1章・三節

浮遊感の先、魔域の中は人の行き交う大都市が広がっていた。"奈落の魔域は誰かの悔恨を元にして作られ、その者の心象風景が広がる事も多い"、エンレイの言葉から手分けしてこの魔域の主役を探していると、どこにいても分かる大音量でルミナリアの叫び声が聞こえた。


「あわわっわわわわ、金色に光り輝くエルフ様、エルフ様がそこに!!!!」


壁ごしにエルフを覗く変態に呆れつつ指さす方向を確認すると、金髪の青年が路地裏に入っていくのが見えた。ルミナリア曰くあれはとんでもないエルフ、エルフの中のエルフという事だがよく分からない例えが多く他人には伝わっていない。

力説を聞き流していると、話が聞こえたのかターバンを巻いた少女が突如として話に割って入った。「ぎゃっ!」と悲鳴を上げる力説者。


「金髪のエルフと言いましたね!? どこにいましたか!!」


慌てふためく少女はルミナリアの両肩を掴みブンブンと揺さぶっている。路地裏に入っていった旨を伝えると、少女の顔は急激に青ざめ、振り向くと救いを求める顔で冒険者達に懇願する。


「あ、ああの裏路地は怖い人達がいっぱいいる場所、、、お願いです、キャラウェイ様を追いかけるの、手伝ってもらえませんか!? ああ、すみません、私の名前はカティアと言いまして、キャラウェイ様の従者をしています。」


「どうやら主役は見つかったようね。」

「…任された。すぐに追いかけるぞ。」


一行は少女を連れて裏路地を進む。ルミナリアは先ほど見かけたエルフが余程気になったのか、いつになくまともな口調でカティアに質問を繰り返していた。逆にエンレイは、何か気になることがあるのか彼女の名を聞いて以降カティアから距離を取っている。

裏街通りのような場所に行き着いたが、金髪エルフの姿は見えなかった。カティアに行先の目安はないか尋ねると、酒場、金貸し、賭博場、花街と軒並みアウトローな場所を指定される。


「エルフの行先ならルミナリアでは?」

「…いや、でもやっぱり……本当に?ホンモノ?う~ん…」

「聞いてないな、この女。」

「ここはヤンチャな男の子シャロームに当ててもらおう!」

「うーん、俺そーゆーとこに縁無かったから分かんねえな。。。」

「賭博とか似合いそうなものだけれど…困ったわね。」

「…なんとなくだが、行先は分かる。ついてきてくれ。」


アウトローとはかけ離れたアメジストが立候補し、どよめく冒険者達。


「なんと、アメジストが。意外だな。」


「ぃや、父うぇ…昔の知り合いが、よくこんな風に街を駆け回っていてな。見つけるのに苦労したんだ。」


「アメちゃん振り回されて大変だったんだねぇ。」


「ふふ、そうかもしれないが、あの人は他人の為に全力が出せる、素晴らしい人なんだ。私のあこがれだよ。」


アメジストの案内で裏街を歩く。道中、同じハルーラ様の神官繋がりでOECとカティアはとても仲良くなり、傍から見れば仲の良い姉妹のように映っていた。

賭博場、金貸しと訪れたが、常に直前までいたとの事でアメジストの予想は見事に的中していた。金貸しにはカティアの大切なターバンが質に出され、倉庫に運ばれようとしていたが間一髪で回収に成功。金貸し屋の情報もあり、最終的に酒場で飲んだくれているキャラウェイを無事発見することが出来た。


「キャラウェイ様! やっと見つけました! さぁ、行きますよ!」


「ま、まて、落ち着けカティア。今は貴重な情報収集の時間でな・・・」


「ふーんそうですか、私の大切な部族証を質に入れるくらい、さぞ大事な情報を手に入れたんですね?」


「い、いや、それはだな・・・」


しどろもどろになっているキャラウェイをカティアはロープでぐるぐる巻きにしている。キャラウェイは不思議な雰囲気を纏っており、たとえ飲んだくれていても見るものを魅了するほど美しい容姿であった。ルミナリアが発狂しないか一同不安であったが、驚くほど静かに、だが絶対に何かを見逃すまいとキャラウェイを凝視し続けている。静かにしていると彼女は本当にただの美人の様だ。

