2章・二節
一昼夜通して森林を歩き続け、一行は第二の街パルアケに向かっていた。
道中、鬱蒼とした暗い森に石造りの塔がそびえ立っており、目的地である妖精の塔の一つであることが理解できた。険しい山道ではあったがフィルイックの言葉通り魔物に襲われることもなく、疲労困憊ながらも平和な一日を過ごすことになった。
パルアケに到着したのは深夜2時頃であり、そのまま空いていた宿へなだれ込むようにして休息した。OECはいつも通り夜の街へ消えていった。
パルアケはエルフやメリアが多く暮らす自然豊かな街であり、いたるところに沢山の樹々が自生している。中でもジャスミンの樹は街の要所に数多く点在しコルガナ観光名所の一つとして数えられている。また街の中央に大きくそびえる大樹は旧トゥリパリンナ皇国皇女ナナリィが死後に樹木化したジャスミンの樹とされており、死して尚"守人"として都市を守るパルアケの象徴となっている。
睡眠が不要で日差しがある限り疲労の貯まらないエンレイは、他の仲間が熟睡する中一人元気に夜の街の探索を行っていた。
「はぁ、森林にも魔域があるなんて。遺跡が壊されてなければいいのだけど。…これが、フィルイックの言っていたトゥリパリンナ皇女ナナリィの大樹。…長命種は死後もなお人々に影響を与えるけど。どうして私は、短命種なのに、こんなにも…」
「お嬢さん、どうしたピカ? 随分寂しそうピカ。」
美しくそびえる大樹に寄り掛かり思案していると、枝の上で寝そべっていたであろう黄色い毛並みのタビットが上からふわりと舞い降りてきた。操りの腕輪で増やした腕を伸ばし器用に枝を掴んでおり、余る両手でハープを持ちながらぶらぶらと揺れ動いている。よく見ると右目が赤く染まっており、腕輪で生やした腕以外にも3本の腕がある。身体のあちこちに痣も見えており、多少ではあるが魔の気配を漂わせていた。
「…あら。睡眠の邪魔をしてしまったのならごめんなさいね。」
「うんにゃ、のんびりしてたから良いピカ。お嬢さんの悲しい目を見てたら気になって話しかけちゃったピカ。」
「ふふ、軟派かしら。怪し過ぎて逆に安心して警戒できるくらいだけど。」
「ピカは植物より動物好きピカ。…あ、ごめんピカ。それよりもお嬢さんナナリィが気になるピカ? ピカは吟遊詩人ピカ。話の一つも持ってるピカよ?」
「…どうだか。怪しい文言で人を惑わそうとしてるかもしれないわ。」
「そんなこと言って、頭の花は咲き誇ってるピカよ~? あ、やめるピカ。魔法撃たれたら死ぬピカ。ピカの防御力は0、死に過ぎてもう死ねないピカよ。増えた腕は名誉の証ピカ。ナナリィの話はこの街で仕入れた情報で完成したばかりピカ。練習がてらに聞いてほしいピカ。」
「死んだら腕が増えるの? そっちの方が気になるけど…まぁ、その話し方だけ何とかなるなら、聞いてあげてもいいわよ。」
吟遊詩人の詩は作り立てという事で拙い部分もあったが、流石というべき情報量であった。最初は半信半疑で聞いていたエンレイも、話の道筋やフィルイックから得た情報との整合性を感じ取り、最後には頭部の花を満開にさせ夢中になってメモを取っていた。
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本名「ナーナレイネリア・トゥリパリンナ」。魔動機文明時代初期に、魔神の攻撃及び同盟国の裏切りによって滅亡されたと言われるトゥリパリンナ皇国、最期の皇女。
長命種のメリアであり、髪や手首にジャスミンの花を咲かせていた。
ニィレムという"壁の守人"に頼まれ、皇国首都を魔神迎撃拠点として提供する様、
母親である女皇を説得したが、結果的にそれが皇国の滅亡を招いた。
