第5話 ダンジョンについて(1)

 佐藤さんを家の中へ招き入れ、居間へと案内する。一度お茶の用意のために席を外し、お茶を出してからテーブルを挟んで向かい合った。


「それではダンジョンについての話し合いを始めさせてもらいます。まず質問なのですが、森山さんはダンジョンを公開する意思がおありですか?」


「公開する意思、ですか。……公開した場合と公開しなかった場合でどういう違いが出るのでしょうか?」


 ダンジョンの公開について漠然としたイメージしかなかったので、逆に質問を返す。


「そうですね。まず公開するかしないかですが、これは一般の探索者を受け入れるかどうかです。そして一般の探索者を受け入れる場合は基本的に24時間いつでも開かれているという形にする必要があります。これはダンジョン攻略の時間を完全にコントロールすることができないためですね。ですから公開する場合はダンジョンに24時間いつでも探索者がやってくる可能性があるということになります」


「それだとセキュリティ的にあまりよくなさそうですが、何かメリットはあるのですか?」


 佐藤さんの回答を聞いて、公開しない方向に意思を傾けつつ一応確認してみる。


「もちろんメリットはあります。いえ、ありましたというべきかもしれませんが。とにかく、一般の探索者を受け入れるということはそれだけダンジョン攻略の可能性が増えることになるわけです。ですからそれがメリットということになります。また、一般から探索者を受け入れれば1日に1時間以上ダンジョンに挑戦しなければいけないという制約についてもクリアしやすいという面もあります。それとセキュリティ面についてですが、公開ダンジョンとなった場合はダンジョンの入り口周辺に管理用施設を建設させていただき、職員が駐在する形となります」


「そうですか。しかし、メリットがありました、というのはどういうことでしょうか?」


「それについてはこちらをご覧ください」


 そう言って佐藤さんは横に置いていたカバンからノートパソコンを取り出し、その画面をこちらに向ける。佐藤さんがしばらく操作して“ダンジョン攻略と探索者数の遷移”という題が付けられたファイルが開かれた。

 ファイルにはグラフが描かれており、月単位のダンジョン攻略階数と探索者数を示しているようだった。


「こちらのグラフを見てもらえばわかると思うのですが、今年に入ってからダンジョン攻略階数と探索者数の数が大きく減少していることがわかると思います」


 言われて見てみると、ダンジョン管理機構が設立された2年前の7月から順調に数を伸ばしていた探索者数の数が今年に入ってからガクッとその数を減らしていた。


「これは昨年の12月25日に起きたダンジョン撮影クルー怪死事件の影響によるものです」


「あぁ」


 思わず声を出してしまう。その事件は俺も聞いたことがあった。確か昨年のクリスマスにネットテレビの番組がダンジョン攻略の生中継を企画し、ダンジョンに入ったタレント、撮影クルー全員が全滅した事件で、確か“闇のクリスマス事件”とか呼ばれていたはずだ。


「現在、この事件の影響で活動している探索者の数が大幅に減少しているのです。ですから先ほど公開した場合のメリットとして挙げたものが実際にメリットとなるかが分からないということになっています」


「でも、この事件以前にもダンジョン内の死亡事故の話は聞いたことがあったと思うんですが、そんなに影響が大きかったのですか?」


 俺は疑問に感じたことを問いかけてみた。

 この事件の前にも月に2、3件は死亡事故のニュースが流れていたはずだ。確かにこの事件では全滅したときの映像が生放送で流れてしまい、それがインターネット上にも拡散されてかなりの反響が出ていた。だが、そんなことは実際にダンジョン攻略を行っている人たちからすればすでに承知のことだったのではないのか?


「もちろん、それについては理由があります。今まで起きていた死亡事故については、レベルに合っていない高階層に侵入した探索者や経験の浅い初心者の探索者が無理をした結果発生した事故でした。しかし、この事件が起きたダンジョンの撮影予定エリアは事前に安全が確認されていた低階層エリアだったのです。それが実際に撮影のために侵入してみると転移トラップによってモンスターハウスに全員が飛ばされて全滅してしまうという事態になってしまいました。結果、すでに安全が確認された低階層でも死亡事故につながる危険な罠が仕掛けられているのではないかという不安感が低階層で活動していた低レベル探索者たちを中心に広まり、低レベル探索者たちが激減することとなりました。さらに、低階層のモンスターを倒していた低レベル探索者たちがいなくなった結果、高階層へ進むために低階層のモンスターたちも倒さなければならなくなった高レベル探索者の攻略も停滞し、稼ぎの悪くなった高レベル探索者たちにも引退を考える者たちが出始めているという始末です」


