魅了から解放せよ

 女子陣に用意してもらった小野上生徒会長を貶める案に対して、散々文句を言ってしまったのだから、さぞ「自分も何か良い考えを出してみろ」と騒がれると思っていたのだが、全然そんなことはなく。どころか四人の女子陣は俺の目を見ると苦い顔をして視線をそらしてしまっていた。そこまで説得力のある反論だっただろうかと考えを振り返るのだが、まだまだ一考の余地があるアイデアばかりなのでここで終わってしまうのは勿体ない。


 沈黙が気まずいと感じた頃、新伝が顔を引きつらせて口を開いた。


「は、はは、そこまで言うんだったら、サツキ君のアイデアが何なのかを聞きたいかな、ははは」


 聞きたくはないけれど、沈黙を紛らわせるために仕方がなく俺に言葉を振ったようだった。さっきまで現実逃避していたが、ここまで来れば決定的だろう。完全に引かれてしまった。男子の詳らかな汚点をこれでもかと晒してしまったのだ、そりゃ俺から目を逸らしたくもなるか。......ごめんなさい、またもや現実逃避しました。詳らかな汚点を晒したのは男子の中でも俺のみである。主語を大きくしても罪は軽くならない。


 おほん、と咳払いをして、お詫びを兼ねてズボンのポケットからあるものを取り出した。それは黄色の玉である。この文脈で黄色の玉をズボンをまさぐることによって取り出したというのは、別意に捉えられても仕方がない限りなのだが、決して気分を害した彼女らに追い打ちを食らわせたかったわけではない。この玉はただの玉ではない。作動すると電撃が流れて意識を無理やり引き戻す俺の不幸対策七つ道具、その三『ショックボール』だ。


 俺がふざけているわけではないと気づいたのか(今更だが)、その玉を見て新伝は首を傾げた。


「サツキ君、それは何?」


「これは球状のスタンガンだと思っていいよ。そして俺はこのお陰で、一度小野上の魅了から復活することができたんだ」


 小野上の魅了から復活。その言葉に皆々が目のハイライトを取り戻した。そして俺の言いたい考えを察したのか、新伝が先走って言った。


「な、ならそれを使えば、他の男子の洗脳も解けるってこと!?」


「それはまだ分からない、魅了に掛かりかけた時だから脱出することができたのかもしれない。だから実験をしてみないことには何とも言えないけど、試してみる価値はあるだろう?」


 女子三人が笑顔を取り戻した。希望が見えたのだ。もしかしたら小野上の魅了から男子たちを、ひいては自分のパートナーを救うことができるかもしれないと。


「でも、その形は結構使いにくいよね、スタンガンを作れたらいいんだけど」


 新伝は片手でスタンガンを持っている仕草をして見せた。確かにショックボールは飽くまでも自分用のスタンガンみたいなものだ。それを対外的に使用するとなると、球状では扱いづらい。


「なら、雷魔法を使うのはどう?原理的には同じだし」


「でも扱えない人もいるし、出力を間違えると取り返しのつかない怪我を負う人も出てしまうかも」


「そうか、なら出力の上限を定めるデバイスが必要だな。となると流れる電気を感知して電気抵抗を動的にできる何かがいるが、この世界では難しいか」


「そうね、でもまずは他の男子を元に戻せるかを確認した方がいいわ」


 と新伝との会議が盛り上がってきたところで、アシュリーが声を上げた。


「ちょっと!何言ってるか訳分かんないんだけど!」


 おっと、彼女らを置いてけぼりに話をしてしまっていた。詳しく説明をしようとしたのだが、新伝がそれを遮るように言った。


「小野上に洗脳された男子に電気をビビッてすれば元に戻るかもって話よ、だから実験として誰か呼びたいなって」


 そう、その誰かって誰にしようかが肝だ。そんなのにホイホイ付き合ってくれる酔狂な男子っているのだろうか?