「故国の仇を討つ」と称して"壁の守人"となり、ニィレムに故国滅亡の責を咎めて死地へと追いやり、以後も多くの異性を篭絡し戦場へ駆り立て、多大な戦果と引き換えに、あまたの戦死者を生み出した。
彼女は魔神と"壁の守人"、両方を憎んでいたとされているが、最期はナナリィを守ろうとした"壁の守人"ヌーリッキを庇い、20歳の若さで樹木へと還った。彼女の樹木は付近の都市に根を下ろし、その地が発展して今のパルアケになった。
愛用の盾<大聖樹の盾>は、妖精使いの力量に応じて性能が変化すると言われる。
現在は失われているが、パルアケのどこかに残されているかもしれない。
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「すごい、聞きたい情報が全て詰め込まれていた。こんな情報、一体どこで…あなた一体、何者なの?」
「ピカはピカだピカ。たくさんの英雄の話があるって聞いてこの地方に来てみたけど、大変なことが起きてるみたいピカね。ピカは戦闘力ないから戦いの役には立てないけど、他の部分で良いことが出来たら嬉しいピカ。お嬢さんも気を付けるピカよ。」
そう言い残すと、タビットのような者は操りの腕輪を引き戻し、大樹の上へと戻っていった。思い返すと幻覚でも見ていたのかと感じる程異様な姿ではあったが、もたらされた情報は値千金だ。メモを右手に握りしめ、エンレイは上機嫌で皆の眠る宿へと戻っていった。
†
「ぐあーー、良く寝たぜ。やっぱ布団が一番だな。」
「だよねー、やっぱ大きい街が一番! あのメリアの騎士、美味かったなぁ。」
「本当に素晴らしい国ですぞ! どこもかしこも、エルフ様がいっぱい!」
思い思いの感想を抱きつつ、一行はクルツホルムの時と同じく情報収集担当・買物担当で分かれる事にした。前科のあるルミナリアはアメジストと共に行動するよう厳重注意されつつ、各々行動を開始する。
情報収集担当は更に冒険者ギルド・酒場の2つに分かれて聞き込みを始めた。ミリヤムがパルアケで一番大きい冒険者ギルド"ネイチャースピリッツ"を訪れると、丁度森林地域の主が何者かによって討伐された事と、東にある山岳地域に関する注意喚起が行われているところであった。
「山岳地域には今、蛮族の進出が進んでいます! 特に主であるアラクルーデルハンターは人族を見つけ次第上空から驚異的な速さで強襲してくるとのことです! 付近を捜索する場合は細心の注意を持って行動してください!」
ミリヤムはクルツホルムで頼まれた書簡を受付嬢に渡しつつ、山岳地域について更に詳しい話を聞くことにした。
「付近の捜索って事は、ここの冒険者達は結構頻繁に山岳地域を出入りしているのか? クルツホルムでは冒険者が外に出るってのはそこまで聞かなかったが。」
「そうなんです。クルツホルムは主に他地方からの来訪者護衛が多いのですが、ここパルアケは周辺に住民の住む村が多くて。その方たちの依頼に応えるのが私達ネイチャースピリッツのメインクエストです! …でも書簡の内容には驚きました。守りの剣の影響力低下だなんて。各員に通達しておきますね。」
「ああ、よろしく頼む。良かったら山岳地域の現状も教えてもらえるか?」
「はい、えっと、蛮族の侵攻は先に伝えた通りで、"大浸食"の混乱に伴って村の襲撃が頻繁に起こっています。逆に魔神の目撃情報が少ないんですよね、地域の何処かに"奈落の魔域"が発生しているはずなのですが、昔からこの地域に根差した活動をしている私達をもってしても発見することが出来ず。悔しい限りです。」
「成程な。魔神が少ないからこそ、蛮族が我が物顔で歩いてるってわけか。」
