ディネクスの秘密

「何だよ山田サツキか、つけてきたのか」


 目の前の若木のような細い男は、妖艶に笑い俺を見た。人が住む場所が全くないこの裏山は、人が一人や二人消えたとしても、誰にも気取られないだろう。奴はそういう場所に飼育員ちゃんを誘い込んだのだ。そして泥団子に閉じ込めた。


 木々の闇を背にして、カエルの被り物を頭に被る忍者のような男は、手の印を解きコロコロと、いやゲロゲロと笑った。


「ゲロゲロ!カエルで転移者が二人も釣れるとはな、願ってもねぇ」


 奥歯を力強く噛んでいた。こいつが、そうなのか?


「お前......お前がが転移者記憶喪失事件の犯人か?」


「当たらずとも遠からず。だな」


 カエル忍者は、どや顔で俺の問いに答えた。


「お前やカレンに俺のことも気取られてるとあっちゃ、早急に口を封じなくてはなぁ」


 やれやれと呆れるカエル忍者。忍者だからカレンのことも当然知っているということか。ってか俺の名前も知ってたもんな。ということは、俺の一挙手一投足を観察されていたということか。


「悪いことは言わねぇ、お前も大人しく捕まっておきな、そうすれば記憶ごと呪いを取り除けるからよぉ」


 呪い?記憶ごと?また何か異世界特有の新言語が出てきているのか?Google先生!翻訳おなしゃす!


 そんな便利な検索エンジンはこの世界にあるわけもないので、大人しく聞き返してみることにした。


「呪いって、何のことだよ」


「転移者はな、放っておくと死んでしまうのさ、己の魔力によってな。それが転移者の呪い、お前らの行き着く運命なんだ」


 指をピンとたてて、カエル忍者は得意気に答えた。その顔は人を人とも見ないような惨酷な表情。ではなかった。何か大切な使命を背負っているような雰囲気が感じられる。


 だが、死ぬとか運命とか、何を言ってるんだ?意味が分からない。俺は奴をキッと睨んだ。


「おいカエル忍者、脈絡が無さすぎるだろ、そんな嘘に騙されると思っているのか?」


「それがそうでもないんだぜ?イメージの力が常人よりも優れている転移者だからこそ、自らを傷つけるイメージが具現化しやすいのさ、詳細に自分が傷つくイメージを、な」


 自分が傷つく、イメージ?

 何だよそれ、まるで転移者が自分から進んで自分を傷つけているような言いぐさじゃないか。




 ──自分を、傷つける。


 人生が上手くいかなくて、誰も認めてくれなくて、誰も見てくれなくて、それでも誰かに認められたい。


 そんな自分が嫌で嫌で仕方がなくて、自己承認ができなくて、


 自らを傷つける。


 自傷行為。


 気づけば身体中から嫌な汗がにじみ出ている。呼吸も荒い。肩が激しく上下して、今にも食べたオムライスを戻したくなる。


 見かねたカエル忍者が、俺の返答を待たずして言葉を紡ぐ。


「言わずもがなかな?ゲロり。だが仕方がないのさ。この世界に転移してくる奴等は必ず前の世界で傷を負って来る。その傷があるからこそ、恨みが、怒りが、妬みがあるからこそ、その反骨精神がイメージを強くしてくれるのだから」


 だけど、とカエル忍者は続ける。夜よりも暗い、悲しい表情を浮かべて。


「そんな反骨精神を持てないやつもいるのさ。恨みを晴らしたいけれど、そんなことをしても時間の無駄だと諦める。だから胸の内に恨みのイメージが溜まりに溜まって、自分を傷つけちまうのさ」


