序章・二節

先に進むと、少しずつ洞窟の様子が変わっていった。湿り気のあった独特の空気から、所々に木や石で補強がされ、人の手が加えられた形跡が目立ち始める。道も少しずつ広がりを見せ、少し先が見渡せるようになった。

15分ほど進んだあたりで、暗視のあるOECが「奥に人が見えた」と声を出し走り始める。近づくと血まみれの兵士が倒れているのを発見した。意識はあるも身体中から血液が噴き出しており、急いでOECが神聖魔法を唱えたが、もう長くはないだろう。


「ごめん…助けられなかった…オレ一人じゃ蘇生はまだ無理なんだよな…」

「そんな時間がありませぬ…どうか…姫をお助けください…どうか…」

「!! お前、姫の護衛騎士か!?」


アレクサンドラが気付き叫ぶ。


「アレクサンドラ様…ご無事でしたか…姫はこの‥先に……魔神が…追いかけ……すみま‥せ…‥・」


贖罪で終えた騎士の最期を確認し、アレクサンドラは確信する。


「そうか…これはあの時の…救えなかった私の悔恨……!! ああ! なんてことだ! 何をしていたのだ私は!!!」


騎士の死を目の当たりにし全てを思い出したアレクサンドラは、決意をもって過去の残像を語り出す。


「…すまない。ここは私の記憶を元に作られた奈落の魔域だ。この先に私の仕えた姫がいて、恐らく魔神に襲われている。私一人で向かった所で、過去と同じ顛末を迎えてしまう。どうあっても、姫は救えないだろう。

姫を救えなくてもコアさえ壊せば魔域からは出られる。今急いで無理をする必要はない。…でも、ただの私のエゴかもしれないけど、2度もあの方を失いたくはない…。皆、私に力を貸してくれないか? 急げばまだ、間に合うかもしれない……!!」


尊大な態度は消え、年相応の少女の姿がそこにはあった。一度は涙に溢れたものの、冒険者を真っすぐに見つめる彼女の眼は未だ絶えていない。


「主君を助けられずに息絶えた騎士の無念は相当でしょう。当然、私は参ります。」

「依頼とあらば、答えよう。」

「仕方ねえな。頼まれちまったなら付き合うぜ。」

「ここはアレクさんの心象風景の魔域なんだね~。」

「姫君はエルフなんですかな?な?」

「…行きましょう。時間がありません。」


様々な回答はあるも、冒険者達は満場一致で姫の元に急ぐこととなった。


    †


通路の最果てには扉があり、開かれる前から金属音や喧騒が聞こえてくる。応接室のようなその場所から聞こえてくるのは、まごう事無き戦闘音だ。


「この魔力反応…覚悟決めろ、恐らくかなり強い! 行くぞ!!」


シャロームは号令と共に扉を蹴破り、戦場へ走る。王城の一室に繋がっており、特攻してくる魔物に対し兵士が陣となって防衛戦を繰り広げていた。


「イリーチナ様!!ご無事ですか!!」


兵士達の輪の中にいる赤毛の少女へ一目散に駆け寄るアレクサンドラ。アレクが目に入った途端、イリーチナと呼ばれた少女は先ほどまでの不安な表情から一気に明るい笑顔に変わる。


「アレク! ああ、流石私の騎士アレクサンドラ!! きっと来てくれるって信じてたわ!!」


アレクサンドラは少しだけ苦い顔をしていたが、過去を振り切るとすぐに戦闘に加わっていく。冒険者達も続いていった。

戦闘は非常に厳しい戦いであった。数で勝る魔物達の攻勢が凄まじく、一人、また一人と倒れていく兵士達。槍兵シャローム、弓士ミリヤムも致命的失敗を繰り返し崩壊寸前の前線を支えたのは、妖精騎士アメジスト、そして彼女の愛馬ゼロ丸であった。守りの戦いを得意とする彼女は獅子奮迅の立振る舞いをみせ、ゼロ丸もまた彼女に呼応するように決して倒れることはなかった。また、時が経つにつれジオマンサーの本領を発揮した森羅導師ルミナリアの相域が炸裂し、優位な状況を作り出すことでなんとか、本当に紙一重のところで、姫を守り切ることが出来たのであった。


    †


「こちらです、お早く!!」


いつからか業火に燃える部屋を背に、残る護衛騎士が決死の思いで、姫を出口へと先導する。冒険者達もそれに続き駆け出していく。アレクサンドラは姫に駆け寄り、思い出への別れの言葉を告げる。


「イリーチナ。会えて、助けられて良かった。本当に良かった…」

「ありがとう、私の騎士アレク。あなたなら来てくれるって信じてた。これからも頼りにしてるわ。何があっても、ずっと一緒よ?」


アレクサンドラは涙を堪え、振り返らずに先へと駆けた。


    †


城から繋がった洞窟を出ると小高い丘に辿り着いた。振り向くと、真紅に燃える大都市の惨状が見える。気が付くと、先導していた護衛騎士も、守っていたはずの姫の姿も消えていた。


