第28話 巡回開始(2)

「やっぱりモンスターはいないか」


 大部屋の前に到着し、慎重に中を窺ってからつぶやく。予想通り大部屋にはモンスターが1匹もいなかった。

 モンスターの氾濫を防ぐために巡回してもらっているのにこんなことを考えるのはいけないんだろうが、こちらとしてはレベル上げ用のスライムくらいは残しておいてほしかったと思ってしまう。

 佐藤さんに相談して巡回する隊員さんたちに依頼してもらおうか?

 いや、まだそう決めるのは早いか。調査の時と違って隅々まで巡回する必要がないのであれば手前の大部屋は見逃されているかもしれない。相談するのはそっちを確認してからで問題ないはずだ。


 さて、せっかくだし大部屋の先くらいは確認しておくか。第2階層に降りるかどうかはその先次第ということになるだろうが。

 そんなことを考え、先へつながる扉へと歩き出した。



 大部屋の先には今までと同じような岩肌の通路が続いていた。

 歩くこと数分、通路が左へと曲がっているところでおなじみになった違和感を感じた。どうやらここにも罠が仕掛けられているらしい。

 慎重にバットを使って周囲を調べる。だが、地面や壁を押してみても特に変化はない。

 ゆっくりと歩きながら曲がり角へと近づく。

 すると、ヒュッという風切音と同時に右肩に痛みが走った。


「っつ」


 痛みを感じた右肩を見ると着ていたトレーナーが破れて傷ができていた。

 続けて地面に視線を移してみると、少し離れた場所に血の付いた矢が落ちている。

 どうやらここの罠は一定以上侵入すると矢を撃ってくるタイプらしい。

 落ちている矢を拾いに行き、観察してみる。

 見たところ、特に変わったところのない一般的な矢のようだ。まあ、弓道の経験があるわけでもないので映像や画像による知識だが。

 矢じりについても詳しく見てみるが俺の血以外には何も付着していない。さすがに第1階層の罠ということもあって、毒物は塗られていなかったのだろう。現に俺の体調にも特に変化はない。


 しかし、ここからどうしようか。

 何となく出ばなをくじかれたような気分だ。本当であれば第2階層を軽く見学くらいしてみようかと思っていたのだが、ここで引き返して手前の大部屋でのレベル上げに向かうべきだろうか。

 この矢が警告、というのは考えすぎなのだろうが、正直あまりいい気分はしないし。


「ふー」


 通路の真ん中で大きく息を吐くと先ほどから考えていた結論を口に出す。


「よしっ、手前の大部屋に戻ろう。第2階層はまだ俺には早かったんだ」


 そう方針を決めると、拾った矢を背中に背負ったリュックへとしまって通路を引き返し始めた。



 通路を引き返してから30分ほど経っただろうか、この日初めてモンスターを発見した。

 慎重にあたりを窺うが、周囲には他のモンスターはいない。どうやら、目の前のグリーンスライム1匹らしい。

 そうとわかれば、グリーンスライム1匹相手にためらう理由はない。矢の罠で受けたダメージもほぼ回復している今、目の前のグリーンスライムは俺にとって経験値でしかなかった。


 グリーンスライムを経験値へと変えてからしばらくたった後、手前の大部屋の扉の前にたどり着いた。

 扉の外からでは内部の様子がわからないため、巡回チームが巡回ルートから外したかどうかは不明だ。

 だが、先ほどグリーンスライムに遭遇した以上、この大部屋にはスライムたちが残されている可能性は高いだろう。

 期待を胸に扉へと手を触れる。

 そしてゆっくりと扉を開いていった。


 開いた扉から大部屋の中を窺う。

 そこには赤、青、緑の球体たちがポンポンと飛び跳ねていた。どうやらこの大部屋は巡回ルートから外れていたようだ。

 そのことに喜びつつ部屋の中を観察していると、部屋の中央付近にいたレッドスライムから火の矢が放たれた。

 慌ててバットを正面に構え、火の矢に備える。

 その間に他のスライムたちの様子を窺うが、警戒しているのか普段と比べて部屋の奥の方にスライムたちが集まっているように思える。

 だが、全くいないというわけでもないようだ。レッドスライムの火の矢に合わせて飛び込んでくるスライムたちが3匹いる。

 火の矢をバットで打ち消しながら、身体でスライムたちの体当たりを受けとめる。

 飛び込んできたのはグリーンスライム2匹、ブルースライム1匹らしい。

 すぐさまバットを目の前のスライムたちに振り回し、牽制を行う。これでこのスライムたちは俺をターゲットとして認識したはずだ。

 視線をスライムたちからそらさずにゆっくりと後退する。

 先頭にいたブルースライムがこちらに飛びかかって来た瞬間、反転して後方の扉へと駆け出した。



 扉を抜け、少し先の通路でスライムたちを待ち構える。

 スライムたちの出現が遅くても特に焦りはしない。ここ最近ずっとやっていて気づいたのだが、あいつらは単純に移動速度が遅いのだ。


 そうして待つこと数分、先ほどのスライム3匹が通路へと顔を出した。残念ながら追加のスライムはないらしい。

 部屋からの釣り出しを行っているとたまに対象外のスライムが一緒についてくることがある。さすがにレッドスライムが同じように釣り出されるということはなかったが、釣り出す数が増えるのは経験値が増えることなので期待していたのだが。

 残念に感じつつもスライムたちに近づき、いつも通り危なげなく始末していった。


 その日は結局、同じようにスライムの釣り出しを2回繰り返したところでダンジョンを後にした。


 釣り出しの際にレッドスライムにも挑発をかけてみたが、さすがにレッドスライムに対してはうまくいかなかった。どうやらレッドスライムには釣り出しが効かないらしい。

 そうなると部屋の中で正面からやりあう必要があるのだが、2匹同時に相手するのはまだ難しい。

 やはり、レベル上げを含め、俺自身の戦闘能力の向上を図っていかなければ複数のレッドスライムの相手はできないのだろう。

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