生徒会長の魅力

 生徒会長室。扉の上にプレートがそう立て付けてある。もうその時点で「生徒会『長』室ってなんだよ!」というツッコミを入れたくなる異様さなのだが、そこから下も負けず劣らず、普通ではなかった。


 扉はショッキングピンク色で、光沢を出すために漆が塗りつけてある。いくつものダイヤモンドが扉が左右対称なようにはめ込まれていた。さらにドアノッカーをライオンの彫刻が咥えている。扉だけでいくらするんだよ。という具合の豪華仕様になっていた。


 ...いやまて、ダイヤモンドが高級だと誰が決めた?ここは異世界だ。前の世界で価値が高かったからといって、この世界で価値が高いとは限らない。


 例えば、異世界では大聖霊の魔力が込められた、引き込まれる鮮やかな黄緑色に輝く水晶があったとしよう。それは異世界では国宝級の値がつけられているとして、それが地球でどのように値がつけられるだろうか。


「大聖霊?知らんわ。ただの綺麗な石じゃねーか」


 となる。それはそれで値が張るかもしれないが、小遣いが稼げる程度だろう。


 逆もまた然り。ダイヤモンドがこの世界で高価かどうかは分からない。1つ確かめてみるか。もし高価ならば、高価であると分かっていて装飾していることになる。つまり、生徒会長は転移者の可能性が高い。


「なぁレオン、このダイヤモンドはこの世界ではどれ程の価値があるんだ?」


「ダイヤモンド?そりゃ高価だろうよ。具体的に1カラットでいくらなのかは分からないけれど、高いことは高いさ。だからこそ生徒会長に相応しいんだ」


 そう言うと、ワクワクソワソワが収まらない様子で、また扉に向き直った。


 どうやら第二世界でもダイヤモンドは高価らしい。となると、生徒会長が転移者である確率は更に高くなった。と言っても、ダイヤモンドは炭素の塊なので、物質創造するにはかなりやり易い部類である。どうしても生きるのに苦労する状況に陥ってしまったならば、ダイヤモンドを生成して生計を立てるしかあるまい。


 それはさておき、この扉の向こうにいる生徒会長が転移者であろうとなかろうと、この国の人の心の汚れに関係するかは分からない。だから転移者でなかろうとも、油断ならないのには変わりはないのだ。


「いいか、ノックするぞ」


 レオンが緊張感をピリピリと発しながら(緊張を無意識に創造しているためか、物理的なピリピリが伝わっている)、ダイヤモンドで彫られたライオンの咥えるドアノッカーで、数度叩く。


 コンコン。静寂が数秒。その間に、レオンは恭しく、まるで神前であるかのように、ゆっくりと頭を腰の高さと同じくらいまで下げた。目の前に賽銭箱があったならば、一万円札を隙間に滑り込ませていたことだろう。それほどの集中力がその直角にはあった。


 そして、賽銭箱の奥にある、普段は開かれない神様が住んでいそうな神社の扉が開かれたように、そのダイヤモンドが埋め込まれた扉がゆっくりと開く音がした。頭を下げて正面が見えないので何とも言えないが、間違いなく誰かがそこにいる。部屋の向こうにあるであろう窓からの陽光が、本当に神様が来たのだと思ってしまうような、後光。そして、足が見えた。後光のせいで陰っているものの、目を凝らすと、爪先が緑色の上靴の中にある白いソックスが、足首辺りまで伸びているのが分かった。ということはスカート、女子か?


 そしてその上靴が視界の上に外れたかと思うと、隣のレオンが、


 ズン!という鈍い音と共に崩れ落ちた。


 亡骸(死んではいないだろうけれど)の下には、先程の上靴が乗せられている。それも踵がグリグリするような足の角度。爪先がやや上を向いている。つまりこいつ、礼をしているレオンにかかとおとしを決めたのだ。


 ゾワッ!悪寒が背筋を走る。そしてこれから先の、嫌な予感が頭に過った。俺は胸ポケットの手を入れて、カチッとスイッチを入れる。


「レオン!」


 体を起こそうにも、踵が邪魔で起こすことができない。仕方なく急ぎ後退して、俺は礼の姿勢を起こして体を上げた。そして扉の向こうにいた生徒会長を見た。


 見た。


 見て、しまった。


 それは、お美しい天女が卑しい愚民をお踏みつけなさる、それでもうっとりとため息をせずにはいられない景色がそこにはあった。まるで絵画の中に迷い混んでしまったかのような、異世界よりも異世界な様子だった。


 思考が、止まる。動けない。


「また転校生のオリエンテーションと称して、わたくしの部屋を訪ねたのね、かわいい忠義だわ。でも同じことを繰り返されると、飽きて潰したくなっちゃうから、次からは気を付けなさい。このゴミムシさん」


 ゴミムシさん!?酷い悪口な筈なのに、地に伏しているレオンのことが無性に羨ましく思えた。生徒会長にその存在を認識して頂くなんて、喉から手が出るほどの喜びじゃないか。


「で、あんたが転校生ね、......もう言うまでもないと思うけど、これから私のためにその人生を捧げることを許すわ」


 生徒会長に、まさか俺ごときの人生を費やすことをお許しくださるなんて。感謝感激で涙が出る。そんな嗚咽混じに、感謝の意を述べた。


「ありがたきお言葉、光栄に思いまぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 俺が口を開きかけた瞬間、体中が震え、痺れ、雷に打たれたような衝撃が、胸ポケットから発生した!


