授業は真面目に聞きましょう
「はい、では教科書の23ページを開いて」
教壇の上に立ち、左手と左肘の内側で器用に教科書を支えながら、チョークをカツカツと黒板に叩きつける。カレンはある程度板書を終えると、チョークを持つ右手の小指でメガネの中心をカチャリと上げ直した。
「昨日のおさらいからね、この世界で言うところの魔法ってのは、空気中に漂うクリエイトエナジーを、人間の想像力によって想像通り具現化させたモノを指します」
炎を想像すれば炎を、水を想像すれば水を生成することができる。さらに構成要素を熟知していれば、鉄や銅を混ぜて想像することで鋼を作り出したり、さらに複雑なものならば、シャボン玉液をも想像することができる。俺の「不幸対策七つ道具その五、シャボンミラージュ」も、前の世界で俺自身が開発したからこそ、構成要素を熟知していたお陰で創造することができた。
カレンは話を続ける。
「魔法の属性は五種類ありますが、レオン君、答えてみて」
カレンは前の席の端っこで立てた教科書を隠れ蓑にして居眠りしている男子生徒を指差した。だがその声に反応する素振りはなく、隣の女子生徒が肩を叩いて耳打ちしている。どうやら質問の内容を話してあげているようだ。それは優しさじゃねーぞ。
「んあ、えーと、炎、水、雷、大地、風ですよね、それくらい分かりますってーw」
ケラケラと笑い、当然のように回答するレオン。そこんところの基礎はあるようで、そのことにカレンもうんうんと得意気に頷く。そして続けざまに質問した。どうやらこれが本命の質問のようだ。
「そうね、では何故その五属性が基本の五属性なのか、その理由は分かるかしら?」
ビクッと、レオンの顔がひきつる。どうやらわからないようだ。ちなみに俺も分からない。そういえば何も言っていなかったような。
「ま、隣の滝本さんに免じて今日は大目に見ましょう。この五属性はどれも自然界で目にしやすい、感じやすい物質なのよ。炎はそもそも太陽があるから熱を感じやすいし、水は人間にとっては必須だし、雷は天気が荒れたら必ず見れるし、大地はいつも私たちが踏みしめているし、風はいつも感じられる。このように、私たちが想像しやすいからこそ、基礎として確率しやすいの」
その中でも比較的水は想像しやすいけれど、雷はやや想像しにくいわね。と付け足した。初耳ながらも納得できる。人間がよく見聞き出来るからこそ、イメージしやすい。つまり創造しやすく、クリエイトエナジーによって具現化しやすいということだ。なるほどなぁ。
では次、これは予習をしているかどうかを問うわね。と前置きを入れた。クラスの空気がざわめく。
「転移者とそうでない者の違いって何でしょうか?」
周囲のクラスメートが一斉に教科書を広げる。カンニングしようとするパラパラ音にカレンは苦笑いしていた。だが一人だけ手を上げる者がいた。
「はい、それは天が人間を創造したか、昔の転移者の子孫か、の違いです!その性質は創造による魔法と同様、転移者は元はクリエイトエナジーから作られています!」
ビシッ!と簡潔に答えたのは、おかっぱ頭で小柄な女子生徒。見た目はとても真面目そうで、小学三年生男子にしてぐるぐるメガネを描けさせれば、ちょうど丸尾君になって今から次期委員長の票集めに勤しみそうな、そんな勤勉さが感じられた。
彼女の答えに、カレンは満足げにうんうんと頷く。
「新伝(しんでん)さん、素晴らしい回答ですね!」
「ってちょっと待てぇ!」
聞き捨てならなかった。というかさらっと重大な情報が聞こえた気がした。思わず立ち上がる。
