読書室の管理人のナゼク先生が元書写師のネテイアさんを紹介してくれたというお話

 デクスさんのことがあってから、私は露天のお店に出ている本を盗み読みすることはなくなりました。市場で本が売られているのを見るたびに、心はうずいてはいました。手に入れたいというのがいちばんの願いでしたが、もちろんそれはかないません。つぎに、とにかく読みたいと思っていましたが、デクスさんのお店で起こったようなことがまたあってはいけないと思い、盗み読みは我慢するようになりました。

 私の住んでいる都市リゴンブーフには一つだけ、読書室というものがありました――いまもあります――。そこに行けば、そこにある本は、いくらでも読ませてもらえるという場所です。教会の学校を出た十一歳の頃から、追返士ギルドに入ることになる十六歳の頃まで、私はその読書室によく通っていました。でも、読書室にある本は、十三歳の夏頃には、ほとんどすべて読んでしまっていました。少なくとも、大衆語で書かれた本については、間違いなくすべて読みました。何冊かは、暗記するくらいに繰り返し読んでいました。

 その読書室の管理をしていたのは、ナゼク先生といって、私が教会の学校に通っていたときに、歴史やなんかを教えてくれていた先生でした。

 ナゼク先生は、私がたびたび読書室に来ていて、そしてそこにある本をほぼすべて読んでしまっているということを、よく知ってくれていました。それでナゼク先生は、私のために、修道院の図書館から、私が興味を持ちそうな本を選んで読書室の方へ持ってきてくれることがありました。しかし、そういう機会はそうしょっちゅうあったわけではないので、ナゼク先生が持ってきてくれた本も、私はすぐに読んでしまって、やっぱり読書室にある本はみんな読んでしまっているという状態は、いつでも変わらないのでした。


 私が十四歳の秋の頃――デクスさんがレブロドルフに行ってしまってから半年くらいたった頃――、ナゼク先生がある人を紹介してくれました。

 ナゼク先生が紹介してくれたのは、ネテイアさんという元書写師の人でした。ネテイアさんは修道院の書写室で、長年写本を作っていたという人でした。そのネテイアさんは、たいへんな本の収集家らしいのです。

 ナゼク先生は修道院の本の修復のため、元書写師のネテイアさんの助力が必要になって、すでに書写師を引退していたネテイアさんの家に行ったんだそうです。そこでネテイアさんが持っている本を見て驚いたそうです。まずその数に驚いたそうです。その時ナゼク先生は「三十冊はあったと思う」と言いました。私もそれを聞いた時は「三十冊も!」と驚いたのですが、のちにネテイアさんと知り合って、もっと驚くことになります。しかもその三十冊は、ほとんどすべて大衆語で書かれた本だったらしくて、ナゼク先生はそのことにも驚いたそうです。


 この読み物を読んでくれている皆さまのいる時代には、大衆語で書かれた本はずっと増えているだろうと、私は信じています。それだから私は、この本を大衆語で書いています。私が生きているいまこの時代は、本を読むのは一部の知識人ばかりです。知識人の人たちは、書くにあたいする大事なことは、すべて古典語で書かれるべきだと思っているようなのです。でも、私はそれは間違っていると思います。なにが書くにあたいすることで、なにがそうでないのか、それを知っているのは神さまだけです。知識人の人たちは、自分はなにが書くにあたいすることか知っていると、勘違いをしています。そんなことは、誰にも分からないというのが本当だと思います。すべてのことは書かれた方がよくて、いろいろなことが読まれた方がいいと、私は思います。そのためには、知識人の人たちしか読まない古典語で書いている場合ではないと思うのです。

 話が脱線してしまいましたが、このような補足をしたのは、この読み物を読んでいる皆さまの時代には、大衆語で書かれた本が三十冊、一人の人のおうちにあっても、ぜんぜん驚くようなことではないかもしれないと想像したからです。私は、そういう時代になっていて欲しいと思っています。

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