幕間2

温泉での一件を終え、お腹の膨れた4人の冒険者は夜の街並みを眺めつつ宿へと歩を進めていた。


「いやー、酒飲んで運動して海鮮食って酒飲んで、最高の一日だったな!」

「シャローム、貴方には旅の資金をばら撒いた件についてお話があるんだけど。」

「だってよミリヤム、頑張れ!」

「いや自分でどうにかしろ。…しかし困ったな、何か資金の当てになるようなものを知ってないか? セレン。」


宿を取っていなかったセレンは折角の機会にと同じ部屋に泊まることにしたようだ。温泉にいた本物のエルフについていったルミナリアが気付けば心寝しんしんともにくっつかれそうだが、それを覚悟で主の討伐や魔域攻略の話を直接本人達の口から聞きたいようだ。


「うーん。クルツホルムの商売、今まで止まってたから。お金の動き、全然なかった。それこそ、奢ってあげた商人達に聞くのがいいかも。」


「成程、みかじめ料か、いいなそれ。"俺達のおかげで商売できてんだよなぁ?"」


「貴方、冒険者としてそれでいいの? …なにかしら、あれ。」


エンレイの示す方向には緑色の体毛を持つ狸のような生き物が、人のまばらな夜の街中を堂々と走っていた。剣の影響を受けていない以上蛮族ではないのだろうか。その後ろを、黒衣纏う人型の何かが追いかけている。その装いは明らかに、夜の闇に隠れるよう意図して着込んでいるように見えた。


「あれは……ッッ!!!!」


黒衣の中からちらりと光る物体が見えたかと思うと、突如としてミリヤムが全速力で駆け出した。ガシャリガシャリと金属鎧の触れ合う音を盛大に鳴らしながら、わき目も触れずに黒衣の人型を追い始める。


「おい! どうした一体!?」


バトルダンサーとして高い機動力を持つシャロームが一足飛びで追いつき、ミリヤムに声をかける。肩にエンレイの梟を乗せており、帳落ちる闇の街中でも、敵を追う準備は既に万端だ。


黒衣の人型あいつ、蛮神の聖印を持っていた! 永遠を指すねじれた輪の形、絶対に忘れはしない、忌々しきの紋様! 逃がしたくない、協力してくれ!!」

「任せな!! 行くぜえんちゃん!」


フォーゥ、と鳴く梟と共に付近の民家の屋根へ飛び、槍兵は街中を舞うように対象を追いかける。ミリヤムもまたそれを目印にして後を追っていく。急く青年の瞳に映っているのは、燃え上がる過去からの憎悪と怨恨だ。


「ツァイデスの神官は誰一人として許さない。絶対に、絶対にだ。そうしなければ、"僕"は何のために…」


    †


後衛の魔導士二人もまた、鬼気迫るミリヤムの表情を察して既に対応を行っていた。


「黒衣の中に8の字が彫られた聖印を見たわ。ミリヤムも多分、同じものを見て追いかけたのだと思う。」


「"8"…ツァイデス!? もしかして、吸血鬼かも。でもそんな奴、街中に入れるわけ…」


「分からないわ。でも、先の偽エルフも平然と街に侵入していた。思えば森林の主も街に向かおうとしていたし、もしかしたら、この街の守りの剣の効果が薄れているのかもしれない。」


「それは一大事。冒険者ギルドに連絡しなきゃだ。どうする?」


「一先ず、遣い魔と視覚は共有してるからシャロームを通して場所は把握できる。手遅れになる前に追いましょう。」


エンレイは地図を確認しながら臨戦態勢で街を進んでいく。危険度も把握できない状況で、迷わず厄介事を追う選択肢をした3人に対し、セレンは驚きつつも、どこか安心した顔で感情を漏らす。


