第11話
屋敷を出されて、天涯孤独に成ったけれど、誰かに追われるはずもなく、幾ばかりかの銭もあり、ふみは街道を歩き出した…。
当てもなく、ただ街道を南へ進んでいると思われたが、ふみは何かを感じているのか、縁がふみを引き寄せるのか、南へ南へと足を早める…。
懐の銭が無くなり空になる…腹が減っても歩き進む…。
ここが目指した場所なのか?
辿り着いたは神奈川の宿…。
ここは古びた宿場町…。
生まれて始めて見た海の風に流されて、小さな商店、よろづ屋の閉まった引き戸の前で倒れ込む…。
気配を察した店主ががらりと引き戸を開けてみる…。
そこには美しい女が横たわっていた…。
「どうなされた?」
ふみは目を開け、なんとか起き上がる…。
「北の方からやって来ました…。お金も無くなり、仕事を探そう、明日朝、仕事を探そうと今夜は、軒を借りようとしていた処、気が遠くなり、ここで倒れてしまいました…」
「それは難儀な…さぁさ、中に入りなさい、私はひとり暮らしの店の主、遠慮は要らない、入りなさい」
ふみは抱えられるように、中へ入った…、
残り物ですまないと、飯と煮物に香の物、味噌汁は温め、ふみに勧めた…。
「遠慮は無しでゆっくり食べなさい」
そう言う店主は、優しい笑顔でふみを見る…。
何度も何度も感謝を述べてふみは飯に箸を付ける…。
見られていたら、食いにくいだろうと、店主は店先の品の整理をしたり、帳簿をつけたり気を使う…。
ふみは食事を終えると、座り直し、
「私はふみと言います。数えで16歳になりました…ご馳走さまでした、本当に助かり、有り難うございます…」
三つ指ついて、頭を下げた…。
「まぁまぁ、困った時はお互い様と言うではないか…それより腹は膨れたか?まだまだあるから、たんと食べなさい」
「本当に有り難うございます。お腹はいっぱいに戴きました…大変申し訳ありませんが、今夜は軒先をお貸しいただけないでしょうか?明日朝から、仕事を探し、きっとお礼に伺いますから…」
「何を言う?おなごをひとり、軒先なんかで寝かせられまい…嫌でないなら、今夜はここにお泊まりなさい…決して悪さはしないから、安心して疲れを取りなさい」
そう言う店主の優しい微笑みにふみは素直に頷いた…。
店主は、布団を敷いてくれ、まだ、湯が間に合うからと、手ぬぐい、桶をふみに渡し、共に銭湯へ向かって歩く…。
番台へ二人分だと小銭を渡し、終い風呂で客も居ない…互いに見ずに風呂へ浸かる…。
飯を食い、風呂に入れば気が戻り、湯冷めをせぬうちに家路を戻る…。
今日は早目に寝なさいと遠慮のふみを布団に寝かせ、店主は離れてひとり酒…ふみが寝たら、自分は座布団抱えてごろ寝した…。
未だ店主は床でごろ寝、ふみは目覚めて店主を起こす…。
「何もお礼が出来ません、おらに朝飯作らせてくれろ…」
店主の笑顔に気を許し、ついついふみは、田舎言葉で話してしまう…。
「あはは…懐かしい言葉だな、それなら是非とも頼みたい、あんたの分も作りなさい」
ふみは店主の為に、一生懸命料理を作った…。
「いやあ…こんなにうめえ飯は久方ぶりよ…あんた、料理うめえんだな…」
「奉公先で毎日飯炊きしてました」
「無理せず、普通に喋りなさい…田舎言葉で大丈夫」
ふみは奉公先では、無理矢理、田舎言葉を禁じられ、使えば竹で叩かれていた…。
「むしろ、田舎言葉の方が良い」
店主はにこにこ楽しげに、朝飯を頬張り笑ってる…。
何年振りかで、ふみも笑った…。
食事の片付けをしていた、ふみの背から店主は言った…。
「もし、嫌で無いなら、ここを助けてくれないか?」
「私は今はひとりで店を切盛りし、飯なんぞはろくに作れん、仕事を探すと言ってたね?ここで飯を作って、掃除して、たまに店番も頼めたならば有り難い。ここで安い貸家が見つかるまでは、ここに寝泊まりしたら良い…勿論、うちで働くならば、貸家の家賃も手間も払う」
ふみは黙って聞いていた…。
聞いてるうちに有り難く、自然に涙が流れてた…。
「すまないすまない、泣かせたか?そんなに嫌なら諦める」
「いいえ、有り難すぎて思わず涙が流れました…」
「そんなら、仕事を受けてくれるか?」
「だども、おらは、今までは、忌み嫌いの子、禁忌の子と皆に蔑まれ生きて来た。こんなおらがそばにおったら、店主様が不幸にならんか心配じゃ」
「そんな事、私は気にせん、大丈夫だよ、頼むから、今日からここで働いておくれ」
ふみは笑顔で頷いた…。
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