第50話 許せない相手

「ちょ、ちょっと待って。榎本。許せない相手ってもしかして青葉ちゃん?」

 

 青葉ちゃんは榎本の妹を殺した相手だ。榎本が恨むのは無理はない。でも、ここはボスフロアだし、青葉ちゃんは入って来れない。


「いや。そうじゃない。そのことはもう良い。オレが許せないやつは別にいる」


「許せない相手……? もしかして私!?」


 そうか。このダンジョンのボスとしてきっちりと責任と落とし前はつけろってこと? でも、そうなったら、私も身を守るために榎本を倒さないといけない。


「ルネ様に手出しするならば、先にこの私を倒してからにしろ」


 翠華君が私と榎本の間に入る。流石、翠華君。ボスに対する忠誠度が高いねえ。


「いや、お前でもない。オレが許せないのは……オレ自身だ」


「え?」


 なに言ってるのこの人は。


「少し昔話をしてもいいか? まあ、ダメと言っても無理矢理する。人生で残す最期の言葉くらい選ばせてくれ」


「うん、まあ。話を聞くくらいなら聞くけど」


 とりあえず私はこのダンジョンの誰も狙われてないことに安堵した。まあ、ガ

チでやりあっても負ける気はしないけれど、戦いになると面倒だからね。ボスは万一にでも負けたらそこでダンジョンは終わりだし。


「オレと希子。その両親はオレが中学生の時に亡くなった。と言っても、オレは後少しで卒業するし、卒業後は進学せずに働くつもりでいた。でも、希子は違う。まだ小学生で誰かの庇護が必要だった。親戚連中も頼れないやつらばかりで……だから、オレが中学卒業してすぐに探索者になったんだ」


 いきなり重い話。榎本にそんな過去があったなんて知らなかった。


「オレは希子を高校、できれば望むなら大学にまで行かせてやりてえって思っていた。だから、必死で探索者として活動した。収入は安定しなかったけどな。国からの支援も上手く使いながら、なんとか希子を中学まで卒業させることができた……そうしたら、希子も自分も探索者になるって言いだしやがったんだ」


 榎本はぐっと拳を握った。実際のところ、妹の末路を知っている身としてはここが1つの分岐点なんだなとは思う。


「お兄ちゃんにばかりに迷惑かけられないってな。オレは必死に反対したがアイツの意思は固かった。でも……希子は数年経っても探索者として芽が出なかった。Fランクダンジョンで何度も死にかけたし、オレと比べても戦闘センスはなかった。いつしか、周りの探索者仲間にも希子は落ちこぼれだと烙印を押されていた」


 モンスターにも生まれつき上位下位の概念はあるけれど、人間にも才能の概念はあるんだよねえ。なんか世知辛い世の中だよ。


「でも、オレは自分の探索ばかりにかまけて希子のことを全く気にかけてやれなかった。もし、オレが希子の悩みを聞いてやっていたら、アイツは道を踏み外さずに済んだかもしれねえ。アイツは……オレに追いつきたかっただけなんだ。少しでも強くなりたい。その想いが間違った方に進んでしまった。オレがアイツを支えてやれば、アイツは死なずに済んだかもしれねえ」


