『出会える本屋』のお話し

CHOPI

『出会える本屋』のお話し

 大型書店の圧倒的な品揃え。欲しいと思う書籍は基本、無い方が珍しい。


 駅に併設されている本屋さん。旅のお供に一冊、なんて粋なことができたりする。


 ショッピングモール内の本屋さん。家族や友人と共に行って、自分では読まないジャンルの扉を開いたりできる。


 そんな中でも今回は、『出会える本屋』と呼ばれている、ちょっとだけ淋しくなってしまった商店街の、こじんまりした本屋さんのお話し。


 ******


 その時なぜ、その本屋さんに立ち入ろうと思ったのか。理由は自分でもよくわからない。別に本は好きじゃないし(マンガくらいしか読まない、しかも無料の電子書籍くらい)、買う必要に迫られていた、わけでもない。強いて言うなら、本当に引き寄せられるかのように、ほぼ無意識的にその本屋さんへと立ち寄った。


 高校の帰り道。普段なら友人たちと遠回りをしてショッピングモールへ行くのだけれど、今日はなんだか気乗りがしなかった。まぁ、普段からも気乗りしているかと言われたら微妙なところではあるけれど。まぁ、所属しているグループ的に、そういう子たちで構成されているから。付き合い、ってやつだ。


 とにかく今日はどうしても気乗りがしなくて、だから張り付けた笑顔と嫌われない言葉を見繕って放課後の誘いを断った。久しぶりに一人で帰る道はいつもに比べると大分静かで、だけどいつもよりも少し深く呼吸ができる気がした。いつもはもう少し、酸素が薄い気がして息苦しい。ほんの少しだけ、だけど。


 あまり物事を考えず、ぼーっと歩いていたらいつもと違う小道を歩いてしまったらしい。それに気が付いたのは通学路の途中、脇道に少しだけそれると小さな商店街がある、ということを知っていたからで、目の前に広がった風景が完全に商店街だったからだ。いつも私が友人らと行くショッピングモールにお客さんを取られてしまって、なかなかに淋しくなっている、とは聞いたことがあったけど。想像していたよりかはまだ、お客さんの姿が目に留まった。


 お腹が少しすいていることに気が付いて、お肉屋さんでコロッケを買った。商店街ならではの価格帯は、高校生の自分にはとても優しかった。揚げたてのコロッケを片手に持ち、かじりつきながら、そのまま商店街を散策する。店先でニコニコしている店主のいたお肉屋さんを始め、その隣には元気のいい声を出している魚屋さん、夕飯の買い出しに来たであろう婦人と談笑している八百屋さん。流行りすたりなんて気にしないような、子ども服やご婦人服を多く取り扱っている洋服屋さん。店先に置いてあるものは子ども向けなのに、入るのに勇気が要りそうな店の暗さのおもちゃ屋さん。他にも布団屋さん、お茶屋さん、パン屋さん、お漬物屋さん……。


 たくさんのお店を眺めながら歩いていると、ちょうどコロッケを食べ終わったくらいのタイミングでそのお店を見つけた。店先に置かれた雑誌の数々、外観は明らかに小さな個人経営の本屋さん。そこに私はほとんど無意識的に吸い込まれていった。


「いらっしゃいませ」

 声をかけられて、慌ててその方向に顔を向けると、想像していたより若い女の人がそこにいた。

「あ、ども」

 それだけ返事を返して、そこでふと、なぜ自分はこの本屋さんへと足を踏み入れたのか疑問に思った。だって別に本が好きなわけじゃないのに。


 それでもその本屋さんに足を踏み入れて、不思議な感覚に包まれた。紙とインクが織りなす独特な香りは、最近の本屋さんではあまりしない香りだ。なぜかわからないけどちょっとだけ、小学校の図書室の記憶が蘇った。たぶん、私にとって紙とインクの香りはそこに繋がっていただけなんだろうけど。