主人を完璧に捕縛し、安堵の表情を浮かべたカティアは冒険者達に礼を言う。


「本当に、ありがとうございました。私一人では捕まえるどころか見つけることも出来なかったと思います。ひとりではこんなところには来れません。。。」


「カティはどうしてそんな男の従者なんてしているの? 大変じゃない?」


「キャラウェイ様は自由な方ですが、戦では負けなしの英雄なんですよ。戦闘技術だけでなく頭も良くて、敵殲滅のために常に最適となる作戦を立案していただけるんです。幼い私を魔神の襲撃から守ってくれたのもキャラウェイ様でした。私は家族の敵討をするためにキャラウェイ様と共にいるんです。…そうだった、辺境伯からの討伐依頼を受けていますので、これで失礼します。皆様の旅路に、ハルーラの祝福があらんことを。」


その言葉にOECが反応すると同時に、世界が歪み、冒険者達は更なる闇へと落ちていく。どうやら魔域の次の階層に落ちていくようだ。

一行がアメジストを賛美する中、エンレイは散策中思案し続けた言葉を漏らす。


「ノマリの文様、そしてエルフの大英雄キャラウェイの従者。あれが、"英雄殺し"カティア・ロッサ? どう見ても、普通の女の子だったけど…」


    †


目を覚ますと、一面の雪景色が広がる山脈の中にいた。装備の重さで頭から雪に刺さったミリヤムを引き上げていると、最早見慣れた人影が姿を現す。


「うむ。またしても昨日ぶりの。そんなに私に会いたいか、お前達。愛い奴らめ。」


アレクサンドラが耳飾りから顕現する。皮肉っぽく言ってはいるが、不快では無い様に見える。奈落の魔域内では無制限に顕現可能と言ってたわね、とエンレイが早速質問攻めの構えを見せたが、少し先で戦闘音が聞こえてくる事に気付き、一先ずそちらに向かうことにした。


    †


「キャラウェイ様、おやめください!どれだけの犠牲が出ると!!」


戦場へ向かうとすぐに、先程苦労していた少女カティアが崖上に立つキャラウェイに対し叫んでいるのが見えた。いや、正確には先ほどより少し大人びているようにも見える。その周囲では魔神と兵士達が戦闘を行っているが数的劣勢であり、兵士は苦戦を強いられていた。一行が救援のため近づくと、図ったかのようにキャラウェイが叫んだ。


「すまないな、カティア。そして名も知らぬ冒険者達よ。これが最適解だ。君たちの尊い犠牲は無駄にはしない。」


そう言うと同時に崖から飛び降り、刹那、上方から爆発音が鳴り響き、振動と共に雪崩が発生した。雪崩は戦況を包み込む巨大な大きさであり、当然、冒険者達も巻き込まれるサイズである。


「おいおいおい! 冗談じゃねえぞ!!」

「アレク~なんとかしてえ~!!」

「む、無理を言うでない!! …が、多分、大丈夫な気はするな。見るがよい。」


前方を見ると、カティアが杖を掲げ呪文を唱えている。視界が光に包まれた後、目を開けると冒険者達は洞窟内にいた。


「近くの洞窟に転送されたのか。凄いですね、カティアさん。おかげで助かりました。」


アメジストが礼を言うが、大魔法後の疲労したカティアの表情は厳しいままだ。


「…いえ、貴方達を助けられたのは良かったのですが、戦闘中の兵士達は位置が乱れていて連れてくることは叶いませんでした。出てすぐの雪に埋もれてしまっているでしょう。どうか、お力をお貸しいただけないでしょうか。」


「救出任務、承諾した。今すぐ行くぞ、時間が足りな・・・チッ、一部の魔神達は無事の様だな。」


魔神達は一部が雪の中から飛び出してきており、特に手傷もなく彷徨い出している。ミリヤムの報告を元に迎撃態勢を整え、エンレイの範囲魔法をもって戦闘を開始した。


「魔神の事なら、ハルーラ神官の僕にお任せ☆ 弱点も含めて情報はバッチリだよ!」

光る聖印を掲げながら、OECが的確に情報を伝えていく。悪道でも転倒しないアガル達と翼を持つザルバードは雪の影響を受けず厄介な相手であったが、アレクの先導とカティアの補助、ルミナリアの存在もあったため、森林の主ほど苦戦する事はなかった。対魔神戦の皆の力の入れようも凄まじく、一行の魔神への殺意が垣間見える戦闘となった。