 榎本はダンジョンの壁を思いきり殴った。


「あのー。怒りの矛先をウチの壁にぶつけるのやめてもらっていいですか?」


「あ、すまねえ。つい」


 ついじゃないよ。こっちは、このダンジョンに住んでいるんだよ。壁の修繕だって大変なんだから。


「まあ、とにかく。オレはオレが許せねえ。だから、オレが最後に復讐するのはオレ自身だ」


「うーん……まあ、それは勝手にやってくれていいんだけどさ。なんでこのダンジョンを選んだの? 私としては、魂回収できるからありがたいけど」


「希子はこのダンジョンで死んだ。だから、オレは希子と同じ場所で死にたい。それ以外に理由があるかァ? ねえだろ?」


 あー、うん。私に対する義理とかそういうのはなかったんだね。ちょっと期待したっていうか。可愛い私の養分になりたいって言ってくれたら百点満点だったんだけどなあ。


「まあ、とにかく言いたいことは終わった。オレの肉体と魂は好きにしろ」


「うん。私が欲しいのは魂だけだから肉体はいらないよ」


 榎本は自身の喉元にナイフを当てた。うわあ、これから自分で喉を掻っ切るの……なんか怖そう。


「…………」


 榎本はナイフを当てたままじっと動かない。


「なあ、これで確実に死ねるのか?」


「え? なに言ってるの?」


「いや、ナイフで喉を切ったら息できなくて苦しいかなって」


「いやいや。さっき、希子と同じ場所で死にたいってかっこつけてた癖になんで日和ってんの?」


 人間界では自殺教唆は犯罪である。しかし、ここはダンジョンだし、私はそもそもモンスターである。だから、罪に問われることはないし、死んでくれた方がメリットはある。榎本にはなんとしてでもここで命を断ってもらいたい。それが私の目標の糧になるのだから。


「安心しろ。榎本。お前が苦しまないように私が介錯をしてやる」


 翠華君が剣を抜いて榎本の背後に回った。よし、ナイス。翠華君。これで魂ゲットだよ!


「あー……いいか? 俺が喉をナイフで刺す。そうしたら、すぐに俺の背中をズバーンって斬ってくれよ。ズバーンって。できるだけ苦しまないように」


「ああ、安心しろ。私はこれでも剣の腕は立つ。苦しまないようにやってやる」


「よ、よし。い、いくぞ……」



 まあ、子供には見せられない描写があって、なんやかんやで3人の魂の回収に成功した。周防、宇藤、榎本。みんな。それぞれ別のベクトルで有能な人間だったから、きっと魂の価値も高い。SPもガッポガッポ手に入るってことよ。


「ルネさん。お疲れ様です。周防、宇藤、榎本の遺品を回収しにきました」


「はーい。ちゃっちゃとやっちゃって」


「はい。その前に……榎本が遺言書を残していました。それによると、遺品の一部をルネさんに預かって欲しいとのことです」


「私に? なんか特別なことをした覚えはないけどなあ」


「遺品は3つあります。1つは……榎本 希子が生前使っていたヘアピン。榎本が初報酬で彼女にプレゼントしたものです。彼女はそれを大切に持っていた」


「ふーん。まあ、いらないけど」


「そして、2つ目は榎本が普段使いしていたキーケース。これは榎本 希子が兄にプレゼントしたものです。こちらはヘアピンと一緒に保管して欲しいとのことです」


 芝 天帝お爺ちゃんも孫娘の遺品をこのダンジョンにおいて欲しいって言っていたなあ。人間ってどうしてそういう遺品とかの場所に拘るんだろう。


「まあ、最後の頼みくらい聞いてあげるよ。一応知らない仲でもなかったし」


「そして、3つ目。このネコのぬいぐるみです」


 篠崎さんが箱を取り出して開ける。そこにはネコのぬいぐるみが入っていて、ジャーンって飛び出てきた。


「ルネ様。ただいまですニャ」


「あー。これは、榎本が勝手に持って行ったワタキセイグモ」


「はい。用が済んだから返すだそうです」


「へー。どこぞのクジラのぬいぐるみと違って、素直で可愛いから私の部屋に置いておこう」


「よろしくですニャ」


「それでは、それ以外の遺品はこちらで回収しておきます」


 遺品回収も終わり、そろそろ私が気になっていたあの話題に入る。


「ルネさん。今週ダンジョン内で亡くなった人間は3人。いずれも能力が高いので、それで魂のランクは上がっていたようです」


「ふふん。それじゃあ、結構な量のSPが期待できるんじゃないの?」


「いえ。残念ながら、周防と宇藤の魂は悪の心にドス黒く染まっているので若干価値を落としています」


「ええ……なにそれ」


「例えば、骨とう品でも傷1つなければ評価は低下しませんが、傷があればそれだけ査定額が下がります。まあ、元の質が良いので美品の低ランク魂よりかは価値がありますが」


 悪人の魂はどうしてもSP量が目減りしちゃうのか。なんかやだなあ。

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