 カエル忍者の声音には、少なからず慈悲の気持ちが窺えた。今にも涙を流しそうな、そんな表情。



「カゲロー、話しすぎだよ?さっさと捕らえて記憶を取り除かなければならないんだから」



 カエル忍者(カゲローというのか)は、慌てて振り向き、背後へと会釈する。


「お言葉ですが、彼には知る権利があるかと」


「だろうね、彼にも知る権利はあるだろう。だけど、信じることはできないよ。今までもそうだった」


 カゲローの顔は見えないが、遠目からだが、拳が強く握られているようにも見えた。


 木々の闇から、姿を表す。その男は肩賞をはめて赤いマントを羽織り、中には青い服を纏っている。


 赤いマントがヒラヒラと揺れる。片手には大きな本を携えており、カゲローの態度からして、この男が親玉であるということがわかった。それに大きな本、飼育員ちゃんが話してくれた記憶の中の犯人とも合致する。カゲローの『当たらずとも遠からず』とはこういうことだったのか。


 誘拐担当はカゲロー、そして記憶を取り除く担当が、


「初めまして山田サツキ君。余の名前はオウグ、ディネクス五代目の王にして、転移者を呪いから救う使命を継承する者だ」


 オウグは荘厳な顔に、ほんの少しの笑みを含ませていた。その出で立ちは、王様という肩書きを食うほどの器が見てとれた。


 一国の王。その男はそんな立場である筈なのに、国民の記憶を奪っているのだ。


「余は君達のような呪われた転移者達を救うために、記憶を奪っているんだ」


 ゆっくりと、しかし確実に歩みを進めていく。


 ザク。

 ザク。

 ザク。


 芝生が、豪華に装飾された靴に踏みしめられる。そして、オウグは気づけば俺の目の前に立っていた。いつの間にか、飼育員ちゃんを閉じ込めた巨大泥団子を通りすぎていた。


「信じろ、とは言わないよ。でも君たち転移者の死の運命を見過ごすことはできないんでね、大人しく受け入れてくれたまえ」


 動け、


 左手で本を開き、右手を俺の額に伸ばす。


 動け、


「さて、さっさと終わらせてしまおう。彼女の記憶を奪う時には邪魔者が入ってしまったからね」


「んんんぬぁぁ!!」


 指が、額に触れようとしたとき、やっとのことで体をのけ反らせることができた。


「はぁ、はぁ、」


 視線を決して反らさない。こいつに何をされたら記憶を奪われるのか分からないからだ。だから、警戒すべきなのだ。緊張すべきなのだ。


 仕方がない。と言わんばかりの残念な表情を露にし、オウグはこちらを見据えた。


「大丈夫だ、心配いらない。記憶を失っても生活できるシステムは出来ている。だから嫌なことは忘れて、幸せに生きてくれていいんだ」


 記憶を失っても、生活できるシステム。それはきっとこの国そのもののことを言っているのだろう。何故オムライスがそのまま異世界に存在するのか。何故黒板とチョークという文明があるのか。何故ギルドに酒場があるのか。


 何故転移者の記憶を奪われるのに、そういった文明が根付いているのか。


 それはこの王様が記憶を奪い、その記憶から文明を盗んでいることに他ならない。


 その上で疑問が残る。何故記憶を失わなくてはならないのか。何故記憶を失わないと、死ぬ呪いなんてのがあるのか。


 俺はその答えにたどり着くと、ムカついて怒号のように吐き捨てた。


「お前はそういう嘘をついて、文明を独り占めにしようとしてるんだろ!小ズルいな王様ぁ!」


 王は、それでも立ち退かなかった。残念そうな表情を浮かべ、やっぱりダメなのかという解りきった落胆の色がした。


「余はただ皆が幸せになって、健やかに生きてほしい。それだけなんだ。国は発展し、転移者達は死なずに済む。それに我が国の制度によって生活は保証される。これは君のためなんだ」


 王は至って真剣な眼差しだった。嘘偽りがない。そう確信できるほどの覚悟が窺える。だけど、信じられない。記憶を失わないと、死ぬなんて。あり得ない。


 信じてはいけない。何がなんでも。


「ふざけるな!お前が一方的に主導権握ってんじゃねぇかよ!そんな支配、俺は絶対に認めない!」

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