「そうなんですよ、皮肉というかなんというか。もしかしたら最東端にある旧採掘場に魔域があるのかもしれないんですが、あそこは300年前の"大破局"以来入口が空いた記録が無く、確認できていません。入口を開けるための装置が北にあるドーム状の遺跡にあるんですけど、使い方を知っている人はいないようです。それに辿り着けたとしても中に入るのは難しいかもしれませんね、旧採掘場から鉱毒が漏れ出しているらしく下流の川に汚染が広がってるとの事で、建物の中は有毒物質だらけだと思います。」
「むむ、なんとも厳しい話だな。クルツホルムはまだ平和な方だったわけか。」
「まぁ、だからこそ私達が頑張らないとと言いますか。それに悪い事ばかりじゃないですよ、森林地域の主が冒険者によって討伐されたって話聞きましたか? 素晴らしい事ですよね。歴史からみても"大浸食"が永遠に続いた事はないんです。出来る人が出来る事を出来るだけやっていけば、どんな苦境だって乗り越えられます。お互い頑張りましょう。」
「‥あぁ、そうだな。情報ありがとう。助かったよ。」
書簡末尾に主討伐者の名簿があることを理解していた為、シャロームと違い成果を自慢する事が不得手なミリヤムは、受付嬢に一礼すると足早にその場を去るのであった。
†
「よし、一通り買い物は終わったな。折角だから少し見て行かないか?」
「良いですぞ。どこかに商人エルフ様もいらっしゃるかもしれませぬしな。」
情報の精査が苦手(全てを信じてしまう)なアメジストとエルフの話しか聞かないルミナリアは前回同様に買物担当となっていた。記入したメモに沿って保存食や油、冒険者用技能アイテム等の購入を済まし、商店街を見学している最中である。メリアやエルフの多いこの街ならではの商品が多く、妖精使いとエルフ推しの2人にとってはどのお店も非常に心躍るラインナップとなっていた。(商人にエルフがいなかったため)本人達は比較的静かに買物をしていたが、普段見かけない精悍な顔立ちの女性騎士と絶世の美女が連れ立って歩いていた為、商店街は密かにちょっとした賑わいを見せていた。
「(どこかの御姫様と騎士様かしら? 観光にでも来たのかねぇ。)」
「(こんな時期に観光とはね、姫の我儘に付き合う騎士とかそんな感じ?)」
「(はぁ~女二人の上下関係とかたまんねーぜ)」
「…なんだか、視線を感じるな。悪いものでは無い様だが…」
「ふむ、某は普段通りな気もしますが。」
「そ、そうか。ルミナリアは目を見張る綺麗な容姿だからかな。…いつもこうなのか?」
「さて、あまり気にしたことはないですな。エルフ様に言われたら心の蔵がはち切れると思いますが、エルフ様は皆美しいご尊顔ですし慣れていらっしゃるようで。雑多なものに好かれても仕様がない事ですし、あまり気にする必要はないと思いますぞ?」
「ざ、雑多って…」
「それよりも、アメジスト殿の顔立ちは若干エルフ様に似てらっしゃいますよね、もしかしてハーフとかなんですかな? 前々から気になって聞いてみたかったんですぞ。どうなんですかな?な?」
「え、いや、どうなんだろう、ハーフではないが、父の両親は分からないな・・・」
そうこう言いながら商店街の出口へ歩いていると、路地裏に続く暗い道の先に露店形式で店が並んでいるのを発見する。どう見ても怪しい闇市なのだが、アメジストが興味津々に目を光らせ、躊躇なく中へ進むと店に並ぶ商品を確認し始めた。見守っていた商店街の住人達がざわつく中、ルミナリアも後に続いて路地へ入る。
「おぉ、古物商じゃないか。面白いものを売っているんだよな、昔よくこーゆーもので遊んでいたぞ。」
「よく遊んでいたのですか? どう見ても怪しいお店だらけですぞ。」
「おぉ、お姉さん、妖精使いだね? いいもんあるよぉ、ちょっと見てきなよ。」
アメジストが何に使うか分からないネジのような物体を眺めていると、店主であろうメリアの男が背の箱から盾を取り出してきた。盾には紋様が刻まれており、それは何処かで見たような図柄をしていた。