「報酬もないのに動く。冒険者というより、慈善事業。でも、それでこそ"平定者"。コルガナ地方の希望の光。会えて良かった。ボクもこうなりたいな。」


    †


黒衣の人型は街の東側、森林地区へ続く東門近くの路地裏で狸らしき緑の生物を追い詰めていた。周囲の様子を確認すると人型は顔を現し、狸と会話をしている。見た目は人間の男のようだが、シャロームの右目は穢れた魔力を本人とその影に感じ取っており、ただの一般人ではない事を物語っていた。一人で飛び込む気満々であったが、遣い魔伝いにエンレイから「目的の把握まで動かないで」と釘を刺され、屋根上に潜み渋々様子を窺っていた。


「◎△$♪×¥●&%#?!」

「※~、※※~」


「…いや、分かんねえ。何語だ、あれ。」


狸と話している事にも驚いたが、話の内容は彼にはさっぱり分からなかった。身振りから、黒衣の男が狸を脅しているように見える。潜入捜査に飽きたのかシャロームは付いて来た梟を両手に掴み、ふかふかと手触りを楽しんでいる。


「えんちゃ~ん、お前ふわっふわだな~…ってアッツ!!!」

「やめなさい。どこ触ってるのよ。」


遣い魔と感覚共有していたエンレイが顔を真っ赤にしながらシャロームの頭を燃やしていた。真語魔法ファミリアの仕組みを理解していないシャロームはえんちゃんへの嫉妬と思い込み「なんだよケチだなぁ」とぼやいている。その隙に梟は、元の定位置である主の肩へと戻っていった。


「結局見てただけじゃなんも分かんなかったぜ。ぶっ飛ばした方が早ぇって。」


「駄目よ。ツァイデスの神官が街に入り込んでるだけで異常事態なのよ。それに、遣い魔経由で話も聞けたわ。どうやらあの男、妖精女王に会いたいみたいね。」


「え、狸の言葉分かんのかよ、すげぇな。セレンとミリヤムは?」


「セレンは周辺住民の避難、ミリヤムは音で見つかるから速度を落として近付いてる。準備が整い次第、仕掛けるわ。」


「あぁ、あの男の影にも多分魔物かなんかが潜んでいるから、気を付けろよ。」


    †


「"いい加減、女王の場所を吐け! 痛い目をみたいのか!!"」

「"だから、ウチは女王制じゃないって何度言ったら分かるんすか~"」


狸は必死に訴えているが、男は聞く耳を持とうとしない。痺れを切らして魔法を唱えようとした瞬間に、どこから声が聞こえてくる。


「お~いおっさん、シけた事してんねぇ。動物脅しても木の実しか出ねぇだろ。」


男が声のした方向へ顔を見上げると、槍を持った男がしゃがんだ姿勢ヤンキーすわりで見下している。後ろには既に炎を纏った魔導士も控えており、臨戦態勢であることが伺えた。


「ナンダ! オレハ何モシテナイゾイ! 動物狩ッテ何ガ悪イゾイ!?」


「おっ 言葉通じんじゃねぇか。ぃやでも、ぞい、って ッ ッ!」


笑いを堪える槍兵。からかわれ唖然としていると今度は、表通りに続く道から声が聞こえてくる。


「周りは囲んだ。君一人。逃げられない。」


神官の神聖魔法"ディテクト・フェイス"によって男の頭上に8の字の輪の紋様が浮かび上がる。周囲が照らされ、暗闇の路地裏に光と影が生まれた。男が怒りをあらわにすると、神官の後ろから弓兵が現れる。


