第83話 お試し挑戦(1)

「達樹さん、急な話で申し訳ないですが、よければ明日にでもパーティーを組んでダンジョンに入らせてもらえませんか?」


 土曜日になり、いつもの稽古を終えて休憩しているタイミングで美冬ちゃんに声をかけられた。


「明日?別に構わないけど、確かに随分と急な話だね。何かあったの?ダンジョンに行けるくらいまで落ち着くのは、もう少し先かと思っていたけど」


「いえ、大した理由ではないのですが、最近少しストレスが溜まってきたのでダンジョンで発散したいなと思いまして」


 詳しく聞いてみると、どうやら引継ぎを行っている後任の子とあまり相性が良くないらしい。

 加えて、まわりの人間もその新しい子が若いからと色々と口出ししてきたりして鬱陶しいらしい。まあ、口出ししてくるのは男性社員だけで、女性社員に関しては同じように閉口しているらしいが。



「まあ、俺は基本的に毎日ダンジョンに通っているから、美冬ちゃんが構わないのであれば別にいいよ。ちなみに、ダンジョンに行くのは明日単発?それとも、今後は毎週入ってみる感じ?」


 一通り話を聞き終え、こちらとして聞いておきたいことを確認しておく。

 別に明日だけの単発でも問題はないが、出来れば来週からも続けてダンジョンに付き合ってくれるとありがたい。正直、ダンジョン挑戦に関しては若干停滞気味なので、課題なり何なりが見つかると助かる。


「そうですね、できれば来週からも同じように日曜だけでもダンジョンに入らせてもらえればと思います。退職や引越関係の諸々が片付いたわけではないですけど、日曜日くらいならどうにかなると思いますし」


「わかった。じゃあ、俺もそのつもりでいるよ」


 その後は明日の予定を話し、龍厳さんからなんともいえない視線をもらいつつ帰ることになった。






 翌日の午後、約束どおりの時間に美冬ちゃんが家を訪ねてきた。

 さっそくダンジョンに入りたいという彼女の言葉にしたがい、そのままダンジョンへと向かう。



「達樹さん、今日はよろしくお願いします」


「ああ、こちらこそよろしく。一応、入る前に簡単に確認だけしておこうか」


 お互いにダンジョンへ入るための装備を身につけ、入り口の前に立ったところで言葉を交わす。

 家のダンジョンの第1階層程度でどうこうなるとは思わないが、さすがに何の打ち合わせもなしにダンジョンに入るのも違うだろう。

 そういうわけで、お互いの装備を確認しあう時間をとることにした。



「そういえば、一般的な探索者の装備というのを知らなかったんだけど、みんな美冬ちゃんみたいな装備を使っているの?」


「そうですね、基本的に私みたいな週末探索者は似たような装備を使っていることが多かったと思います。全身をダンジョン産の装備で固めているような人は、どこかの企業の支援を受けている人だったり、専業でかなり奥の階層まで進んでいる人たちくらいですね。達樹さんもそうじゃないですか?」


「まあ、そうだね。さすがに全身の装備を揃えようとすると結構な金額になるしね」


 確認した美冬ちゃんの装備は、胸当てとブーツだけがダンジョン産の装備という俺と似たような装備だった。まあ、俺みたいにゴテゴテと投擲用の装備を身につけていないので、見た目的にはかなりすっきりしているが。


「それにしても、刀じゃなくて長剣なんだ」


「あっ、はい。刀を用意するのは難しくて」


「そうなの?ダンジョンが出来てから刀の生産量が増えたとかいうニュースを見たような気がするけど」


「あー、確かに一時的に増やされたみたいなんですが、やっぱり刀もダンジョン産のものじゃないとちゃんと使えないんですよ。一応、ゴブリンみたいなタイプであれば、普通の刀でも充分に通用するんですけど、固いモンスターになるとまともに切ることが出来なくて」


 ああ、まあ普通の刀だとそうなるか。俺が使っていた金属バットもあっさりと折れ曲がってしまったしな。


「やっぱり、ダンジョン産のものは高いの?」


「高いですね。探索者の初期スキルに“刀”が出る人はそれなりにいるそうなんですが、それと比較すると全然足りていないみたいですから。宝箱やドロップで手に入る確率的には、剣装備が出る確率の10%もないんじゃないですか?」


「なるほどね。そういえば、探索者支援の貸し出し品に刀は入ってないの?」


「残念ながらなかったです。自衛隊の中には“刀”スキルを持つ人も多いらしいですし、外部にまで回す余裕はないんじゃないですか?」


「刀を使う人が多いのであれば、等級の低い装備とかが余っていそうなものだけどね。それすら出来ないほど数が少ないのか」


 自衛隊のダンジョン対策チームの中であれば、装備も潤沢にあるのかと思っていたのだが、物によってはそうでもないのかもしれない。

 それこそ、胸当てだったり、ブーツだったりという汎用的な装備は数があるのだろうが、刀みたいな特殊な武器は厳しいのだろう。


「……それにしても、達樹さんはすごい装備ですね」


 少し考え込んでいたら、美冬ちゃんから呆れているような、引いているような微妙な口調でそんなことを言われる。

 ……まあ、見た目がアレなのは否定できないな。

 自衛隊の巡回チームだったり、佐藤さんだったりに指摘されないから気にしていなかったが、改めて確認するとかなりゴテゴテした装備になってしまっているし。


 ソロでダンジョンに挑戦するのであれば、色々と手札があったほうが良いかと思って色々な種類の投擲物を用意していたが、これを機に見直してもいいのかもしれない。

 最近は、ばら撒く用の小石とパチンコ玉、遠距離からの硬球くらいしかまともに使っていない気もするし。


「まあ、装備の確認は特に問題ないかな。実際の戦い方については、一度美冬ちゃんに戦ってもらってから改めて相談しよう」


 内心で装備の見直しを決め、ダンジョンへ入ることを提案する。

 気を遣ってくれたのか、美冬ちゃんも装備の指摘をスルーしたことについては特に触れることなく同意してくれた。

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