第9話 ダンジョン初挑戦(1)
ダンジョンへ挑戦するための準備を終えた翌日、ダンジョンの監視小屋の前で佐藤さんが来るのを待っていた。
なぜ待っているのかというと、探索者登録の講習会で初回挑戦時は事前にダンジョン管理機構に連絡を入れるようにと注意されており、今日連絡を入れると佐藤さんから「ダンジョンの入退場を記録する機器の動作チェックの立ち合いをしますので」と言われたからだ。
機器の立ち合いをすると言っていたが、もしかしたらダンジョンに初めて挑戦する俺に対する最終確認も含まれているのかもしれない。ただでさえ探索者が減少しているというのに、初心者探索者が無茶な挑戦をして死亡事故など起こした日にはダンジョン管理機構としては目も当てられないだろうし。
そんなことを考えているうちに道路の向こうから車がやってくるのが見えた。どうやら来たようだ。
「おはようございます」
停車した車へと近づき、降りてきた佐藤さんに向かってあいさつする。
「おはようございます。お待たせしてしまったようで申し訳ありません」
「いえいえ、こちらが勝手に先に外に出ていただけですのでお気になさらず」
簡単に挨拶を済ませ、2人並んで監視小屋へと歩き出す。
「では、早速ですが入退場システムの動作確認を始めますか?」
監視小屋の近くまで来たところで佐藤さんが聞いてきた。
「そうですね。お願いします」
特に他に先に済ますことも思いつかなかったので早速始めてもらうことにする。
すると、返事を聞いた佐藤さんが監視小屋の鍵を開けて中に入り、監視小屋の出窓部分にノートパソコンをゴツくしたような機材を置いた。古いワープロのようなものといえばわかりやすいだろうか。
「これが入退場システムの機材ですか?」
「ええ、そうです。すぐに配線を終わらせますので少しお待ちください」
俺が尋ねると佐藤さんは監視小屋の中で機材への配線を行いながらこちらを向かずに答えた。そして、配線を終えた佐藤さんは機材の電源を入れ、きちんと起動することを確認してから外に出てきた。
「先ほどもお答えしましたが、これが入退場システムです。今後、森山さんがダンジョンへ挑戦する際に毎回利用する物ですね」
佐藤さんは機材のモニター画面を外に向けて調整しながらそう言った。
「では、使い方を説明いたします。といっても難しいところは特にないのですが」
佐藤さんが苦笑しながら言う。
その後、佐藤さんから説明された使い方は言葉のとおり何も難しいことはなかった。
まず、機材の電源を入れてメニュー画面を表示させ、タッチパネルで“ダンジョン攻略”ボタンを押す。すると登録証の読み取りを指示されるのでモニターの手前に設置されているカードリーダ部分に登録証をタッチする。画面に探索者情報が表示されるのでタッチパネルの“確認”ボタンを押す。最後に退場予定時刻の入力が求められるのでタッチパネルから時間を入力して終了だ。
「以上で入退場システムについての説明は終わりですが、何かわからないことはありますか?」
最後に佐藤さんから確認されたので、特に問題ないと返す。
「ところで、これからダンジョンに挑戦される予定ですか?」
「ええ、そのつもりです。といっても、今日はダンジョンの中の様子を見に行くくらいのつもりですが。何かおかしなところがありますか?第1階層のモンスターはスライムだと聞いていたのでこの程度で十分かと思ったのですが」
佐藤さんにそう返しながら自分の服装を確認する。
今日の服装は上が黒のトレーナーで下がジーパン、そして手にはバッティンググローブを付け、足には会社で使っていた安全靴を履いている。背中にはタオルとお茶が入ったリュックを背負い、左肩にはケースに入れたままのバットをかけ、右手にはヘルメットをぶら下げている。
「いえ、その予定であれば問題ないと思います。ただ、攻略を進めようとするのであれば防具をそろえておかなければ厳しくなりますので。といってもこんなことは講習会でも聞いているとは思いますが」
「そうですね。いずれ防具はきちんと揃えるつもりです。心配していただいてありがとうございます」
さすがに俺も普段着でダンジョン攻略が進められるとは思っていない。とりあえず、しばらくスライム相手にやってみてどの程度動けるか、どういう防具であれば動きやすいかを確認してみるつもりだ。
他に何かあるか聞いてみると「隣のロッカーはご自由にお使いください」と言われた。家の方からは見えなかったが、監視小屋の隣には駅にあるような鍵付のロッカーが置かれていたのだ。どうやらこれは探索者用のロッカーだったらしい。そういえば講習会のときにそんな話をしていたような気もする。
ちょうどよかったので肩に下げたケースからバットを取り出し、取り出したケースをロッカーの中に入れておくことにした。ロッカーの大きさを考えると贅沢な使い方だが、目の前に家があるのだから仕方がないだろう。
取り出したバットを軽く振って問題ないことを確認し、ダンジョンに向かうことにした。入退場システムには先ほどの確認の際に2時間の予定だと入力済みだ。
佐藤さんに声をかけ、右手に持っていたヘルメットをかぶってダンジョンクリスタルへ近づく。ダンジョンクリスタルへ触れて現在のダンジョンの階層数を確認するためだ。
さすがに1週間程度ではダンジョンも成長しないようで、ダンジョンは以前確認したときと同じ6階層のままだった。
そのことに安心して、ダンジョンの入り口に向き合う。そして、深呼吸を1つしてダンジョンへと足を踏み出した。
ダンジョンの入り口から地下への階段を進む。階段はビル2階分くらい降りたところで終わった。
階段から降りてダンジョンの地面に立つ。
しばらくそのままにしていると暗闇にも目が慣れたのか周囲の様子がはっきり分かるようになった。
ダンジョンの中は洞窟状になっているようで壁や天井がむき出しの岩肌を見せている。壁に近寄り、手袋をはずして手で触れてみるとひんやりとした岩の感触が伝わってきた。
手袋を付け直して足で地面を蹴ってみる。表面がわずかに削れて土が飛んだ。石のような硬い材質ではなく、土を固められた地面のようだ。
壁と地面の確認を終えて通路に向き直る。とりあえず見える範囲にモンスターはいないようだ。念のためにヘッドライトのスイッチを入れて確認する。明るい光が通路を照らしだしたがやはり何もいない。
右手に持った金属バットを強く握り直し、通路を進みだした。
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