「最後のトドメ! "天に捧げし祝福の~"…略!フォーース!!!」


OECの神聖魔法が弱り切ったザルバードの肉体を爆散させ、一行は勝利を収めるのであった。


    †


戦闘自体は無事に終わったが、続く兵士の救出が難航を極めた。雪崩が想像以上に深く積み上がったため場所の検討すらつかなかったのだ。

次第に空も暗くなり、諦めかけたその時に、一人の兵士が発見された。治療すれば、まだ命は繋がるかもしれない、カティアが兵士に駆け寄ると、兵士は回復を拒否し、最期の意地と言わんばかりに、胸の奥に秘められた言葉を話し始めた。


「カティア様…ご無事で、なによりです。」


「貴方も助かるわ! 諦めちゃダメよ!」


「良いのです。これは、あの時の報い…私達がノマリ族を、貴女様の御家族を囮にして逃げ遂せた罪の精算…」


「……え…? なにを、言って……」


唐突にもたらされた過去の情報は、僅かでも少女の顔を曇らせるには十分な物であった。


「…私達が魔神に追われ窮地に陥った時、たまたまそこにノマリ族のキャラバンが通りかかった…キャラウェイ様は魔神の標的がそちらになる様あえて進路を変更した…ゴホッ…貴女様以外が全滅した、あの襲撃事件はキャラウェイ様が自らの指揮ミスを帳消しにするために起こしたものです。。

 進路変更により自軍の損傷もなく、襲われた少女を救い功績も立ちました。キャラウェイ様は英雄としての結果を何よりも、大事にされる方。私達一般兵は、キャラウェイ様の言葉に逆らえません…せめてもと、貴女様だけはご無事に生きていただけるようにと頑張ったの…ですが今 回の作戦も、僅かな兵力を囮に使って、言う事を聞かなくなってきた貴女様ごと葬り去ろうとと…」


「……そんな、キャラウェイ、様が、皆の命を……?」


「カティア様…許してくれとは言いません…ですが…この命はもう…終えさせてください。これ以上、、私が貴女の笑顔を見る資格など、、、」


「…そん、な・・・」


カティアは兵士を看取ると、過去を思い出すように冒険者達に語りだす。


「…長く従者をしていたので、おかしいと感じる点はいくつもありました。あの方は効率を重視しすぎて、人命を軽んじてました。…いや、正確には自身の命は最優先としていましたが。自分の功績以外は、どうだってよかったのでしょうね。私を従者に立てたのも、功績の一つに過ぎなかった。」


沈黙する一行の中で、ルミナリアが自身の疑問に答え合わせをする。


「やはり、彼は普通のエルフではないですね。魔法文明時代に栄華を誇った"ブルーブラッド"…ノーブルエルフではないかと考えます。

基礎能力は通常エルフの比でなく、発した言葉には特別な魔力が付き、抵抗の弱い者は彼らに逆らうことが出来ない呪詛を持っていたそうです。その能力から彼らは自身を選ばれた存在、貴族であると自称し、他の種族は家畜のように扱うと伝承されています。ですがその尊大な精神が、魔法文明時代に終焉をもたらしたとも言えるでしょう。…エルフの純潔精神とは程遠い。ゆるっせない!!エルフというものはその共存性と自然への敬愛が極まっているからこそ美しいものであって容姿だけが綺麗でも……」


途中までは良かった彼女の話を聞いて意を決したように、カティアは杖を握って立ち上がり、胸に付けたハルーラの聖印を剥ぎ取った。


「…皆様、探索はもう大丈夫です。兵士の方々も、生きてまたキャラウェイの手下になることを望みはしないでしょう。」


聖印と共に、頭に巻いたターバンをOECに託し、背を向けて彼女は話す。


「壁の守人、誇り高きノマリの精神、ハルーラの教え。その全てを投げ捨てて、私は個の望みを叶えに行きます。あの者を放っておいたら、また兵士達や私の家族のような犠牲者が出るかもしれない。それだけは、絶対に許せない。私しかできない事だもの。OEC、変な事頼んでゴメンね。…それでは。」


