1章・四節

「おお!一面の花畑!! 月明りに照らされ、なんと美しい光景か!!」


アメジストがはしゃぎ出し、OECもそれに続く。冒険者達は奈落の魔域攻略後、街へ戻らずそのまま平原の探索を続ける事にした。クルツホルム斥候隊の行方が未だ掴めておらず、パーティ内で一刻も早く救出すべきだという結論に至ったからだ。魔域に侵入した形跡もなかったため、そのまま平原の別地域へ足を伸ばしていた。


「いやー、それにしても、昨日の飲み会は久々に酒が飲めて最高だったな!」

「シャローム!お前ゼロ丸にお酒を飲ませただろう!なんてことしてくれたんだ!」

「コマケーこと気にすんなって!ゼロ丸も楽しそうだったぜ。」

「そうですぞ!顔を赤らめるエルフと話せただけで僥倖というものです!」


元気に話す仲間達を見ながら、ミリヤムとエンレイは青ざめた顔で休んでいる。


「なんで、あんな強い酒を量飲んで、平然としてるんだあいつら…」

「早く朝…朝になって……」


    †


ここへ来る道中、一行はノマリ族のキャラバンに遭遇していた。彼らはOECがカティアから貰ったバンダナ(をOECが腹に巻いていたので正確には腹巻)を見て同胞と思い声をかけてきたようで、気前よく商品を案内してくれた。疲労回復薬や視野拡大薬から感度上昇薬などの怪しい薬まで行商とは思えぬほど豊富な品揃えであり、ここぞとばかりに大量購入した結果商人達に気に入られ、なんやかんやで宴会を開くことになったのだ。


OECは早速カティアの話を聞こうと息巻いていたが、商人達の用意した果実酒が強力なアルコールを含んでいたため敢え無く撃沈。ミリヤムとエンレイも潰れてしまい、結果として"酒バカ"と"エルフ狂"と"場に流される子"の3人が残ったためまともな情報収集が出来なかった。一応最初にシャロームがカティアについて聞いていたが、特段悪い話をしてこなかったため「よし、もういいな、酒だ」となってしまったのである。カティアから貰ったバンダナについても、なんか古い模様だね、で終わってしまい、次こそはまともに話を聞こう、とミリヤム・エンレイは決意を固めたのであった。


「あのバンダナ、恐らくはこの耳飾りと一緒で英雄の遺品なのだけど…どうして腹に巻いてるの…あの子……」


    †


花畑に無数に這い寄る毒蛇を討伐数を競いながら倒していると、酔いから復活したミリヤムが動物の存在に気付く。


「虎か。やはり猫族は可愛いな。ほら、こっちおいで。」


右手で弓を構えながら狩る気満々で左手を猫手に誘ったが、虎達はミリヤムの方ではなく、近くにある洞窟ばかり気にしている。違和感に気付き全員を集め、茂みに隠れ様子を探っていく。


「虎達が洞窟内の何かを狙っているようだ。獲物なら、もしかしたら斥候隊がいるのかもしれん。」

「それは大変だ、今すぐ助けよう。」

「しっかし、タイガーって舐めたらまずい程度には強かったよな?」

「…任せて。今なら多分、簡単よ。」


合図と共に梟が虎達に向かい飛んでいく。注意を引き付けているその合間にエンレイが光の束をかき集め、一直線となった虎達を間に挟んだ梟の方向を狙い直線状に放出する。


「…―ライトニング―」


雷撃音と共に光が茂みから放たれ、対象を一貫する。芯から貫かれその場で気絶した虎達は、絶命にまでは至っていないが、暫くは起き上がれないだろう。


「エンレイ、すごーい。」

「意外と暗殺も向いてるんじゃないか?」

「やめて。私は学者なの。一応ね。」


肩に戻る梟を優しく迎えながら、才女は颯爽と茂みを出るのであった。


    †


洞窟内は暗闇に包まれており、ランプを付けても一寸先はほとんど見えない。虎達は魔物に怯えていたのかもしれない、警戒しつつも斥候隊の存在を考え声を出しながら先へ進む。しばらくすると奥から人族の言葉が聞こえてきた。