「レオンでいいんじゃね?」


「ああ、あのレオン君?」


「あいつなら心が痛まないからいいか!」


 人体実験の実験台が、全会一致で決まった稀有な事象を見た。


 ────────────────


「ヤッホー新伝来たよーい!サボれるって聞いたんだけどー!!」


 新伝がクレホをピピっと操作してから数分、恐ろしく警戒心を微塵も感じさせず、ワサワサと陽気な金髪、もといレオンが颯爽と姿を現した。むしろどこかに盗聴器が仕掛けられてて、何か企みがあってわざと駆け付けたという可能性があれば良かったのだが。この表情からはそんな裏の顔は読み取れそうになかった。有り体に言うとアホな顔だった。もし本当に何かしらの企みがあったとするならば、彼は俳優業かスパイ業が向いているだろう。


「あれ?見かけない顔がちらほらだけど?」


「ああ、ちょっと新聞部の仕事で手伝ってほしいことがあったから、友人の彼女達に来てもらったんだよ。それでも手に余るということだったので、頼もしいレオンに白羽の矢が立ったということさ」


「あ、やっぱり、頼もしさ、漏れちゃってる?」


 レオンは親指と人差し指を広げて顎に乗せ、ドヤ顔を作っている。おためごかしをここまで存分に飲み込んでくれる人も珍しい。実験台には最適な人種と言えるだろう。


「レオン、ちょっとここに座って、でもってこれ付けるね」


 新聞部の部室にあった木の椅子にレオンを座らせて、身体をぐるぐる巻きに縄で縛り、黒く長い手拭をレオンの目元に巻く。ほうほう、とワクワクドキドキなリアクションをしている。彼は何をもって頼もしいと思われていると思っているのだろうか。実験台なら俺にお任せと言わんばかりだった。


 そして、物質創造によって新伝に手渡したスタンガンの模型を渡す。俺が作った、言わばショックボール改「ショックスタンガン」だ。使用者が雷魔法を持つ手に込めることで、その電気がクワガタのような小さな突起物二つに電流が放出されるという単純な構造だ。これでレオンが小野上の魅了から戻ってくることが出来れば、実験成功と言うことになる。


「ちょっと、動かないでね~」


 新伝が、座るレオンの耳元までショックスタンガンを近づける。まるで床屋の主人がバリカンを頭に近づけようとしている構図だった。


 バチバチっと、レオンの耳元でショックスタンガンが鳴る。流石に不穏な予感がしたのか、レオンは顔をアワアワさせて叫んだ。


「ちょ!何その音!?今から何が始まるっていうの!?」


「大丈夫、死にはしないから」


 新伝が雷魔法の出力を誤らなければ、確かに死にはしないだろう。慎重な手つきでショックスタンガンを持ち、それを、一気にレオンの首に当てた!瞬間、レオンの四肢が、蛇のように暴れ出した。


「あがががががががががずがぽいぴおぴぽいおおおいいぴいいいいい!!!」


 がたがたと椅子が


 俺がショックボールで意識を取り戻したときに、こんなリアクションをしていたのかどうか不安になった。確か退学にさせてやるとか脅されたけれど、こんな気狂いなことをしていたのなら、こちらから退学を願いたいところである。もう学校なんて行けない。


 流石にやりすぎだと思ったのか、5秒ほど電流を流したところで新伝が手を離した。ふしゅ〜という焼け焦げたということは無かったが、レオンはぐったりと椅子にもたれかけてぐったりしていた。