「確定だな。どうせまた、美しき妖精女王を我が物に、などと言うのだろう。ツァイデスの神官は殺す。それが僕の道理だ。」


言うと同時に弓兵は数本の矢を放ち、男の影を地に縫い付ける。影は堪らず動き出し、魔の物の実体をもって顕現する。


「ハッ、バレテイルナラ仕方ナイ! オマエラ、デテクルゾイ!!」


男の発言と共に、路地裏に潜む魔物達が一斉に飛び出してくる。5体の魔物を従えた男もまた、人間では不可能な方向に首を曲げ、翼を広げ角を伸ばす。


「汚ラシキ者ドモニ用ハナイゾイ! 瞬ク間ニ殲滅シテクレル!」


殺意を見せた男を前に、シャロームが得意げにエンレイに語る。


「ほらみろ、魔物全部出しただろ。単純な奴は楽でいいぜ。」

「そうね、これで影から不意討ちされる事も無いかしら。貴方の眼頼りじゃ厳しかったけどこれなら。単純な者通し分かり合ってるわね。」

「ったく、少しは褒めてくれよ。」


    †


狭い路地裏での戦いは厳しいものとなった。先制の優位性を捨て不意討ちのリスクを無くしたのは良かったが、ツァイデスの特殊神聖魔法によって敵魔物が吸血鬼化し、攻撃による再生を得てしまったため"前衛弓兵"こと回避技能のないミリヤムが集中攻撃を受け敵の再生を止められない事態となる。ミリヤムがツァイデス神官相手の立ち回りに慣れていたため膝をつくことは無いものの、数で劣る冒険者側の消耗は激しく、決め手に欠ける状況であった。


「きついわね…街中だと広範囲魔法も連発出来ないわ。」

「流石にツァイデス。連れている雑魚も多い。」

「おいミリヤム! あんま前出過ぎんじゃねぇよ!!」

「分かっている! だがあと少しで敵の魔法も切れるはずだ! それまで凌ぐぞ!」


苦闘していると、ふいに路地の奥から魔法らしき詠唱が聞こえた。よくみると先ほどの狸が、直立し杖を振り、召喚の魔方陣を描いている。


「※~、■■◇▲◎〇で〇~」

「え!? は!? 狸が立った!!」

「気付いてなかったの? 狸じゃなくて、エメラルドラクーンという幻獣よ。でも確か、エメラルドラクーンは炎魔法を使えないはずなのだけど…」


狸、もといエメラルドラクーンの描く召喚陣は橙色の光を放ち、妖精サラマンダーが召喚された。ラクーンはサラマンダーに何か話すと、共に魔物に向かい攻撃を開始する。背後からの魔法攻撃に、魔物の戦線は一気に崩された。


「"いまだ! サラマンダーくん、殴るでやんす!!"」

「"貴様! 生意気な、捻り潰してやる!"」

「おお! やるじゃねぇか狸! いくぞお前ら!!」

「(…妖精語では"ぞい"はないのね。)」


唯一妖精語が理解できるエンレイが心の中でツッコミを入れつつ、幻獣達の作った隙を利用して猛攻を開始する。数的・地理的有利が無くなった魔物は連携もとれなくなっていき、再生する間もなく一体、また一体と冒険者達に落とされていった。

決着がつき、残るはツァイデスの神官のみとなる。護衛の消えた男に這い寄り、喉元にダガーを当てるミリヤム。普段は決して使わない朱く錆びたダガーであったが、喉元に突き付けてしまえば切れ味など無用であった。


「言え。貴様ら、何を企みコルガナに巣食う。この地で何を成そうとしている。」


ミリヤムの問いに男は笑う。意味などない。願わくは奪う。殺人は享楽だと。


「そうか。ならば最期の一つ。何故、ツァイデスなどを拝む。」


その問いに対してだけは、男は神官としての誇りを見せた。


「ツァイデス様ハ永遠ノ享受! 美ノ象徴! 信仰スルダケデ、永遠ノ快楽ヲ味ワエル! 貴様モドウダ? ツァイデス様ハ美シケレバ種族ナド問ワナイ! 穢レシシャドウノ身デアッテモツァイデス様ナラバ…」


神官はそれ以上の言葉を発しなかった。ミリヤムは突き付けたダガーではなく、手斧をもって男の首を両断した。

ツァイデス神官の血しぶきを直に浴びたミリヤムを、イーヴの神官セレンが咎める。


「最後の質問。やめるべき。聞かない方がいい。耳にするだけで、意識する。いつの間にか、魅入られる。」


身体中傷だらけのミリヤムを治療しつつ、セレンは精神こころの心配をする。


「すまないな。だが僕が知りたいのは、そこなんだ。どうして、魅入られてしまったのか。どうして、話してくれなかったのか。どうして、ぼくは、、何も知らなかったのか、、、」