「君達は…冒険者か! 虎達を倒してここに来たのか? 我らは今動けなくてな、助けてほしいんだ。」


声と共に視界に炎が灯り、兵士の集団が現れた。重症者もおり、虎に気付かれないよう灯りを消していたことが伺える。


「ああ、良かった、クルツホルムの斥候兵隊ですね。問題発生と聞き、助けに参りました。」


アメジストが代表として話を聞きながら、シャロームの薬草とOECの回復魔法で重傷者の看病を行った。斥候兵達は身軽な装備だったため、速度と耐久性を備えるタイガーとは相性が悪かったらしい。


「いや、助かったよ。逃げ込んだ先でこの洞窟の奥に主がいたらと思ったが、この先は大きな扉があるだけで何もいなくてね。扉も開かないし虎達が去るまでここで潜んでいようと思ったんだ。」

「…大きな、扉?」


エンレイがすかさず反応する。斥候隊は扉の向こうに逃げ込むことも考えたが、機械仕掛けの巨大な扉を開けることが出来ず、手前に潜むことにしたようだ。

背後の安全を確認するため、斥候としての情報を持ち帰らせるため、等々エンレイに言いくるめられて一行は奥に進むと、人間の4~5倍はあるだろう巨大な古代扉が目の前に現れる。中央には非常に古い形式のマギスフィアが嵌め込まれており、これを動力にして扉が開かれるようだ。


「デカすぎんだろ・・・」

「困ったわね、ここまで大きいと力づくでも開けられないわ。」


なんとか開けられないか調査するも時間だけが過ぎていく。暫くすると探索に飽きたのか飲酒チームが雑談を始めていた。ふと、ノマリ族との会話の内容を思い出す。


「そうそう、おっさん達なんか歌ってたよな。この辺の地域に代々伝わる歌があるとかなんとか。何言ってるか聞き取れんかったけどオモロかったな。」


「確か魔動機文明語…だったよね。発音だけ覚えているぞ。シオシオナンジャ、えい!go! ノムリィ~ノナカニィ~♪」


アメジストが歌い出すと、マギスフィアが僅かに反応する。何をしても動かなかった古代機械の突然の反応に驚く一行だったが、雑談が聞こえていたミリヤムがあることに気づいた。


「おい、その歌ちょっと僕に教えてくれ。」

「え、ぁ、ああ。いいぞ。まず音程は…」

「いや、先に呪文の方から教えてくれないか? 地域に伝わる文言なんだよな?」


"死よ、死よ、汝は永劫の眠りの中に。いつか見た憧憬は、我らには眩し過ぎる"

魔動機文明語が理解できるミリヤムが歌詞を解読し、あらためて唱えるとマギスフィアが先程より強く反応を示した。幾度か検証したところ前半が開扉の呪文、後半が閉扉の呪文のようで、半分だけ唱えると扉は引き戸の如く壁に吸い込まれていった。開かれた道からは湿度の高い空気が吹き出してくる。


「ウソだろ…アメジスト、すげぇな。」


「あはは、私というよりはノマリ族の情報網と読み解いたミリヤムの知識だろう。ちなみに、歌詞の意味はなんだったんだ?」


「永遠に眠る者へ送る歌だ。…気を付けろ、恐らく奥に何かいる。」


    †


扉から続く通路は長くなく、すぐに開けた場所へと辿り着いた。半球状の空洞に湖が広がっているが、べた付いた潮風からして海水が溜まっているようだった。そして湖畔には武装したスケルトン達がまるで生きているかのようにのんびりと過ごしている。


「ん? なんかあるぞ?」


シャロームが暗がりを少し進むと奥に腐り堕ちた木造の建物が見えた。と同時に建物からスケルトン達が飛び出し、周囲にいたスケルトンと共に一行に襲い掛かってくる。動きからしてただのスケルトンではなく、今の実力では捌けそうにない。


