1章・大浸食の脅威

1章・一節


「この壺は… 持っているだけで敵の攻撃が当たりにくくなるとは……しかしそもそもこんな物持っていたら避けにくくなるのでは…?」


魔導列車は無事クルツホルムへ到着し、冒険者達は目的に備えて「買い物」「情報収集」の二手に分かれることにした。

別地方からの魔導列車到着駅でありコルガナ地方玄関口となるクルツホルムは地域一番の巨大都市であり、商店や温泉などの観光地から酒場やライダーギルドなど冒険者御用達の施設までほぼ全てを備えている。賑やかな都会の喧騒に当てられたのか、旅行気分の抜けていないOECは遠足前の子供のようにはしゃぎながら食器や調理器具を選んでいる。アメジストは買い物経験自体があまりないのか、間違いなく不要そうな壺の購入を勧められ真剣に検討している。ルミナリアは店員エルフに夢中で話を聞いていない。買い物チームに一抹の不安を抱えつつ、ミリヤム、エンレイ、シャロームは情報を求め酒場へと向かっていった。


    †


「"大浸食"以降、平和だった平原や森にさえ強大な魔物がうろつく様になっちまって、完全に商売上がったりだぜ。あんたらも物好きだな、今の時期に観光なんて。」


ヤケ酒しながら語る商人が言うには、あるじと呼ばれる強力な魔物が各地で徘徊するようになり、魔域と合わせて流通網に壊滅的な被害を与えているらしい。日用品類は冒険者ギルドへの依頼を通して何とか補給しているが、地方の特産品等は仕入する事が出来ず、観光客減によって売る事も出来ない状況で、仕舞いには悪徳商売に手を出す人間も増えているのだとか。先程の不安は更に大きくなってしまった。

「壁の守り………教え………にゃ……」

エンレイが強力な呪文を唱えたのか、艶めかしく耳元で囁かれた情報屋はとても陽気に壁の守り人について話していた。探し人についてはシャロームの必死な様子が相手にも伝わったのか、足元を見られ高額な情報量を請求されている。一人で解決しようと躍起になっていたようだが、そもそも彼は器用な人間ではない。見かねたミリヤムの助言もあり、次回からは情報収集も共に行動しようと話し合うのであった。


「おじ……美味しそうだね♪」

いつの間にかOECが酒場に来ており、酔っぱらった親父と何やら親しげに会話している。平原の情報を詳しく得られたようで、真面目に行動していた事と、その強力な人たらし力に3人は驚いていた。しばらくすると酒盛りに満足したのか情報チームと合流し、4人は今後の予定について話す。


「ここからすぐ近くの平原に奈落の魔域があるみたいだけど、出てくる魔神の強さ的にオレタチでも攻略できそうだよ。みんな困ってるみたいだし、とりあえず先に安定させた方が良いんじゃないかな?」


「平原・森林のどちらにも"大浸食"の影響で生まれた秘物や宝と呼ばれるものの存在が噂されてるわ。それが遺品と呼ばれるものか分からないけど、確かめる価値はあると思う。」


「ヴィルマらしき目撃情報があって、怪しい男と森林の方に向かったと言うんだ。すぐにでもそっちに向かいたい。お前たちが平原に行くんなら俺は一人でも行くぞ。」


「おい…先ほど、一人で抱えるなと言ったばかりだが? 我々はまだ情報が足りない。森の主は平原より危険だと聞いたが、多少歩く程度ならば遭遇もしないだろう。魔域の存在も噂されている。一度森林の方に向かって、一先ず早めにヴィルマの情報を得る。OECもそれで良いか?」


「んまぁ、確かにヴィルマちゃんも心配だし。でも、平原も放置は出来ないから早めにね。」


「…すまねぇ。恩に着る。」


情報を共有し、方針が決まった4人は残る買い物チームを迎えに行く。アメジストは壺だけでなく謎のお札やネックレスまで買わされそうになっていたが、寸での所で止めることができた。必要な物品の購入は終えていたようで、テントや食料、コルガナ地方全体の地図など有用な道具は一通り揃い、買い物下手というよりは人を多少信じやすいだけと見える。一方のルミナリアはいくら探しても見つけられず、「森にエルフがいるという話を聞いてすっ飛んでいった」との目撃情報を得て全員が頭を抱える事となった。


