序章・王国と壁の守人
序章・一節
コルガナ地方に向かう魔導列車は風を切りながら山道のレールを走っている。普段ならば商人や観光客で盛況となる連絡線だが、先日"大浸食"が起きた影響で乗客は数えるほどしかいない。コルガナ地方は現在、魔神との戦闘が絶えない戦争地帯として認識されている。今この列車に乗り込むのは余程の物好きか、魔に魅入られた者くらいであろう。
その先頭車両には、ひと月ほど前にキングスフォール近郊で起きた魔域事件の解決者5人が揃っていた。実力のある者達がコルガナ地方を救おうと示し合わせたわけではない。偶然が重なった結果、彼らは同じ時期・時間・瞬間に、それぞれの目的をもって戦争地帯に向かう事になったのだ。
「あれ、君達もしかして…」
最初にその顔ぶれに気付いた妖精騎士アメジストが話しかけようとした瞬間、隣車両からけたたましい声を上げて、人間の女性が飛び込んできた。
「んうふぅうエルフ!!!エルフは最っ高ですぞ!!! 見てくださいましこのエルフの彫像! 舐めやかで艶やかなこの形状!うひひなんと美しい!! こちら1つずつ皆様にお譲りいたしますゆえ各々楽しんでくださいませ!!」
そう言いながら有無を言わさず全員に"名状しがたき木像"を配り始める。平常時であれば誰もが二度見するほど容姿端麗な彼女であったが、行動がその全ての利を破壊していた。文句も言えずに困惑し辺りを見回したことで、他の乗客がお互い知り合いだと気付いたのは彼女の功績であろう。
「うるせぇな…勘弁してくれ。」
木像を渡してもなおエルフへの愛を語る騒がしい存在に嫌気が差し、別の車両へ移動を決めた男が立ち上がる。が、その直後に魔導列車が急ブレーキしたためバランスを崩し床に倒れてしまった。乗客全員が手すりや壁にしがみつく中、車掌からの大声が魔導列車の悲鳴と共に鳴り響く。
「線路上に奈落の魔域が出現しております! 大変申し訳ありませんが暫くご辛抱を!……駄目だ、間に合わない……!!」
侵入時に感じる独特の浮遊感を伴い、彼らは状況も呑み込めぬまま、車両ごと奈落の魔域に突入する。車掌の機転によって先頭以外の車両は難を逃れたが、機関と1両目を失った魔導列車は虚しくその場に立ち尽くすのであった。
†
「いててて…大丈夫かいOEC。皆さんもご無事ですか?」
車掌ヤルノは自宅と同じように背中に寝そべっている同居人を起こしつつ、乗客と列車の無事を確認する。巻き込まれた乗客に怪我は無い様だが、列車は動力部分が中破しており、すぐに動かせる状態ではなかった。後続車両との接合部分がねじ切られており、先頭車両のみがそこに存在している。
「大丈夫です。…隣に車両はありませんか、どうやらこの車両にいた者のみ魔域に巻き込まれてしまったようですね。」
アメジストは冷静に周囲を見回し、状況を分析している。肩に梟を乗せたメリアの女性エンレイもまた、無言で頷き辺りを観察し始めた。
「ツイてないな、また魔域に巻き込まれるとは。だがまぁ、居合わせた奴がだいたい冒険者だったのは幸いか。」
シャドウの青年ミリヤムは冷静に語っているが、金属鎧が重いのか不自然な形で床に伏せている。動く気がないのか動けないのか、今にも腰が折れそうだ。
「って、またお前らかよ、疫病神でもいるんじゃねぇの? …ぃや、俺のせいかもな……まぁいいや、さっさとコア破壊して外出ようぜ。急いでんだ、俺。」
先程悪態をついて立ち上がっていたナイトメア、シャロームは起き上がると共に車両のドアを目指す。思えば、彼が角も隠さず不躾な態度でいたからこそ、冒険者以外の乗客は同車両にいなかったのかもしれない。その言葉を聞いたヤルノは背中で背負うアルヴに噛み付かれながら、思いついたことを話す。
「皆さん冒険者なのですね。それでは依頼という形で、奈落の魔域の調査・破壊をお願いしてもよろしいでしょうか。列車が巻き込まれている以上、報酬はウチの組織から出ると思うので安心してください。私は列車修理のため調査には同行できませんが、代わりに同居人の彼女を同行させますので、どうか頼みます。よろしくね、OEC。」
