新聞部、新伝
クレホ。正式名称「クレバーフォン」という。「賢く使えばとっても便利な道具」ということで、そう名づけられたそうだ。賢く使えば便利というのはスマホも変わらない。
そんなスマホ、もといクレホがディネクス以外にも使われていたとは驚きである。かつて転移してきた人間でスマートフォンを作ったことのある人がいたのだろうか。
カレン『スマデンはもともとクレホを元に作られているのよ、だからクレホで使えるアプリはスマデンでもインストールして使うことができるそうよ』
チャットでカレンがそんなことを言っていた。
だがディネクスは固有の文字を持たず、創造力として思いを声と共に発することでコミュニケーションをすることができる。その応用で、スマデンに思いを吹き込むことで、それを独自の回線を通じて送信することができるのだとか。その間に、創造力を電気信号に変換したりしているのだが、細かいところは知らん。これについては固有の技術らしい。
オリエンテーションの夜。男子寮の窓から外の風景を眺めながら、外の黒いとんがった建物を見ていた。
心理塔。アダムに周囲の人間の心を微量ながら吸収し、それを供給している建築物。それが白ければ心が健全であるのだが、黒ければ汚れている証だとイヴが言っていた。
夜であることを差し引いても、その塔の黒さは黒々しい。夜の闇から現れたといってもいいくらいだ。それほどまでに、この国の人の心は黒くなっているようである。
だが、それでも文化祭という催しを成そうとしている辺り、まだましなのかもしれない。それか、これは表面上に過ぎず、裏では恐ろしいことが起こっているのかもしれない。
となれば、原因は流石にあいつだろう。
小野上
確かにあのパンツはギャップ萌えだった。人を躊躇いなくかかと落としするほどの粗暴の中で垣間見える女の子らしさは、さながら世闇に輝く月のよう。
…おっと、まだ魅了が抜けていないのかもしれない。とりあえずショックボール起動しておこう。
カチっと。
「っっっっって!!」
目が覚める(いや夜に目が覚めたらまずいか)。しかしここまでの影響力を持っているのなら人々の悪感情なんて発生しそうにないだろうが。だって、恨みや憎しみというのは、自分ではどうにもならないことに対して発生するものだから。そんな感情すら湧かないと思うのだが。
今見える心理塔の近くに他の国があって、その国の人々の悪感情が心理塔を黒く染めている。という可能性もあり得ない。このグリストン以外に国はないことは確認済みだからだ。
だとすると、誰の悪感情が、心理塔を黒く染めているのか。
ピロリン。と通知が鳴る。カレンと優と俺のグループチャットだ。
カレン『この学校の裏サイト見つけたんだけど、生徒会長って女子から結構不評らしいわ』
との連絡。一緒に送られてきたリンクを開くと、小野上
なるほど、それは確かにあるか。男子を奪われた女子たちはさぞ可哀そうだろう。それに好きな男が他の女子にご執心の様子を見れば、その女を恨みたくもなる。
だが、このサイトは誰が作成しているんだろう。とふと疑問に思った。愚痴を大っぴらにいうことができないから、女子の誰かが裏サイトを開設して皆で愚痴り合っている。というのは簡単だが、一介の高校生が、ましてや異世界の高校生が予備知識もなく作ることができるだろうか。
今のままでは情報が少ない。となればやることは一つ。
寝る!
────────────────────────────────
授業が終わり、数日後の文化祭に向けての準備に今日から参加する。はずだった。
俺は昨日の新聞部に来ていた。というのも、昼休みに新伝が話しかけたのが発端だ。
「サツキ、ちょっといいかな」
学食を買いに行こうと立ち上がる前に、新伝がこそっと呼び止めた。優を含め、他の同級生はそそくさと食堂に向かったようで、お弁当を開く人々を尻目に、人気の少ない階段の踊り場に案内される。
「話って?」
こいつは俺が物質創造をすることができることも知っていた。となると結構情報を持っているかもしれない。あっちから話を持ち掛けるのは願ったり叶ったりだ。何かしら情報が聞き出せたらいいのだが。
「小野上
「生徒会長のこと?」
妙なことを言う。いや、男子にこのことを聞いているということは、俺が魅了されていないかを探っているのかも。
数秒思案していると、新伝はほっとして言った。
「考えるってことは、洗脳を逃れたんだね。良かった」
「ま、まぁな」
がっつり魅了されてはいたけれど、ショックボールのお陰で助かった。というのは黙っておこう。
顔の緊張をやわらげ、新伝は言った。
「オリエンテーションに行くと言っていたから、女子の優ちゃんはともかく、男子の君は大丈夫か心配でね。でもよかったよ」
発言から考えるに、俺の身をただ案じてくれていたのかもしれない。
良かったらこれどうぞ。と、ホットドッグを差し出してくれた。
「これ、いいのか?」
「多分今行っても買えないだろうからね、時間を取らせたお詫びだよ」
なかなか気遣いのできる人だ。しかし、一つ疑問がある。