「これはな、<大聖樹の盾>といって、かの有名な"壁の守人"ナナリィが使用していた伝説の盾なんだ。表面に描かれているトゥリパリンナ皇国の紋章がその証だな。ナナリィは妖精魔法の使い手で、この盾によって幾多の困難を乗り越えたと言われている。どうだ? 凛々しいお姉さんにピッタリじゃないか。」
メリアの男はかなりの歳のようで、声はかすれ、身体のあちこちに樹木化している部分が見受けられた。だが商魂逞しく元気な身振り手振りで謎の盾について宣伝をかましている。乗せられたアメジストの目はすっかり輝いていた。
「おお! すごいな! この紋様は森の遺跡でみたぞ! 正に英雄の遺品じゃないか! エンレイも喜ぶな! おじ様、おいくらですか?」
「ちょ、ちょっと待って、アメジスト、鵜呑みにしすぎ。妖精魔法に使われたっていうけど魔力なんて感じないし紋章だけで証拠もない。そんな大事なものがこんな路地裏に置いてあるわけないし、どう見ても偽物よ。」
口調が素に戻るルミナリアはセージ知識で盾の特徴を見抜いていた。真っ当な反論に対し、古物商の店主は冷静に話を続ける。
「これはな、今は力を失っているが、元々は強力な妖精の加護を得ていたものなんだ。加護が無ければまぁ何の変哲もない盾だ。でもその加護を受けるための器は残っている。今なら3000ガメルだ。どうだ、お姉さん。」
「3000ガメル! 安いな、買った!」
「はいよー!」
「えっちょっアメジスト!?」
制止虚しくアメジストは財布から3000ガメルを差し出し、用途不明の盾を満足げに受け取る。ルミナリアは手を顔に当て大きなため息をついたのだが、1分後に自分がこうなるとはよもや露とも知らなかった。
「ちょいとそこのお二人さん、話を聞いてもらえるかな。」
購入後、路地裏を戻り外に出ようとした二人を呼び止める声が聞こえる。二人が同時に振り返るとそこにいたのは、軽戦士の恰好をした美しいエルフの青年だった。曇っていた美女の顔は途端に眩く輝きだす。
「あっぁあってっえエルフ様!!! っどどどどうなされましたか!!!!」
「えっ むしろ君がどうしちゃったんだい…実はね、その盾について耳よりの情報があるんだけど、1000ガメルでどうかなって」
「買います!!!!!!! いやむしろ買わせてください!!!!!!ありがとぉーーーございまし!!!!」
超食い気味にガメルを渡してきたルミナリアに対し、エルフは少し引き気味に話をする。
「う、うん、毎度あり。…その盾はね、確かに妖精の加護を受け入れる器があるんだけど、普通の妖精じゃダメなんだ。上位妖精の力を借りる必要があって、彼らの力を使う事で盾の機能が復活する仕組みなんだ。実は丁度ここから北にある雪森地域にスカディという妖精がいてね、彼女の力を借りれば真の実力を発揮できると思う。」
「スカディ!? 父上が会った事があると言っていた最上級の妖精だ! 本当に
「ああ、彼女はあの地域の守護神として君臨しているよ。妖精使いなら実際に行けば感じ取れるんじゃないかな、それで嘘じゃないって信じてもらえると思う。それでね、もし盾が復活したら僕に見せてほしいんだ。見るだけでいいからさ、よろしく頼むよ。」
「おおおぉー! 成程流石エルフ様博識でございます!! 感謝カンゲキ雨嵐です!!」
「そ、それじゃね、僕の情報は伝えたから、バイバイ」
「あ、待ってくださいまし!エルフ様、もう少しそのご尊顔を拝見させていただきたく、お待ちくださいませぇ〜〜〜!!」
エルフは情報だけ伝えるとそそくさと去ってしまった。ルミナリアの豹変具合に恐怖を感じてしまったと思われる。目の前のやりとりを茫然と見ていたアメジストに対し、エルフの余韻に浸り終えたルミナリアが手を握り感謝する。