「うん、分かったよ!」
先程まで自立すらしていなかったOECは(吸精直後のためか)元気いっぱいに快諾しており、それに合わせる形で居合わせた冒険者達も順々に依頼を引き受けた(エルフがいない事に落胆する女性の姿もあったが)。
以前にも同じようなことがあったな、あのアルヴは"彼"では?などと話しながら準備を整えていると、突如として扉が開き、ティエンスらしき少女が車両に現れた。驚く一行を一周見渡した後、威風堂々と自己紹介をし始める。
「私の名はアレクサンドラ、"壁の守人"である。装飾を見るにおぬしら冒険者であろう? 気付いたらここで目覚め困り果てていたのが、何やら謎の鉄箱の中から人の声が聞こえた故扉を開けさせてもらったぞ。他にも人がいるのなら話は早い。共にこの窮地から脱出しようではないか。」
尊大な態度の少女+後ろに控える黒狼の存在に臨戦態勢を整える者もいたが、彼女には敵意がなさそうだと判断し、アメジストが会話を続けていく。
「"壁の守人"とは心強いですね。是非とも御同行をお願いしたい。先頭車両以外は被害はなかったかと考えたのですが、他にも巻き込まれた人がいるか分かりますか?」
「うむ。その辺は私にも正直よく分からぬ。ここに落ちた衝撃か名前以外の記憶もあやふやでな。…あぁ、この黒狼の名はラピスと言っての、皆も共に仲良くしてほしい。しかしすごいな、この鉄箱は。もしや魔導列車か? このような美しき流線形の列車は初めて見たぞ。」
まじまじと列車内を観察する自称守人は、言葉とは裏腹にあどけない仕草を見せる。少なくともここに置いていっても列車修理の役には立てないだろう。一行は彼女を連れて魔域の攻略に挑むことにした。幼気な少女の到来に歓迎ムードの中、エンレイは一人、不信感を募らしていた。
「(黒い狼を連れたティエンスの壁の守人……"黒狼使い"アレクサンドラの事かしら? 私達にとっては大昔の偉人様だけど…本物なの?)」
†
ヤルノに列車を任せ、周辺調査を開始する。周囲は何もない丘陵地帯であり、生命の存在を感じさせない静けさが魔域独特の空気感を生み出している。
"守人"に興味津々なアメジストがアレクサンドラを質問攻めにしているが、彼女の記憶が曖昧なため良い情報は得られていないようだ。彼女の記憶は「自分と黒狼の名前」「仕えるべき素晴らしい主君の存在」「壁の守人としての戦闘技術」程度しかないらしい。自分でも困惑しているようだが、特に主君について話す時はとても誇らしそうに語っており、喜びに溢れた顔には年相応の少女の姿が垣間見える。そんな主人を気遣うように黒狼は傍に控えており、時折アメジストの愛馬ゼロ丸とOECがじゃれついてくるのを鬱陶しそうに相手していた。
「アメジストは"守人"になりたいのか? 厳しいが、なると言って適当になれるものでもないぞ。相応の覚悟をもって臨む必要がある。」
「…いや、必ずしも守人になりたいと拘っている訳ではなく。…まだはっきりと将来どうなりたいかとか決まってなくて。無辜の民を守るために、この力を使えればと、そんな曖昧な気持ちです。私はまだ騎士として見習いの立場。これから経験を積んで、心身とも強くなっていこうかと。」
「うむ。自身の実力を踏まえた上での行動ならば、悪く無い心がけであるな。将来は私の主君に仕えても良いのだぞ。」
「あ、いや、王家はちょっと……」「主君の方はエルフですかな!?」
「「うわぁ!!!」」
突如として間に現れたルミナリアに驚き尻もちをつくアレク。主人に無礼を働いたルミナリアに対し、腹を立てた黒狼ラピスが即座に攻撃行動をとるが、彼女が振った杖から半透明の狼のようなエネルギーが飛び出し、ラピスを押し留める。ルミナリアは得意げに「あまいですぞ~」とつぶやき、その様子を見て、アレクを気にして近づいていたエンレイが驚いた顔をしていた。
