第48話 レッドオーガ

「ここから先が宇藤がいる研究室に繋がっている。覚悟はいいな?」


「うにゃー!」


 榎本の言葉にネコのぬいぐるみが可愛らしく反応する。そして、榎本が研究室に繋がっているドアを開けると……その先にあったのは。


「なんだこれは……」


 目の前に広がっていたのは洞窟だった。たいまつによる灯りに照らされていて中は見えるものの、ゴツゴツとした岩が壁となっていて、床はきちんと歩きやすいように整備されている。これは間違いない。オーソドックスなダンジョンだ。


「ここはダンジョンなのかニャ?」


「ああ。そのようだな。あいつ……ダンジョン内を研究室にしているのか? 一体なんのために?」


 榎本は警戒しながらもダンジョンに足を踏み入れる。入口付近はまだ攻撃されることはないし、トラップもいきなり作動することはない。それはダンジョンのルールだからだ。


 榎本とネコのぬいぐるみがダンジョンを進んでいくと、当然モンスターに襲われる。魔界で見たような顔ぶれにちょっと懐かしさを感じる。


「おらぁ!」


「んにゃー!」


 榎本とネコのぬいぐみはモンスターと交戦している。榎本の手裏剣ガモンスターに刺さり、ネコのぬいぐるみは爪による引っ掻き攻撃をする。


 あっと言う間にモンスターは殲滅されてしまった。同族がやられてしまったのは複雑な気分だなあ。


「ここのダンジョンのモンスターは弱いな。最底辺ランクに近いな。EかFくらいか。なるほどなあ。宇藤の考えていることがわかったぞ」


「どういうことだニャ?」


「やつは工場内に近代兵器を持つ部下を配置していた。そして、ダンジョンのルールにより、近代兵器の使用に制限がかかる。実際に、太陽が持っていた魔界樹の木刀で火炎放射器は機能を停止していた。つまり……宇藤は部下に反乱されないように、ダンジョンに身を隠しているってことだ」


 そういうことか……なんか、魔界のモンスターが住むために用意されたダンジョンを人間に利用されるなんて悲しいな。


「でも、そうしたら、このダンジョンのボスモンスターはどうなっているんですかニャ?」


「モンスターが生きているってことは、ボスモンスターも生きているってことだ。ボスモンスターが死ねばダンジョンの機能は停止する。ダンジョン以外で生きていけないモンスターは道連れとなる。まあ、ダンジョンの機能が停止したら近代兵器も使えるようになって、宇藤も困るだろうからな」


「ってことは、ボスモンスターは無事なのかニャ?」


「無事の定義にもよるな。命はあるって程度ならそうだろうけど……もしかしたら、人思いに殺してやれって思うような目に遭っているかもしれない」


「人間は恐ろしいニャ」


 榎本が恐ろしい会話をしながら、ダンジョンの奥へと進んでいく。そのまま難なくダンジョンを進んでいき、ついにボスフロアに到着した。


 相変わらずの岩の壁。テーブルが置かれていてそこには様々な実験器具みたいなものが置いてある。テーブルの中央には、青い色の球体があり、それが透明な箱の中に入れられている。フロアの中央には山積みになった石がある。なんだろう。あの石は。


 ボスフロアの中央には白衣を着たおじさんがいた。その右手には赤い液体が入っているフラスコが握られていた。


「お前だな。宇藤は」


「ああ。そうだ。このダンジョンを突破するということは、まあまあ腕が立つ探索者と言ったところかな。フフ、アハハハ! アハハハハハ!」


「なにがおかしい」


 不気味に笑う宇藤。榎本ですら、ちょっと呆れているっぽい。


「嬉しいんだよ。このレッドハーブ入りのドーピング。その戦闘データが取れることがね!」


 宇藤はフラスコの中の液体をゴクゴクと飲み始めた。すると榎本より低かった身長がぐんぐんと伸びて、あっと言う間に榎本の身長を追い抜いてしまった。体つきも筋肉質になり、血管もバキバキに浮き出てちょっと気持ち悪い。それに、肌の色も真っ赤になり、まるで人間とは思えない姿になった。