「アメジスト殿がこの御盾をご購入いただいたおかげであんなにも美しきエルフ様とお話しすることが出来ましたぞ! その御盾は間違いなく一級品の逸品の遺品! いやー今日はついてますなー!! ささ、皆の元に行きましょうぞ。」
「う、うん、そうだな、良かったよ色々と。」
ごちゃごちゃとやり取りしつつ、二人は集合場所へ向かい歩きだす。路地裏から出てくるなり騎士の手を取り拝む美女を見て、商店街の人達はよりあらぬ妄想を膨らませていくのであった。
†
「お、なんだOECも来んのか。珍しいな、単独行動じゃねぇなんて。」
「そりゃね、オレの目的は昨日の夜に済ませたし、エンレイから『主の討伐でおだてられたシャロームがまた奢らないよう見張っといて』って言われちゃったからね。」
「おいおいなんだそりゃ。んな適当な人間じゃねーよ。」
「ホント~? 宵越しの金なんて絶対持たない性格じゃん。」
「まぁ、それはそうだな。」
捜し人ヴィルマの情報を得るため、シャロームは酒場を目指し歩いていた。暇になったOECもついてきており、ナイトメアとアルヴという冒険者以外ではほとんど見ることのないコンビが出来上がっていた。
見かけた酒場に着くとすぐに、カウンターに座っていた一人の男に声をかける。
「おい、この辺で俺みてぇな角のアクセサリした女を見なかったか?」
「ひっ…ナイトメア…み、見てないよ。探し人はナイトメアじゃないのかい? 自らそんな衣装をする変わり者が滞在してたらすぐにでも噂になりそうなものだけど…」
「変わり者だとぉ、てめぇヴィルマの事悪く言ってんじゃねぇぞおい」
「まぁ~まぁ~落ち着いて落ち着いて。あ、お兄さん美味そうだね♪」
「え、目、目が赤い!? 何者なんだ君達、勘弁してくれ!!」
「えぇ~、アルヴを知らないのぉ~」
座っていた男は逃げるように別の席に移動した。この場でこれ以上の聞き込みは難しいと別の酒屋を渡り歩くも、同じような調子で、酒場にいる一般人相手だとまともに聞き込みできない状況となっていた。自然や妖精との距離が近いパルアケにおいては、穢れを持つ者達への偏見はより根深いものとなっているようだ。
「ちっ、やっぱ情報屋に当たらねぇとダメか。金取られんのヤなんだよなぁ。」
「シャロ、クルツホルムじゃ痛い目に遭ったもんねぇ」
「うっせ。さて、どこにいるかねぇ。」
酒場巡りが続き、パルアケの隅の方、比較的治安の悪い場所に辿り着いていた。華々しい表通りと違い枯れ木が並ぶ荒んだ道に、ぽつぽつと酒場や商店が点在している。顔に傷のある者や付近の村から避難してきた住民達のたまり場となっているようで、酒場の中は陰気な雰囲気が漂っていた。
情報屋の居場所に当てがないため、との口実で休憩がてらにヤケ酒を飲んでいると、離れていく一般人とは逆に、接近してくる者が現れる。黒いフードに身を包んでおり、口元はマスクで覆われ顔を見る事はできない。どう見ても不審人物であった。
「「穢れを持つ同志達よ。我らと共に真なる世界を歩もうぞ。」」
「えっキモ。」
「帰れ帰れ、酒が不味くなる。」
不審者を追い払う仕草を見せる二人。店主も含め周囲に人がいない為、シャロームはジョッキを持ちつつ左手に槍を握る。OECは人間か蛮族なら吸い取ってやろうと様子をうかがっていた。
「「我らが神は差別などせぬ。我らが神は人も魔の物も隔たり無く迎え入れる。真なる世界はそうして創られる。」」
「あいあい、こりゃダメだな、行くぞ、OEC。」
「うん、そだね。さよなら、サヨナラ。」
席を立ち酒場から出ようとする二人に対し、黒フードはなおも語り続ける。
