https://bookstore.jp/reading/for/you

洞貝 渉

📚

 頭が痛む。

 眩暈もするし、なんだか気持ち悪い。

 それでも、急き立てられるようにクリックする手が止められない。欲しいものがあるわけでも、知りたいことがあるわけでもないし、見たい動画があるのでもなければSNSに投稿したいことがあるわけでもない。それなのに、漫然とディスプレイを眺め、反射のように目についたサイトをクリックしている。


 日々が仕事とネットを往復するだけで過ぎていた。

 こんな生き方がしたかったわけではない、ということだけはひしひしと感じている。でも、じゃあ私はどうしたかったのか。なんの生産性もない、などと自己嫌悪しながらも他にどうすればいいのか、どうしたいかさえわからない。

 

 ……いや、やりたいことがあったところで、無理か。

 平日も休日もくたくたに疲弊してしまっている。できるのはせいぜい、頭も体も心も使わないネットくらいなもので。

 ハッ、と口から乾いた笑いが漏れる。

 先ほどから強くなり始めていた眩暈のせいか、ぐらりと世界が歪んだ。


【あなたが今、一番に望むことは何ですか?】


 画面に映し出された言葉に、ますます自嘲じみたものが募る。

 今度は意識して、ハハハと乾いた笑いを出してみた。

 私の望み? 絶対に叶いやしない。こんな生活続けている限りは、絶対に。

 

 ——スカッとしたい。


 入力してエンターを押すと、次の質問が表示される。


【普段はどんなジャンルをよく読みますか?】


 ジャンル? なんのことだ? そもそもこれは何のサイトだ?

 私はとっさに画面上のURLを確認する。


 https://bookstore.jp/reading/for/you


 なんだこれは。本屋のサイトか?

 なら、この質問はおすすめの本でも検索するためのもの、なのか……。

 

 ——本は読まない。集中力が持たないし、そんな余裕はない。


 すぐにサイトを閉じてもよかったが、気付くとそんな回答をしていた。


【休日などはどのように過ごしますか?】

 ——ネット。


【仕事は楽しいですか?】

 ——最悪だ、今すぐ辞めたい。


【上司や部下とはうまくいっていますか?】

 ——パワハラの横行する職場にうまくいく要素が無い。明日なんて来なければいいのに。


 私は何をしているんだ。

 本屋の検索エンジンに愚痴を言ってもどうにもならないのに。

 質問が途切れ、少し長めに待機させられた後、画面に表示されたのは一冊の絵本だった。


【ギャシュリークラムのちびっ子たち: または 遠出のあとで(エドワード・ゴーリー)】


 ハハハハ、なんだこれ、絵本かよ!

 大の大人に絵本のおすすめ!

 小馬鹿にされている、といういら立ちから乱暴にPCの電源を落とす。

 ふざけんなよ、と吐き捨ててから、いや、でも絵本くらいだったら確かにこんな状態の私でも読めるのではないか、と思い直してスマホを手に取る。

 検索すればすぐにヒットはしたものの、電子化はされていないようだ。

 

 『Aはエイミー かいだんおちた』


 いくつかヒットしたサイトを覗いていると、そんな文章が目に入った。


『Aはエイミー かいだんおちた


Bはベイジル くまにやられた


Cはクララ やつれおとろえ』


 ……絵本、なんだよな?

 いら立ちが困惑にすり替わり、すぐに興味へ移行するのがわかった。

 これくらいの文章なら読めそうだし、この絵本が一体どんなものなのか気になる。読んでみたい。

 こんな気持ちになるのはいつぶりだろうか。

 

 注文ボタンに指を伸ばしかけ、ふと近所に本屋があったことを思い出す。

 最後に本屋に行ったのはいつのことだったか。

 明日の仕事帰りにでも寄ってみるか。

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