レッツ!オリエンテーション!

 生徒指導室でカレンと別れてから、俺と優は先ほどの教室、2-Aに戻っていた。


 だが扉をくぐることはできなかった。廊下も学園祭の準備スペースとなっており、足場が取られていたからだ。猫がドミノだらけの道を、ドミノを倒すことなく歩くことができる動画を見たことがあるが、その時の猫のような抜き足差し足で、なんとか教室にたどり着いた。


 中ではクラスメートの皆がせっせこせっせこと段ボールを切ったり貼ったり、画用紙をチョキチョキチョキチョキしたり、ガムテープをペタペタペタペタと、ワクワクさんが道場でも開いたかのような、そんな風景だった。ゴロリ君がいたならば...図体がでかくて邪魔だろうな。


 作業の一つ一つを見ているだけでは、このクラスが何を催すのかが分からないので、教室にいる、作業をしているかと思いきや、作業をしている他の男子生徒と談笑しているレオンに聞いてみた。


「一体このクラスでは何を催すんだ?」


「おお戻ったか二人とも」


 質問に回答するまえに、俺たちの存在に今気づいた様子だった。授業時間とは違いハキハキとした口調で、心なしか目がぱっちり開いている。居眠り効果だろうか。机に突っ伏しての昼寝はさぞ寝づらいだろうに。


「優ちゃんはもう知っていると思うけど、俺たちは来週の文化祭で『メイドノミヤゲニオバケヤシキッサテン』を催すつもりなんだよ」


 得意気に放たれた早口言葉な回答は、濃密な情報量を秘めていた。一文字も耳に入らなかった。かくいう優もきょとんとしている。


 って前に受けた説明絶対頭に入ってないじゃねーか。いやそら入らないだろうよ、漢字の大切さがよくわかるわ。すもももももももものうちって平仮名で書かれても一見分かんねぇもんな。それと同じ現象に陥っていた。


「レオン、ごめんもう一度言ってみてくれない?できたら小学五年生に説明するように、ゆっくりと丁寧に」


 額に手をあてて、俺は再度聞いてみる。


「ん?あぁ、要するにお化け屋敷の雰囲気でメイド喫茶をするんだよ」


 なるほど、ド定番をくっ付けてやったわけね。そして「メイド」と「冥土」を掛け合わせたと。だから「冥土の土産にお化け屋敷茶店」なのか。駄洒落が好きそうな奴が企画したな?


「優ちゃんは塗装班だから、そっちよろしくね」


 というと、優はうん!と快く返事をし、またねと手を振ってトテトテと立ち去った。役割があることは良いことだよな。


 で、俺は一体どんな役割があるのだろうか?とレオンに顔を向けると、得意気に親指を自身に突き立て胸を張った。


「サツキは俺と一緒に学校のオリエンテーションに来てほしいんだ、転校生には学校の紹介をするってのが定石でね」


 そのために俺たちを待っていたから、作業をしていなかったのだと、わざわざ付け加えた。わざわざ付け加えないとさぼっているように見えるという自覚はあったようである。


 学校案内か。確かにどんな教室があってどういったものがあるのか、少し興味がある。理科室とかあるのかな?魔法室とかもあるかもしれない。ワクワクである。



 ──────────────────



 体育館シューズが床を踏みしめる音、タップダンスのような快活音、ビニールテープが割かれた、チアリーダーのポンポンのワシャワシャ音や、「なんでやねん!」という大きな声。様々な音が、この広い空間では無差別に反響していた。


 レオンに連れてこられた最初の場所は、講堂だった。それも結構な大きさの講堂。体育館としても使われており、コーティングされた木製の床には!ビニールテープでバスケットボールやバドミントンのラインが引かれている。バスケットゴールは四対ある。色んな競技が楽しめそうだ。


 そんな体育館での練習風景を見て、レオンは目をキラキラさせて感激していた。オリエンテーションは一応俺のためにあるんだよな?一抹の心配が過る。


「来週の文化祭開会式もここで行われるんだ。始まるとショーとかダンス、漫才のステージもあるんだぜ?」


「ほほう、漫才とな」


 適当な会話を続けながら、俺たちはスリッパに履き替えて、下靴を持ち、講堂内の中の、もうひとつの出入り口に向かう。オリエンテーションのルートにしては、やけに変な道を行くものだ。


