第63話 買い物(1)

 第2階層への初挑戦から一夜明けた。

 昨日の反省で改めて自身の力不足が確認できたので、今日はダンジョン挑戦を休みにして今後のダンジョン挑戦のための準備をするつもりだ。

 とりあえず、すぐにできることとして買い物と龍厳さんのところへ行って稽古日の追加依頼をしようと思う。



 というわけで、今日はいつもより遠出して繁華街の方まで足を延ばしてみた。

 通販でも良かったんだが、特殊警棒を扱ったことなんてないので実店舗で実際に説明を聞きたかったからだ。まあ、どこまで参考になるのかはわからないが。


「らっしゃーせー」


 雑居ビル内の小さな店内に足を踏み入れると、気怠そうな声に迎えられた。声の主はカウンターの中で座る金髪の若そうな店員だ。


「すいません、特殊警棒を探しているんですが」


 ひとまず、店員のやる気については気にしないことにして、狭い通路を抜けた先のカウンターで尋ねてみる。

 彼はいじっていたスマホを仕舞い、こちらへと顔を向ける。さすがに対応してくれないということはないようだ。


「特殊警棒っすか。護身用?それともダンジョンっすかね?」


「一応、ダンジョンで使いたいと思っているんだけど……。おすすめとかあります?というか、ダンジョン用に使われているような特殊警棒とかあったりしますか?できるだけ丈夫なのがいいんだけど」


「ダンジョン向けの特殊警棒っすか。ダンジョンが公開されたころに一瞬だけ流行ったらしいっすけど、最近はさっぱりでそういうのはないっすね。そもそも、ダンジョンにはダンジョン産の武器以外は向いてないらしいっすからね。なんで、おすすめっていっても、一般の護身用とかにおすすめしてるのと同じ感じっすね」


 そう答えると、彼はカウンターを離れていくつかの特殊警棒を持ってきてくれた。


「おすすめというか、売れ筋の商品はこのあたりの奴っすね。護身用だと軽いアルミ合金の方が人気なんすけど、ダンジョンで使うんであればカーボンスチールの方が良いんじゃないっすか?」


 カウンターに並べられた特殊警棒を順に見ていく。

 見た目だけでは違いが判らないので、なんとなく眺めているだけだったのだが、それを察してくれたのか店員の彼が順に簡単な説明をつけてくれた。

 基本的には材質の違いで、一部はロック機構の違いやメーカーの違いがあるらしい。正直、メーカーについてはどうでもいい。


「丈夫なのはどれですか?」


 俺にとって一番重要なことを聞いてみる。ストーンゴーレム相手に金属バットを持っていかれたのは、個人的に結構な衝撃だったのでこれは外せない。


「この2つっすかね。左の奴はとにかく硬い奴で、右のは耐衝撃性を高めた奴っす」


 そう示してくれた2つを手に持って確認してみる。

 どちらも黒いので、見た目の違いは特にないように見える。重さについても、多少違いがあるかな?という程度で、大して差を感じられない。


 試しに先ほど紹介してもらったアルミ合金の物を手に持ってみると、さすがに重さの違いが感じられた。

 説明の通り、アルミ合金の方が軽いらしい。カーボンスチールの方はずっしりとした重量を感じる。


 確かに護身用として使うのであれば、軽いアルミ合金の方が扱いやすそうではある。だが、ダンジョン内で使用することを考えると、ある程度の重さも必要な気がする。

 そういった意味でもアルミ合金の物よりも、丈夫だと勧められたカーボンスチールの物の方が良いのかもしれない。


「軽く試してみます?」


「試せるんですか?」


 何度か2つの特殊警棒を持ち替えていると店員の彼がそう提案してくれた。試せるなら試してみたいが、この狭い店内にそんな場所があるのだろうか。


「まあ、試すっつっても軽く振ってみてもらう程度っすけどね。この店狭いっすから」


 疑問が顔に出ていたのか、彼は苦笑しながらそんなことを付け足す。

 俺もなんとなく苦笑を返すと、彼は店内の奥の片隅にあるパーテーションで仕切られた空間へと案内してくれた。まあ、案内するというような距離でもないが。


「ここっすね。見た通り、棚とかをどけただけの狭い場所なんすけど、軽く振るだけなら十分っす」


 そう言って、俺に手に持っていた特殊警棒の1本を渡してくる。第一印象こそアレな感じだったが、接客自体はきちんと対応してくれるらしい。


 勧めに従っておすすめの2本とついでにアルミ合金の1本を試してみた。

 うん、正直違いが良く分からない。さすがにアルミ合金の奴との違いくらいは分かったが、カーボンスチールの2本の違いについてはさっぱりだ。


 他にも振り出しと収納についても試させてもらったが、こちらについては慣れるしかないという印象だ。ただ、この場では苦労したが、ダンジョン内のステータスであればどうにかなるだろうという気もしている。


「他の長さも試してみます?」


 交互に何度か試しているとそう提案されたので、ありがたく提案を受けることにする。最初に出してくれたのは中間の長さだったらしい。


 短いものと長いもの、そして中間のサイズと試してみたが、正直判断に困る。

 どのサイズであっても普段使っているメイスよりも短いサイズだ。用途としては、予備、あるいは敵の攻撃を捌くための物なのでそこまでの長さはなくてもいい気がする。

 ……少し悩んだが、深く考えずに中間のサイズを選択した。


「ありあっしたー」


 結局、最後まで崩れたままの言葉遣いだった店員に見送られて店を後にした。購入したのは、おすすめされたカーボンスチールの2本。とにかく硬いという奴と耐衝撃に優れているという奴だ。


 値段は2本で3万円と安くはなかったが、必要経費と割り切る。この調子でどんどん費用がかさんでいきそうな気がするが気にしない。きっと探索者支援でどうにかなると信じよう。

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