第72話 トロール戦(1)

 結局、初日を含めて3日ほど新しいメイスと盾の慣らしに時間を費やすことになった。いや、ほとんど盾の扱いをどうするかという感じだったが。

 で、迎えた今日、いい加減に新装備とダンジョン封鎖によるブランクを埋めるための慣らしを終えて、次へと進むつもりだ。

 そう、トロールがいる第2階層の大部屋へと挑戦するのだ。


 というわけで、今日は寄り道することなく、最短コースで第2階層の大部屋へと向かう。

 さすがに、道中で一度もモンスターに出会わないという幸運に恵まれることはなかったが、グリーンスライムとコボルトが数匹だったのでコンディションには影響がない。



「さて、と。危なげなく倒せるといいんだが」


 扉の前で気合入れなのか愚痴なのかわからない言葉を発して大部屋の扉へと手を伸ばす。

 なんとなく、未踏領域へと進む際に扉の前で一呼吸置くのが定着してしまった気がする。別に不都合なんかはないんだが、パーティーを組んだ際に美冬ちゃんから何か言われれるかもしれない。


 そんなことを考えながら扉を開く。

 薄く開いた隙間から部屋の中をのぞくが、近くにモンスターはいないらしい。それを確認して静かに部屋の中へと入った。



 改めて部屋の中を見渡してモンスターの位置を確認する。

 トロールは2体とも中央のやや奥におり、その周囲にコボルトとインプが集まっている。コボルトが10匹にインプが3匹のようだ。それ以外のモンスターは、コボルトが4匹ずつのグループに分かれて部屋の手前側と奥側にいた。


 配置としては、昨日の下見で確認したときと同じらしい。

 昨日は、小部屋のコボルトたちを倒した帰りにトロールに一当てしてみようかと大部屋に挑んだんだが、手前のコボルトを少し狩っただけで撤退することになった。トロールたちの反応が予想以上に良くて早々に囲まれそうになったからだ。


 さすがにダンジョン挑戦帰りの様子見でトロールたちに囲まれるような戦闘をしたいとは思わなかった。なので、今日改めてこの大部屋を目的としてダンジョン挑戦に挑んでいるというわけだ。




「さて、まずは手前のコボルトからだな」


 そう口に出して、手前のコボルトたちへと向かう。

 右手のメイスをリュックに追加したホルダーへと固定し、小石をつかむ。

 コボルト相手であればやることは変わらない。テキトーに小石でけん制しつつ距離を取りながらチクチクと削っていくか、メイスの二刀流で一気にせん滅しにかかるかだ。


 ただ、昨日の様子見でわかったことだが、手前のコボルトたちを相手にするだけでトロールたちに反応されてしまう。

 取り巻きのコボルトとインプは興味なさげな感じなんだが、トロールは叫び声をあげて向かってくる。昨日の確認の後にネットで調べたが、トロールはやはり好戦的なモンスターらしく、しかも知能があまりよろしくないので侵入者に対して馬鹿みたいに一直線に向かってくるらしい。


 まあ、そのおかげでパーティーを組んでいれば交互にヘイトを稼ぐことでハメ倒すことも容易らしいのだが、あいにくと俺はソロでやっている。馬鹿正直に向かってくる相手に対して、1人で対応しなければならない。

 だが、トロールは遠距離攻撃を持っていないらしいので、取り巻きのコボルトとインプを片付けてしまえばどうにかなるだろうと思っている。まあ、いざとなれば撤退するが。



 コボルトたちの索敵範囲に入る手前で手にしていた小石を投擲する。気を引くための山なりな軌道ではなく、ダメージを狙うような水平の弾道だ。所詮は小石なのでダメージは推して知るべしという感じだが、気合の問題だ。明らかに前座とわかっている奴らに時間を使うつもりはない。一気に片付ける。


 小石を投げ終わると同時にホルダーからメイスを抜き取り、コボルトに向かって駆け出す。

 この時点でコボルトたちに気づかれるが、問題はない。こいつらの実力はこの3日間で把握済みだ。小石が当たって一時的に硬直している隙をついて両手のメイスで近い奴から手当たり次第にダメージを加えていく。そのまま駆け抜け、少し距離を取ったところで切り返して再びコボルトへと突っ込む。



