1章・二節

激戦から一夜、正確には一昼明け、太陽は地平線に沈みかけている。体力を回復した冒険者達は、次なる進路について話し合っていた。


「森林に行かないなら、言った通り俺はチーム抜けるぞ。今こうしてるうちにヴィルマが危険な目に合ってるかもしれねぇ。時間を無駄にしてる場合じゃないんだよ。」

「でもでも、昨日みたいな魔物とまた鉢合わせるのはオレもう嫌だよ? 平原も森林も魔域があるならどの道寄らなきゃいけないわけだし、無理して身を滅ぼすより、身の丈に合った行動って大事じゃないかなぁ?」

「平原に用があるのはお前だけだろ! んなこと言って手遅れにでもなったらどうすんだ! モタモタしてたら誰も救えねえぞ!!」


バンッ!と机を叩く音が宿屋に響く。OECとシャロームの意見が真っ二つに割れてしまい、議論は平行線を辿っていた。元々の目的が他人への奉仕であるOECと、自分の責任であるシャロームでは感覚が全く異なっており、仲裁案を思考するも両者の主張が間違いではない為良い案が浮かばず、アメジスト、エンレイは気まずそうに口をつぐんでいた。ひりついた空気の中、情報収集に出かけていたミリヤムが思わぬ話を持ち込んでくる。


「おい、落ち着けお前達。酒場で話を聞いたのだが、昔、平原のどこかに"海賊の住処"があったんだと。…覚えているか? 私達が最初に出会った、入り江の魔域の事を。どうやら、あの時遭遇した海賊少女の拠点だったようだ。シャロームの話からして、ヴィルマが魔神に目を付けられたタイミングはあの時の魔域だと僕は思っている。もしかしたら魔神の手がかりが掴めるかもしれない。…どうだ? 平原探索の意義としては、悪くない話だろ?」


呼気荒れて話していたシャロームも、情報を噛み締めつつ、落ち着いて話し出す。


「……確かに。ヴィルマ、というか俺が魔神に狙われた理由も詳しく分かっちゃいない以上、似た女の目撃情報より有意義なモンが得られるかもしれねぇな…行こうぜ。悪かったなOEC、荒れちまうのは許してくれ。」


居心地悪そうに旅支度をし始める彼に対し、「まぁそういうこともあるよね、気にしてないよオレは♪」と気楽に話すOEC。こうして一行の次の目的地は平原となるのであった。


    †


クルツホルム西口の門を抜けると、時刻は夜に差し掛かっていた。平原には無数の天幕が設置されており、平原にある奈落の脅威からクルツホルムを防衛する兵士達が常駐している。今日はエルフの警備兵が担当のようである。

「…あ、エルフってことは……」

エンレイの予感通り、ある天幕の物陰から聞き覚えのある騒がしい声が聞こえてきた。行方知れずとなっていたルミナリアだ。


「んんんエルフ!!!美しき肢体の戦士エルフ様方がこんなにもいらっしゃいますぞ!!! はぁあなんと神々しい!! 眩し過ぎてこれ以上近づけませぬ!!! ああ、某これでは眠れずに尊死してしまいますな‥‥あ…そういや寝てないしなんも食べてなかった…‥・」


パタリ、と倒れる様を遠くから見ていた冒険者達であったが、流石に放っておくことも出来ず、戦士達にお願いして近くの天幕に宿泊させてもらうことにした。一泊の恩にと料理や食材を振る舞いつつ、兵士達に平原の近況について話を聞く。


「西門付近は警備をしっかり行っているのもあって比較的安全だが、奥に行くと平原の主となった大蛇が住み着いてるわ、奈落の魔域から魔神達が溢れてくるわでとても人が歩けるような状態じゃねぇ。警備兵の一部が斥候に向かって行ったんだが帰ってこないときたもんだ。…あんたら奥に行く気かい? 平和にしてくれるってなら願ったり叶ったりだ。もし余裕があったら斥候隊の救出も頼みたいんだが大丈夫か?」


警備兵の願いにアメジストが「任せてほしい!」と即答する。その様を眺めメモを取りながら、エンレイが現状をまとめていく。


「えーっと、主の討伐に魔域の破壊、海賊少女訪問、兵士の救出、遺品の捜索…笑っちゃうくらいやることだらけね、新米冒険者のやる事じゃないわ。時間も限られてる訳だし、今後はあまり安請け合いしない方が良いかもしれない。」


冷静な分析を聞いたアメジストは気まずそうに、しかし確かな意思をもって語る。


「ぅう…。そうかもしれないが、私は、手に届くなら出来るだけ多くの人を救いたい。この地方に来たのも誰かの助けになればと思ったからなのだ。貴殿らの目的の邪魔にはならないよう努力するから、多少は見逃してくれないか。」


眩しいほどの正論を話す彼女に対し、昔の夢がよぎったのか、誰よりも急いでいるはずのシャロームが声を上げる。


「ま、依頼を受けたら達成するのが冒険者だな。俺達の目的のついでに誰かを助けられるってなら、見捨てて行くよりは良いんじゃないか?」


先の喧騒とは裏腹にあっさりと承諾したシャロームに合わせ、一行の行動方針が決まっていく。その傍で、OECはにやりとほくそ笑んだ。


「(なるほどね、冒険者に憧れあり~っと。次からは簡単にシャロ君を説得できそうだね♪)」


    †


一夜明け、ルミナリアの復活と共に冒険者達は平原の奥へと進みだす。警備担当がエルフからリカントに変わったためルミナリアもついてくるようだ。


「いや~~最高でしたな戦士エルフ。ところで何処に向かっているんですかね? エルフの楽園? 楽エルフですかね?」

「…んまぁ、そんな感じの場所よ。もしかしたら、すんごい高貴なエルフがいるかもしれないわ。」


珍しいエンレイの意地悪な笑み。彼女の想定通り、道中の魔神達はルミナリアが張り切って殲滅してくれた。


    †


半日ほど進み、一行は魔域の出現している旧ハルーラ協会跡地に着く。奈落の魔域は協会の真上に発生していたが、不思議と拡大する気配はない。協会内には魔神が住み着いていたが弱体化していた為難なく掃討し、屋上へ続く道を見つけるべく探索を始めた。


「おお! ハルーラの銅像ですな! 一説にはハルーラ神は元々エルフの美少女で、イーヴ神と共に聖夜の美姉妹"ノエルフ・シスター"という2つ名がありまして…」

「ちょっと、ハルーラ様に変な名前付けないでよ。」


べたべたと銅像を触るルミナリアに少しだけ御冠のOEC。そんな銅像の手の上に、僅かに光る物体があるのをミリヤムは見逃さなかった。


「おい、なんかあるぞ。……これは、ハルーラの聖印か?」


OECに見せると、理解したやいなや大興奮でミリヤムに抱きつき騒ぎ出す。


「凄い! ハルーラ様の御力が篭った聖印だ! そっか! ハルーラ様、ずっとここで奈落の侵食を防ぎ続けてたんだ!!」


見つかった聖印をOECが頭に付けると、ハルーラの神官に反応するように輝きだす。発された灯りが導く先に屋上へ続く階段が見つかり、魔域の前まで進むことが出来た。OEC曰く、この聖印の力によって上にある魔域は放置状態でも拡大されなかったらしい。


「ハルーラ様の御力を借りたんだし、気合入れないとね。」


いつになく真剣なOECを先頭に、冒険者達はコルガナ地方最初の魔域へと足を踏み入れた。

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