 そこまで一息に話すと、佐藤さんは目の前の湯飲みに手を付けた。


「そういう事態になっていたのですか。では今のダンジョンの管理はどのようになっているのですか?」


 佐藤さんが一息つくのを待って俺は質問した。


「正直あまり良い状況ではありません。交通の便が良い人気のあるダンジョンであれば探索者の数が確保できているのですが、交通の便が悪い人気のないダンジョンでは探索者の確保ができず、自衛隊の攻略部隊からモンスターの氾濫を起こさないように巡回を依頼をしなければいけないという事態になっています。ですので、最初に公開されますかとお聞きしましたが、おそらくここのダンジョンも公開しても探索者の数が確保できないということになるのではないかと思われます」


「探索者が確保できない場合のダンジョンの管理はどうしているのですか?私がダンジョン攻略に向かってモンスターの氾濫を起こさないようにしなければならないのでしょうか?」


「いえ、先ほどもお話ししましたが、探索者の確保できないダンジョンには自衛隊の攻略部隊から人員を回してもらってモンスターの氾濫が起きないようにしています。これは公開、非公開に関わりなく手配していますので森山さんが無理をしてダンジョンに挑戦される必要はありません。残念ながら、モンスターの氾濫を防ぐだけでダンジョン攻略にまでは手が回らないのですが」


「そうですか」


 そう言って俺は湯飲みに口を付ける。

 どうやら、ダンジョンについては公開してもしなくても結果に変わりはなさそうだ。公開してもこんな町はずれのダンジョンに挑戦しにくる探索者は少数だろう。であれば最初からダンジョンを非公開にして無関係の人たちが入り込まないようにした方がいい。

 俺はそう結論を出し、それを口にした。


「では、うちのダンジョンは非公開ということにしてください。そして、申し訳ありませんが自衛隊の方たちによるモンスターの氾濫を防ぐための巡回をお願いいたします」


「わかりました。森山さんのところに出現したダンジョンは非公開とするように手配いたします。もちろん自衛隊による巡回の手配も致します。しかし、そういうことであれば森山さんはダンジョンへ挑戦されず探索者にもなられないということでよろしいですか?」


「いえ、ダンジョンヘは挑戦したいと思います。なので探索者登録をお願いします」


 俺はダンジョンが現れてから考えていたこと、そして先ほどの話で決意を固めたことを口に出した。紅葉くれはおばさんから受け継いだこの土地にダンジョンを残しておくわけにはいかないだろう。そう思っていたのだ。

 自衛隊や他の探索者に任せてダンジョンの攻略が可能であればそれでもいいと思っていたが、残念ながらそれは叶わなさそうだ。であれば、自分でダンジョン攻略に挑戦するしかないだろう。


「よろしいのですか?こちらとしてはありがたいお話ですが」


「はい、構いません。家の前にダンジョンを残したままにしておくわけにもいきませんので」


「わかりました。では探索者登録の手配をさせていただきます」


 佐藤さんはそう言ってカバンから書類を取り出す。


「こちらが探索者登録のため申請用紙となります。後ほど内容を記入して身分証のコピーと一緒に私に渡してください。申請手続きはこちらでさせていただきますので。また、探索者登録の完了は月に2回行われている講習会の受講が完了してからとなります。講習会の受講後に登録証が渡されることになりますのでダンジョンに挑戦する場合はその登録証を使用してください」


「次の講習会がいつかはわかりますか?」


 俺は書類を受け取って質問する。


「次は今週の土曜日ですね。今日書類をいただければ次の講習に間に合うとは思いますが、詳しくは後日届く受講案内を確認してください」


「そうですか」



 その後、俺と佐藤さんはダンジョン監視用の仮設小屋の設置予定について話を詰めて話し合いを終えた。ダンジョンを非公開にしても会社の守衛所のようなプレハブ小屋を設置して、監視カメラを設置したりダンジョンへの出入りを管理するための機材を設置したりするらしい。

 話し合いを終えると佐藤さんは「本部に連絡してきますので」と言って家を出て行った。

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