「何かお探しですか?」

 突然(恐らく)店主に話しかけられて『いえ、特には』と返してしまう。その返答に店主は少し笑って言った。

「ここ、小さいでしょ。個人経営だから、向こうのショッピングモールの方が、品揃えは確実ですよ」

『知ってます』なんて言えるわけも無く。返事に困っていたら、(恐らく)店主はまた話し出した。

「でもね、この店、結構人気なんですよ。私も数年前、祖母から継いだんです。祖母の代からの常連さんから聞いたんですけど、『出会える本屋』って言われているらしくて」

「『出会える本屋』?」

「そう。なんでも、何となく手に取った本が、その時の買い手さんにドンピシャ、らしくて」

 『不思議ですよねー』と(とりあえず確定した、あってた)店主さんが続ける。

「個人経営だから、ここにある本って店主の祖母や私の趣味が結構反映されていると思うんですけど。それでも皆さん、『今回も出会えたよ』って。それに、これは祖母が言っていたんですけど。『私たちヒトが本を選んでいるように見えて、実は本が私たちヒトを選んでいるから、その時必要なものに出会えるんだよ』ってことらしくて」


 ……そんなバカな話があるものか。そう思いつつも、そこはちゃんと仮面をつけて『へぇ、そうなんですね』なんて愛想笑いで場をしのいだ。


 ……はずだったのに。その本屋さんから出る頃、私の手には一冊の本が握られていた。

「ありがとうございましたー」

 その声に背中を押されて出た店外は、すっかり夕焼けに染まっていた。慌てて家へと向かう道中、なぜ自分がこの本を買ったのか疑問だった。


 あの女性店主の口車に乗せられた


 そう思っていたけれど、家についてもう一度買ってきた本を眺める。それは幼い頃好きで読んでいた児童書だった。なぜ、高校生にもなって自分が児童書を選んだのかわからない。買ってきたその児童書の表紙を眺め、それから数行、読んでみた。


 ――目の前に、幼い頃確かに広がっていた、児童書の世界が広がった。その世界はあの頃と全く変わることなく色褪せず、主人公と同じ世界を見聞きする自分もまた、あの頃のままだった。


 大好きだった、その児童書。だってその本の主役の子は、あまりにもマイペースで、気取らなくて、素直で、自分自身に正直で。その主役の子に憧れている主人公の子は、周りを気にしてあまり自分を出せなくて、それがまるで私自身の用で。主役の子に憧れる気持ち、嫉妬する気持ち、全部が良くわかると思って、でもそれ以上に自分自身も主役の子が羨ましくって。


 ……なんだ、何にも変わらないじゃない。あの頃から、なんにも


 それに気が付いて、なんだか悔しくなった。あの頃よりも、一層主役の子が羨ましくなった。同時に私は、だけどそういう生き方はできないと悟った。……だけど。


 たまには、羨ましくなるくらい、いいよね


 久しぶりにその児童書を読み終わるころ、心のどこかがなんとなくすっきりとしている自分がいた。


 ******


「いらっしゃいませー」

「どうも」

「あ、この間の!」

 あれから数日後、休日を使ってあの本屋へと足を運んだ。休日と言えど、商店街は相変わらずの感じ。

「……あの。私も、ちゃんと出会えました、って伝えたくて」

 本当はそんな報告義務なんて無い。もっと言えばこの商店街にこうやって来なくても良かった。だけど、何故だか報告したい、そう思った。

「おぉ、それは良かったです」

 店主さんは笑いながらそう言ってくれた。それに『はい』とだけ返して、店を出る。

「また、いつでもいらしてくださいねー」

 その声に背中を押されて店外に出た私の手には、今日は、本は無い。……今日はまだ、出会う時じゃない、らしい。


「おもしろいお店、見つけたな……」

 生まれて初めて、だと思う。こんなに心惹かれたお店に出会ったのは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『出会える本屋』のお話し CHOPI @CHOPI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説