第56話 第2階層へ(2)

 ゆっくりと階段を下りていくと6畳ほどの広さの踊り場に着いた。インターネット上に書き込まれた情報の通り、ダンジョンの階段は踊り場で折り返す形になっているようだ。


「で、こっちも情報通りか」


 目の前に存在する2つの扉を見て思わずつぶやいてしまう。

 一応、情報として存在することは知っていたのだが、実際に目にすると違和感が強い。壁面が整えられたダンジョンであればまた違うのだろうが、岩肌そのままのこのダンジョンだとその異様さが際立っている。

 ダンジョンの中にトイレのドアがあるというのは。


 これが木でできたようなドアであれば違和感も減るのだろうが、目の前にあるのは会社のビルにあったようなアルミ製のドアだ。ご丁寧に男性、女性の文字とともに男女のシルエットのマークまでつけられている。

 まあ、ダンジョン攻略が長時間になるのであれば助かる存在となることは確かなんだが、もう少しどうにかならなかったのかと思ってしまう。



「一応見ておくか」


 そうつぶやいてドアを開くと、左右に手洗い場が並ぶ広大なトイレが目の前に現れた。


「……」


 目の前に広がる場違いな光景にためらいを覚えるが、それをこらえてドアの向こうへと足を踏み出す。

 一瞬の違和感を感じた後、俺はトイレの中のドアの前に立っていた。


「……すごい違和感あるわ」


 後ろを振り返って自分が通ってきたはずのドアを見つめる。

 何の変哲もないアルミ製のドアにしか見えないが、あいにくこれは普通のドアではない。各階層を繋ぐ階段の踊り場と、このダンジョン内のどこにあるかわからないトイレを繋ぐ転移効果を持ったドアである。

 なので、自分の足でトイレへ踏み出したつもりでも、転移で飛ばされたためにいきなりトイレ内に立っている状態になったわけだ。転移という現象と相まって違和感を感じるのも仕方ないだろう。


 まあ、事前に情報として知っていたので俺は少し驚いたくらいだが、最初に利用した人はかなり焦ったのではないのだろうか。事前情報なしだと完全に転移トラップとしか思えない気がするし。一応、今では何の危険もないただのトイレだと認識されているのだが。



 ただ突っ立っていても仕方ないので、広大なトイレを一通り見て回る。まあ、広大といっても、全体で個室が250ほどなので、そこまで時間がかかることもない。


「思った以上に普通だな」


 いくつかの個室を確認してみたが一般的なトイレだった。むしろ温水洗浄便座完備となっている分、設備としてはそこらの駅なんかよりも恵まれているのではないだろうか。

 個室しかないというのが少し珍しかったがそれくらいだ。別にそういうトイレがないわけでもない。どちらかというと、トイレに出入りするためのドアが5か所も設置されていることの方が違和感が強かった。


 転移効果がついたドアなので、どのドアを使っても入ってきたときと同じ階段に出るのだが、先入観というか、いつもの習慣というか、別々のところに出るのではないかと思ってしまう。まあ、試しにすべてのドアを使ってみても、すべて元いた階段へとつながっていたが。


 ちなみに、ドアが複数存在するのは、このトイレがダンジョン内の複数の階段とつながっているかららしい。話によると、10階層ごとに1つのトイレが用意されているとのことだ。

 利用者が多くなった場合に出入りに困らないようにとの配慮だろうとのことだが、別に他の誰かが開いたドアを通ったとしてもその誰かが利用した階段に転移するということはないらしい。ドアの向こうの景色はドアを開いた人が入ってきた階段のものになるらしいが、転移自体は個人ごとに判定されるらしいのでトイレを利用したショートカットはできないそうだ。



 このトイレであるが、実はダンジョンが発生した当初から設置されていたわけではない。世界にダンジョンが現れてから2ヶ月ほど経過したころに世界中にあるすべてのダンジョンに前触れもなく出現したものだ。

 当時はダンジョン攻略が本格化し、ダンジョン内で何日も籠ることが多くなり始めたころだったので、ダンジョンに挑む探索者たちの希望をダンジョンが叶えたのだというような話が多く出ていた。他の意見として、単に探索者たちのそういう行為が見苦しかったので急きょ設置されただけだという話もあったが。


 結局、どちらの説が正しいのかわからないが、この件はダンジョンのバージョンアップという風に言われるようになった。個別のダンジョンの変化がダンジョンの“成長レベルアップ”、ダンジョン全体の変化がダンジョンの“更新バージョンアップ”ということである。

 といっても、ダンジョンの成長はともかく、ダンジョンの更新についてはこの一件以来発生していないのだが。


 そんなことを考えながらトイレを後にする。

 思ったよりも時間を使ってしまったが、まあ急ぐこともないし別に構わないだろう。今後のことを考えると必要な確認だったと思うし。

 そんな思いとともに、そのまま第2階層へと続く残りの階段を降り始めた。

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