飼育員ちゃんは動物がお好き
さて、いつぞやの原っぱである。もはや第二の実家まである。俺、カレンと飼育員ちゃんは魔法訓練に来ていた。太陽がサンサンと照らされている。飼育員ちゃんの飼育員が被っていそうな帽子が羨ましい。
黒板を俺が持ってくることもいつも通りである。荷物持ちになってきていた。
いつものように土をモリモリと生やして、そこに柱をザクッ!と差し込む。柱の断面にある溝に黒板をはめればいっちょ上がりの黒板だ。カレンはカチャリと眼鏡をかけると、キラリと飼育員ちゃんに向かって言った。
「さて、始めますか」
数日前に見た光景をまた目にする。カレンさんの魔法訓練教室の開講である。このときのカレンは本当にノリノリだ。確かに眼鏡超似合うから、週一で見てみたいくらい。
始まった魔法訓練。カツカツと黒板に魔法についての基礎的な概念を説明する。5つの属性があるんだよ、とか、回復もできるんだよ、とか。飼育員ちゃんはウンウンとうなずいて、とんとん拍子に話が進んでいく。やはり記憶を中途半端に失っても転移者。前世界の記憶がある程度存在していれば、それだけイメージする力が身に付いているというものなのか。
「では、実際に魔法を出してみましょうか」
そう言うと、カレンは飼育員ちゃんに杖を渡す。もらった杖を訝しげに見つめ、天にかざし、
噛みだした。
「こらこらこら!これは食べ物じゃないの!」
あわててカレンが止めに入る。大人しく口を離すと、飼育員ちゃんはキョトンと首をかしげた。
「そうか?木って食えるんだぞ?」
「じゃなくて、さっき説明したでしょ?杖の先から水が出るイメージをしてみてって」
「木から水が出るわけないだろう?カレン変だぞ?」
至極ごもっともな言い分なのだが、それは元の世界での話。この世界ではイメージすれば水でも石油でも出すことができる世界だ。飼育員ちゃんにはまだその概念がイメージできないのかもしれない。
「サツキ、ちょっとやって見せてよ」
「そだな、実際に見てもらった方が分かりやすい」
俺はカレンに言われ、杖を取りだし、先っぽから水をビャー!っと出す。 それを見て飼育員ちゃんの目がぎょっと釘付けになった。
「何だそれ!?意味不明!」
だよね。
「とまぁこれが実際の魔法な。イメージすれば俺みたいにできるから、やってみ?」
ぎゅっと両手で杖を握りしめ、体を丸めて力を込める。帽子のつばに杖先が当たりそうだった。
「とりゃ!」
...。シーンと静まり返る空気は、飼育員ちゃんの悔し涙が切り裂いた。
「うう...できない、うう、」
どうしよう、懇切丁寧に教えても伝わらないこのもどかしい気持ち。多分相手も分かろうと必死なのだけれど、理解させるための術を知らない、だって人付き合い全然してこなかったし。
「んー、どうしたもんかねぇ...ん?」
カレンが悩んでいると、ザザザ、ザザザ、と、雑草を軽やかに踏み込む足音が響いた。
俺たちはそれに振り返る。それは、猛スピードで駆けてくる一匹のオオカミだった。その眼からは、狩人のそれが窺い知れる。目の前の獲物を絶対に殺す。そんな意志がひしひしと伝わってくる。
ので、
俺は、
「逃げるしかなーーーい!」
踵を返し、駆ける猛獣から命を守るために全力を尽くす!絞り尽くせ!生きるために!もう死んでるけどね!
死に物狂いで走る!と思っていたのに、足が絡まって、自分の右足で左足が躓いてしまった。ぐへっ、と顔面を、特に顎辺りをガチン!と打ち付けた。歯を食い縛ったせいか、頭蓋骨全てに衝撃が走り脳を揺らしていた。
「サツキ!大丈夫!?」
駆け寄ってカレンは、顎の部分にアロマテラピーのように、ヒールをしてくれた。癒されるぜ、なほほーん。
ってしてる場合じゃねぇ!オオカミが!