    †


「さて、コルガナ地方最初の一歩ですね。こういった事は始めが肝心と言うし、気合を入れていこう!」


先ほどまで怪しげな勧誘を受けていたアメジストがまたも俗説的な話をしている事に心配を抱きつつ、一行はクルツホルム東門を通り抜けた。門を抜けるとすぐに木々が立ち並ぶ森林地帯となる。夜ということもあり見通しは悪いが、大浸食以前から利用されていた山道は辛うじて残っており、地域を抜けた次の都市、パルアケまでの道は迷わずに進めそうである。


「おおー!森だ!久しぶり!リスとかいるかなぁ?」


山道に向かい飛び出したOECに呼応するように、木々の合間から巨大な生物が飛び出してきた。それは一切の前触れもなく、まるで日常と言わんばかりの自然さを装って一行の前に立ち塞がった。


「-え?」


    †


目前に現れた巨大生物は真っすぐとこちらに敵意を向けてきている。今からクルツホルムを襲うつもりであったのだろうか、気が立っているのは明らかだ。ほとんどが唖然に取られ動けない中、森林に慣れたミリヤムがいち早く、手元の指輪を割りつつ大きく叫ぶ。


「来るぞ!全員、戦闘態勢を整えろ!!」


一括され我に返った各々が臨戦状態となってゆく。次に叫んだのは、敵魔物の生態を一目で見抜いたOECだった。


「スカーレットスタンプ! やばい主だよ主! 明らかに超格上! 逃げた方が良いよ~!」

「っても、この先にヴィルマがいるかもしれねぇんだ! 俺はどうあがいても逃げれねぇ!」

「無理よ、こんなもの私達だけで倒せるとは思えないわ。いくら何でも強すぎる。せめて狼がいなければ…」


突如現れた森林の主、スカーレットスタンプは数えきれないほど多数の狼を引き連れており、主としての風格を漂わせている。戦闘か逃走か悩む一行をよそに、狼達は四方に散らばり、瞬く間に囲まれてしまった。戦闘経験の少なさが、ここに来て致命的に影響を及ぼす。


「くそっ!やるしかねぇ! 全員、覚悟決めろ!!」


シャロームの鼓砲と共に戦闘が開始される。狼1個体はさほど強力ではなく、冒険者達の実力でも討伐は可能であったが、兎に角数が多かった。打ち漏らした一部がクルツホルムへ向かい出す。


「…ッ!! 都市にだけは、行かせない!!!」


騎馬を駆け先回りしたアメジストが身体を張り狼を止める。無理を通して彼女が態勢を崩したのを、森林の主は見逃さなかった。


「しまっ…」


這い寄った主の渾身の一撃がアメジストを直撃し、鈍い音と共に彼女は吹き飛んだ。高く高く突き上げられ、落下によって致命的な損傷を得ることは全員が理解する。だが救おうにも狼達は絶えず群がってくる。

「誰か…お願い……!!」

希望が途絶えエンレイが目を覆いかけたその時、パキリという砕音と共に彼女の耳飾りから光の玉が飛び出し、落下直前の騎士をふわりと包み込む。光は徐々に実態を伴っていくと、聞き覚えのある尊大な声で、ちくりと悪態を言い放つ。