「ごめん、大丈夫?」


 新伝が声をかける。すると、レオンがゆっくりと起き上がった。


「あ、あれ?俺一体何してたんだっけ?」


 よかった、死ぬほどの電流では無かったらしい。だが問題はここから。新伝が唾を飲み込んでから、質問する。


「ねぇ、レオン。小野上恋華って、知ってる?」


「え、小野上?」


 と、返事した。「今の状況で聞くことかよ」とでも言うつもりなのか、はたまた「愛する会長の名前を忘れるはずがないだろう」なのか。


「あー、確かにいたな。去年来た転校生だっけ?」


 実験結果は、前者だった。成功である。新聞部部室にいる女子陣が手を上げて歓喜した。俺は新伝に拳を向けると、コツンと軽く合わせてくれた。


 ────────────────


 それからは、あれよあれよと作戦が動き出した。といっても学園祭の準備をしながらなので、そこまで活動時間を見積もることができない。だからこそ、早めに多くの男子を増やす必要があった。1人増やせば、動ける人は2人に、2人増やせば、動ける人が4人と鼠算式に増やすことができる。といっても、既に魅了から解放されている男子に再び電撃を食らわせるわけにはいかないので、「世界で一番大切な人は?」という問いに対して「自分!」と答えさせる合言葉を設けた。これで小野上に魅了されていれば「小野上生徒会長!」と言うので、迷いなく魅了から解放させることができる。ちなみにこれは新伝の案だ。頭いいぜ。


 学園祭が明日へと迫った時。俺はある男子をターゲットにしていないことに気づいた。俺がこのグリストンに来てから名前を知っている数少ない人物。レオンに引っ張られた学園のオリエンテーションにて、美術室で黙々と絵を描いていた、あの男だ。確か、筆ヶ谷だったか?


 今は授業や終礼も終わり、明日の学園祭に向けての準備が行われているにも関わらず、美術室には電気が点いている。どうやらあの男はここにいるらしい。


 コンコンとノックする。どうぞ、という言葉を聞いて、ドアを横にスライドした。中に入ってドアを閉める。レオンの開けっ放しに対して文句を言っていたのを聞いた手前、俺も開けっ放しにするわけにはいかないだろう。中を見渡すと、そこには以前と同じく机や椅子が教室の端々に寄せられており、教室の真ん中には大きなキャンバスが鎮座していた。彼は今もキャンバスに隠れながら、絵を描き続けている。


「君は、いつかの転校生か」


「そ、山田サツキっていうんだ、よろしく」


「何か用?」


 そっけない言葉のドッヂボールは行われず、すぐに本題を切り出してきた。その間に俺は歩を進めて、ショックスタンガンの射程圏内に入るように努める。そしてさりげなく、疑われないようにサラッと聞いた。それでも歩みは止めない。


「最近アンケートを取っててね、『世界で一番大切な人』って、誰だと思う?」


 1秒ほどの沈黙。この教室に俺と彼しかいないからなのか、他の男子を魅了から解放してきた時とは緊張感が違った。ガンマンが銃を取り出して引き金を引くのを待っているような。それだと俺の歩む方向は全く逆になってしまうのだが。


 そんなどうでもいいことを考えていると、キャンバスの奥の男は、こう呟いた。


「僕にとって大切なのは、恋華れんかだよ」


 その答えを聞いて、条件反射でキャンバスの向こうに右手に持ったショックスタンガンを突き刺した。雷魔法の出力コントロールは完璧。意識を数秒だけ飛ばす程度。そしてこの至近距離で、椅子に座りながら避けられるはずがない。


 ドン!と右手に手ごたえがあった。そのままショックスタンガンのスイッチを入れる。バチバチバチ!と、稲光がキャンバスに照らされる。


 だが、彼は一言も「ぐあ!」とか「ぐぐぐ!」とか「痛い!」のような感嘆を発しなかった。何も言わなかった。まるで、人形に攻撃したかのような。


「君には、それが僕に見えているかい?」


 キャンバス越しに、やっと男の姿を目にすることができた。だがそれは、まるで絵に描いた男子高校生の自画像のようだった。


 いや違う。「まるで」ではなかった。男子高校生の自画像、そのものだった。それが立体となって、キャンバスの陰に立てかけられていたのだ。


「ドローメーカー。僕は僕の絵を描いた。そして君の作戦を、僕が絵空事にしてやるよ」


 キャンバスの背後から、本物の筆ヶ谷はそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る