第49話 もぐもぐタイム

 榎本が所持している手裏剣をレッドオーガ宇藤に投げつける。しかし、その攻撃はその赤くて硬い皮膚で防がれてしまってまるでダメージが通らない。


「無駄だ! 私は最強、そして最硬の防御力を手にした。私を殺したければミサイルでも持ってくることだな。まあ、このダンジョンではミサイルの威力は阻害されるがな! ハーハハハハハッハッハ!」


 宇藤が高笑いを続ける。その間に榎本は隙を見て……宇藤のデスクを丸ごとひっくり返した!


「わ、うわ! な、なにをする貴様ァー!」


 宇藤が研究に使っているデスク。その上にあったものが乱雑にダンジョンの地面へと散らばってしまう。


「ふう。オレはもう諦めた。お前を倒すのは無理なようだなァ。だけど、ただでは死なねえ。研究成果を滅茶苦茶にして、その薬の再現性をなくしてやる!」


「さ、させるか!」


 宇藤が榎本に向かって突進した。ものすごい勢いだけれど、宇藤がテーブルの近くにいて、突進すればテーブルごと破壊してしまうため、急ブレーキをかけて止まった。榎本の手には書類の束があり、それをライターに近づけた。


「な、ラ、ライターだと……」


「ライターの中にはダンジョンで使えないものもある。しかし、このライターの構造はダンジョンに適している。つまり、この書類を焼けるということだ」


 宇藤の研究資料を人質に取っている……? 確かに、宇藤からしたら、薬の頒布が目的だから、その研究成果を焼かれてしまったら、目的が達成できなくなってしまう。


 でも、それで宇藤の行動を制限できたとしてもなんともならないような気がする。結局、宇藤に攻撃が通らないんじゃ榎本だって勝ち筋がないじゃん。


 それに宇藤が隙を見て研究資料を奪い返したら……その時点で榎本の負けは確定。つまり、榎本がやっていることは単なるその場しのぎにしか過ぎない?


「よし。オレの言うことをよぉ~く聞けよ。大切な研究資料を燃やされたくなかったらなァ」


 本当にこの榎本はやること成すことが邪悪すぎるんだよねえ。目的のために手段をえらばない感じが半端ない。


「そのまま右に3歩ズレろ……そうだ。そこから後ろに1歩。よし、そこを動くな」


 榎本は宇藤に立ち位置を支持する。そして、榎本自身も警戒した様子を見せながら移動を始める。一体なにをするつもりなんだろう? 立ち位置を変えたことになんの意味が?


「よし。これでお前はもう終わりだ」


 榎本は研究資料をばら撒いた。え? え?


「えぇえええ! なにしてんの? 榎本。それはアンタを守る最後の盾なのに自分から捨てるなんて」


「いえ。ルネ様。榎本は研究資料の裏側になにかを隠し持っていた。その箱を今開けたようです」


「へ?」


 翠華君の言う通りに榎本の手に注目してみた。確かに榎本は何かを持っている。アレは……ゴーレムの核が入った箱?


「箱の中身を開けたらゴーレムの核が再起動する。そうするとゴーレムの岩が核に集まっていきます」


 榎本は箱から核を取り出して投げた。部屋の隅に積まれていたゴーレムの岩石の欠片が物凄い速さで核に集まる。そして、その岩石は……その核との軌道上にいる宇藤の体にぶちあたっていく。


「がは……ぐぼぉぇ……」


 背後から岩石の弾丸を何度も撃ち込まれた宇藤。岩石は宇藤の体にぶちあたってもなお核に向かって超速で集まろうとしている。その岩石はやがて、宇藤の体をぶち抜いた。


「バ、バカなあぁあああ!」


 宇藤はその場で倒れた。奴の体から煙がぷしゅーぷしゅーと飛び出ている。宇藤の傷口はみるみる内に塞がっていくものの、その肌の色は赤色から徐々に元に戻ってく。皮膚の色が変わったってことは。元の硬さに戻ったのかな?