「「臆する事はない。同族ならば数多くいる。ナイトメアもアルヴもウィークリングも共に我が神のもとで奉仕している。先日も、この地にてナイトメアの女が加わった。」」
「な…んだと…!?」
聞く意味のない声から思いがけない言葉が発され、シャロームは目を見開いて問い掛けた。
「「我らが神は差別などせぬ。我らが神は人間も魔の物も隔たり無く迎え入れる。」」
「そこじゃねぇ!!! ナイトメアの女をどこに連れてった!!!」
黒フードの人物の首を掴み、鬼気迫る表情で恫喝するシャローム。だが黒フードの身体はシャロームの予想よりはるかに軽く脆く、2,3秒ほどで首元が折れてしまった。だがその状態でもなお、黒フードの中から声が発せられる。
「「我らが元に来るならば、満月の
「なっ…!!」
その言葉と共に黒フードの身体は崩れ落ち、土塊へと姿を変えていく。声を発していたであろう魔動機具が剥き出しになり、シャロームが掴んでいるものは黒い外套のみとなっていた。
「…これ、リモートドールだね。操霊魔法だ。」
残骸を確認し、魔力分析を行うOEC。シャロームは掴んでいた外套を手放し、困惑した表情で立ち尽くしていた。
†
パルアケの大樹、その根元にある図書館で、エンレイは昨日までに得た情報をまとめていた。特に吟遊詩人からの情報の信憑性を確かめるため、パルアケに伝わる昔話や伝承を片っ端から確認しているところである。この地を集合場所としていたため、買い物を終えたアメジスト・ルミナリアが情報担当より一足先に合流する。
「エンレイ! 見てくれ! 皇女ナナリィが使っていた伝説の遺品だぞ!」
「そうですぞ! エルフ様が言っていたから間違いない!究極の逸品!」
アメジストが得意げに手に入れた品物を見せ、それにルミナリアが追随して相槌を打つ。エンレイは「あぁ、この2人に買い物を任せたのは間違いだったか」とため息をつきかけたが、その遺品が盾だと分かると目の色を変えて飛びついた。
「…驚いた。貴女達に盾の話はしていなかったと思うけど。本物なの?これ。」
「え、ほらだって、この前の遺跡で見た紋様も付いてるし。本物に違いないって! お店で普通に買えるとは思わなかったなぁ。」
「そ、そう…一気に期待度が落ちたけど、とりあえずありがとう。コレも一応調べてみるわ。」
話しているうちにミリヤムも到着し、ギルドで得た情報を一先ずいる者に共有する。冒険者の活発なパルアケなら魔域攻略を急く必要もない、森林の塔攻略後に山岳地域を目標とすべきだろう、そう話していると少し遅れてシャロームとOECも到着した。大方の予想と裏腹に2人は酒に酔った様子もなく、深刻な表情をしていることに会議中の先着組も驚く。
「すまん、知恵を貸してくれ。俺の頭だけじゃ全然分かんねぇ。」
†
作戦会議は長期に及んだ。シャロームとOECが起きた事をそのまま話し、黒いフードを被った人形は何なのか、ヴィルマと思われる女性がどうしてその人物の誘いに乗ったのか、真なる世界を開くという集団は何なのか、等々湧き出る疑問を全員にぶつけていく。情報が足りず確たる回答は出せなかったが、それぞれがパルアケにて入手した情報を基にある程度推測することが出来たため、エンレイが全てをまとめ状況を整理していった。
「まず、2人の前に現れた人形はOECの目算通り"リモート・ドール"での稼働が現実的ね。人形というよりゴーレムのようだけど、それも操霊魔法の特徴として当てはまる。で、その操作者についてだけど、クルツホルムでの温泉事件、ゼアネモがこの地方の"教団"に参入するためにハーヴェスからやってきたという話が一番怪しいとの事だったわね。ルミナリアが『我らも新世界に』という言葉を聞いていた点が大きな証拠で、ゼアネモもまた外見はエルフとして遜色ない、穢れを持つ人型の一族。2人が聞いた誘い文句に賛同する動機がある、と。」