「だけど、このパンを、新伝はどこで買ったんだ?君にも買う時間なんてなかっただろうに」
ドヤ顔になり、新伝は人差し指をピンと立てた。
「ちょっと裏ルートでね。ネタは企業秘密だけれど」
どこの企業だ。だが現に目の前にあるホットドッグは存在している。それに肉を構成する要素は鉄や銅とは違い複雑だから、仮に昨日教えたコツを用いようとも、新伝に作ることはできないだろう。
一口入れる。この肉汁、良いな。熱が程よく帯びており、旨さが口に広がっていく。それにパリッとしたレタスがいい食感のアクセントとなり、もう一口を誘う。一瞬で食べ終わってしまった。
「んー!うまい!」ともう一つのホットドッグを新伝が美味しそうにほうばっていると、階下から人の声がした。どうやら食堂にある売店からの帰りらしい。そのなかの一人の男子生徒が、新伝を見て手を振った。
「おお新伝、俺のホットドッグ旨かったか?」
「ああ、とても美味しかったよ。ありがとうね。調理実習とは思えないや」
と会話を交わして、男子生徒たちは去っていった。どうやら調理実習で作ったソーセージを用いたホットドッグを譲ってもらったというのが真実らしい。
「彼は今朝コッペパンとレタスを袋に提げていたようだから、もしかすると何か美味しいものでも作るかもって思ったんだ」
そのお零れに預かったと(そして俺はお零れのお零れに預かった)。断片的な情報を入手し、それを元に自分の利益を生み出す。俺は目の前の女の子のそういう明晰さをとても尊敬することができた。
「で、物は相談なのだが、放課後新聞部に来てほしいんだよ。部員に誘っているわけじゃないんだけどね」
「なら俺に何を期待しているんだ?」
新伝は、教室で俺に話しかけてのと同じような、神妙な顔で呟いた。
「小野上
っという訳で、今新聞部に来ていた。まんまとホットドッグに買収されてしまった。旨かったけどね。
しかし気になるのは、新伝ではない。俺の周りにいる、新伝以外の女子3人の方である。何故彼女達も一緒にいるのだろう。そして、何故怪訝な表情で俺をチラ見するのだろう。
一人がしびれを切らした。
「ねぇあんた、本当に小野上に洗脳されてなかったんでしょうね?」
という疑問を抱いていたようだ。その言い方だと「いいえ」と言いづらいのが痛いところだが、この疑問は新伝が拾ってくれた。
「大丈夫、私が保証するよ。それに彼女に洗脳されている人は、嘘でも彼女に敵対することはできないから」
レオンを思い出す。オリエンテーションと称して、俺を巻き添えに生徒会長室に向かい、わざわざ踏まれに行ったあのレオンを思い出す。彼女の言うことは真実だな。うん。残念なことに。
新伝は「あ!」と思い出したように、俺に言った。
「ごめんね、彼女達を説明していなかったね。ちなみに新聞部じゃないよ」
ツインテールで金髪の子が「アシュリー」。
大きい丸眼鏡のお下げの子が「立花京」。
短髪で日焼けしている子が「金城姫」。
特徴と自己紹介を終えたところで、新伝が重々しく言った。
「皆、小野上によってパートナーを奪われてしまった人たちなんだ。サツキ同様、私が協力を要請した人たちだよ」
そして君には、小野上を生徒会長から下すための案を、男子目線で意見ほしい。とのことだった。小野上を支持する人のほとんどが男子。そんな男子の心を変えることでしか、小野上を陥落させることはできない。そういうことか。
だが、一つ疑問がある。
そうだ、俺たちは一丸となって、男女を分断させてしまった小野上を陥落させなくてはいけないのだ。
あれ、俺の目的って、そうだったっけ?
でも皆がそういっているし、ネットでも小野上への風当りもきつい。なら生徒会長として相応しくないのだ。彼女の退陣こそ、心理塔の浄化に一役買うことができると考えていいだろう。
「今日皆にはそのアイデアを考えてもらったからさ、サツキには、男子としての意見を聞きたいんだ」
男子目線での意見か。確かにそれは重要だろう。かつての選挙で男子票を余すことなく獲得し生徒会長という座に登り詰めた
「しかし、何で学園祭の前にそんなことするんだよ、普通は生徒会の選挙があって、その前にするもんだろ?」
という疑問に、新伝が答える。
「この学園では、学園祭と同時に生徒会選挙が行われるんだ。普通なら生徒会の立候補が宣伝しているらしいんだけど、今は小野上の独壇場で誰も立候補しなくてね、今年は学園祭一色のお祭りになりそうだよ」
男子が
なら生徒会長以外のメンバーの立候補がありそうなものだが。そう疑問を投げかける前に、新伝が先回りして言った。
「それに小野上が校則を変えて、生徒会のメンバーを生徒会長が決めるようにしたから、他の役職も立候補できないし。生徒会は今や小野上の私物になっちゃってるんだよね」
その声音には呆れが込められていた。だがすぐに真剣な表情をしてこちらに向くと、頭を下げてお願いされた。
「お願い、私たちと協力して、小野上から皆を救ってほしい」
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