「オオカミがぁ!...ってあれ?」
起き上がると、さっきまで襲ってきていたオオカミがいない。
いやいた。飼育員ちゃんとじゃれあっている。大きさは2mくらいあろうか、飼育員ちゃんよりも一回り大きい体で、ぎゅっと抱き合っている。ペロペロと顔をなめていた。
「くすぐったいよ!あはは!」
笑う飼育員ちゃんはとても幸せそうだ。フレンドリーな番組を見ているようだ。
カレンが飼育員ちゃんに歩み寄る。
「そのオオカミは友達なの?」
「ニーちゃんは友達だよ」
飼育員ちゃんは、優しそうな表情で、刷り寄せるオオカミの顔を優しく撫でていた。
「ニーちゃんは私がここに来た時に出会った友達だよ」
と他己紹介を受けていると、周囲にはいつの間にか、地面をタッタカ走る鳥や牛、馬、鹿などがわらわらと集まってきた!何これ!動物園かよ!
良く見ると、その中で、驚くべき生き物を目の当たりにした。
「ちょ、それ、オオツノジカじゃないか!」
俺の言葉を耳にして、飼育員ちゃんが嬉々として振り返る。
「知ってるんだね!紹介するよ、ニホンオオカミのニーちゃん、オオツノジカのオーちゃん、オカピのピーちゃんに、ドードーのドーちゃん!皆私の友達だよ!」
両手を広げて、友達を快く紹介してくれた。
皆、絶滅した生物たちだ。
地球に住むことができずに、環境に適応することができずに絶滅してしまった種族たちだった。
小学生の時に読んだ本から飛び出してきたような、そんな光景を目の当たりにする。
それと同時に、気づいてしまった。そうか、この世界は、地球で住むことができずに死んだ生物達がいるんだ。そして、俺もその一人。その事実が、抉るように心に突き刺さった。
「ガウガウ(サンキューな、お嬢を助けてくれて)」
声の場所に視線を落とすと、そこにはヤクザ犬、ではない、飼育員ちゃんを助けさせるために、俺を言葉の圧だけで脅した小型の老犬だった。
飼育員ちゃんを助けてから姿を消していたのだが、一体どこに行っていたのだろうか。
てかそれ以前に、
「お、おう、そういやお前どういう原理で喋ってんの?」
「ぐるるる(しらねぇよ)」
「......そうですか」
怖すぎるってこいつ、目はモフモフと毛が深くて見え隠れするから余計に何考えているかわっかんねぇし。そうやって怯えていると、犬は顔を上げて言った。
「ワウワオーン(これからもお嬢をよろしくな、俺はこんな老体だから何の力にもなってあげられねぇからよ)」
犬からは、哀愁が漂っているようにも思えた。その顔は笑顔なのか泣き顔なのかすらも分からない。動物の感情を人間が100%推し量ることなんてできはしないのだ。いや、人間同士でも同じことか。
「あぁ、まかせろよ」
それを聞くと、犬はそそくさと立ち去っていった。あいつは何者なのだろうか?
「......そうそう!だから二人はいい人!大丈夫!心配させてごめんね!」
飼育員ちゃんのなだめる声が聞こえた。何だか今までの彼女とは少し違う印象に違和感を覚える。妙に社交的というか。
「どうしたんだ?飼育員ちゃん?」
「あはは、皆私が二人にいじめられてると思って心配してきてくれたんだ、だから誤解を解いていたの」
誤解を解いてくれた。!?