 中を歩いていると、ちょうどレオンの言っていた漫才の練習が見えた。二人のセーラー服の女子が壇上に立ち、本番に向けてのイメージトレーニングをしている。



「それが何やったか思い出されへんらしいねん」



「そんなら私が思い出すの手伝ったるから、どんな特徴があるのか言ってみてよ」



「おとんが言うには、鍋敷き無いときに便利やって言うねん」



「新聞紙やないかい、新聞紙はね、テレビ欄見終わったらあとは鍋敷きとか割れた食器包むときに使ったりと汎用性高いのよ」



「でもおとんが言うには、紙飛行機作るには最適や言うねん」



「ほな新聞紙と違うかぁ、あれはふにゃふにゃで紙飛行機には向かんからなぁ」



 どこかで聞いたことがある漫才スタイルで、女子二人がちゃくちゃくと言葉を交わし合う。それを見て、レオンは顎をあんぐりと開けて肩を落とした。


「やべ、クルミガールのネタ見ちゃった!楽しみにしてたのに!」


 なら通らなきゃいいだろうに。そう思いながらも、彼の厚意によってオリエンテーションがなされているため言葉にはできない。そんなレオンに続いてスリッパから下靴に履き替えて、次の場所へ向かうことにした。


 体育館を抜けてしばらく廊下を歩いていくと、別校舎へ続く渡り廊下があり、それを抜けてしばらく廊下道は続く。


 そしてたどり着いた第二の場所が、新聞部だった。転校生のオリエンテーションって何だっけ?普通に考えて、新しい学校のことを知ってもらおう!みたいな意味があるのだと思っているのだが、それで新聞部か。絶対相応しくないな。確かに情報が色々とありそうだけれども。


 机を四つ組み合わせて大きな机を作り、部屋のど真ん中に配置して大きな真っ白い紙を広げている。それには四角いパズルピースのような線が引かれていた。紙面の割り振りを決めているのだろう。


 そのほかに、ホワイトボードには来週の文化祭で催されるイベントの予定表があり、そこから派生して、何が注目なのか、イベント参加においての注意点などが書かれていた。これらを新聞の紙面に載せる予定なのだろう。


「よう新伝、遊びに来たぜ」


 もう隠してないな、遊びにって言っちゃったなこいつ。そんな陽気なレオンの呼び掛けに、新伝は、手元のノートにしては小さめなサイズのメモをパタンと閉じて顔を上げた。静かに笑顔を作り、レオンに対して微笑み返す。


「やぁ、オリエンテーションって緑山さんの時も『引率したい!』って言ってたよね、またあの方に会いたいが為かい?」


「ば、バカ言え!これは俺の慈善魂がそうさせてるんだ!」


 陽気さと嘲笑を織り混ぜた新伝。カチャリと眼鏡を押し上げて、呆れた表情を浮かべている。レオンは彼女の言葉をごまかそうと、適当な言葉を口にしていた。だが新伝の言葉のなかで、1つ引っ掛かるものがあった。『あの方』?誰のことだろうか。


「こんにちはサツキ君、ようこそ新聞部へ。ここでは毎日学校に関するニュースを重要事項からどうでもいいことまで公開する部活だよ」


 そのための情報収集は怠らないのだ。と付け加えた。彼女には情報収集能力においてはそうとうな自信があるらしい。笑顔からは、そういうアイデンティティーを持っている雰囲気がした。


「私の情報によると、サツキ、君は物質創造ができるそうじゃないか」


「ちょっ!お前マジかよ!」


 レオンが目のたまが飛び出たような驚きを見せた。確かに俺も驚いた。物質創造ができるかどうかなんて、どうしてわかる?さてはカレンか優辺りが口を滑らせたな?


「転移者でも難しいんだぞ?なぁ?」


「ん?あぁそうらしいね」


 レオンの言葉に、新伝は何やら歯切れの悪い返事をした。それにしても、そこまで騒ぐことなのか?物質創造というのは。


「サツキにはピンと来ていないらしいから説明すると、物質創造っていうのはこの世界ではとても難しいことでね、現実で例えると、幼稚園で逆上がりができるレベルだ」


「滅茶苦茶難しいじゃねーかよ!!」


 幼稚園で逆上がり。


 逆上がりとは、鉄棒を軸として、足で地面を蹴りあげることで自身の体を一回転させる高等技術である。逆上がりは大人でも難しく、人類で可能な者は世界でも2割あるかどうかだと言われている(個人の感想です)。それを幼稚園児が成したとなれば、奇跡といって差し支えないだろう(個人の感想です)。


「分かってくれたようだね、実際に何か作ってみてよ」


「そ、そうだ!やって見せてくれよ!」


 レオンも新伝に続いて物質創造を煽る。たく、仕方がないな。


 俺はあたりを見渡す。ホワイトボードと四つの机が合体した大きな机、そしてその上の画用紙。ホワイトボードの裏には、使われなくなって久しそうな、大きな黒板があった。


 そうだな、俺の初めての物質創造もこれだったっけ。


 俺は手のひらを見る。イメージする。手には世界に漂うクリエイトエナジーが収束し、それはチョークの構成要素を構築していく。そして、白くて直径1cm、全長5cmほどの円柱を作り出した。


「おお!マジかよ本当に出た!チョークだ!」


 レオンが俺の手のひらを見て興奮を抑えきれない感じだ。両腕をブンブンと上下させている。その横で、新伝が目を丸くしていた。本当に驚いているようだった。その興奮を理性的に抑え、理知的に質問した。