「ふう。ゴーレムが核に戻ろうとする勢いはかなりのものだって聞いたことがあるんだよなァ。それに巻き込まれて死亡する事故は魔界でも多々あるらしい。その力を利用させてもらったぜェ。まあ、殺すつもりでやった作戦だけど、それでもこいつは生きてるんだよなァ。薬の力の大半を再生能力に使って元の肉体に戻った。死ぬよりマシって生存本能の結果かァ?」


 なんか知らない間に勝っていた。瞬時にその作戦を思いつくなんて流石だなあ。


 のんきにそう思っていたら……ゴーレムがギロリと榎本の方を見た。あ、そうか。ここは元はゴーレムのダンジョンだったんだ。


「オマエ、オデを助けてくれたのか?」


「ああ、そうだ。お前も災難だったなァ。人間に利用されるなんてよォ」


「そうか。一応礼は言う。ダガ、すぐに立ち去ると良い。ザコモンスターにはオデからオマエを襲わないように伝えておく」


 まあ、そうか。ゴーレムからしたら、榎本は恩人でもあるけれど、モンスターと探索者って立場がある。食うか食われるかの関係にあることには変わりないんだ。


「ああ。オレもこいつを回収しに来ただけだからな」


「それ、持っていくのか?」


「そうだな。こいつの魂が欲しいってモンスターがいるんだ」


「ダガ、その探索者。オデのダンジョンにやってきた。オデに食う権利ある」


 それは確かにそうである。基本的にダンジョンにやってきた探索者はそのダンジョンに生息するモンスターのものなんだよね。このゴーレムの言っていることは間違ってない。


「デモ、オマエ、オデを助けてくれた。その恩に免じてそいつはくれてやる」


「おお、そうか。良かったな。ルネ」


 良かった。話が通じるゴーレムで。ここで揉めたらまた面倒なことになっただろうし。


「よし、それじゃあ帰るぞ」


「はいですニャ」


 こうして、榎本とネコのぬいぐるみは見事に目的を果たしてダンジョンから脱出した。



 後日、私のダンジョンの元に2匹の哀れな犠牲者がデリバリーされてきた。


「んー! んー!」


 周防と宇藤。その2人は拘束されて、猿轡も咬まされている。身動きできない状態のまま、トラップが作動する地点の少し前に配置されている。


「さぁーて。どっちから罠にかかりたいのかな? 私のダンジョンを荒らそうとした責任はたっぷりとって貰わないとねえ。にしし」


 周防と宇藤は暴れ回って逃げようとしているけれど、拘束された状態で逃げられるわけがないのに。


「もう、どうせすぐ死ぬ運命なんだから諦めなさい」


 私は拘束されている宇藤の背中を思いきり蹴飛ばした。トラップが作動する地点に体が接触して、上空からウツボカヅラが降ってきて宇藤を飲み込んでしまった。


「ンー! ンンー!」


 仲間が飲み込まれたところを見て、周防は必死にもがいて逃げようとしている。恐怖で顔が歪んでいるけれど、芋虫のように這うことすらできない体で身をよじらせてなにをしてるんだろうねえ。


「まあまあ、そんなに慌てないで。今、アンタのお仲間を消化している最中だからね。それが終わったら……わかるでしょ?」


 数分間、ウツボカヅラが満足したのか元の上空へと戻っていった。そこにあったものは……ウツボカヅラの溶解駅だけ。宇藤の体も見に付けている服もそこにはなく、手品みたいに忽然と姿を消してしまった。


「ンンー! ンンンー!」


 その光景を見た周防は余計に暴れ回っている。なんか手首とか足首とかが赤く腫れあがっているけれど……まあ、関係ないか。これから食べられるんだし。


「それじゃあね。今度生まれ変わってくる時には、もう悪いことをしちゃダメだから……ね!」


 私は周防を思いきり蹴飛ばした。また、ウツボカヅラが上空から降ってきて、周防のもぐもぐタイムが始まった。


「ふう。これにて任務完了。あれ? 榎本。アンタ、まだいたの?」


 この2人をデリバリーしてくれた配達員がまだ残っている。


「ああ。こいつらが死ぬ瞬間を見届けないとオレががんばってきた意味がねえからなァ……そして、オレはこのダンジョンから去るわけにはいかねえ。だって、このダンジョンにいるんだよ。オレが最も許せねえ仇がな?」


「え?」


 榎本はナイフを取り出した。

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