「サツキとカレンは友達だよ!って言っておいたの!」
飼育員ちゃんの元気の良い語気に、ガウガウ!とか、オォー!とか、色んな鳴き声で返事をする絶滅種達。
「え、飼育員ちゃんって動物と話せるの?」
「話せる!気持ち伝わる!以心伝心!」
そういう言葉は知ってるのな。ではなく、動物と話せるとは恐れ入った。いやさっき俺も話していたけれど、目の前の絶滅種の気持ちは理解できない。多分飼育員ちゃんの特別な能力なのかもしれない。インチキかは置いておいて、現実世界でもいたし。
となると、人間と話せるあの老犬は、「動物の中では」特別ってことなんだろうな。しらんけど。
......そういえば、ここって異世界なのに普通に話できてるが、そこはどうなってるんだろうか?そういえばカレンは先生の恰好をしているので、聞いてみた。
「カレン先生質問です。異世界ではなんで日本語でも喋れるんですか?」
「そういやサツキには説明してなかったわね、君たち転移者は言葉を話すことで気持ちを伝えるようだけど、私たちは厳密には違うのよ」
「でも、こうして普通に話してるじゃないか」
「それは、無意識に創造力を投げ掛けることで、気持ちを通わせているからなのよ、だから言語が違っていても、こうしてコミュニケーションができるってわけ」
そういうことか。言葉は気持ちを伝えるための手段である。言語が違っても、その裏にある気持ちというのは変わらない。だからその裏の気持ちが創造力として、魔力として変換されて、気持ちがダイレクトに伝わるということなのだ。
俺も飼育員ちゃんと共に、一つ賢くなった。
──────────
魔法訓練:基礎編は、炎に怯えて動物たちと共に、飼育員ちゃんがプルプルと動かなくなったため一時中断となった。そりゃ怯えるよね、目の前で人がファイヤーしてるんだもん。
しゅぅぅぅぅ~~...。と丸焦げになった俺にカレンはヒールをかけてアロマテラピーを垂れ流し、「ちなみにこれがヒールっていう回復魔法なんだけれど」と教えるものの、聞く耳も持ってくれなかった。
そのまま俺達は夕食を済ませて、宿で休むことにした。カレンもだいぶお疲れなようで、手をヒラヒラさせて自室へと吸い込まれていった。
飼育員ちゃんはカレンと同じ寝床に特別に泊めてもらうことになったようだ。しかも疲れて眠ってしまった飼育員ちゃんをお姫様抱っこで連れて行ったからな。イケメンかよカレンさん。顔はやつれてたけど。
俺もどっと疲れが押し寄せる。日もまだ沈まない内に、俺の意識は落ちた。
早めに眠ってしまったせいだろう。夜中なのにも関わらず、とても清々しい目覚めを迎えてしまった。虫の声がキリキリとひそやかに呟いている。日本以外ではこの虫の声を風情がないノイズだと感じるのだとか。人には人の感性というものがあるのだろう。
日の落ちる時刻に宿を出ると、カレンが言っていた誘拐犯が襲ってくる危険性がある。だから転移者に限らず夜は誰も出てこない。だからこその静寂なのだ。虫の陰口も丸聞こえというものよ。え?今俺の悪口言ってなかった?誰が陰キャだって?あ?陰なめんじゃねぇぞ、忍者も陰に潜んでるじゃねーかよ。めっちゃ格好いいだろうが。
嫌なことを思い出した。だがそれも記憶があってこその想起である。記憶をなくすことが無くなれば、転移者がみんな記憶を保持した状態でこの異世界を生きることができる。そうなれば過去の嫌な人生におさらばして第二の人生を歩むことができるし、元の世界の知識を使って
──────────。
おかしい。そうだ、何かおかしい。何故こんなことに気づかなかった。転移者の記憶が奪われているのなら、そうして元の世界の知識を使うことができない。
すなわち、「俺はこの世界でオムライスを食べることができない」はずなのだ。そのレシピ、ケチャップライスを卵で包むという発想そのものがないはず。ICチップみたいなモノも開発されるなんてほぼないだろう。黒板もあるはずないし、チョークもあるはずないんだ。
だって、転移者の記憶はなくなるんだから。
それに、他にもちらほらと前の世界の知識や技術が使われているのが散見された。なのに違和感なく俺はそれを享受していた。
俺はただ、オムライスを食べていた。それが示すことって、
視線を落とすと、月明かりしかない、薄暗い通りを飼育員ちゃんが歩いている様子が見えた。とぼとぼと、顔を落としてゆらゆらゆっくり歩みを進めている。
何で出歩いているんだ馬鹿!この前捕らえられたばっかりだろうが!
とにかく急ごう。俺は夜中にも憚らず、扉を乱暴に開けて飛び出していた。
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