2章・奈落の果てに

2章・一節

クルツホルム東門を出発し、一行はけもの道を進んでいる。昨日救出したエメラルドラクーンの案内で、森林地域にて遺跡研究をしているエルフ・フィルイックの元へ向かっていた。

不審なラクーンを信用すべきかで意見が割れたが、冒険者ギルドにもフィルイックからの保存食依頼が届いていた事や、シャロームの探し人・ヴィルマに似た人物が向かったという森林の情報を得るため、その地域に詳しい人物を当たるべきだとの結論に至ったのだ。

ヴィルマについては、シャロームが奢った主討伐宴会にて商人からの新たな目撃情報があり、「別々の人物からツノ付けた女の情報が出たってことは間違いねぇだろ」と平原から再び森林へと照準を変更するに至っている。時間を消費したことに悔んではいたが、商人の情報が「果物や食料を買い物していった」と危機迫るものではなかったため、緊急性は少ないと判断し一先ず焦らずにいる。


「森林エルフ様、某だけでは見つけられませんでしたが、成程幻獣達の力を借りて隠れ潜んでいたのですねぇ。いや~ご尊顔を拝見できるのが楽しみですなあ。」


「貴女、さっきセレン相手に大泣きしてたじゃない。気が多いのも考えものよ。」


「何をおっしゃる、某はエルフ様という一つの対象を愛しているのでありますぞ?」


昨日の騒動を一行と共に解決したエルフの神官セレンは、冒険者ギルドからの要請で守りの剣の効果安定まで街の警備を務めるためクルツホルムに留まる事に決めた。ルミナリアも残る気満々だったが、エルフ温泉同好会より尾行・覗・盗撮の被害届が出されていた為やむなくクルツホルムから追い出され、結局は一行と行動を共にしている。


「"おねーさん、美しい顔に似合う清々しい信条でやんす。ヘヘッ"」


ラクーンがごますりをしているが妖精語は本人には伝わらない。ラクーンの背中にはOECがしがみついており、ふかふかの感触をこれでもかと楽しんでいる。必要以上に取り入ろうとする緑の狸を不審に思いエンレイは冷めた目線で見ていたが、そのうち幻獣らしからぬ道化っぷりに夢中になってしまい、いつの間にか周囲に迫り来る異変に彼女は気付くことが出来なかった。


「おい気を付けろ! 気持ちワリーのが大勢いるぜ!」

「なんだこれは、目が、回る…」


シャロームの声と共に警戒態勢をとる冒険者達であったが、なぜか視界が不安定になり、思うように姿勢を保てなくなっていく。耳元では怨嗟が蠢き、一面緑の森景色が黒き霧と共に渦を巻き始めていた。森林に潜む亡霊たちが、旅人を迷わせ同じ末路を辿らせようと、"彷徨う呪い"をかけてきたのだ。


「こんなもの、僕に効くか。」


シャドウの高い精神耐性によって守られたミリヤムが、呪いの声を上げる怨念を斧で払い除けていく。主人に害を与えられ激昂したのか、ゼロ丸もまた雄たけびを上げ、蹄と尾でアメジストの周りを飛ぶ悪霊達を吹き飛ばしていた。1人と1匹の活躍で生者に絡みつく亡霊は一度引き、冒険者達は体制を整えることが出来た。


「んもー、消えろ! "リムーブ・カース"!!」


OECの放つ神聖魔法により周囲の亡霊はみるみるうちに吹き飛んでいき、景色は元の森に戻っていく。冒険者達は無事であったが、三半規管に攻撃を受けたラクーンが気絶してしまい、仕方なくこの場で小休憩を挟む事にした。


「うげぇ…気持ち悪いですぞ。まるで尊きエルフ様を騙るあの蛮族のようです。」

「んがー!!! なにこの森!! 主倒して平和になったんじゃないの!!」

「ゼロ丸~カッコ良かったぞぉ~ありがとな~」

「遺跡があるのであれば、そこは都市が滅びた場所。何かしらの怨念があってもおかしくはないわ。」

「んー、あの感じ、魔神の影響受けてたっぽいんよな。魔域でも発生したか?」

「"大浸食"真っ最中だ。それもあり得るな。心して進むぞ。」


各々思いをぶちまけつつ、荒れた呼気を整えるのであった。


    †


ラクーン復活後は事もなく森林を進み、夕方に差し掛かる辺りで木々に埋もれた遺跡に辿り着いた。道という道は無く、案内がなければ到底辿り着けそうにない場所だ。20mを超える大樹が群生しており、太陽の光もほとんど届かない暗く静かな自然の景色が広がっていた。文明があったのであろう、もはや大樹の根の一部と化した建造物の間にラクーンは入っていく。


