第40話 勇者は迷走する

 藤沢ふじさわさん達が経営する食堂に行ってみた。

 もう関係はばれているのだから堂々と会ってみようと思ったのだ。

 ちなみに学校は休んでいる。

 停学処分が近々でるかもな。

 下手したら退学かも。


 居抜きで店を作ったらしく、店はビロード張りの椅子と、赤系統の壁紙。

 女の子が接待するような、店に見える。

 カウンターには大皿に載った料理があり、食い放題500円の張り紙が場違い感を演出している。


 それが食堂だと思わせるところだ。

 奥の方には全自動麻雀卓がある。


 麻雀しながら昼飯が食えるようだ。


「ふびと先生、むさくるしい所にようお出で下さりました。何も言わんでも言いたいことはわかります。ちょっとついて来て下せぇ」

 俺は藤沢ふじさわさんと車に乗りある安アパートの前に辿り着いた。

 鉄で出来た階段を上がり2階へ。

 藤沢ふじさわさんは扉をノックすると返事がないのを確認して扉を開けた。

 部屋はゴミ以外は何も無い部屋だった。


 家具が一つもない。

 テレビもない。

 灯りすらない。


 あるのは食べた後のカップ麺の容器と、食品の包装紙。

 それと、ガラスパイプとライター。

 腐ったような臭いがしている。

 幼児が泣いているのにすぐに気づいた。


 そして、うつろな目をして座り込んでいる母親と思われし女。


「おい」


 藤沢ふじさわさんは女の頬を軽く叩いた。


「なにぃ、ヤクぅ」


 濁ったような目で藤沢ふじさわさんを見つめる母親。

 そこには理性の欠片もなかった。

 むごすぎる。

 俺は目をそむけたかった。


「もうほとんど頭は回っておりません」


 子供の泣き声がうるさい。


「ヤクを隠しているのはお前か」


 母親は子供に詰め寄った。


「早く出せよ。お願いです。売って下さい。何でもします。そこのお兄さん、3千円でどうです」

「いやいいよ」


 俺はやんわりと断った。


「うわわん」

「泣いてないでヤク出せよ」


 母親は子供の胸倉をつかんで、いまにも子供の首を締めそうだ。


「口を開けろ。ヤクだ」

「ヤク、ヤク、ヤクぅ」


 藤沢ふじさわさんは母親の口の中に、水鉄砲でネクターポーションを入れた。


「ふぁー」


 母親の目が優しくなって、理性が戻ったような気がする。


「うわわわん」


 子供に気づいた母親が、子供を撫でる。


「つーちゃん。ごめんなさい。ご飯まだだったわね。今から作るから」

「今までのこと覚えているよな。ヤクも切れたはずだ」

「はい、この子にご飯をあげたら自首しようと思います」


「先生、汚いところを見せましたが、中毒者はネクターポーションでまともになってやり直せる。先生のおかげです」

「俺がやっているのも似たようなものだ」


 俺だって結局は人の弱みにつけこんでいる。

 事実、ネクターポーションに依存している人も少なからずいる。


「わしらはネクターポーションをヤクみたいに扱ってますが、あれって本来は真っ当な薬じゃないですかい。ヤク中やアル中を治すような。わしらが、悪のイメージをつけちまった。製薬会社に話をもっていけばいいと思いやす。今からでも遅くありません」


「心配なくても。ネクターポーションは作り続ける」

「そうじゃなくて。なんと言えばいいですかね。ネクターポーションで救われた奴はごまんとおります。そこんところを考えてはくれませんかねぇ。それに先生はこちら側に来ちゃいけない人です。なんとなく徳の違いって奴を感じるんですよ」


 真中ふびとは死んだんだ。

 いっそのことネクターポーションも辞めてしまおうか。

 いや、病人などはたくさんいる。

 彼等の希望を断ってしまうのは違う。


 陰陽師、真中ふびとは死んだが、俺は生きている。

 人としてどうなのか考えないと。


 胡散臭い薬を作ったのは良くない。

 儲かるものだから、使用目的とか色々に気配りが足りなかった。

 ネクターポーションは万能特効薬として、安価でちゃんとした所から売り出すべきだった。


 金に目が眩んでいたのか。


「考えてみるよ」

「そうして下さるとありがてぇ。わしらは魔法の調味料さえあれば、やっていけます」


 とにかくネクターポーションに麻薬としての一面があるのは否定できない。

 俺は新しい麻薬を作ってしまったのだな。

 救われたという母親のことより、あの濁った眼の母親の姿が印象に残った。

 そういう人達を俺は作り続けている。


 やっぱり辞めるべきか。

 いやでも。

 考えが2転3転してまとまらない。


 ネクターポーションに健康被害はないはずだ。

 でも、依存性はあるのかな。


 やっぱりどんなに誤魔化しても麻薬だ。

 自首しようかな。

 なんと言って?

 天然水に術を掛けて売りましたでは悪戯だと思われるな。


 法的なところを考えるからおかしくなる。

 犯罪としてどうではなく、人としてどうかだ。

 考えはまとまらない。

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