第20話 剣術道場(2)

「稽古はどうですか?」


 休憩となり、座り込んで壁に背をもたれさせながら休んでいると美冬ちゃんからそう問いかけられた。

 顔を上げて美冬ちゃんを見上げる。1時間ほどの稽古でバテ始めている俺とは違い、美冬ちゃんはまだまだ余裕そうだ。


「思っていたよりもきついね。ダンジョンに入るようになったからもう少し体力がついてると思っていたんだけど。やっぱりもう年かな」


「達樹さんで年だったら、私ももうおばさんになっちゃうじゃないですか。きっと年ではなく運動不足が原因です。ダンジョンに入る以外にも運動してください」


 美冬ちゃんが笑いながら隣に腰を下ろす。

 しかし、美冬ちゃんの年でおばさんか。まだ20代のはずだが、やはり30が近くなると女性はそういうことを意識するようになるんだろうか?俺の感覚だとおばさんというと40代、50代のイメージなんだが。

 ……まあ、話題を変えよう。女性相手に下手に年齢の話をするのはまずい。


「そういえば、美冬ちゃんもダンジョンに挑戦しているって聞いたけど、どうなの?」


「そうですね。以前は週末にダンジョンへと通っていたんですが、最近は全くいけていないですね」


「それはどうして?」


「私は会社の女の子たちとパーティーを組んでダンジョンに通っていたんですが、昨年の例の事件以降状況が変わってしまったんです。もともとは低階層を主体としていたんですが、メンバーの中には低階層でも行きたくないという子も出まして。それでもしばらくは残ったメンバーで低階層を主体に活動していたんですけど、最近ではもともと高階層で活動していたパーティーが低階層で活動するようになってしまっていてほとんど稼げなくなっているんですよ」


 そういえば、ダンジョン管理機構の佐藤さんも言っていたな、低階層の探索者が減ったことで高階層の探索者の探索が停滞しているって。


「それじゃあ、もうダンジョンには挑戦しないの?」


「そうですね、少なくとも今のダンジョンを取り巻く環境が改善されない限り今までのパーティーで挑戦することはないと思います」


「そうなんだ。……ちなみにダンジョンを取り巻く環境が改善されるような兆候とかはないのかな?」


 せっかくなので今のダンジョン関係の状況がどうなっているのか質問してみた。一応、佐藤さんから説明は受けているが探索者から見てどう映っているのかっていうのも気になる。


「うーん、状況の改善というような兆候はないですね。事件直後のように探索者の数が一気に減るようなこともないですが、増えることもないようですし。この間の4月の探索者募集を管理機構の人たちは期待していたみたいですが、それも思ったほどでもなかったそうですよ。そんな感じなので、今は停滞という状況だと思いますね」


「そうなんだ、ありがとう。参考になったよ」


 美冬ちゃんからの情報を聞いて、やはり自分でダンジョンの攻略を進めるしかないのだなと改めて感じた。

 ただ、停滞というのはきついな。悪化するよりはましなんだが、ダンジョン産の装備やアイテムを手に入れるのが難しくなるかもしれない。

 そうなると自分自身で調達するしかないのだが、俺はまだダンジョンから何も入手していないんだよなあ。



「そろそろ始めるぞ」


 龍厳さんの声を聞き、ダンジョンのことについて考えていた意識を稽古の方に戻す。隣を見ると、美冬ちゃんはすでに準備を終えて龍厳さんの隣に立っていた。


「すいません」


 俺も急いで立ち上がり、龍厳さんへ謝罪する。


「まあ、そう気にするな。じゃが、ここからは美冬と2人で形稽古と地稽古をするんでな。悪いがお前さんは儂らの稽古を見ながら先ほどまでの稽古を思い出して素振りをしておいてくれんか」


 龍厳さんはそう言うと、美冬ちゃんと向き合って礼をすると形稽古を始める。俺も龍厳さんに言われたとおり、2人の稽古を横目に素振りを始めることにした。

 30分ほど経っただろうか、2人は再び礼をして形稽古を終了したようだ。

 だが、2人は得物を木刀から竹刀に持ち替えて再び向き合ったかと思うと、礼を行うなりいきなり打ち合いを始めた。

 どうやら先ほど言っていた地稽古とはここでは試合形式の稽古を指すようだ。


 自分自身の素振りを忘れて2人の稽古に見入ってしまう。

 基本的には美冬ちゃんが仕掛けてそれを龍厳さんがいなし、反対に打ち込むという形になっている。

 やはり龍厳さんと美冬ちゃんでは実力差が相当にあるのだろう。この稽古は美冬ちゃんが龍厳さんに胸を借りているというような形に見える。

 どれくらい見入っていたのだろうか、最後は龍厳さんの「これまで!」という言葉で終了となった。

 最後に礼をした後、美冬ちゃんは倒れるように崩れ落ちる。それを見て、慌てて駆け寄って身体を支える。


「美冬ちゃん、大丈夫?」


 だが、美冬ちゃんからは荒い呼吸が返ってくるだけで返事がない。道場の時計を見ればすでに12時である。あれほどの打ち合いを30分間も続けていたのだ。であれば仕方がないのかもしれない。

 美冬ちゃんを支えてそのまま道場の壁まで移動して、壁にもたれさせる。


「すい……ません。……ありがとう……ございます」


 美冬ちゃんが少し落ち着いたことを確認し、龍厳さんに疑問を投げかける。


「少し、厳しすぎるんじゃないですか?」


「うん?そんなことはないぞ。いつもこんなもんじゃ。まあ、今日はお前さんが見ているんで美冬は多少見栄を張ったようではあるがのう」


 見栄を張ったって、それがわかっているのであればそれなりに加減をしてあげればいいのに。


「あとは片づけて今日の稽古は終了じゃが、昼飯はどうする?美冬が作ってきているらしいから食べていくじゃろう?」


 どうすると言いつつ、選択肢がないような気がする。まあ、そんなことは今に始まったことではないので気にしないが。


「それでは、申し訳ありませんが昼食をよばれていくことにします」



 その後、回復した美冬ちゃんとともに道場の片付けを行い、美冬ちゃんの手料理という昼食をごちそうになった。

 昼食中はやはりというか何というか、龍厳さんがダンジョンに挑戦したいと言っては美冬ちゃんから却下を食らうという展開が繰り返されていた。龍厳さんはどんだけダンジョンに入りたいんだよ……。

 また、道場通いについては結局俺も美冬ちゃんと同様に週1回、土曜日に稽古をつけてもらうことにした。正直、龍厳さんと2人だけの稽古とか身が持たなさそうなので遠慮させてもらいたかったのだ。

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