「RE:BIRTHED。この名称改めてRED:BIRTHEDにしようか。さあ、新薬の戦闘データに付き合ってくれたまえ! フハハハハハ!!!!!!」


 宇藤は凄まじい速さで榎本に向かって突進した。


「速ッ!」


 榎本は寸前のところで宇藤の攻撃を回避した。宇藤はそのまま壁にガツンと激突してしまうけれど、岩壁を削ってしまう。壁にかなり衝撃が伝わったみたいだけど、宇藤の体は全く傷が付いていない。


「パワーだけじゃなくて皮膚も硬いっていうのかァ。厄介だな」


「ああ、この皮膚は銃弾を弾くアルマジロよりも硬い! 近代兵器ですら弾くこの皮膚。軟弱なダンジョン用の装備ごときで傷つけられると思うな!」


 あれ? もしかして、これってかなりヤバい薬なのでは……? 今は榎本が戦っているから他人事でいられるけど……これって実用化したら、探索者たちがこれを飲んでダンジョンのモンスターを襲うってことだよね?


 もし、ここで榎本が負けたら……? また研究が再開されて、私のダンジョンのレッドハーブがまた狙われる。そして、回収されたら最後。この化け物たちがダンジョンに襲ってくる……?


「ちょ、榎本! 絶対に負けないでよね! アンタが負けたら、私だけじゃなくて、全モンスターが終わるんだから!」


 私はネコのぬいぐるみを通じて、榎本にエールを送った。


「わかってるさァ! 希子の仇が目の前にいるのに、死んでる暇はねえ!」


 榎本はやる気満々のようだけど、あのドーピングおじさんに勝ち目はあるのかな? どう見てもあれはSランクダンジョンのボスモンスターくらいの強さはあると思う。青葉ちゃんに負けた程度の実力の榎本が勝てるとは思えないなあ。


「ルネ様。気づいたことがあります」


「ん? なに? 翠華君。ついに私の可愛さに気づいた?」


「いえ、そのこととは全く関係ないのですが……テーブルの中央にある青い球体。あれはゴーレムの核です」


「ゴーレム……私ほどじゃないにしろ結構強いモンスターだよね? ボスモンスターを張れるくらいには」


 ボスモンスター……? あ、そうか。そういうことか。


「ええ。ゴーレムはいくら攻撃しても岩石の体は再生します。核さえ無事なら体をバラバラにしても核を中心に集まる性質がある。しかし、その核がなければ、ゴーレムの体もただの岩石。自由意志で動かすことができません」


「その核が箱の中に閉じ込められていているから、ゴーレムは再生できないんだ。じゃあ、あのフロアのすみに雑に積まれているあの岩石がゴーレムの本体なの?」


「ええ。その可能性が高いと思われます」


 そうか。ゴーレムならば核の働きを阻害させれば、簡単に無力化できる。あの箱はゴーレムの核の機能を阻害するような仕組みになっているのかな? 知らんけど。


「まあ、その情報がわかったところで何の役に立つのかはわかりませんけどね。ゴーレム1体が戦闘に加わったところで、あの強化された宇藤には勝てないでしょう」


「まあ、そうなんだけどね」


 この会話もネコのぬいぐるみの通信機能で榎本に聞こえていると思うけれど、多分役に立たないだろう。


「ふふ、アハハハハハ!」


 宇藤が岩の壁を殴る。そして、岩を掴んでそれをアッサリと砕いて見せた。


「強靭な皮膚! 最強の握力パワー! これこそが私が求めていた探索者の姿! そうだな。この姿を《レッドオーガ》と名付けよう。この薬を流通させれば、探索者がモンスターに負ける道理などない! ダンジョンの素材を根こそぎ奪って、人類の未来に役立てる! そうすれば、私は歴史に名を残す偉人となるんだ! フハハハハ!」


「うるせえ」


「なんだと……?」


「なにが偉人だ。お前のやっていることは違法薬物の開発じゃねえか。それでどれだけの人間が泣いたと思ってる。お前は偉人でも何でもない。薄汚れた犯罪者だ」


「ふふ、なんとでも言え! 私は薬の効能についてはちゃんと説明した。それを承知でバカな探索者たちは使ったのだ。私はなにも強制はしていない!」


「黙れ! 探索者は命がけでダンジョンに潜っているんだ。明日死ぬかもしれない恐怖を抱きながら、それでいて報酬が安定するとは限らない。そんな探索者の不安定な心に付けこみやがって! お前みたいなやつは存在しちゃいけないんだァ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る