第38話 ダンジョン産武器と新しいスキル(1)
結局、夜遅くまで龍厳さんと飲み続けてしまった。そのまま龍厳さんの家に泊めてもらうことになり、次の日の朝食までよばれてから家へと帰った。
家に着いた後、酒臭さを感じる服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。
それでサッパリしたところで、もう一つの反省点である準備不足を解消するため、久しぶりに隣町にあるダンジョン管理機構のアイテムショップへと出かけることにした。
「いらっしゃいませー」
店に着き、聞こえてくる店員の声を聞き流しながら右手の武器コーナーへ向かう。
今日の目的は新しい武器の購入とスキルスクロールの入手だ。武器についてはスキルスクロール次第でそれに合わせた武器に持ち替えることも考えているが、とりあえずは金属バットの替わりになる武器を探す。
武器コーナーを一通り確認してみた結果、魔鉄製のメイスが第一の候補になりそうだ。軽く持ってみたところ、今まで使っていた金属バットの感覚に近く、値段も10万円と他に比べてお手ごろだった。
魔鉄の武器はダンジョン産の金属製武器としては一番下のランクになるが、モンスター相手には金属バットよりもはるかに有効だ。改めて調べた情報でも、ストーンゴーレムを魔鉄製の武器で討伐したという話があったなので問題ないはずだ。
武器の候補を確認し終え、次にスキルスクロールのコーナーへと移動する。
だが、武器を確認しているときにも目に入っていたが、スキルスクロールの棚には入荷待ちの札が並んでいた。武器スキル、魔法スキルはほとんど売り切れのようで、かろうじて残っていたのは武器スキルの“無手”と“投擲”だけだった。
“無手”が武器スキルになるのかと疑問に思いつつ、“投擲”について確認する。説明書きによると物を投げる際に補正がかかるとあった。
……補正というのがよくわからないが、遠距離からの攻撃手段を求めている俺にとってはありなのだろうか?正直、遠距離攻撃としては魔法スキルか“弓”を想定していたので“投擲”については調べていない。
とりあえず、後で店員に確認するかと考え、残った補助スキルの棚へと移動する。
補助スキルの棚を確認すると、こちらについては先ほどよりも数があるようだ。
しかし、残っているものを確認してみた結果は、“遠視”、“水泳”、“壁走り”、“指揮”、“挑発”、……という微妙なラインナップだった。まあ、微妙だからこそ売れ残っているのだろうが。
“遠視”についてはあると便利ではあるが、そこまで必要とされるスキルではないし、“水泳”についてはそもそも使える場所が限られる。“指揮”、“挑発”についてはパーティーを組んでいる探索者向けのスキルだと思われるので、ソロの俺には縁がない。
唯一可能性があるとすれば“壁走り”なのだが、正直迷うところだ。
今の俺の戦い方は、ヒットアンドアウェイで相手をかく乱しながら突っ込んで行くという形が多い。なので活かせそうな気がするが、“壁走り”なのだ。つまり、壁が近くにないと使えないのだろう。
部屋の中の戦闘の場合、壁から離れた位置にモンスターがいるケースがほとんどだ。となると活かせるのは通路での戦闘ということになるのだが、通路には基本的に少数のモンスターしかいない。そうなると“壁走り”の恩恵がそれほどあるようには思えない。
……階層が進んでモンスターが強くなれば必要になってくるのだろうか?しかし、通路にいる少数のモンスターを正面から倒せなければ、部屋の中にいるモンスターたちに挑むことはできないだろう。となると、やはり階層を進んですぐの頃しか活きてこないか。だが、生存率を上げるためにはそういう保険のようなものも必要か?