「グオォォオォォ!!」


 数度繰り返したところで、部屋の奥からトロールの雄たけびが聞こえてくる。

 昨日に比べると気づかれるまでに時間がかかったようだが、それでも手前のコボルトたちをせん滅するには至っていない。まあ、そろそろだとは思うので、昨日のようにトロールたちに囲まれた状態で倒すようなことにはないだろう。そのためにメイスの二刀流で一気に畳みかけているのだし。


 切り返しのタイミングでトロールへと目を向ける。

 余裕なのかそういう生態なのかは知らないが、トロールは走ることなくノッシノッシと歩いている。

 周囲のコボルトやインプであれば先行できるとは思うんだが、そういう行動はとらないようだ。周囲を固めるように速度を合わせている。


「まあ、都合がいいからいいんだけどな」


 そうつぶやき、目の前のコボルトたちに意識を戻す。切り返す前の最後の一撃で1匹倒せたようなので、残りは3匹。恐らくトロールたちが合流する前に倒し切れる。


 最後の1匹になり、改めてトロールたちとの距離を確認するとかろうじて一息つけそうなくらいの距離があった。そのことに安堵しながら、最後の1匹へと殴り掛かる。

 さすがに1対1となった状況であれば、足を使ってかき回す必要もない。真正面から一気にメイスで攻撃を加えていく。

 すると、メイスが2往復もすることなく、早々に光の粒へと変わっていった。


「!?」


 トドメを刺して一息ついた直後、トロールたちの方へと顔を向けた瞬間にそれが目に飛び込んできた。

 文字通り飛んで向かってくるコボルトたちの姿が。


「コボルト投げんのかよっ!」


 急いで体の向きを変え、後ろに飛び下がるようにしながら両手のメイスでコボルトを受け流す。

 だが、相手は物ではなくコボルトだ。受け流す程度の対応では不十分だったらしく、左右それぞれのコボルトから爪による攻撃を食らってしまった。


「くっ」


 ダメージによる軽い衝撃に声を漏らすが、視界の隅に表示しているステータスによればダメージは軽微だ。この程度の攻撃であれば数十回食らっても俺が倒れることはないだろう。


 その事実に冷静さを取り戻す。

 トロールたちは順調に距離を詰めてきているが、まだ距離がある。まずは飛んできたコボルトたちからだ。

 そう方針を定め、左右に弾いたコボルトたちの位置を確認し、攻撃へと移る。当然、トロールたちを警戒できる位置取りをすることも忘れずにだ。


 そうやって飛んできたコボルトへの対処を進める。だが、その最中にも追加で2匹のコボルトが飛んできており、さらにインプまでもが参戦してきた。

 そして、ダメージは与えらたものの、倒すことはできていない状態で、トロールが合流してしまった。


「グオォォオォォ!!」


 先ほどとは違う至近距離からの咆哮に耳をふさぎたくなるが、そんな隙を見せることはできない。


「ちっ、仕方ない」


 そうこぼして、俺は方針を変更する。

 トロールたちが合流するまではあまり足を使うことなく攻撃を優先していたが、囲まれるほどの数になると話は別だ。いつも通り、足を使ってかき回して少しずつ削っていくしかない。


 だが、あいにくとトロールから距離を取るように戦いを進めていたせいで、今の立ち位置は扉近くの壁際となっている。

 つまり、壁とモンスターたちに囲まれているような状態だ。まずはここを突破しなければどうしようもない。


 狙うは攻撃を受けてもダメージが軽微なコボルトたちの場所、かつトロールから遠い位置を狙う。といっても、トロールは敵の中心に位置しているので、左右のどちらかを抜くことになるんだが。

 素早く左右を見比べ、数の少ない左手に向かって駆け出す。ダメージ覚悟で、左手のメイスを小石に持ち替えた上でだ。


 小石をばらまき、隙の大きな場所を選んで駆け抜ける。それでも抜けるときに少しダメージを食らったが、無事にモンスターたちの囲みを抜けることができたので問題ない。

 一瞬、すぐに切り返すという選択肢が頭をよぎったが、駆け抜ける先の広さがないことからすぐに却下した。なので、とるべき戦法は遠距離からの投擲だ。ある程度部屋の中心近くまで引き寄せることができれば、再び足を使った攻撃もできるようになるだろう。


 その考えのもと、ある程度の距離まで走り、右手のメイスを収納して硬球を手にコボルトたちへと狙いをつけた。

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