「え、うそ、俺らって元々はクリエイトエナジーだったの?つーか固有スキルってなに?」
俺「ら」というのは、隣の席に座っている緑山優のことを指している。彼女も同じく転移者であり、かつてディネクスでは記憶を奪われたり取り戻したりと、精神的にかなりのアドベンチャーをしていた転移者だ。
「でも確かに、あり得るかも」
優が俺を上目遣いでこちらを見る。
「納得しちゃうんだ、ちなみにその心は?」
「ほら、私この前大きな熊さんと融合したよね、それって元々クリエイトエナジー?っていう力で共通しているから融合できたのかなって」
言い得て妙だった。確かに今まで学んだこの世界の概念からして、人が何かと合体するなんてのは、創造という、0から1を生み出すそれとは一線を画する。しかし熊と優が同じ元クリエイトエナジーの存在とするならば、その共通項を通じて融合することができたのかもしれない。コーヒーと牛乳が、同じ「液体」だから混ざることができるのと同じ原理なのかも。
まぁここは異世界だ、その「共通項」が必ずしもなければいけないとも限らない。常識に囚われていては、この世界では生きていけない。
優の返事は俺に語りかけられたはずなのだが、優の何気ない言葉は周囲の関心を強く引き付けた。
「えぇ!?優ちゃん動物と合体できるの!?」
「優ちゃんの固有スキルすごい!」
「猫と融合したらかわいいかも!」
どうのこうのと騒ぎだした。彼らにとって固有スキルというのはそれほどまでに目新しいのかもしれない。
というか、
「あの、俺にはないんですけど」
クラスメートに囲まれている優の隣で、俺は机に突っ伏す。おかしいぞ、固有スキルってそういう感じなの?あったりなかったり?異世界特有のギフト的なのないの?何だよこの、早期購入特典貰えなくなった次の日にゲーム買ったような、この損した感じは。
「おほん、ま、彼らの通り固有スキルというのは、発現したりしなかったりと色々あります」
カレンはパンパンと手を叩き、生徒達を座らせて言った。雑に終わらせやがって。そして続ける。
「というのも、転移者は生前の、それも魔法が使えない世界で生活した記憶があります。その時に培われた想像する力は、この世界で産まれた人間よりも質が段違いに高いの。その想像力がこの世界で活かされることで、『固有スキル』として発現したと言われています」
想像力の、質。その言葉に合点がいった。俺が容易く魔法を行使することができたのも、その質が他の人と比べて高いからだったのだ。
おおぉ、と周囲の感嘆が優と俺に向けられるのが感じられる。
「転移者とそれ以外の違いはこれくらいにして、ここからが本番ね。教科書の25ページの──」
それからしばらく授業が進行し、キーンコーンカーンコーン。というチャイムと共に授業が終わった。
授業が終わり、それから終礼が終わったと思ったら、皆が段ボールを取り出したりカッターを取り出したりと忙しく作業に取りかかり始めていた。この雰囲気、何だ?
「な、なぁ、これ何が始まるの?」
俺だけ知らないのって何か恥ずかしいので、側にいた優に耳打ちすると、優はビクッ!とビックリさせてしまった。顔を赤くしながらも、俺がしたように、耳元で囁く。
「ら、来週の文化祭の準備するんだって」
「お、おぉありがとう」
俺から仕掛けたにも関わらず、囁きに対してビックリしてしまったが、要するにそういうことだそうだ。俺の高校生の時の記憶にも、似たような風景があった。そういえばこの記憶も創造されたものなのだろうか?