「何かお困りですか?」
知らないうちに深く考え込んでいたらしい。気付くと隣から声をかけられていた。
驚いて隣を向くとそこには50歳くらいの男性――この店の店長が立っている。
「何やらお悩みのようですが、何かお手伝いできることはありますか?」
振り向いてからも驚いて固まっていた俺に対して重ねて店長が尋ねてくる。それを聞いて俺も意識を目の前の男性に向ける。
「えーと、ここにあるスキルスクロールについて使えるかどうかを考えていたんですが、詳しい効果や使われ方などはわかりますか?」
「ええ、もちろんです。ただ、スキルについては個人差というか、使う人によって感覚が異なるそうですので、一般的な情報になりますが構いませんか?」
「ええ、それで構いません。武器スキルの“投擲”と補助スキルの“壁走り”についてなんですが」
とりあえず、棚に残っているスキルスクロールで気になっていた2つについて確認してみる。
結果、分かったのは次のようなことだ。
“投擲”の補正効果は、投擲距離、命中率、威力が上昇するらしい。また、石などを投げるものだと思っていたが、剣や斧などの投げにくい物についてもそれなりの投擲距離、命中率になるらしい。おそらく、スキルの補正によって投げ方が最適化されているのだろうとのことだ。
威力については、投げる物をスキルの力で強化して威力を上げているらしい。なので、その辺の小石でもモンスターに対してダメージを与えることができるようだ。もちろん投げる物によって威力を上げられる上限はあるので、小石でダメージを与えられるのは下位のモンスターくらいらしいが。
また、他の武器スキルと同様にスキルレベルが上がることでMPを消費して魔力による強化もできるようになるらしい。スキルレベルを上げることによってMPの消費量とそれに応じた補正効果も上がっていくそうだ。
これだけ聞くとサブのスキルとしてなら持っていても良いのではないかと思える。なので、なぜ残っているのかも聞いてみた。
それについては、魔法スキルや“弓”スキルの下位互換で使い勝手が悪いことと費用対効果が悪いことが原因らしい。要は投げる物が必要になることが敬遠される原因のようだ。
魔法スキルであればMPがあればいいし、“弓”スキルもダンジョン産の弓であればMP消費で矢が補充される矢筒が付いているらしいので矢筒以外の物は不要だ。
対して“投擲”スキルの場合は投げる物を用意する必要が出てくる。それも攻略に必要になるだけの数を、だ。
ダンジョン内の小石を使えば用意する必要はなくなるが、小石でダメージを与えることができるのは下位のモンスターだけだ。
また、ダンジョン産以外の通常の武器――ナイフなどの刃物はスキルによる強化で上位のモンスターにもダメージを与えることはできるそうだが、たいてい1度で破損してしまうらしい。刃物以外の鈍器や鉄球などであれば1度で破損するということはないらしいが、何十回も使うのは無理だそうだ。
そうなるとダンジョン産の武器を用意すればいいという話になるが、ダンジョン産の武器はそれなりに高価だ。それにダンジョン産の武器であっても破損しないわけではないので、やはりある程度の数は必要になる。
また、投げる物を複数用意する場合は、当然ながら荷物になってしまう。ダンジョン産の魔法道具である“マジックバッグ”を使えばポーチやリュックサイズで複数を持ち歩くことができるが、“マジックバッグ”は数が少なく、かつ高価だ。
そもそも“マジックバッグ”を持つような探索者であれば、基本的に魔法スキルや“弓”スキルを持っていることが多く、“投擲”スキルを必要としない。
それに、スキルについては研究によって所持するスキルが多いほどスキルレベルの成長が遅くなることが確認されている。なので、基本的に必要なスキルを厳選して取得するのが主流となっている現在、微妙なスキルである“投擲”スキルを選ぶ者は少なくなっているのだ。
“投擲”スキルが必要となるような低レベルの探索者にとっては運用が難しく、運用が可能な高レベルの探索者にとっては不要なスキルとなる。
これでは売れ残っているのも当然だ。
“壁走り”のスキルについては、名前の通り壁を走れるようになるスキルらしい。スキルレベルを上げると壁だけでなく天井も走れるようになるそうだ。
また、スキルの効果かバランス感覚が良くなったという報告もあり、さらには巨大なモンスターを駆けあがることも可能だという話だ。まあ、これは単純にレベルが上がって身体能力が高くなったためという要因もあるらしいが。
ただ、“壁走り”というだけあって、壁に固定した状態で止まることはできないらしい。スキルレベルを上げることで移動速度をある程度まで落とせるようになるらしいが、歩くレベルまでは速度を落とすことができないそうだ。
これだけ聞くとやはり微妙そうなスキルに思えるが、有効なダンジョンもあるらしい。迷宮エリアが存在するダンジョンだ。
迷宮エリアは大部屋以上の部屋が遊園地などにある巨大迷路のようになっているエリアのことだ。このエリアでは戦闘スペースが通常の通路サイズしかなく、その上でモンスターは通常の部屋にいるように大量に配置されている。このため、近接武器を使う軽戦士にとっては非常に有用なスキルになるそうだ。
また、通常のダンジョンであってもワイバーンやドラゴンなどの大型の飛行モンスターがいる場合には有用なケースがあるらしい。ダンジョンには天井があるので飛行モンスターに対して上空から仕掛けることが可能になるからだ。まあ、こちらに関しては天井を走れるくらいまでスキルレベルを上げる必要があるらしいが。
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