「アスィルムラート王国、王都クルィシャ。この日滅びた都市の名だ。3000年以上前、君達が魔法文明と呼んでいる時代、原種のティエンスが一人アレクサンドラは、この時この瞬間に立ち会えず、姫の亡骸を見つける事すら叶わなかった。。。そして無謀にも一人で魔神達に復讐を挑み、何も成し遂げず果てたのが今の私だ。ここにいるのは、己の力のみを過信して無様にも魔神に敗れ、奈落に囚われた亡霊だ。」


アレクサンドラは目を赤く染め、自虐気味に語る。だがその顔は、決して意思を捨てたわけではない。


「姫を救ってくれて、感謝する。おかげで私は悔恨という名の奈落から解放された。とは言え、死人の私が現実に帰れるわけではない。奈落に囚われたものは、奈落で戦い続ける定め。君達が求めるなら、私は君達の力になり得るだろう。」


そういって、エンレイの耳元に美しく輝く耳飾りを付ける。


「先ほどエンレイやアメジストから聞いたが、外では今多くの魔域が発生し人々を苦しめているそうではないか。壁の守人として、断じて見過ごすことは出来ない。この耳飾りは、イリーチナから受け賜わったラピスラズリを加工して、私の魔力を込めた物。これに祈りを捧げてくれれば、魔域の中でなら恐らくは、君達の元に向かえるかもしれない。

……戦いの中で悔恨を残し散っていった壁の守人は数多く存在する。私のように囚われている者もいるだろう。同じく悔恨を晴らしてやれば、奈落から解放されるやもしれん。魔域を破壊するついででも構わない、そいつらの無念を晴らしてやってもらえると私は嬉しい。それこそ遺品を集めているというのなら、囚われた者達目当てに奈落の魔域をしらみつぶしに探してみるのも良いかもしれないな。」


話し終えると彼女は丘の上を指さし、奈落の核の存在を告げる。


「さぁ!君達の旅はこれからだ! 各々目的は違かろうが、私のようになりたくなければ、共に協力して進むが良い! 君達に盾神イーヴの祝福があらんことを!」


そう言い残し、彼女は黒狼と共に暁に消えていった。


    †


「ええ!!?あの女の子が3000年前の壁の守人だったのかい!? 確かに最近、古の壁の守人に会ったという話が各地で聞かれていましたが、本当だったんですね…。」


魔導列車の修理を終えたヤルノは、疲れて寄りかかるOECを上手く支えながら驚嘆する。魔導列車の修理を無事終えたようで身体中煤だらけになっており、こちらも激戦を潜り抜けていたようだ。


全員が落ち着いて暫くすると核の消失と共に領域は縮小し、やがて侵入時に感じた浮遊感を伴って、先頭車両は元の場所に戻される。そこには機関部分を失い立ち往生している後続車両の姿があったが、侵入時からあまり時間は経過していないようだ。

ヤルノが連結部分を修理中に、冒険者達は今後について話し合う。アレクの助言もあり、共にコルガナ地方を回るべきだと全員の意見が一致していた。


「あらためて、私の名はアメジスト・ターコイズ。若輩者ではありますが、騎士として恥じない人間を目指し旅を続けています。今回はオクスシルダという場所で行われる魔神殲滅作戦へ参加するためこの地へやってきました。魔神の暴虐は許されるものではありません。もし、余力があるのであれば、皆様にもご協力いただけたら幸いです。…堅苦しいか、敬語は止そう。今後とも、よろしくな。」


「オレはOECだよ。しばらく自宅でゴロゴロしてたんだけど、ヤルノから魔域の攻略に行ってくれって頼まれちゃって~。まぁ家にいるのも飽きたし行こうかな~って思ってたから、みんながいてくれると心強いな!(美味しそうだし)」


「エンレイよ。ユーシズで学者をやっていたわ。コルガナ地方への目的はこれ…この耳飾りのような遺品を研究しているの。妹のやり遺したことを終わらせたい。危険な事とは分かっているけど、奈落の魔域で守人の目撃情報が発生していると聞いて居ても立ってもいられなかった。魔域の攻略が目的なら、一緒に行かせてもらえると嬉しいわ。」


「レイナルト・ミリヤム。故郷エルヤビビへの帰還を目指しているが、道中の魔神が多すぎて叶わずにいる。ご助力願えたら幸い。よろしく。」


「シャロームだ。俺は人探し……前会った時一緒にいた、ヴィルマが魔神に攫われちまった。正直、他の事なんか構ってる暇は無いんだが、前回今回と移動中に魔域に巻き込まれてウンザリしている。襲われてる人達も放っておく訳にいかねぇし……。ヴィルマの情報があったらそっちを優先しちまうが、それでも良ければ、俺も一緒に連れてってくれ。」


「某…ぃえ、私は、ルミナリアと申します。ここに来たのは、故郷を滅ぼしたテラービーストに復讐するためです。奴がこの地方に向かったという情報は掴んだのですが、その先の行方は知れず。よろしければ、共に居させてもらえると助かります。……あのクソ野郎!!!某のエルフグッズを丸ごと灰に変えやがって!!!!絶対許しませんぞおおおお!!!!!!」


ルミナリアの見せた予想外の表情に驚きつつ、一行は歩みを揃えて、コルガナ地方の入口、クルツホルムへ向かうのであった。

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