ダガーを握りしめ、ミリヤムは下を向く。路地に響く悲痛の問いに、答える者はいなかった。


    †


「"いや~良かったでやんすヘヘッ。お嬢さん達、強くてべっぴんさんでやんすねぇ。おかげで助かったでやんす。ヘヘヘッ。"」

「(どうしよう。この子もだいぶ変な子だったわ。関わるべきではなかったのかしら。)」


事態を冒険者ギルドに連絡し、ラクーンは無事に保護された。妖精語の分かるエンレイが事情聴取をしているが、ごますりしながら下出に話す"人に慣れ過ぎたエメラルドラクーン"を見て困惑し、対応に手をこまねいている。エンレイが黙っていても、ラクーンは気にせず話したい事を話している。


「"あのおっさんには野生と勘違いされたでやんすが、うちは妖精女王でなく一人のヒト族と仲良くしてやしてね、いや騎獣契約というより仲良しこよしといいますか。サラマンダーくんともそこで仲良くなりやしてね。その男は近くの森にもう何年も篭って研究してる奴なんですが、これがまた不精な奴でして買い物1つ自分で行きやしない。仕方なくあっしが街に出て食料だなんだ必需品買ってやってるんでやんすよ。先程冒険者ギルドここの掲示板見たら食料配達の依頼とか出してたみたいで、んじゃあっしにもなんかクレ!って感じでやんすよ。時間にルーズなのはエルフだからですかねぇ。それで…"」

「今、エルフと言いましたかな!!!!!!!!」


お喋り狸を冷めた目で見ていたエンレイの目も覚める、大音量の奇声を上げる美女がいつの間にか目の前に立っていた。


「ル、ルミナリア? どうしたの、急に。」


「い、いえ、温泉エルフ同好会の方が先ほどまで銭湯での事件についてここで聴取されてまして、その後また温泉に行かれてしまい流石に裸付き合いはちょっと、いえ興奮して尊死しそうだなんて思ってませんぞ! それより、エルフ様の情報をお持ちなのですか!! 今確かにこの狐"エルフ"とおっしゃいましたぞ! エルフという単語だけは全言語理解しておりまする! さぁ! 教えるのです狐! さぁ!!」


「狐…まぁいいわ。とりあえず首から手を放してあげて。死ぬわよ。」


ルミナリアに絞められたラクーンは息も絶え絶えにエンレイへの感謝の言葉を述べている。ラクーンが森林エルフについて話す前に、手洗いから戻ってきたセレンを見つけ、ルミナリアは吹っ飛んでいった。


「"と、とにかく、森林地域にいるエルフ、フィルイックに一度会ってほしいでやんす! うちを助けてくれた人として紹介したいでやんす!(あと森林までの護衛をお願いしたいでやんす。ヘヘッ。)"」


「"願いが透けてるわよ、ラクーンちゃん。いいわ、とりあえず皆に話してみる。"」


エンレイがラクーンと話している間、台風が直撃したセレンはまた大人しくルミナリアの膝に座らされている。ミリヤムとシャロームは先ほどの祝勝会ぶりのギルドの椅子に最早愛着を持ち始めていた。