「全く。昨日爽やかに別れたばかりじゃないか。早々に呼び出しおってからに。」


    †


気絶したアメジストを抱き抱えながら、壁の守人アレクサンドラは颯爽と姿を現した。残る冒険者達の元へ駆け寄るとすぐに魔法を唱え、アメジストを回復させる。


「おい、大丈夫か。」

「……! あ、アレクサンドラ殿!? すまない、迷惑をかけたようだ。」

「よいよい。強き願いに答えるのも我らの役目。しかしこれは…なるほど事態は深刻だな。仕方なし、手を貸してやろう。」


アレクは槍を杖のように持ち、守備態勢を整える。


「すまぬが、ここではラピスは顕現出来んでな。指揮と回復は任せよ。」

「助かったわ、正に猫の手も借りたい状況だったのよ。」


エンレイの相槌に、猫か、それも良いなとアレクは自らの魔力を周囲に分散させる。水色に光るそれは猫の顔形に整っていた。


「狼共が四方散らばるのは厄介だ、周囲にマナを広げておく故、標とするがよい。後方の都市に向かわせぬよう、後退しつつ隊形を整えよ。主の注意は我と妖精騎士がもつ。狼を各個撃破ののち、総力を持って主を食い止めるぞ。」


顕現してすぐの的確な思考と行動に、過去、守り人と接触してきたミリヤムが感心する。


「これが"原初"の一人、か。恐ろしく、頼もしいな。」


アレクの参戦後は、やはり流石と言うべきか、戦況は優勢を保っていた。周囲を照らすマナによって深夜の狭道でも不意討ちを受けず、数の利を活かし切れない狼達は次々と数を減らしていく。スカーレットスタンプの進撃はアレクとアメジストの遠距離魔法によって進路を塞ぎ続け、冒険者達の目前に迫る頃には狼の姿は無くなっていた。

狼達を討伐し終えた前衛組も合流し、主に総攻撃を仕掛けていく。主の強さは冒険者一人ひとりには圧倒的であったが、前日にチームを組んだとは思えないほど息の合った連携を見せ、少しずつ追い詰めていくのであった。


「さて、あとは叩き潰すのみよ。自信のあるものはおるか。」


アレクの問いに対し、先程彼女に感化されたミリヤムが名乗りを上げる。


「任せてほしい。止めは、必ず。」


ミリヤムは敵前に駆けたかと思うと、瞬く間に夜の闇に溶け、主の背後に回る。


「闇之壱:虚心を穿つ闇弓 ―堕ちよ、"月光閃"」


天より落ちる一閃がスカーレットスタンプの頭蓋を砕き、巨体の崩れた先には美しく輝く月夜が顔を覗かせるのであった。


    †


「疲れたぜ…ちぃっとばかし、大浸食を舐めてたな、俺。」

「私もだ…だが、主を討伐し、全員生きて帰れた。結果としては最高の成果だ。良かったではないか。」

「まぁ、一番危なかったアメジストがそう言うのなら、いいのかしらね。」


激戦ののち、一行はすぐさまクルツホルムに引き返した。冒険者達の始めの1歩は全身全霊を賭けた戦いとなった。討伐結果の報告も兼ね、安全な都市内で休息することになった。


「今日はゆっくり布団で休む!じゃあねみんな!また明日!」


そう言い放ち、OECは宿屋…ではなく酒場の方へ去っていく。元気過ぎるアルヴに驚きつつ、一行は休息を取るのであった。


    †


「この耳飾り…思ったより、凄いわね。人ひとりの魂を格納している…? そんなことが起こり得るのかしら。」


梟を懐に挟みつつ、エンレイは青金に光る遺物を見つめていた。戦闘後にアレクが話していた事を思い出す。

『賭けであったが、アビスシャードを一つ拝借し無事成功したな。魔の力があれば、こちら側でもわずかに顕現可能なようだ。現世への興味は尽きぬが、もう時間は無い様だ。君達が願えば、また私は力になると約束しよう。では。』

そう言って、アレクサンドラは光の玉となり、耳飾りの中に消えていった。初めて手に入れた遺品を詳細に調査したいが、器具も時間もない現状では推察する事しかできない。せめてもの情報として絵に残しておくことにした彼女は、羽ペンを動かしながら、膝に乗る梟に話しかけるように、少しの思いを呟いた。


「カワユの魂もこんな風に……馬鹿ね、何を言ってるのかしら、私。」

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