「"ココ、ココでやんす。…あれ?いないでやんすね。いつもはココから全然外にでないんでやんすよ。おーい、フィルイックー。どこいったでやんすー?"」


妖精語が森に響き渡るも声が返ってくることは無い。ラクーンの到着が遅れたため食料を探しにぶらついているのかもしれない、(恐らく遺跡の方に興味津々な)エンレイの一言で仕方なく一行は周囲の探索を開始する事にした。

周辺一帯は焼け落ちたであろう黒い瓦礫が散乱しており、都市というよりは村落と思しき場所であった。奥に進むと大きな河に辿り着き、岸辺には石造りの桟橋跡が見える。かなり古い遺跡群であるが、どれも状態はかなり良く、手入れされているように見えた。


「うわ、なんだこれ。模様…文字か?」


大樹の上の方でシャロームが石碑を見つけていた。大きな枝にめり込むように存在しており、樹の成長と共に持ち上げられてしまった事が伺える。崩さないよう慎重に下に降ろし、魔法文明語が読めるエンレイに解読を頼んだ。


「"トゥリパリンナ皇国は魔人の攻撃で滅びた。最後の皇女ナーナレイネリアは死を悟り、魔法生物を世に放った。主亡き今、魔法生物は永劫に森を守るだろう。"

…トゥリパリンナ皇国の手掛かり。やっと見つけたわ。魔"人"表記は珍しいわね…」


「知ってんのか? 大陸中見てきたけど俺はそんな国聞いたことねぇぞ。」


「妹が調べていたのよ。トゥリパリンナ皇国は魔動機文明時代の…」


エンレイが説明しようとすると、岩場の影から人影が現れる。


「お! なんだい君、トゥリパリンナ皇国を知ってるのかい? やるじゃないか! このあたりの歴史に詳しそうだね。ちょっとお話いいかな?」


「"あ! フィルイック! どこ行ってたでやんすか、もう。"」


「"あぁ、どんちゃん、おかえり。早かったね。"」


「"いつもより3日も遅れたでやんすが!?"」


妖精語の分からない者も、ラクーンと仲良く話す様を見た事でこのエルフがフィルイックである事は理解できた。ぼさぼさの茶髪に大量の枝葉が突き刺さり、ロングコートであろう衣服は辛うじて体裁を保っているものの破けている面積の方が多い状態。何年も街に帰っていないとの事だが、一見しただけで彼の性格を垣間見ることができた。


    †


「んほーー!!!! 研究に没頭するあまり生命活動すら疎かになる典型的学者エルフ様! 博学多才な台詞の中に少しだけ子どもらしさが垣間見えるそのギャップがたまらないですゾ!!! てか待ってその服装刺激的すぎます!!! うっ」


臨界点を突破したのか、ルミナリアは直立した状態で動かなくなってしまった。


「おぉう、賑やかな人達のようだね。よく分からないけど彼女は大丈夫かい?」


「まぁ、元より正気では無いから大丈夫だろう。保存食調達の依頼者、フィルイックで間違いないか?」


ミリヤムの確認に合わせ、エルフはあらためて自己紹介をする。


「そのとおり。初めまして、ボクの名前はフィルイック。少し前からこの森林でトゥリパリンナ皇国について研究しているよ。15~20年くらいかな。皇国の事についてなら、結構詳しいと思う。

とはいえボクの持つ情報は何の価値にもならないだろうからね、金品目的でここに来たわけじゃないだろう? どんちゃん、あぁそのラクーンの名前ね、どんちゃんと一緒に来ている事からも君達の事を信用できる。あ、保存食ありがとう。実は丁度冒険者にお願いしたい仕事もあったんだけど、お先に君達の用を聞かせてもらおうかな。」


