幸いにして身体への影響は少なかった。

沼は確認できる限りでは深いものではなく、丸太を倒すだけで渡れる程度の深度であった。枯れた木々を倒して足場を確保しつつ、中央の巨大樹木への道を作成する。


「ん? この木は人の手が入ってるな。階段らしき痕跡がある。」


ミリヤムの調査で巨大樹木は過去に展望台として使われていたと推測できた。情報へ繋がる階段を上ると都合良く魔域の前へと辿り着く。


「巨大な樹木に寄生する様にして発生する奈落の魔域…魔神達は森や自然に対して相当な執着があったのですかね。森羅導師としては胸糞悪いですが。」

「どうかしら。魔域に囚われた人の影響もあるかもしれないわよ。」

「…もし、この魔域に守人がいるとしたら、それはもしかして…」

「いいから行こうぜ。いい加減臭くて堪んねぇ。サクッと壊してさっさと出よう。」


思いをめぐらすアメジストを引っ張りつつ、一行はコルガナ地方第三の魔域に突入する。特有の浮遊感はいつもの事であったが、どこからか竪琴を奏でる音が聞こえてくる。それは頭の中に直接鳴り響く様に聞こえたが不思議と不快感はない。そしてメロディに合わせるようにして、切なくもどこか色気のある儚い女性の声が、奈落に落ちる冒険者達に向けて発された。


「どうか、この物語を見届けて…あなた達に、私の願いを授けます…どうか…お願いよ…」

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