夜道は一人では危ないぜ?

サツキ、カレン。彼らはきっと悪い人間ではない。


彼らは私と一緒にいても、いじわるをしない。それにオムライスというとても美味しいご飯を出してくれた。熱かったけれど、カレンがふうふうしてくれた。だから良い人。


だけど、皆良い人をというわけではない。


例えば私を紐でぐるぐる巻きに、檻に閉じ込めた男。あいつは悪い人。見た感じ悪いやつだ。でも不覚にも美味しいなお肉があったから、つい食べてしまった。油断大敵だ。


だけど、カレン達はそんなことしてなかった。


魔法を教えてくれた。まだ全然できなくて、サツキにも手伝ってもらったけれどダメだった。


だけど、私にいじわるしなかった。だから、良い人。


それに、私の友達にもいじわるしなかった。だから、あの二人は、良い人だ。




──でも、あの男は


──でも、あのやつらは、私の家族を、住みかを壊そうとしている。


──私利私欲のために、私の友達の森を奪おうとしている。


──なんで、おじいさんはそれを許してしまったの?お仕事があいつらに邪魔されてできないから?


──なんで、私たちは皆と平和に暮らしたかっただけなのに。森で、皆と暮らしたかっただけなのに。


──壊されるくらいなら、壊し返さないと。


──やらなきゃ、やられるんだ。


──────────


「ダメ!」


布団から起き上がると、隣ではカレンがグースカグースカと寝息を立てていた。幸せそうによだれを垂らしている。そっと袖で拭ってあげた。


辺りはそんな嫌な気持ちを感じさせない。カレンの部屋。鏡とかメイク道具とか、女の子らしいようなものがいっぱいある。昔おじいさんが買ってくれたことがあったっけ。使い方分からなかったから全く使わなかったっけ。


あれ?昔?昔って何だろう?


嫌な気持ちだ。なんで、こんな気持ちになるんだろうか。

何故、こんな気持ちが奥底に眠っているのだろうか?


分からない。私に一体何があったんだろうか?


私の奪われた記憶って、何なんだろうか?


ペタペタ。


ペチペチ。


窓を叩く音が聞こえてくる。何だろうか?


星柄のカーテンに手をかけると、暗くてシルエットしか見えないけれど、そのシルエットには見覚えがあった。雨のなかでよく見る、大きさ的に指の関節ほどの、カエルだった。


ペチペチ。体を窓に打ち付けては重力で落ちる。それを繰り返している。


中に入りたいのだろうか?


私は窓の鍵を開けて、開いた。


だがしまった、窓はスライドする形式ではなく、回って開く感じの窓だった。そのため窓に押されて落ちてしまった。


ここは2階だけど、小さなカエルからしたら高さはとても高い。様子を見ないと、怪我をしていたら大変だ。


私はカレンが起きぬように、そおっと外に出た。


宿の出入口から出ると、出入口に整備された煉瓦の上で、そのカエルはまるで私を待っていたようにいた。よく見るとベチャッと地面に落ちた後が見える。だがゲコ、と鳴いて背を向ける。そしてピョンピョンと離れだした。どうやら元気そうだ。よかった。しばらくピョンピョン飛ぶと、こちらに振り向く。


ついてこいと、言っているのだろうか?


生き物の声が聞こえるとは言っても、ここまで小動物の声までは聞こえない。だから察することしかできない。察するに、彼は私を呼んでいるようだ。


ピョンピョン。彼はどんどんと歩みを進めていく。私はそれについていくことにした。彼は何かを私に伝えようとしている。ならばその真意とは何なのか。


背後で何か物音が聞こえた気がしたが、多分誰かが寝ぼけているのかもしれない。放っておこう。


ピョンピョンピョン。カエルはどんどん跳んでいく。

月明かりだけが頼りなこの静かな町並みを、彼と共に歩んでいく。


しばらく走り終えると、そこはすこし広めな裏山のような場所にたどり着いた。


レンガではない、雑草が生い茂る地面に、カエルがいた。そのカエルはピョンピョンピョン!とホップステップジャンプして、私の胸元に飛び込んだ。


「あれ、」


それはカエルではなかった。

カエルの形をした、泥の人形だった。


「やぁお嬢さん、夜道は一人では危ないぜ?いや、一人と一匹だったかな?ゲロり」


カエルのコスプレをした忍者が、そこにいた。

すらりとしたスタイルは、まるで若い枝のようにしなやかで、直立不動な見た目は本当に若木だと勘違いするようだった。


頭にはカエルの目玉のような、熊の耳のようなものが付けられている。


覚えがある。そうだ、私は、


こいつに誘拐されたのだ。


「まさか記憶を奪うタイミングで、オオカミやら鹿やらのワクワク動物園が襲ってくるとはなぁ、君の人徳、いや獣徳が救ってくれたというところなのだろうぜ、だがやっと見つけたよ」


カエルの忍者が不適な笑みを浮かべ、指を二本立てると、呪文のような言葉を、


「飼育員ちゃん!そのカエルを投げて!」


背後から聞こえる叫び声の意味を、私が理解する前に、唱えた。


「魔術忍法、ゲロドロック」


手元のカエルがググググッ!と大きく膨らみ、


「助けt──」


私は飲み込まれた。

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