「想定であってもナイトメアやアルヴと同列に扱いたくはないのですが、恐らくは一致しているかと。はぁ~、エルフ様を騙る者共は絶滅がお似合いですわ。」
「そうね、ゼアネモは私達、特にエルフとの共存を望んでいないもの。彼らを許してしまったら、何が起きるか想像に容易い。仮にその集団を"邪教団"と命名するわ。
"邪教団"の人形によって示された"氷点に接した地"、これはコルガナ地方全体の地図からして凍原地域か雪森地域のどちらかに繋がる地と想定される。でも、アメジストが商店街のエルフから聞いた話だと雪森地域には古代種の妖精スカディがいる。穢れを持つ者達がよりにもよって天敵の近くで何かを行うとは思えないから、恐らく凍原地域の入口、荒野地域の北端を示していると思われるわ。今はまだ新月に近づく頃合いだから、満月はだいぶ先ね。」
「父上から聞いた話では、スカディは美少女に化けて穢れ無き人族と戯れる最上級の妖精だ。その想定で問題ないと思う。」
「で、本当なら今すぐにも飛んで行きてぇけど、そうにもいかねえんだよな。」
「そう。ミリヤムが荒野地域の話も少し聞いてきてくれたけど、ここは今コカトリスの縄張り、死のエリアと化してしまっていると。」
「そうだ、近付くもの全てに石化攻撃を浴びせ死に至らしめる絶望の鳥。荒野地域の最新情報が無いのもほとんどが生きて帰れないからだと言われている。おかげで、コルガナ地方北部との連絡は一切できなくなっていると受付嬢が嘆いていた。」
「でも、そんな中で"邪教団"は何かを成そうと企んでいる。石化の効かない装飾品か何かを持っているのか、コカトリスを使役しているのかは分からないけど、現状の私達に対処できる相手ではない。で、あらばミリヤムの故郷エルヤビビとロープウェイで繋がっているトゥルヒダールに行くのが、北部の情報を集める上でも最適解だと思われる。山岳地域で今起きている蛮族進行と"邪教団"に何か関連があるのかもしれないし、コカトリスの対処法が思いつかなくても、ロープウェイ経由で北部から"氷点に接した地"に辿り着くことが出来る。でもまずはその前に、妖精の塔に向かい森林地域の完全平定、後顧の憂いを断つ。そこで妖精にスカディの真偽が確認出来ればなお良し。…これで合ってるかしらね。」
「うんうん、オレ達の身の丈にあった良い計画だね♪」
「出来る人が、出来る事を、出来るだけ、か。確かに、良い言葉だな。」
「そして最後。ヴィルマちゃんと思しき人物がその"邪教団"の誘いに乗ったという話。これについては本当に情報が無いから推測すら難しいけど、想像できる理由としては3つ。①洗脳。でもそれが出来るならシャローム達にも何か仕掛けているはず。②"邪教団"の目的に賛同した。これは全く情報が無い今何とも言えないわ。③他の目的をもって。例えば何かに追われていたとしたら、隠れ蓑には使えるかもしれない。魔神に攫われた前提を考えれば、この可能性は高いと思う。ヴィルマちゃんは以前会った時も器量の良い子だったから、事故でも起きない限りは無事でいる選択肢を取り続けるはず。貴方が助けに来てくれると信じていれば、だけどね。」
「…だろうな。今まで一度だって、信用されてない事なんてなかった。必ず、連れ戻してやる。実際、次の満月の時まで所在が掴めてるってだけで動きやすいしな。そう考えて見りゃ流石だよ、アイツ。」
「よし、まずは妖精の塔だ。ちゃちゃっと説得してみせるさ。」
アメジストが胸を叩き、それを合図に地図を見ていた全員の顔が上がる。
「すまねぇ、皆。恩に着る。」
シャロームの律儀なお辞儀をもって、冒険者達の作戦会議は終了した。
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