「一度退却しよう! 歌詞の通りだ、ここは死の気配が強すぎる!!」

「そうダネ~今は斥候隊の人達もいる事だし。彼らを無事に帰すのが最優先だ。」


全速力で元来た道を引き返し、扉の手前まで辿り着く。


「"いつか見た憧憬は、我らには眩し過ぎる"!!」


マギスフィアの反応と共に側壁より扉が動き出し、スケルトンの到着前に締め切られた。一行が落ち着きを取り戻しながら洞窟を抜け出す最中、建物を間近で見たシャロームは思考する。


「うーん、木材の上に引っ掛かってた布の絵、なんか見覚えあるんだよな…なんだったかな…」


    †


洞窟の出口に近づくと陽の光が漏れだしてきた。どうやら朝を迎えたようだ。

斥候隊を待ち構えていた虎の姿はなく、焼け焦げた草花の後だけが残っている。


「あ~太陽!気持ちいい朝だね!エンレイ!」

「本当よ。もう二度とアルコールなんて摂取しないわ。」

「そう言うなってぇ!酒飲んだおかげで今の気持ち良さが味わえたんだぜ?」

「そうですぞ!あの酔いどれエルフ様とまた飲みたいですな。…おや、なんですかなあれは。」


ルミナリアの見つけたそれは、朝の清々しい空気とは真逆の、禍々しい気配を纏っていた。向こうもこちらに気付いたのか、勢いよくこちらに向かってくる。


「あれは!! この草原の主、ペトロヴァイパーだ!! 我々は元々あれの監視をするためにここに来たのだ!」


斥候隊長が叫ぶ。冒険者達は最早慣れたと言わんばかりに戦闘準備を整えていく。


「移動頭に奇襲されんのにもう慣れちまったな。」

「いつでもどこでも危機感を忘れないってのは良いことじゃないか?」

「よーし、サクサク倒して進もー!」


    †


戦闘隊形を整え、主と共に現れた無数の蛇達から討伐していく冒険者達。以前とは違い守人はいないが代わりに斥候隊が戦闘に参加し、順調に数を減らしていった。その間、主の攻撃はシャロームとアメジストで捌いていた。


「なんだ、森にいた芋虫より弱いじゃないか。」

「はは、余裕ヨユー! おらよっ!!と……あ。」


展開したブレードスカートにより豪快なカウンターを決めていくシャロームだったが、空中攻撃後の着地隙を付かれ、主から睨まれた腕に石化進行を受けてしまう。


「やべぇ! やっちまった!!」

「なにやってるのだ、もう!!」


アメジストが援護に入るが、昼の酒が残っていたのか、ふらついた拍子にゼロ丸が石化進行を受けてしまう。


「ぜ、ゼロ丸!? んもう!二度と酒なんか飲ませやしないぞ!!」


「…あのお馬鹿さんたちは何をしているのかしら……」


ため息をつきつつも周囲に湧いた蛇達を一掃し、全員で主に攻撃を加えていく。石化攻撃は厄介であったが、森林の主のような強力な突破力はなく、冒険者達にとっては油断しなければ問題のない相手であった。


「誰か、トドメを刺せねぇか? 石化した腕でも攻撃は捌けるが、急所付けるほど上手くは取り回せねぇ。」

「わ、私もだ、ゼロ丸が動けなければ威力が落ちてしまう…」

「全く。仕方ないわね。…巻き込まれたくなければ、前を開けて。」


エンレイは先程タイガーを貫いた光の束を再び集め、牙を剝く巨大な蛇の口内に狙いを定める。


「"ヴェス・フォルス・ル・バン。シャイア・エルタリア―ランドルガ。"

 閃光よ、我が道を開け。―ライトニング!」


豪雷音と共に手のひらから放たれた雷が大蛇の顔から尾へ一直線に貫き、草原の主は黒焦げになり地に伏せた。


「うし! 楽勝だったな! 誰か腕治してくれ!!」

「ゼロ丸の足も頼む!ゼロ丸~ごめんよ~私がしっかりしてないばかりに。」


情けない声を上げる二人をOECが治療しながら、一行は主の残骸を解体し始めるのであった。

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