「え? あなたもしかして森羅導師なの?」
「そうですぞ~ 自然と一体になって力を発揮する感じまさにエルフリスペクツ!! エンレイ氏もどうですかな?」
「そうね…悔しいけど、興味があるわ。人間の、その若さで導師になれるなんて…」
「いやいや! まず私に謝罪せい!!」
アレクが頬を膨らませプリプリと怒っていたが、ルミナリアは気にせずエンレイに対し"エルフと自然の素晴らしき共存性"を語り続けている。少し離れた位置で散策していたシャロームとミリヤムも微笑ましい光景に笑みがこぼれた。
「まぁったく、魔域の中だってのに緊張感がないぜ。女共は気楽でいいよなー」
「え? あ、あぁ、そうだな。。。女共、ね。」
†
「丘の先の木々の合間に洞窟があった。人ひとり入れる程度の抜け道だ。この先に進むべき場所があると思う。」
ミリヤムが集合を促す。その他に目立った建物や痕跡はなく、この洞窟が奈落の核に繋がっているのだろうと推測できる。侵入するためアメジストが騎獣を彫像化すると、アレクサンドラが驚愕の表情を見せた。
「な、なんと!! なんだそれは!! 馬が像になったぞ! 大丈夫なのか!?」
「ん? 大丈夫だぞ。ほら。」
アメジストがもう一度ゼロ丸を出現させると、ゼロ丸にべたべたと触り始めるアレクサンドラ。先程まで全く興味を示していなかったラピスもゼロ丸を凝視していた。
「こんなものがあるなら、あんなに苦労せず済んだのになぁ、ラピス?」
ラピスは少しだけ頷いた後、アレクの唱えた魔法によって霧のように姿を消していく。どうやらこれがラピスの収納方法のようだ。
「…騎獣縮小札を知らないって。あんた何歳だよ。」
「ほっほっ。レディに歳を尋ねるとは。おぬし、さてはモテないな。」
んだとテメェ!! 顔を真っ赤にし怒り散らすシャロームをよそに、一行は細い洞窟を進んでいった。
†
洞窟の中は光無く湿り気のある何の変哲もない空間であった。慎重に先に進んでいくが、罠もなければ魔物の痕跡も見つからない。平和な魔域かと思いながら小一時間ほど進んだところで、ようやく分かれ道が見えてきた。それぞれの道には太陽神ティダン・月神シーンの像があり、さながら「太陽と月の道」を暗示している。斥候の技術を持つミリヤムが調査しようとする前に、ルミナリアが奇行に走る。
「むむむ!!!エルフの気配!!!ここですな!!!パカッ!! これは……なんだ、ただの石ですか。エルフの肖像とかないのでありますか。残念至極。」
彼女は月神シーンの彫像裏にある細かい隙間から"蓋が嵌められている"事に気付き躊躇せず開け、紋章を見つけていた。ルミナリアの目ざとさに驚きつつ、一行は紋章を確認する。それは月の背景を描き、光の柱を狼が守るように彫られていた。
「ん? これは…どこかで……っ!! 王家の紋章だ!! そうか、ここは王城からの抜け道だ!!」
アレクサンドラが記憶を少し思い出したようだ。彼女は月神の置かれたこちらの道が王城へ繋がる道だと冒険者達に伝え、進行を促す。
「折角だ、王城を見て行くが良い! 私が特別に許してやろう! おぬし達の常識では考えられぬ程美しき魔導世界じゃ! さぁさぁ、行くぞ!」
嬉しそうに先へ進むアレクサンドラを、エンレイとシャロームが不安げに見守っている。双方お互いの様子に気付いたのか、少女には聞こえないよう小声で話す。
「魔域全体に発生してる魔力は、禍々しいが基本的にアイツの魔力とおんなじ性質だ。この先に待ってんのは多分…」
「貴方、魔力が目に見えるんだったわね。そうよ、奈落の魔域は、再現者の負の感情を基にするわ。彼女の知る場所が舞台となれば、恐らく王城は…無事ではないでしょうね。」
一抹の不安を抱えつつ、冒険者達は先へ進むのであった。
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