「え、ちょ何!?」


 急な奇異な叫び声をご傾聴された生徒会長は、一歩また一歩と後ずさりする。だが俺はそんなの知る由もなく、体勢を保てず膝をついて上半身ごと倒れる。そして痺れの苦しさが我慢できず、俺はゴロゴロと体をどこへともなく転がした!


 ドン。


 そして、二本の暖かい、そして細い何かにぶつかった。一体何にぶつかってしまったのか、と目を開くと、視界の端に白い綺麗な足か視線の先に伸び、そこには、宇宙が広がっていた。それは小さな宇宙。人類が決して到達することのできない次元。よく見るとかわいらしいイチゴの惑星が白地に漂っており、そんなイチゴ銀河は、目を離すことのできない、人知を超えた───────。


「何覗いてんだぁ!!」


 頭を思いっきり蹴り上げられた。そのまま生徒会長室の反対の壁に顔を叩きつけられる。思ったよりも宙に浮いたためか、ぶつかった衝撃以上に、そのあと重力によって廊下に落ちた時の衝撃のほうが思いのほかきつかった。


「ぐふ、」


「信じられない、お、おおお前は絶対に許さない、退学させてやる、覚えておけよ変態野郎が!!」


 バタン!!


 ケンゴが踏みつけられ、俺は蹴り上げられ、生徒会長はスカートの中を覗かれ、誰も救われないオリエンテーションは、これで幕を閉じたのだった。


 ──────────────


「良いなぁ、腹蹴りって俺されたことないからよぉ」


「良かったな、今度蹴られると良いよ。宇宙が見えるから」


 羨ましそうによだれを垂らすレオンの言葉を、俺は呆れてあしらった。


 あのまま戻ってこられないかと思ったけれど、何とか意識を回復させることができたようだ。


 この「意識を回復」という部分は、決してレオンのように、生徒会長から暴力を振るわれて、その気持ちが成就した喜びから失神からの回復と言うわけでもなければ、俺が生徒会長のスカートを見た直後、腹を蹴られて(その気持ちよさは勿論感じることはできず)、その痛みによる失神からの回復というわけでもない。


 俺は、生徒会長の前で顔を上げる瞬間に、嫌な予感が過ったのだ。それは、俺の意識そのものが消えかねないような、そんな嫌な予感。


 意識に対する不幸というのは、人間には結構訪れる。軽い場合でいけば、通勤通学で眠気を催し、電車を何本か乗り過ごしてしまうこと。重い場合だと、ある家電量販店で高い買い物をしようとしていた時、強盗に遭って催眠ガスを散布された時である。


 この時は本当にやばかった。その時に持っていたモバイルバッテリーが、急にショートを起こして発電発熱。そうして体に激しい痛みが入ることがなければ、そのまま眠らされて人質にされたことだろう。 起き抜けに何とか店を脱出し、中の強盗の人数や人質の人数などを通報することができたわけだが。


 その経験から、意識を喪失した時に、無理矢理にでも意識を覚醒させる道具を開発する必要があると考えたのだ。それがこの黄色い玉、名付けて「不幸対策七つ道具、その三『ショックボール』」である。


 これの一押しポイント。スイッチが押された時、そのスイッチを離すまでの秒数が、離した瞬間から電気が流れるまでの時間となる。それによって、万が一密閉空間で催眠ガスが起動しても、自分の意識が失われるまでショックボールを握りしめることで、いい感じの時間で電気が流れ、目を覚ますことができるのだ。


 更にお金が掛からずリーズナブルな素材で作成することができたため、この世界でも物質創造することができたのは助かった。電力ばかりはクリエイトエナジーを直接変換するしかできなかったのだが。


 そんなショックボールを使わせるまでの能力を、あの生徒会長は持っていた。能力というのか、魅力というのか。それはよくわからない。いや、その魅力によって魅了することそのものが、彼女の能力なのかもしれない。彼女が転移者ならば、固有スキルと呼ぶべきか。


 となると、そうとう危険である。彼女の異常さを一刻も早く知らせなくては。俺はレオンにトイレを申し出て、トイレの中で、スマホ、いやスマデンを取り出す。


 隠れてスマデンを弄ろうとした時、


「連れしょんしよーぜ!ってあれ、サツキも持ってんのかよ」


「ちょっ!」


 見られた、嫌な予感は全く感じなかったのに。だがこれはまずいぞ、チャット画面を開く手前だったが、そもそもこの世界にスマデンはない、と思う。あるなんて聞いたことがない。ディネクスが新しく開発したデバイスなんだ。確実に怪しまれる。


 いや、あれ、「サツキ『も』」?再びレオンを見やる。


「実は俺も隠れて持ってんだよ」


 笑顔でレオンが、俺が持つのと同様の、生前でよく見た板を取り出した。まさかレオンも持っていたのか、スマデンを!?


「いやー、学校で禁止なんだもんな、そりゃ隠れて弄りたくもなるよな、『クレホ』」


「だからなんでスマホじゃねーんだよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る