「ったく、何回この席に座ってんだよ俺達。流石にもうくたくただぜ。」


「全くだな。だが先ほどから時間も経った。ルミナリア曰く銭湯が完全復活したらしいし、アメジストも呼んで温泉に入るのもいいんじゃないか。」


「すげえな、あの血みどろ温泉からそんな時間も経ってねぇのに。」


「そうですぞ! セレン殿も是非! ぜひぜひ!! いやでも流石に刺激が…」


「んー。確かに。そこで森林の主の話聞きたい。聞かせて聞かせて。」


「あ、いや、森林の主は某のいない時の話でして…」


「えー、じゃあルミナリアはいい。エンレイに聞く。」


「そそ、そんなぁ、殺生ですぞ。」


他愛無い話をしつつ待っているとギルドの受付嬢が帰ってくる。冒険者からもたらされた情報を基にギルド内で話し合いがあったようだ。


「すみません、ギルドマスター達は守りの剣へ向かったため代わりに私が。皆様、この度は本当にありがとうございます。」


「いや、いいよ。対応を急いだ方が良いのは僕達が一番身に染みて分かっている。それより、大丈夫そうなのか?」


「はい、えっと、守りの剣へ捧げる剣の欠片を減らした訳ではないのですが、確かに最近西門・東門の衛兵共に魔物の撃退報告が増えていたので警戒はしておりました。

"大浸食"によって魔物が増えただけと捉えていたのですが、守りの剣の影響力低下にも繋がっていたとは考えておらず…。皆様からいただいた欠片でとりあえずの強化を施し、その強度によって今後の対応を考えたいという結論に至りました。」


ぬし達も消えた。流通も盛んになる。でもこのままじゃ蛮族紛れ込んでくる。守りの剣の力、大事。」


「そうなんです。やっとこの街に平和が訪れるというのに、それを失う訳にはいきません。そしてこの情報はもしかしたら他の都市では発見されていないかもしれません。当然伝令は出しますが未だ都市間の経路は不安定な状況です。もし他の都市や街に寄る事がありましたら、ギルドの方へ連絡していただいてもよろしいでしょうか。」


「おう、任せとけ。確かに、偽エルフはともかくあの化け物神官が平然と街に入ってきてたのはビビったな。んまーあんまり強度強められると俺は辛いんだが…」


「ナイトメアやアルヴに影響が出るレベルの結界維持は剣の欠片コストが無駄になるだけだ、問題ないだろう。…アルヴといえば、OECはどこ行ったんだ?」


ミリヤムの問いに答えを持っていたのは、冒険者達ではなく、受付嬢だった。


「あ、そういえば、皆様が退治された蛮族を1体掻っ攫っていったアルヴが現場で目撃されていますよ。何事かと思われましたが、皆様のお仲間だったのですね。それならば安心です。」


受付嬢のホッとした表情とは裏腹に、ため息をつく冒険者達であった。


    †


ギルドでの聴取も済み、あらためて一行は夜の街中を歩いていく。連戦で疲れた体を温泉にて癒すため、荷物を置きつつアメジストを呼びに宿へ向かう。道中にはいつの間にかOECもいたが、最早いつもの事と全員受け入れていた。

宿屋に着くと、馬小屋方面で魔法と思しき光が放たれていた。とはいえ足音や金属音などは無く、戦闘が行われている訳ではないようだ。様子を見に行くと、アメジストがドワーフの女性と魔法を放ち合っていた。


「! ここだ!!」


バトルメイジスタッフをドワーフの持つ盾に当てつつ、それによって生じた反発力を利用して姿勢を支え、流れるように魔法を放つアメジスト。受けた女性はその出来栄えに感心する。


「すごいぞ! 少し教えただけですぐに覚えてしまうとはなんて素晴らしい才能だ! 我が国の騎士として迎え入れたいくらいだぞ!」


「き、騎士は勘弁してください、国仕えは出来ない性分でして。それにしても、ご指導いただいたこちらの動作、本当に魔法の構えが安定します。このような素晴らしい方法が存在していたとは、世界にはいまだ知らない事が多いです。」


「ふふ、そうだぞそうだぞ! わしが考案した秘伝、剣魔果敢撃は君のようなしなやかな身のこなしを持つ者の為にある! 最初の攻撃が外れてしまうと姿勢は逆に崩れてしまうが、精度の高い攻撃を繰り出す者ならばその心配はないだろう。君ならきっと使いこなしてくれるはずだぞ!」


鼻高々に話すドワーフとそれに感謝するアメジスト。一行が近づくと「あ、皆! 凄いんだ、この人」とドワーフ女性を紹介してくれた。


「馬小屋でゼロ丸のブラッシングをしていたら、この方がいらっしゃってな。聞けば同じ魔導騎士との事で話が盛り上がって。」


「わしの知り得る秘伝を若者に伝えてやろうと思ってな。少し伝えただけでここまで早く使いこなすとは思わなんだが、おかげでこの地方に来た目的も達成できそうだぞ。君には感謝しているから今回は特別に報酬は不要だぞ。」


