第6話本の通り

自分が物語の中のキャラクターだという認識はまだ甘かった。

ジン・ジルクニスになりきれていないといえばその通りだと思う。

だがいきなり違う人物になるのは困難なわけで…。

しかしながら僕はこの世界で生きていかないといけないのだ。

「兄様。顔色が優れないようですけど?具合が悪いですか?」

自宅の廊下ですれ違ったスピカは僕の顔を覗き込む。

そのまま僕の背中に手を当てると優しく撫でる。

「あぁ…大丈夫。ちょっと考え事をしてて」

「そうですか。部屋までご一緒します」

「すまない」

兄妹揃って廊下を歩くと自室まで連れて行ってもらう。

スピカは部屋のドアを開けてベッドまで連れて行ってくれる。

「横になってください。考え事をしていて眠れていないのではないですか?お薬持ってきますから待っていてください」

スピカはそう告げると一度部屋を出て行く。

数分後、部屋に戻ってきたスピカは薬と水を僕に差し出す。

「ありがとう。何の薬?」

「不安を緩和させる薬です。少しだけ眠気に襲われるので今日はそのまま眠ってください」

「そうか…ありがとう」

ここ数日続いていた謎の不安により十分に眠ることが出来ていなかった。

それなので不安を感じずに眠れるのであれば薬を使用するのもやぶさかでない。

薬を飲むとスゥーッと不安は身体から抜けていくようで次第に眠気が襲ってくる。

ウトウトとしたまま目を瞑ると眠りの世界に誘われるのであった。


「兄様ではない兄様。本物の兄様ではないのであれば私のものにしてもいいですよね?貴方が何処の誰かは存じ上げませんが兄様の外見をしているのが悪いんですよ」

スピカは眠っているジンにキスをすると優しい手付きで額を撫でた。

「数日間に及ぶ呪いが効いているみたいで安心しました。これからも続く不安に抗えなくなったらまた私を頼るでしょう。まずは薬を与えて、それでも不安が拭えなくなったら私が優しく愛してあげましょう。大丈夫ですよ。兄様。私がいつまでも傍に居ますから」

スピカは自らジンに呪いをかけ自ら薬を与える。

ジンを自分だけに依存させるように自らの手で誘導する。

「私だけが居ればいいですよね?」

スピカはそう告げるともう一度キスをしてその場を後にするのであった。


ここ数日間続く正体不明の不安に頭を悩ませる。

そんな日々が続いていた。

何をしていても不安が襲ってきて居ても立ってもいられない状態が続く。

しかしながらスピカに貰った薬のおかげで不安は少しだけ緩和されていた。

だがそれにも限界が訪れそうだ。

不安に襲われたまま自室で布団に包まっているとドアをノックする音が聞こえてくる。

返事をするとスピカが姿を現していつものように薬を持ってくる。

「大丈夫ですか?なんとなく兄様のことが不安で…私が傍に居ますからね」

スピカは僕を抱きしめると背中を優しく撫でてくれる。

「薬飲みますか?また正体不明の不安に押しつぶされているんじゃないですか?」

それに頷くとスピカは薬を差し出してくる。

早いことそれを飲み込むとベッドで横になる。

それでも不安が拭えずにいるとスピカは提案をしてくる。

「試しに私の胸で寝てください。心地よければこれからも続けて貰えればと思います。さぁ。どうぞ」

スピカはそのままベッドに潜り込んでくる。

僕は誘われるようにスピカの胸に飛び込む。

そのまま心地の良い眠気に任せて久しぶりの安眠を迎えるのであった。


「大丈夫です。全て私の思うように進んでいます。いいえ、違いますね。私の思うようにと言うよりも本の通りと言ったほうが正確でしょう」

スピカはジンを優しく抱きしめると独り言のような物を漏らして妖しく微笑むのであった。

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