第39話 勇者は夜逃げする

 父さんが帰宅した。

 ずいぶん早い帰宅だ。

 胸騒ぎを覚えてリビングに行くと、父さんと母さんが深刻そうに話している。


「史郎、ちょうど良い。父さん会社を首になった」


 何で、災難除けの石も渡しているはず。

 そう言えば俺も持っている。

 雑誌に記事が出るはずない。


「理由は?」

「ネクターポーションの記事が出てそのためだ。史郎のせいじゃないのは言っておく」

「でも父さん。俺はどうしたら?」


「史郎が間違ったことをしたと思えば、謝罪して償えば良い。だが、間違ったことをしていないと思うんだったら、堂々としていろ。馬鹿にされたり石を投げられたような偉人だっている。行いの価値は本人が決めるべきだ」

「考えてみる。でも」


「父さんのことなら心配は要らない。貯えも十分にある。ほとぼりが冷めたらまた仕事をするさ」

「そうよ。史郎ちゃんは何も気にしなくていいのよ。やりたいようにやりなさい」


 何かがおかしい。

 それとも俺の行いが神の気に障ったのだろうか。


 とにかくカタログスペック100%の力が阻害されている。

 こんなことになるなんて。

 俺の責任だ。

 真中ふびとオンラインショップのホームページを開くと、閉鎖されていた。


 インターホンが鳴った。

 母さんが応対に出て、入って来たのは、芦ヶ久保あしがくぼさんだった。


「すいません。力及ばすです。真中ふびとは芸能活動休止となります」

「こうなったら仕方ないよ。ちょっと考えてみたい」

「所属タレントを守れなくて、すいません」


 平謝りしながら、芦ヶ久保あしがくぼさんが帰った。


 家の電話がなった。

 母さん出て、すぐに切る。

 そしてまた鳴る電話。


 母さんは電話機のコンセントを抜いた。

 俺のスマホが鳴った。

 知らない番号だ。

 着信拒否する。

 また鳴った。

 知らない別の番号だ。


 俺はシムカードをスマホから抜いた。

 突然、窓ガラスが割れた。


 どうやら、スリングショットでパチンコ玉を打ち込んだらしい。

 くそっ、完全に犯罪者扱いだ。


「母さん、史郎、ホテルをとって避難しよう」

「ええ」

「逃げるの?」


「ここは意地を張る場面じゃない。史郎は命を賭けてこの場で何かしたいことがあるのか?」

「ないよ。そうだね。戦略的撤退は許される」


 身の回りの品物を詰めて、夜逃げ同然にマンションを出る。

 玄関の扉には、麻薬の元締めを許すなと書いた張り紙があった。

 父さんはそれを見ると急いで剥がして、ビリビリと細切れに破いた。


 タクシーでホテルまで逃亡する。

 俺は尾行者がいないか何度も振り返った。

 良かった、尾行者はいないようだ。


 ビジネスホテルの部屋のベッドに仰向けに寝て、天井を見ながら考える。

 俺は犯罪者として糾弾されるほど悪いことをしたか?


 たしかにネクターポーションは考えようによっては麻薬に等しいだろう。

 だが、法的には問題ないはずだ。

 ここは法治国家じゃないのか。

 おかしいだろう。

 俺が悪いのか。


 出る杭は打たれるという言葉がある。

 それなんだろうなと思う。


 理屈じゃないんだな。

 何もかもが嫌になった気分だ。

 幸いにして金はある。

 このまま、何もしなくてもたぶん暮らしていけるだろう。


 俺はマスクとサングラスで変装して、両親と街に出てみた。

 食事と新しいシムカードを手に入れる為だ。

 シムカードを手に入れて、真中ふびとのチャンネルとホームページを見てみた。

 休止しますとコメントがあって動画は閲覧不可能になっていた。

 ホームページも閲覧不可だ。

 個人のSNSを見ると、誹謗中傷のコメントで溢れていた。

 見るのが嫌になって、すぐに閉じた。


 御花畑おはなばたけ達と連絡を取ろうかと考えたが、彼女達に拒絶されたら立ち直れそうになかったので、やめた。

 俺はいったいどうしたらいい。


 誰か教えてくれよ。

 父さんは正しければ貫けば良いと言ってくれたが。

 力がなきゃそれはできない。

 カタログスペック100%の力が揺らいでいる今は何しても上手くいかないような気がする。


「史郎、悩んでいるな」


 食事を終えた後、考え込んでいる俺に父さんが声を掛けた。


「父さん」

「悩むといい。悩んだり、無理なことに挑戦したりできるのは、若いうちだけだぞ」

「俺は悪くないと思っている。でも世間がそれを信じてくれないんだ」

「反社との付き合いが裏目に出たな。だがそれも経験だ。大企業だって反社との付き合いはある。一定の距離を保っているのがほとんどだが。株主というだけで連日押し掛けたりもする」


「初めて聞いた。でどういう対応をするの」

「お茶を出して、話を聞くだけ。向こうが話し疲れたら自然と帰る」

「無下にはできないんだね」

「同意も否定もしない。情報も漏らさない。ただ話を聞くそれだけだ」


 俺は藤沢ふじさわさん達と深く関り過ぎたようだ。

 あの時こうしておけばなどと言っても始まらない。

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