第16話 対複数戦闘訓練と対策(2)

「うーん。しかし効率が悪いよなー」


 通路に座り、壁に背をもたれさせながらつぶやく。

 すでにダンジョンに入ってから2時間近く経過している。今までであればすでにダンジョンから出ていた時間だ。

 スライムを追い立てるのに時間がかかったのは確かだが、やはり原因は通路にいるモンスターの少なさだろう。モンスターの数がもう少し多ければ、探す時間も追い立てる時間も短縮できるのだが。

 しかし、ダンジョンに挑戦し始めてすでに1週間以上経過しているが、通路で遭遇するのは日に4匹が精々だ。

 ダンジョンの探索時間を2時間としているのは単に無理のないように抑えているだけなので時間は伸ばすことができる。だが、探索時間を伸ばして遭遇するモンスターの数を増やしたところで効率が悪いのは変わらない。


「1度部屋に入ってみるか」


 漠然と考えていたことを口に出してつぶやく。

 正直、ダンジョン産の防具を装備したことでスライムの攻撃は大した脅威ではなくなっている。

 実際、今日もブルースライムの体当たりをまともに顔に受けたが大したダメージになっていない。以前に不意打ちで背中に体当たりを受けた時の方がダメージとしては大きかったくらいだ。

 なので、おそらくスライムに多少たかられた程度ではどうこうなることはないはずだ。さすがに落とし穴とかに引っかかって逃げられない状況でたかられるとまずいとは思うが、ヒットアンドウェイの形でやれば大丈夫だろう。最悪たかられたとしても強引に突破して逃げれば大丈夫なはずだ。


 それよりも問題なのは、やはり対複数の戦闘だろう。今回も最初の内こそ全体を意識できていたが、1匹目のグリーンスライムを倒すときに他のスライムから意識をそらしてしまっていた。相手がスライムであったからどうにかなっているが、これは今のうちに慣れておかなければまずい。

 いっそのこと武術か何かの道場にでも通ってみるか?今使っているのは金属バットだが、いずれはダンジョン産の武器に持ち替えることになるだろうし。


「ダンジョンの部屋か、道場か」


 通路の天井を見上げてつぶやく。

 先を見据えるのであれば道場に通う方が良いんだろうが時間はかかるだろう。

 なら、両方やるか?

 道場に通いつつ、ダンジョンの部屋にも挑戦する。道場で学んだことをダンジョンで試していけば上達も早くなるだろうし、良い考えな気がする。


 ……いや、いくらなんでも楽観的すぎるか。

 でもなあ、他に思いつく方法というと別の公開ダンジョンで効率のいい場所を探すといったところだが、それだと結局ダンジョンの部屋に挑戦するのと危険度的に変わらない気がするんだよなあ。


 結局、対複数を想定した戦闘訓練についての結論を出せないまま、その日の探索を終えることになった。




 翌日、朝食をとり終えた後、日課の散歩に行かずに車を走らせていた。

 昨日、ダンジョンから帰った後も色々と考えたのだが、結局ダンジョンの部屋への挑戦と道場通いの両方をやることにしたのだ。なので今は通おうとしている道場へ挨拶をしに行くところだ。


 数分後、車をコインパーキングに止め、古めかしい門の前に立っていた。


“佐々木剣術道場”


 それが俺が通おうとしている道場の名前だ。

 門の横に設置されているインターホンを鳴らして訪問を告げるとそのまま家まで来るように言われる。言葉に従って通用口を抜けて敷地の中へ入ると庭に植えられた立派な松の木が見えた。

 それを横目に庭の飛び石を辿って自宅となっている建物に向かう。


「ごめんくださーい」


 家の前に着くとそのまま引き戸を開けて声をかけた。


「おう、来たか。まあ、上がれ」


 声をかけるとすぐに家主がやって来て声をかけられる。道場主でもあり、紅葉おばさんの飲み友達でもあった佐々木龍厳さんだ。もう70を超えているのに未だに衰えが見えない御仁だ。


 言葉通り家に上がると居間に通される。通されてすぐに龍厳さん手ずからお茶を出された。龍厳さんは一人暮らしなのだ。


「ありがとうございます」


 お茶を受け取り、礼を言う。すると向こうから用件を尋ねてきた。


「それで、うちの道場に入門したいと言っておったが、急にどうしたんじゃ?田舎に引っ込んできて暇でも持て余したのか?」


「いえ、実は家の前の空き地にダンジョンが出現してしまいまして」


「ほう、ダンジョンのう」


 俺が事情を説明しようとダンジョンのことを口にすると龍厳さんは嬉しそうにそうつぶやく。その表情にイヤな予感を覚えながらも続ける。


「はい。それで、ダンジョンの攻略を進めようとしているんですが、何しろ武術の経験がないので戦い方がよくわからなくてですね。それで龍厳さんに教えていただけないかと思って伺った次第です」


「ふむ。まあ、構わんのじゃが、条件がある」


「条件ですか?」


「そうじゃ。その条件は儂をダンジョン攻略に加えることじゃ」


 龍厳さんの口から告げられた条件に頭を抱えたくなりながらも言葉を返す。


「いや、ダンジョン攻略に加えろと言われても俺じゃ判断できないですよ。そういうことはご家族と相談してもらわないと」


「はぁ。お前さんもそんなことを言うのか。美冬も自分はダンジョンに入っているくせに儂には駄目じゃと言いおって」


 美冬というのは龍厳さんのお孫さんの名前だ。というか、すでに止められているんだったら俺にそんな条件を出さないでほしい。


「どうしてもかの?」


「すでに反対されているものに俺は許可できませんよ」


 重ねて確認してくる龍厳さんにげんなりしつつ答えを返す。


「そうか。まあ、仕方ないの」


「えーと、入門の件はどうなるんでしょうか?」


 残念そうにうなだれる龍厳さんに確認する。


「ああ、それは構わんよ。それでいつから来るんじゃ?一応、道場を開いているのは土曜日じゃが、いつでも構わんぞ」


 今日が金曜日だから、明日の土曜日は道場が開かれているのか。


「じゃあ、明日の土曜日に来させてもらってもいいですか。どういう形の稽古かも分かりませんし、今後のことは明日相談させてもらうということでお願いします」


 その後、稽古の時間を確認し、近況報告や世間話をして龍厳さんの家を後にした。世間話の大半はダンジョン攻略を禁止されているという龍厳さんの愚痴だったが。

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