先程キャラウェイが落ちた崖を目指し走り出すカティア。一瞬あっけにとられたOECは縋る様に叫ぶ。


「待って!敵討なんてダメだよ! ハルーラ様は全てを許す事こそが最善だと! 罪を受け入れさせる事が本当の真実に繋がるんだって言ってたじゃないか!待って!」


追いかけようとしたOECの手を掴み、エンレイが少し震えた声で引き留める。


「駄目よOEC。ここは魔域。過去の残像。今貴女が何を言っても、"英雄殺し"カティア・ロッサは事を成し、世界に悪名を遺す。遺してしまう…」


話を聞き終える前から泣きじゃくるOECを抱くエンレイ。ルミナリアもまた、自身の発言が誘導に繋がったのではと気まずい顔をして頬を掻いている。力なく呆然としていると、虚空よりアビス・コアが出現した。破壊すべく前に出たのは、頼れる守人だ。


「…彼女の心残りは、『どうして英雄を殺したのか』を誰かに知ってもらいたかった事なのかもしれぬ。本来の歴史で彼女は、この雪山で一人生き残り絶望の淵に立ち、我らの助言なくとも決意を固めたのであろう。

 英雄の指示一つで人生を振り回され、その英雄を殺した後もなお悪名として呪いのようにこびり付く。一人で背負うには、あまりにも厳しかろう。」


アレクサンドラがコアを破壊しつつ話していると、その言葉に呼応するように、コアの中から人影が姿を現す。装備や風貌こそ違えど、その人物は確かに、先程まで戦場を共にした彼女の姿であった。


「…アレクサンドラ様のお話しされた通りです。私の名はカティア・ロッサ。あの崖から飛び降りた後、キャラウェイを奇襲して殺害。禁忌を犯したものに対するノマリのしきたりに従い、晒し首として冒険者ギルド本部に送り付け、皆様より"英雄殺し"の称号をいただいた元・壁の守人です。真実を知った皆様も晒し首にしてあげましょう…なんて、冗談として言えるようになりました! いぇい!」


陰鬱な雰囲気を吹き飛ばす張本人の台詞にあっけにとられる一行。慌てたようにカティアは続ける。


「あ、ごめんなさい! 違うんです、私のせいで暗い気分にさせてしまったなって思って…コアの中から、皆様の動向を全部見てきたから、申し訳なくて。貴方達のせいじゃないんです、結局一人で決めた事なので。どうか気になさらないでください。

 …こほん、皆様、奈落から私を解放してくれて、本当にありがとうございます。 特にOEC、私の為に泣いてくれて、とっっても嬉しかった。おかげで私は、色んな想いから吹っ切れて、この世への未練もなくなりました。

 ですがもう少しだけ、現世が再びの"大浸食"に見舞われているというのなら、折角なら皆様への恩返しも込めて、汚名返上のために共に連れて行ってもらえると嬉しいのですが…どう、かな?」


問いかけの先はOECである。仲良く魔域を攻略していたとはいえ、カティアはハルーラ神に背き敵討を行った人物であり、その行動を止められなかったと悔み泣いていたところに、本人から『もう過去は気にしない!』と言われ感情がぐちゃぐちゃになっている状態である。困惑するOECを見て、シャロームがカティアに語る。


「…俺は神様とか貴族様とか分かんねぇけどよ。大事なモンを捨ててでも、やると決めた事をやり通したんなら、その決意を俺は尊重する。もし外の世界で彼女がノマリ族の恥だなんだ言われてたら、そいつぶっ飛ばしてやればいいんだろ? 分かりやすくていいじゃねぇか。」


「…それじゃダメなんだって、バカだなぁ、もぅ。」


笑いながら、OECはカティアに向き直る。


「ハルーラ様の教えを破ったのは許せないけど、それを許すのがハルーラ様の教えだもんね。カティアはそうしなきゃいけないくらい辛い思いをしてきたんだ。オレは今回の件の一部しか知らないから、カティアを責める事は出来ないよ。…皆が良いって言うんなら、また一緒に旅して、一緒に遊ぼ? よろしくね、カティ!」


ぎゅっと抱きつき、カティアもまた抱き返す。コアの破壊と共に世界が揺らぎ始め、全員が光の渦に吸い込まれていく。カティアとアレクにひと時のお別れを言いながら、一行は魔域の外へ帰還する。


こうして冒険者達は、コルガナ地方最初の奈落の魔域破壊に成功するのであった。

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