第4話 Last dinner

「人生最後に食べるとしたら、瑠(りゅう)はなにが食べたい?」

「はあ?」

茜色に染まる病室、茉衣が突然尋ねてきた質問に、そんな声をあげてしまった。なんてベタな問いかけなんだと思った。人生最後の日に何が食べたい?なんて、地球が明日終わるなら何がしたい?と同じくらいの難易度の質問だと思う。曖昧で、不明瞭で、人生で一度は誰かに聞かれるのに、明確な答え合わせができることはない。この世界で、今日が自分の最後の日だと理解していて死んでゆく人が、いったいどれだけいるだろう。そのなかで、自分の食べたいものを最後に食べることができる人間は?もしも明日地球が終わるとして、質問の答え通りの行動を起こせる人間なんて総人口の1%にも満たないだろう。答えるだけ無意味な問いかけだった。

「さあ・・・。その時の気分に寄るんじゃないのか」

おざなりな答え方が気に触ったのか、茉衣は頬を膨らませた。

「もう、真面目に答えてよ」

「真面目に答えたよ」

まったく心外だ。真摯に考えて出してやった答えなのに。

「豪華なディナーを食べたいって人間もいるだろうし、家族や恋人の手料理が良いって奴も、好物を好きなだけ食べたいって答える人もいるだろう。俺はどの意見にも共感できるし、それは茉衣だってそうだろ。最後の何を食べたいかなんて、その時にならなきゃ分からないんじゃないか」

ひょっとしたら、その時になっても分からないかもしれない。

そういうあやふやなもので出来ているのだ、人の欲求なんて。

俺の言葉に一応の納得が出来たらしく、茉衣がそれ以上問い詰めることはなかった。代わりに俺は尋ねた。

「でも、なんでそんなこと聞いたんだ?」

なんとなく、という言葉が返ってくるのだと思っていた。質問したのは、会話のきっかけとか、時間つぶしとか、そんな理由だった。

それなのに茉衣は寂しげな微笑で、

「ほら、私こんなじゃない?人生最後の日も、味気ない病院食を食べるのかなぁと思って」

点滴の管が繋がれたやせ細った手首をひらひらと軽く振りながら告げる茉衣に、俺は何も言えず、反応を返すことができなかった。

「このまま、好きなものも食べれないで死ぬのかなぁ」

「・・・縁起悪いこと、言うなよ」

穏やかな笑みのまま言う茉衣に、そう返すしかなかった。

俺は茉衣の病状がどれほどひどいのか知らない。けれど、茉衣がもう一年半もの間、学校に通えもせずこの病室にいることは知っている。

「死ぬ前に一度でいいから、添加物たっぷりの、ジャンクフードが食べたい」


周りの音が、ノイズのようにしか聞こえない。視界のピントが合わず、世界が遠い出来事のように見える。涙は一度もでていない。自分が悲しんでいるのか、よく分からなかった。

今、茉衣のあの味が恋しいよ。病院食、もう飽きた。

そう軽い素振りで嘆いてみせた茉衣に、俺は提案した。

「・・・俺がこっそり持ってきてやろうか?」

本来ならばいけないことだ。けれど。

別に最後の晩餐じゃなくても、好きなときに好きなものを食べて良いのだと、言ってやりたかった。

そしたら、茉衣はぱあっと顔を輝かせて、

「ほんとっ?なら、約束ね!」

ああ、この笑顔が見たくて、俺は毎日この病室に通っているのだろう。

窓から見た斜陽は、円熟したオレンジの果実のようだった。






そんな会話があったことを、茉衣の葬式の会場で思いだしていた。

結局、俺は約束を果たすことが出来なかった。その日から3日後の夜、茉衣の容態が急激に悪化し、そのまま彼女は二度と醒めることのない眠りについたからだ。薄々は、茉衣の病気が悪化の一途を辿っていることに気づいていた。でも、まさかこんなに早くお別れが来るだなんて思いもしなかった。

いつか、なんて思わないで翌日にでもジャンクフード、持っていってやればよかったなと思う。そうすれば、彼女は味気ない病院食の記憶のままで逝ったりはしなかっただろう。一緒にケーキでも持っていけば、あの輝く、やさしい向日葵のような笑みがまた見れただろうに。体は炎で焼かれているはずだ。残された骨を、血の繋がりなど無い俺が貰うことはない。その手にのせて確かめることも。

ふと、思った。焼かれて崩れた骨は、どんな色をしているのだろう。ポロポロと零れ落ちる骨の破片は、真っ白で、粉砂糖のようにでも見えるのだろうか。舌に乗せたら、どんな味がするのだろう。きっと不味いのだろうけど、なぜだか知りたくなった。



俺が人生最後に食べたいのは、お前の骨の欠片。

そう言っていたら、茉衣はひいただろうか。




それとも。






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