「おう、とりあえず聞きてぇ事もあったが、この様子じゃ厳しそうだな。」


大量に買い込んだ保存食を渡しながら、シャロームはヴィルマの情報が無いか確認する。残念ながらフィルイックは見ていなかったが、森林から別の地域に行くためには大河から分かれた河を渡る必要がありその唯一の橋が先ほど見つけた桟橋のため、こちら側に来ていないという事はパルアケに向かったのではないか、という事だった。


「良い情報だ、助かった。ありがとな。」


「いやいや、こちらも食料届けていただいて助かったよ。冒険者ギルドに依頼を出した事もすっかり忘れてたな。報酬はギルドに先払してるからそこで受け取ってね。」


「"あっしのことも忘れるなでやんすー!!”」


ポコポコとどんちゃんががフィルイックの足を叩いているが、本人は意にも介していない。根本的に、何かに集中していると他が見えなくなる性格らしい。


「で、お願いというのは? 冒険者に頼みたいという事ならば報酬も用意しているのだろう?」


「ああ、それなんだけど。」


フィルイックは大樹の蔦でOECと遊んでいたアメジストに声をかける。人助けとなれば真面目に話を聞く実直な騎士であるが、国の歴史やいさかいにはあまり関わりたく無い様子であった。


「えっ、わ、私か?」


「妖精魔法の力が必要なんだ。是非とも協力をお願いしたい。」


    †


フィルイックは住処に戻り、直径3mはあろう大きな葉に描かれた手書きの地図を取り出してきた。森林地域全域の植生・生命体情報や河川の流れ、各地の高低差まで確認できる非常に詳細な地図であったが、文字が多く非常に見辛いため一見すると地図かどうかすら判断できない状態である。


「このエリア、森林地域は中央を山の頂上としてなだらかな坂が広がるように出来ている。イーサミエの湿地地域から大河が流れているんだけど、それが一度分岐して、また合流する形で円を描いているんだ。つまり中央には川によって隔離された島のような領域が出来上がっているってわけ。それがこの部分。で、遺跡にある資料を見るにこの島がトゥリパリンナ皇国王城のあった場所だとボクは考えている。河は旧王城の堀を沿うようにして出来上がり、山の頂上には王城があった、という形だね。で、その形状のせいで中央領域に繋がる河は恐ろしく入り組んでて流れも速い。しかも河内には化け物が住んでいるという記述もある。先程学者さんが読んでいた石碑にも示されていた通り、王家によって制御されていた魔法生物が放たれているらしいからね。それじゃあ昔の人はどうやって堀を越えていたのかというと妖精の力で転移装置を動かしていたらしくてさ、実際近くの遺跡にそれらしき装置があった訳だよ。機動には各属性の妖精の力を集積して放つ必要があって、そのための建物が森林地域の各地点に4つ存在している。ボクはその内2つの起動に成功して、こんな風にサラマンダーやノーム、エメラルドラクーンと友達になれたんだけど、残りの2つがどうしても上手くいかなくてさ。妖精魔法使いなら、ボクよりも妖精と心を通わせることが出来るんじゃないかなーって思うんだ。力を貸してもらう事は出来ないかな?」


「ちょ、ちょっと待って、待ってくれ。何がどうするって?」


滝のように流れていく情報を聞き逃すまいと必死にメモを取るアメジスト。エンレイだけは地図の詳細さと共に溢れる情報に感動しているが、前提知識のない他の者達はさっぱりな顔をしていた。


「その、残り2つの塔はどこにあるんだ? 行って私は何をすれば良いのだ?」


「塔の場所はこのあたりとこのあたり、それぞれ近づけばすぐ分かるくらいに高くそびえているよ。1つはパルアケから近いし、休息がてらそちらから向かうと良いんじゃないかな。パルアケのギルドもクルツホルム並に大きいから、行けば探し人の情報も聞けると思う。塔に入ったらあとは妖精と仲良くなるだけさ、簡単カンタン。」