「サツキ、優、ちょっと来て」
ふと考え事をしていると、教室の扉の向こうで、段ボールのような箱を片手で抱えたカレンが、手招きしているのが視界の端に写っていた。どうやら俺と優、両方に用事があるようだ。
────────────
カレンに呼び出されて来たのは、生徒指導室と書かれている教室。古来より生徒指導室というのはろくな事がないことで知られており、呼び出されるということは、何か悪いことをしたのではないか?という不安を煽るものだが、カレンの語気からして、俺が何かやらかしたということではなさそうである。
生徒指導室に入ると、二人座れるふかふかソファが、向かい合うように机を挟んでいた。扉の向かいの窓から射し込む陽光が机の表面を琥珀のように照らしている。
「ま、座って」
と言いながら、箱を机に乗せてずしりと座る。箱が置かれたことで、卓上の埃が舞い上がっていた。続いて俺たちも座る。そのタイミングでカレンはメガネを外した。さしずめ教師モード解除といったところか。
「サツキには言ってなかったけれど、私たちがこのグリストンに来ているのは、ディネクスのギルドの依頼なのよ」
「依頼?」
「そ、王様から、グリストンに単独で潜入してる人がいるからサポートしてやって欲しいっていう依頼」
「あいつの差し金かよ」
俺はつい頭を押さえた。
あいつ。とは、ディネクスという国の王、オウグである。
彼はディネクスで、転移者の記憶を盗むことで、転移者が抱える嫌な記憶を奪い、第二世界で平穏に暮らさせる政策を取っていた。その理由は、転移者は自身の嫌な記憶によって自傷行為を引き起こし、死に至る可能性があったからである。
しかし、俺はそのオウグに、転移者の記憶を奪わずとも、心の支えを作ることで転移者が自傷行為を起こさずに済むことを見せつけた。それにより、オウグは記憶を奪う必要がなくなったのである。
そんなオウグは俺にちょっとした恩を抱いてくれているようで、俺がグリストンに潜入し、人々の心の汚れを調査したいと言ったら、至れり尽くせりなサポートをしてくれた。お陰で難なく転校することもできたし、教科書や筆記用具も用意してくれた。
だが、こいつらが来ていることは何一つ聞いていないが。あいつめ、サプライズで言わなかったな?
「ま、とにかく私は教師の立場から、優とサツキは生徒の立場からこの国の内情を探るのよ。その時に情報交換は欠かせないわ。だからこれを渡そうと思ってね」
バンバンと、カレンは箱を叩く。
「ねぇ、この箱って何が入ってるの?」
と疑問を呈したのは優だ。
カレンは箱を開く。すると中には白い緩衝材が敷き詰められており、カレンは手を突っ込む。そして取り出したのは、黒い板三枚だった。
いや、これをただの黒い板だと言い捨てるなかれ。今や人々にとってなくてはならない存在であり、プライバシーの塊。連絡手段もさることながら、電子決済から娯楽までをこの一枚で実現することができる万能アイテム。そう、スマホだった。
黒い板をかざして、カレンは得意げにスマホについて説明する。
「これは『スマート電話』、通称『スマデン』って言ってね、ディネクスで最近開発された連絡ツールなの。チャット機能も付いてるのよ」
「惜しい!」
机を両拳で叩きつけた。箱のスマホ、いやスマデンが少しだけ宙に浮く。
え、何が?とカレンはきょとんとする。きっとオウグは、転移者から奪った記憶によってスマホを、この世界で再現したのだろう。たが何故名前を変えた。
「まぁとにかく、今後はこのスマデンで私たちは連絡を取るの。対面では生徒と教師としての会話はできるけれど、ディネクスのギルドメンバーとしての会話が周りに知られると面倒だから」
なるほど、だからわざわざ生徒指導室という密室に連れてきたというわけだ。
カレンは用事が済んだということで、ささっと立ち上がり生徒指導室の扉の取っ手に手をかける。開く寸前、振り返ってジトーっとした視線を俺に向けた。
「取りあえず渡しておいたからね、失くすんじゃないわよ?」
「分かってるよ、現代人にとってスマホ...スマデンはかなり馴染み深いからな、失くしたりはしないさ」
「そんじゃ用事終わり!さっさと出て文化祭の準備しなさいよ、あんたらの役割は生徒達に任せるわ」
いつの間にかカチャリとかけていたメガネの向こうからは、教師としての優しい視線が送られた。様になってやがる。
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