いやいやそんな私の方こそ、と謙遜するアメジスト。休まず訓練していたことには驚いたが、彼女の生き生きとした表情からとても充実した時間を過ごしていた事が伺えた。


「ねぇねぇ、オレたち今から温泉入りに行くんだ、アメちゃんも一緒にどう?」


「温泉か! 良い鍛錬も出来たし是非とも! ヒアデム殿もどうでしょうか?」


「いや、わしは遠慮しておこう。この街に長居する理由も無くなったようだし、次の街に急ぎ向かわねば。アメジストよ、精進するのだぞ。」


冒険者達を見ながらそう言い残し、ヒアデムと呼ばれた人物は宿に戻っていった。アメジストが元気に返事をしている中、名前を聞いたエンレイが彼女の正体に気付く。


「…まさか、"ヒアデム魔力流転操撃"創始者、ジャクリーン・ヒアデム?」


「んな…!! 俺でも聞いたことあるぞ! とんでもねぇ大物じゃねぇか!!」


「確か、彼女の生み出した流派を世界各地に伝え残すため、行く先々で弟子を作り道場を建て回っているとか。前に会ったエルフ様がそんな話をしていたような。」


「"大浸食"もある。伝授がてらに動いてくれたとかかも。」


「街の状態にも気付いていたようだし、主の討伐を成し遂げたアメジストに伝授した事で将来的には自身流派の宣伝にもなると考えたのかしら。」


「…にしてもアメジスト、大陸中に名を馳せる名門流派だぞ。知らないのか?」


騒めく一行を前にきょとんとしているアメジスト。ミリヤムの問いに少し赤面しながら答えを濁す。


「い、いや、話を聞く限りでは『スゴイヒトダナー』とは思っていたが、そんなにも有名人だとは……」


「オレも知らないよー! 仲良しだね、アメちゃん♪」


「(箱入り娘確定ね…)」


羨ましい!僕にも話聞かせて!等々騒ぎ立てながら、一行は温泉へ向かう準備を整えるのであった。


    †


「一歩でた途端に森林の主。よく倒せたね。凄いな。」


「あの時はアレクサンドラ殿の助力があったから。本当、ギリギリだったわ。」


「アメちゃんお姫様だっこされてたもんねー」


「え、あ、そうだな、お姫様だな…」


温泉にてくつろぐ冒険者達。早期復活したとはいえ時刻は深夜、夕刻の騒動もあり銭湯は完全貸切状態となっていた。

一日の疲れを癒しながら、これまでの冒険譚をセレンに語るアメジスト、エンレイ、OEC。話に夢中になる少女を抱き昇天しかけているルミナリア。水風呂に浸かり精神を整えるミリヤム。知り合いしかいないとはいえ混浴の為、シャロームは露天で一人持ち込んだ酒を飲んでいる。


「セレン殿も一緒に旅をしませんか? 是非しましょうそうしましょう!」


ルミナリアがセレンの耳を眺めながらゴリ押ししているが、セレンは首を横に振る。


「お誘いありがと。今日一日楽しかった。キミタチの戦い方、参考にはしにくいけど。見識が広がって、また成長出来た気がする。ボク、奈落に連なる者達を殲滅したくてこの地方に来たんだ。一緒に行きたい気持ちもあるけど。1人でしかできないこともあると思うから。もしまたどこかで会ったら、その時はよろしくね。」


ルミナリアの胸からちょこんと抜け出し、セレンは一度お辞儀をして、露天の方へ向かっていった。シャロームへ挨拶しに行くのだろうが、タオルも無しに向かったため惨状が目に見えている。


「あの子も十分変わってる気がするんだけどね。」

「そんなあぁぁぁぁぁ、セレン殿ぉ~~~~」


こうして、長い長いクルツホルムでの一日が幕を閉じたのであった。

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