「えぇ、簡単か、それ。妖精って結構気難しいんだぞ。」


「パルアケに行くのは賛成だ、すぐ行こうぜ。この地域が斜面だらけで歩くの大変だってのはここに来るまでによく分かったし、さっさと宿で休みてぇ。」


「さんせーい、オレもう全然吸精ごはん食ってなくてお腹空いちゃったよ~」


「しかし、来た道を戻りここから分岐してパルアケに進むのは3日以上かからないか? 僕はともかく、皆の脚では厳しいのでは。」


地図を指差しながら進路会議をする冒険者に対し、フィルイックが得意げに提案する。


「ここにボクがいつも使っている手漕ぎ船があるんだ。大量の保存食積んでも平気なくらいの大きさだし、魔物に襲われたこともない平和な場所さ。河を渡っちゃえばパルアケまですぐの最短ルート、こっちがいいと思うよ。」


フィルイックの示した進路ならばパルアケまで1日もかからず到着できそうであった。魔法生物が放たれているという森林地域の危険性も考慮し、一行は野宿を選ばず強行軍でパルアケへ向かう事にした。


    †


「で、君はどうして皇国の中央部に僕達を向かわせたいんだ? 君が依頼したかったのは"冒険者"であって"妖精使い"とは言っていなかった。言う事があるなら今の内だが。」


出立前、アメジストが地図の情報を整理中に、ミリヤムが他には聞こえぬ声でフィルイックを問い詰める。


「あー、はは。参ったね。ノリで攻略してもらおうと思ったんだけど。」


突き付けられた視線を気まずそうに、エルフの男は諦めて話し出す。


「多分なんだけど、あそこ奈落の魔域シャロウアビスが発生しててさ。」


「なんだと?」


「いや、多分だよ!多分。魔物の発生経路や魔力の流れ的にどうにも怪しくて。冒険者なら、魔域を見つけたら攻略するだろう? 確定じゃないからギルドにも頼みにくいし、魔域攻略依頼は相場が高いから、ただのお使いとしてお願いした方が安く済むかなーって。目ざといねぇ、君。」


「ふん、当然だ。先程、魔域の存在を疑うようなことが起きたからな。報酬は弾んでもらうぞ。」


ミリヤムは満足顔でフィルイックから離れていく。すると入れ違いに、エンレイが皇国についてより詳細な情報を聞きに来た。フィルイックは先程とは打って変わって饒舌になり喜んで答えた。


「トゥリパリンナ皇国は魔動機文明時代の最初期に存在したメリアの皇国で、魔法文明時代の歴史を色濃く残した美しい花の咲き誇る優雅な国だったんだ。皇族は代々ジャスミンの花を咲かせていて、王城にも多くのジャスミンが咲いていたのだけど、魔神の襲撃によって滅ぼされてしまったみたいでね。一部はパルアケに移管されて、そのままパルアケが花の街として遺志を引き継いだ形になってる。そのあたりの歴史的な背景は自信があるんだけど、英雄譚とかは吟遊詩人の領域だからなぁ、遺品とかそういうのはあんまり情報無いや、力になれなくてごめんね。」


「とんでもないわ。貴方の成果は、お金を出してでも欲しいくらいよ。教えてくれて本当にありがとう。遺品について何か分かったらこちらからも伝えていくわね。」


「おお、是非ともよろしく。楽しみにしてるよ。」


森林の地図を簡易的に書き写し、フィルイックとどんちゃんに一時の別れを告げる冒険者達。時刻は深夜に迫る中、一行は次の目的地パルアケへ向けて足を進めていった。


 †


「はぁ、全く。怪しまれたり感謝されたり。これだから人付き合いは嫌なんだ。なぁ?どんちゃん。」


一行と別れてすぐ、エメラルドラクーンに寄りかかり、ベッド代わりに横になるフィルイック。どんちゃんは小言を呟いているが、当の本人は聞きやしない。


「あの白髪のシャドウは直接的だったし、メリアの女も金出していいってならくれても良くない? 石碑の後ろでずっとボクの事を監視していたあの人間が一番だったか、なんだよアイツ。怖いっての。妖精達と一緒にいるってのにこんなに疑われると思わなかったなぁ。ま、研究が進むんなら何でもいいけどさ。あの妖精達に彼女がどこまでやれるのか、お手並み拝見といったところだ。」

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