第2話共犯者

端的に言えばこの世界は現実世界と真逆の世界とでも言い表わせばわかりやすいだろうか。

そんな世界で唯一男性として存在を認められているのが僕が転生したキャラクター。

ジン・ジルクニス。

作中唯一モテる男性になったというのに手放しでこの現実を受け入れることが出来ない。

何故なら…。

普通に考えて同性に嫌われることが想像できる。

現実の世界でもモテすぎる女性は周りに煙たがれる。

そういうわけで僕は現在困っている。

学園の男性陣の視線が痛いほど刺さる。

それもそうだろう。

自分だけ女性陣に優遇されているのだ。

現在の状況を不公平だと感じても可笑しくない。

「ジン…昨日は何してたの…?」

少しだけ陰気な雰囲気を醸し出している目の前の美女は、昨日家を訪れてくれたナターシャ。

「昨日は…」

その続きを口にしようとしたところで大きな咳払いが聞こえてきてそちらに目を向けた。

少し離れた席でフランシスが僕らを眺めており目が合うと人差し指を一本立てて口元に持っていく。

内緒ということだろう。

それに気付くと僕はナターシャに向かい合い嘘を吐くことにする。

「えっと…昨日は街へ買い物に行ってたかな」

「そうなんだ…。爺やの言っていた通りだね…。もしも嘘吐いたらどうしようかと思った…」

「どうしようかとって…?」

「ん…?ナイショ…」

ナターシャはそれだけ告げると自席に向かう。

どうにかやり過ごすことに成功したのだが…。

この世界で選択肢を間違えるのは、あまりおすすめできない。

一歩間違えれば、そのまま社会的死に繋がる可能性もある。

何処かに監禁されたり、何処かに売られてしまったり。

それは作中唯一のモテキャラだとしても例外ではないはずだ。

断定的なことが言えないのは、その様な状況を現実世界の漫画の中ですら見ていないからだ。

ふぅと一息付くと遅れてやってきた教師が授業を開始する。

そのまま一日中、授業に追われると放課後が訪れる。

「ジン…一緒に帰ろ…?」

ナターシャの申し出に頷いて応えると僕らは帰路を共にする。

学校を出て街に差し掛かった辺りでナターシャは重たい口を開く。

「昨日行きたかった場所に行っても良い…?」

「良いけど。何処に行きたかったの?」

「行けば分かる…」

そのままナターシャに案内されて到着した場所は街の大きな神殿。

「神殿に行きたかったの?」

ナターシャはそれに頷くと僕の手を引いてそのまま中に入っていく。

そのままナターシャに手を引かれて一つの部屋に入る。

そこは図書館と言うには狭すぎる部屋で。

でも部屋一面には蔵書が敷き詰められている。

「座って…」

ナターシャに促されて机の前に置かれている椅子に腰掛ける。

確か、ナターシャは作中で何かの研究をしていたはずだ。

もしや、僕を研究対象として使うつもりだろうか?

そんな思考が脳裏をよぎるが彼女は僕の目を真っ直ぐに見据えて口を開く。

「貴方は誰…?」

核心を突くような言葉にギクリとすると一度唾を飲み込んだ。

「誰って…ジン・ジルクニスだけど?」

僕の言葉を耳にしてもナターシャは首を左右に振る。

「違う…絶対に違う…今からその証拠を見せる…」

そう言うとナターシャは一冊の本を机の上に置いた。

「証拠はこれ…読んでみて…」

その本を手に取り中を覗くと…。

「これを知ったのはいつ?」

中身を見て僕は言い訳のしようが無いことに気付く。

逃れることの出来ないことに弁明の余地はなかった。

「うん…。実は私だけがずっと知ってたの…。昨日、ジンの肉体に別の魂が宿ることを…」

「なるほど。それを誰にも言わなかった理由は?僕に打ち明けた理由も教えてほしい」

僕の質問にナターシャは頷くと正直に口を開く。

「誰にも言わないで弱みを握っておきたかったのもある…。それでジンの顔面を持った貴方を強請って私のものになってもらうつもり…。バラされたくなかったら…私のものになって…」

ナターシャの言葉に僕は軽く頷くと否定の言葉を口にする。

「バラしてもいいよ。きっとそんな事、誰も信じないだろうし。僕はジン・ジルクニスとして生きていくから」

「本当に出来ると思ってるの…?」

「何が?」

「ジンの代わりになれるって本気で思ってる…?」

その質問が何を指しているのか僕には理解できる。

あの漫画を読んでいた僕には痛いほど分かる。

作中唯一のモテキャラで特別扱いを受ける男性。

それはジンの顔面が圧倒的に良いと言うのももちろんだが…。

それ以上に立ち回りの上手さだってあったはずだ。

それをナターシャは指摘しているのだ。

「出来るかはわからないけれど…やるしかないだろ?」

僕の言葉を耳にしたナターシャは最後に提案をしてくる。

「じゃあ協力する…。共犯者になってあげるよ…」

そして、今日から僕とナターシャは秘密を共有した共犯者としての生活が始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る