「な、何かコツってあるの?それってどういう原理?」


「コツ?強いて言えば、構成要素が単純なモノなら簡単にできるってことくらいかな」


「構成要素、なるほど、それでチョークか」


 それでチョークか。その言葉を聞いて、新伝はきっとチョークの素材くらいは知っているのだろうと感じた。流石は新聞部だ、その手の雑学は抑えてあるということか。


「あ!もうこんな時間だ!おいサツキ、早く次行くぞ!」


「え、ちょ──」


 新伝から垣間見えた博識さに関心しているのも束の間、レオンは新聞部の掛け時計を見て、俺の腕を引っ張った。部屋では俺が物質創造したチョークを持って、呆れた顔をした新伝が、俺たちに軽く手を振っていた。


 ────────────────


 次なるオリエンテーション場所は、美術室だった。目的地は入るまでもなく、鼻にツンとくる絵の具のシンナー臭が、美術室を想起させたのだ。そもそもここは講堂から移動して、別校舎となっている。もしかしたらこの校舎はいわゆる部室棟なのかもしれない。


「なぁ、これ本当にオリエンテーションになっているのか?もっと行くべき教室が有ってもいいと思うんだが、職員室とか、保健室とかさ」


 道すがらレオンに問いかけると、ワクワクドキドキとしている表情がきょとんとなり、首をかしげた。


「──オリエンテーション?」


「...え、」


 目と目を合わせて数秒沈黙が過ぎる。


「あー!オリエンテーションね!美術室なめんじゃねーぞサツキ!失礼だぞ!」


「美術室を貶した覚えはねぇ」


 明らかに、主な目的であるオリエンテーションを忘れているリアクションであった。冷や汗びっしょりだ。


 それでも歩みを止めないということは、単に時間稼ぎが狙いか?文化祭の準備をサボるための。


 だが、それならばもっと道を曲がりくねっても良いように思えた。ここまでの道のり。体育館から別校舎への渡り廊下を経て、新聞部にたどり着き、そして美術室に向かおうとしている。どれも二階のフロアから上がったりも下がったりもせず、ただ道をまっすぐに向かっていた。その行為からは、時間稼ぎというよりは、目的の場所に向かうために、最短距離を選んでいるようにも思えた。だって最初からそうだ、体育館の中を通り抜けるなんておかしな道のりにもほどがある。


 そうこう勘ぐっている間に、シンナー臭が一層きつくなるのが分かった。レオンがいつの間にか、美術室の部屋を開いていたのだ。


「よ、筆ヶ谷ひつがや


 部屋は木製の机や椅子が、扉から見て左右の隅に寄せられており、真ん中には大きなイーゼルがドドンと鎮座していた。このイーゼルのために机が移動させられているのだろう。そしてそのイーゼルには白い裏地があり、それに隠れるように、一人の人間の足が下から覗いていた。


 窓から差し込む陽光が、チラチラと埃を照らし出す。それもゆっくりとした動きの埃。全く無駄な動作なく絵を描いているのだろう。周囲の空気が最低限にしか揺れていないのだ。それほどまでの集中力が感じられた。


 光る埃が、その速度を増して、俺とレオンのいる出入口に流れ込む。


「入ってくるなって前も言ったよな」


 声音は少年のあどけない高音。だがその声に乗せられた感情は真逆の緊張感を放っていた。


「いやー、わるいわるい、ここが通り道なんだが、オリエンテーションっぽい場所ってあとはここくらいしかないだろ?アハハ」


 そんな緊張感の背中に冷や水を注ぎ込むのは、このレオンという男である。


「それにどうせ恋華れんかの所に行くんだろ?懲りないな」


「ちょ、ば、バカお前、オリエンテーションだっつってんだろ?生徒会に行くのはただそういう理由ってだけだ。っていうか気安く名前で呼ぶんじゃねぇ!」


 足をばたつかせて、良くない汗を出して取り乱すレオン。生徒会というのは、オリエンテーションに扮してまで行きたいところなのか?それに「恋華れんか」とは誰のことだ?さっき新伝が言っていた「あの方」のことだろうか?


「どうでもいいが、その転校生は男だろう?単なる布教活動にしか見えないよ」


 まだキャンバスの裏から語りかける筆ヶ谷ひつがや。その声音には顔を見るまでもなく呆れが染み付いていた。


「さ、さてサツキ!オリエンテーションも大詰めだぜ!次は生徒会長室に行ってみよう!」


「閉めてけよ」


 あわてて誤魔化すレオンが、回れ右して俺を引っ張る。最後の言葉には、前にも閉めて行かなかったのだろうか、恨みがましい感情がこもっていた。引っ張られながらも、俺は扉を半ば強引に閉めるしかなかった。

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