第19話 剣術道場(1)
「おはようございます」
引き戸を開き、意識して大きな声であいさつする。ここは佐々木剣術道場の道場だ。昨日の約束通り、朝から佐々木剣術道場を訪ねてきていた。
「おう、来たか。まあ靴を脱いで上がってこい」
龍厳さんの声を聞き、顔を上げて道場の中を見渡す。板張りの広い道場の中には龍厳さんの他に1人しかいなかった。
人の少なさに疑問を感じつつ、龍厳さんの言葉に従って道場へ上がる。
「おはようございます」
道場へ上がると龍厳さんの他にいたもう1人からあいさつを返される。
佐々木美冬、龍厳さんのお孫さんだ。すらりとした長身で背は170ある俺と同じか少し低いくらい。きれいな黒髪を背中まで伸ばし、それを後ろで束ねている。きりっとした顔立ちでかわいいというより、きれいやかっこいいといった形容詞が似合う女性だ。
俺が彼女と会うのは紅葉おばさんが亡くなったとき以来となる。確か俺よりも5歳年下だったはずなので今は29歳のはずだ。
彼女に軽く会釈を返し、龍厳さんに向き合う。
「美冬ちゃんしかいませんが、来るのが早かったですか?」
今の時刻は9時半を少し回ったところだ。10時からと言われていたが準備があるかもと思い早めにやって来ていた。
「いや、今日は美冬だけじゃ」
「えっ?」
龍厳さんの回答に驚きの声を上げる。昨日確かに土曜日は道場を開いていると聞いたはずだが、それが1人だけ?
「以前は他の町で道場を開いている奴らが門下生を連れてきたりしておったんじゃが、ダンジョンが出現して以降は門下生がずいぶんと増えたようでのう。今ではこっちに顔を出さずに自分とこの道場で稽古をつけているようじゃ。そんなわけで、最近は道場を開いているといっても美冬と2人で鍛錬しておるだけじゃな」
「あー、そうなんですか。それだったら龍厳さんも新しく門下生をとればよかったんじゃないですか?」
「儂も歳じゃし、今更新しく門下生をとろうとは思わんよ。面倒じゃしの。それじゃったら美冬と2人で鍛錬しておる方がよっぽどましじゃ」
「それだったら、もしかすると俺が入門を申し込んだのは迷惑だったんじゃないですか?」
龍厳さんの言葉に今更ながら確認する。知り合いの気安さで入門を申し込んでしまったが、迷惑になるのであれば申し訳ない。
「ああ、それは構わんよ。知らん相手に一から関係を築くのが面倒じゃという話じゃからの。お前さんであれば今更遠慮することもないしの」
龍厳さんの回答を聞いて安堵する。どうやら迷惑にはなっていないようだ。ただ、遠慮なしでいいという言葉には若干引っかかるものがあるので、一応申し付けておく。
「お手柔らかにお願いします」
だが、龍厳さんからは言葉ではなく笑顔が返ってきた。心配になるのでそういうのはやめてほしい。
そこでふと確認すべきことを確認できていないことに気付いた。稽古が始まる前に聞いておこうと思っていたのに、人の少なさに気を取られて忘れていた。
「そういえば、稽古の服装はどうすればいいですか?一応、ジャージとダンジョンで装備している防具であれば車に積んできているんですが」
「うん?そうじゃのう、一応は入門という形になるんじゃから道着を着るといい。昨日のうちに新しい道着を用意しておいたんじゃ。持ってくるからちょっと待っとれ」
龍厳さんはそう言うと道場を出て行った。おそらく自宅の方に道着を置いているのだろう。
どうやらジャージと防具は持ってきたものの無駄になるようだ。まあ、龍厳さんも美冬ちゃんも道着を着ているし、その横でジャージで稽古するというのもあれだ。ここは素直にお借りすることにしよう。
その後、道着を持って戻ってきた龍厳さんに着付けを教わりながら道着に着替えた。
「じゃあ、始めるかの」
着替え終えた道着を引っ張ったり、眺めたりして確認していると龍厳さんからそう声がかかった。道場の壁に掛けられた時計を確認するともう10時になるところだった。
龍厳さんの声に反応して美冬ちゃんが龍厳さんの前に移動したのにならって、俺も龍厳さんの前に移動する。どういう稽古をするのかわからないのでとりあえずは美冬ちゃんの行動を真似つつ指示を待つことにしよう。
と思っていたら、最初にやるのは準備運動だった。何となく気がそがれるような思いをしつつも、龍厳さんや美冬ちゃんの動作を真似て身体をほぐしていく。
その次は道場への入退場の仕方などの道場での礼儀作法だった。道場への入り方などすでに手遅れなんじゃと思ったが、次から気を付ければいいそうだ。
龍厳さんに教わりつつ作法を学んでいく。申し訳ないことに隣では美冬ちゃんがひとつずつ正しい作法の手本を見せてくれる。そのおかげで、慣れない動きに戸惑いつつもどうにかひととおりの礼儀作法を教わることができた。
礼儀作法の指導が終わると龍厳さんは後ろから刀を2本取り出してきた。
「まずは抜刀と納刀じゃな」
そう言いながら俺に刀を1本渡してくる。両手で受け取るとずっしりとした鉄の重さを感じた。というか、これ真剣じゃないよな?
俺の不安をよそに龍厳さんは抜刀と納刀の仕方を教えてくる。言われたとおりに刀を抜いてみようとするがうまく抜くことができない。
隣に目を向けると美冬ちゃんがきれいな動作で抜刀と納刀を見せてくれた。俺と目が合うと得意そうな笑顔を見せる。
何となく悔しかったので自分でも抜刀と納刀を繰り返して練習してみる。しばらく繰り返すとどうにか見れる程度には抜刀と納刀の動作ができるようになった。
その動作で龍厳さんも一応納得したのか、次の稽古に移ることになった。次は剣術の基本動作と足さばきの稽古だ。
剣術の基本動作をダンジョンで活かすことができるかはわからないが、足さばきについては俺の戦い方でも活かしていくことできるだろう。
得物を刀(模擬刀だった)から木刀に持ち替え、龍厳さんが手本を見せてくれる。俺も木刀を受け取って動きを真似てみる。しかし、細かいところなどが違うのだろう。龍厳さんから容赦なく木刀でのつっこみが入る。
その後も基本動作や足さばきの稽古を繰り返したところで休憩となった。
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